いつかのあの日をプレイバック かせきさいだぁインタビュー

ゆるキャラ「ハグトン」の生みの親、かせきさいだぁが満を持してラッパーとして再始動。DUB MASTER XやスチャダラパーのBOSE、SHINCO、TOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシ、渡辺俊美といった縁の深いアーティストたちのバックアップや、近年ライブ活動を共にしているバンド「ハグトーンズ」の協力を得て、実に13年ぶりとなる3rdアルバム『SOUND BURGER PLANET』をリリースする。ポップでカラフルなサウンド上で紡がれる「情景」、そこからメランコリックな情緒が匂い立ち、聴き手を静かに揺さぶる。「最後のシティポップス」を標榜するリリシスト、かせきさいだぁに話を聞いた。

人脈作りに13年かけてたのかもしれません。

―前作『SKYNUTS』から13年ぶりの新作となりますね。

かせき:「まだですか?」とかはイラっとするくらい言われましたけど、そんな簡単に出ないんだよ!」って思ってましたね(笑)。

いつかのあの日をプレイバック かせきさいだぁインタビュー
かせきさいだぁ

―ソロでの音楽活動を休止していた13年の間に、アートの分野で成功を収めてハグトンという人気キャラクターを生み出したわけですが、音楽からアートへ活動の軸をずらしたきっかけは?

かせき:1998年にリリースした2ndアルバム『SKYNUTS』のリアクションが良くなくて、当分リリースができない状況になったんです。インディーズで出すって方法もあったかもしれないんですけど、求められていないことをやってもしょうがないな、と。で、Baby&CIDER≡(ホフディランのワタナベイビーと結成したユニット)として音楽活動をしたり、冗談半分で漫画を描き始めたりしたんですけど、個展をやったら評判が良くて、そっちが忙しくなっちゃいました。

―どういった経緯で漫画を描き始めたのでしょうか?

かせき:もともとナムコっていうゲーム会社でイラストを描く仕事をしていたんです。同僚のサウンドクリエーターにキリンジの堀込高樹くんがいて、一緒にゲームを作ったりしてました。まぁとにかく月曜から金曜はそこで働いて、週末はラップするという生活を送っていて。週末やってた音楽の方が評判が良かったんで、ミュージシャンになったんですよね。途中で音楽が誉められなくなったんで、また絵の方に戻った形です(笑)。

―なるほど(笑)。

かせき:ファンや友達にはずっと「アルバム作らないの?」って言われていたんですけど、実際、リアルに「場所を用意するんでやってくださいよ! どうぞ!」って人が現れない限り、なかなか音楽活動ってできないんです。13年間、お膳立てが揃うのを待ってたわけじゃないですけど……ただ、今回の作品は、ヒップホップをやっていなかった13年間の間に知り合った人たちと作っているので、ヒップホップ以外のことをやってる風に見せかけといて、コツコツとつながりを作っていたっていうのはありますね。そういう意味では今だからこそ出せた3rdアルバムだと思います。

―長い期間をかけて築き上げた関係をもとに、信頼の置ける方に声をかけたってことですね。

かせき:写真を撮ってくれた川島小鳥くんとも、ここ数年で知り合ったんですけど、次に(アルバムを)作る時は絶対彼に写真を撮ってもらおうって決めてました。「あの人、ちょっと良さそうだから頼んでみよっかなー」っていうオファーの仕方をした人はいないです。「この人は絶対いいから!」っていう確信があって、ちゃんと知っているクリエーターに頼んだ感じ。人脈作りに13年かけてたのかもしれません。まぁ、偶然の産物ではあるんですけど、あえて意味付けるならそういう風にも言えるかな。

2/3ページ:ラップの歌詞を書くってことは絵を完成させるだけ。それだったらできるぞって。

アマチュア丸出しの草バンド感覚で作業してました(笑)。

―作品自体はいつ頃から作りはじめたんですか?

かせき:昨年の秋くらいからかな? バンド(ハグトーンズ)のメンバーが他に仕事もしているので、1週間に1回集まって1日かけて作業してました。

―ご自身が書いたバイオグラフィの中で「ハグトーンズは部活ならぬ、草バンド」と仰っていましたが。

かせき:草野球やってる人ってほんとうに楽しそうにやるじゃないですか。毎週、薄暗い地下に男だけで集まってるのに、なんでこんなに楽しいんだっていうね(笑)。だって1週間のうちの貴重な休みの1日を音楽に使っているわけですよ?

―プロのミュージシャンだから、音楽=仕事ですよね。なのに、完全にエンジョイしてるっていう(笑)。

かせき:そうなんです(笑)。レコーデイングに、ボーちゃん(スチャダラパーのBOSE)とか川辺くん(Tokyo No.1 Soul Setの川辺ヒロシ)とかが来ると「プロが混ざったわぁ」って感じがするんですけど、それ以外はアマチュア丸出しの草バンド感覚で作業してました(笑)。

―ハグトーンズの曲はメロディが美しくてポップで甘くて、ラバーズロック的ですね。音楽それ自体が持つ楽しさみたいなものが、ひしひしと伝わってきます。

いつかのあの日をプレイバック かせきさいだぁインタビュー

かせき:ハグトーンズは、いとうせいこうさんやDubMasterXさんとやっていたダブバンド、THE DUB FLOWERのメンバーで構成されているので、もともとレゲエのエッセンスが入っているんですよ。レゲエっぽいアプローチをしたいなぁっていう僕の希望を彼らはあっさり叶えてくれたんですけど、普通のバンドだったらなかなかできないサウンドだと思います。本当に助かりました。


ラップの歌詞を書くってことは絵を完成させるだけ。それだったらできるぞって。

―アルバムに付属するDVDには、PVやライブ風景に加えて「ハグトンムービー」なる映像も収録されていますね。

かせき:「ハグトンムービー」はボクが監督しました。京都の劇団「ヨーロッパ企画」が年に1回開催している『ショートショートムービーフェスティバル』というイベントがあって、毎回お題として出されるタイトルと、5分以内という規定を守れば、あとは好きな映像