スーツケースに思い出を詰めて エミ・マイヤー インタビュー

これまでにShing02やJazztronikとの共演を重ね、その温かみのある可憐な歌声や、ジャズを基調としながらも、多文化的な要素を含んだ音楽性、英語と日本語のそれぞれの可能性を追求する独自の詞世界が高い評価を獲得しているシンガーソングライター、エミ・マイヤー。新作『スーツケース・オブ・ストーンズ』は、全編が英語詞で統一され、ミックスエンジニアにノラ・ジョーンズらを手がけるハスキー・ハスコルズを迎えて制作された話題作。Cool Wise ManやThe Shanghai restoration projectとのコラボ曲を収録したボーナストラックからもわかるように、彼女の音楽はさまざまな人や文化との出会いから生まれ、その経験が未だ20代前半、曲作りを始めてから5年ほどの彼女を急速に成長させている。彼女の歌声がもっと多くの人に届くのも、時間の問題ではないだろうか。

ジャズは色々な音楽だけではなく、文化にもアクセスできる「言語」

エミ・マイヤーは日本人の母とアメリカ人の父の間に京都で生まれ、1歳になる前にシアトルに渡り、これまでの人生の大半をアメリカで過ごしている。幼少の頃にクラシックピアノを始め、中学でジャズに傾倒、カリフォルニアの大学に入学する前後には自分で曲を作り始め、大学の夏休みを使って録音したファースト『キュリアス・クリーチャー』を2007年に発表した(日本では2009年に発売)。この作品は全編英語詞で、ジャズを基調としたクラシカルなポップスを中心としているが、エミは大学で「民族音楽学」を専攻するなど、さまざまな音楽への関心を持っている。

「民族音楽学の授業では、インドやアフリカの曲を習ったり、人類学的な面も勉強しました。音楽の見方、そしてさまざまな国と文化のミュージシャンと交流することに興味を持ちましたね。Shing02の歪曲バンドに参加して、薩摩琵琶や和太鼓と演奏したり、民族楽器とピアノでセッションを経験できたことも嬉しかったです。これからも、レコーディングやライブで色々な楽器を取り入れていくことが楽しみです」

スーツケースに思い出を詰めて エミ・マイヤー インタビュー
エミ・マイヤー

僕が初めて「エミ・マイヤー」の名前を知ったのも、やはりShing02を通じてだった。『キュリアス・クリーチャー』の制作後、京都に留学し、「シアトル‐神戸ジャズ・ボーカリスト・コンペティション」で優勝したことが、本格的に日本での活動を開始するきっかけとなっているのだが、この留学中に出会ったのが、バイリンガルラッパーのShing02。彼は東京で生まれ、さまざまな国での生活を経て、15歳からカリフォルニアで生活するという、エミにも通じるバックグラウンドを持っていたこともあって、2人は意気投合した。エミはShing02が2008年に発表した『歪曲』に参加し、「歪曲バンド」の一員としてツアーにも同行している。

そして、日本語で曲を書き始めた時にShing02のサポートもあって制作されたのが、『キュリアス・クリーチャー』の日本盤にボーナストラックとして収録された“君に伝えたい”であり、さらにそれを発展させ、全編Shing02とのコラボレーションで制作された日本語アルバムがセカンド『パスポート』である。東京、サンフランシスコ、ブラジルのバイーアで録音され、ボサノバやレゲエの要素も含んだ多文化的な作風は、国を越えて活動をするエミとShing02らしいと言えるだろう。また、エミはこういった他ジャンル・他文化に触れる際、ツールとしてのジャズの存在が大きいのだと言う。

「ブラジルで『パスポート』のオーバーダブを録音した際に、サルバトールのジャズフェスティバルで“ルース”(『スーツケース・オブ・ストーンズ』に収録)を演奏したのですが、その時の即興セッションは凄い刺激になりましたね。言葉が通じなくてもジャズを通して触れ合うことができ、“ルース”のアルバムバージョンはそのときのアレンジを再現しようとしました。色々な音楽だけではなく、文化にもアクセスできる「言語」だと思います」

ジャズという言語を用いて、さまざまな人や文化と出会うこと。これこそが、エミの音楽活動の根本にあるのは間違いないだろう。

2/3ページ:自分の中の声を本当に大切にしないと迷ってしまいますね。

曲を通して自分に話しかけることもあるし、成長した証が音楽に反映されることもあると思います。

新作『スーツケース・オブ・ストーンズ』は『パスポート』と並行してレコーディングが行われたセルフプロデュースの作品で、ファーストと同様に、全編英語詞の作品となっている。「地元のミュージシャンと再会したかった」という理由で、大学4年生の春休みにシアトルで演奏を録音、大学卒業後にサンフランシスコでボーカルを録り、エミ自らが参加をアプローチしたハスキー・ハスコルズによって、ロサンゼルスでミックスとマスタリングが行われている。

スーツケースに思い出を詰めて エミ・マイヤー インタビュー

「アレンジのディテール、ボーカルの録音、ミキシング、何であっても、自分の耳に自信を持つ事が一番大事だと感じました。やはり自分でプロデュースする時は他の人の意見もすごく聞きたいし、影響もされるけれど、自分の中の声を本当に大切にしないと迷ってしまいますね。ハスキーはとてもオープンに「このダイアルを上げるとこうなるよ」などと説明してくれて、私の意見も沢山聞いてくれたので、一緒に仕事がしやすかったです。また、アイスランドのお菓子を出してくれたり、映画と写真のお話をしたりして盛り上がりました」

作品のスタイルもファーストに近いジャズを基調としたポップスが中心ではあるが、バイオリンやチェロといった弦楽器、フリューゲルホルンやテナーサックス、クラリネットなどの管楽器、さらにはウクレレなど、多彩な楽器が曲ごとに異なる魅力を作り出していて、これは前述の歪曲バンドの影響もあるのかもしれない。また多くのミュージシャンと共に、楽しんで制作されたであろういい雰囲気が作品全体から感じられるのも特徴で、唯一日本語で歌われた“ザ・リターン”にある通り、本作は「一期一会」のアルバムであるとも言えるだろう。

「私が書く曲は、出会いや会話から生まれることが多いです。大学を卒業したり、友人から離れてしまうと、その分会える時間を大事にしたいですね。もちろん、いつも会える人とも同じくらいに、一緒に過ごす時間を大切にしたいと思います」

アルバムの中の個人的なフェイバリットを挙げると、抑制の効いたトーンが凛とした力強さ、美しさを醸し出している“ルース”と、優美なバイオリンとチェロが感動を誘うオープニングの“マスター・ピース”の2曲。“マスター・ピース”には「私は芸術をまねて、芸術は私をまねるから」という非常に印象的なラインがある。



「その歌詞を書いたのはシアトルの実家で、夜だったので窓に自分の反射が映っていました。英語では「life imitates art=人生は芸術をまねる」ということわざがあるので、そこから引用したんです。私は曲を通して自分に話しかけることもあるし、成長した証が音楽に反映されることもあると思います」

窓に映っていたのは音楽という芸術を通じて成長した現在のエミの姿であり、その成長の証が『スーツケース・オブ・ストーンズ』という作品なのだ。

2/3ページ:(アルバム・タイトルは)旅の気軽さ(スーツケース)と思い出の重み(ストーンズ)の両方を表しています。

(アルバム・タイトルは)旅の気軽さ(スーツケース)と思い出の重み(ストーンズ)の両方を表しています。

『スーツケース・オブ・ストーンズ』というアルバムのタイトルは、前作『パスポート』と同様に、「旅」を直接的に連想させる。ここに、表現者としてのエミのもうひとつの核がある。

「“スーツケース・オブ・ストーンズ”はタイトル曲ですが、スタジオでとてもスムーズに完成したので、レコーディングをした時期のエッセンスが詰まっていると思っています。誰でも旅をしたら何かを見たり考えたりすると思いますが、旅の気軽さ(スーツケース)と思い出の重み(ストーンズ)の両方を表していますね」

これは僕の勝手な解釈ではあるが、この「思い出の重み(ストーンズ)」の中には、自身の出生や、国を頻繁に行き来して活動することに伴う困難や苦労も内包しているのではないかと思う。しかし、エミはそれをポジティブに解釈し、人生という「旅」における、さまざまな「出会い」を自らの創作の糧にしているのだろう。そんなエミの考え方は、彼女のホームページで見ることのできる、彼女自身が描いた素敵なドローイングからもうかがい知れる。

「父も絵を描くのが好きで、子供の頃から旅行をすると一緒にスケッチや水彩画をするんです。絵を描いていると周りを静かに吸収できるので、つい見過ごしてしまうような光景に気づいたりすることができます。あとからその絵を見ると、その時にどんな音が聞こえたかとか、どんな人が隣に座っていたかとか、その瞬間に戻ることができて楽しいです」

スーツケースに思い出を詰めて エミ・マイヤー インタビュースーツケースに思い出を詰めて エミ・マイヤー インタビュー
イラストレーション:エミ・マイヤー

春には日本を訪れ、アルバムに伴うツアーが予定されている。ライブにおいて心がけていることは、「ライブの後に『心を込めて演奏できた』と思えること」、そして「観客との出会いを大切にすること」だというエミは、この新たな出会いから受けるインスピレーションを基に、きっとまた素晴らしい作品を届けてくれることだろう。

リリース情報
エミ・マイヤー
『スーツケース・オブ・ストーンズ』

2011年3月9日発売
価格:2,940円(税込)
PLANKTON / VITO-107/108

[DISC1]
1. マスター・ピース
2. トゥ・ザ・ウッズ
3. ハッピー・ソング
4. ザ・リターン
5. クリストファー
6. スーツケース・オブ・ストーンズ
7. イフ・ウィ・ワー・ツリーズ
8. ルース
9. イェスタデイズ・レイン
[DISC2]
1. ジャマイカ・ソング(スカ・ヴァージョン)
2. ア・サマー・ソング(イングリッシュ・ヴァージョン)
3. ア・サマー・ソング(ジャパニーズ・ヴァージョン)
4. ア・ウィンター・ソング(イングリッシュ・ヴァージョン)
5. ア・ウィンター・ソング(ジャパニーズ・ヴァージョン)
6. ドレミファ
7. フレンドリー・フェイス

イベント情報
『Tour Suitcase of Stones』

『お花見 World Beat』
2011年4月2日(土)
会場:東京都 上野恩賜公園野外ステージ

『GREENROOM FESTIVAL 11』
2011年5月21日(土)
会場:神奈川県 横浜 赤レンガ地区野外特設会場

2011年5月25日(水)
会場:宮城県 仙台 LIVE HOUSE enn

2011年5月27日(金)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO

2011年5月28日(土)
会場:静岡県 焼津市文化センター 小ホール
出演:
エミ・マイヤー
山口洋

2011年5月29日(日)
会場:大阪府 梅田 Shangri-La

『シソコ&セガール ライブ』
2011年5月31日(火)
会場:長崎県 佐世保 アルカスSASEBO イベントホール

2011年6月1日(水)
会場:福岡県 Gate's 7

『頂2011 feel the groove MUSIC & CAMP』
2011年6月4日(土)
会場:静岡県 吉田公園

2011年6月5日(日)
会場:東京都 渋谷CLUB QUATTRO
出演:
エミ・マイヤー
Schroeder-Headz(オープニングアクト)



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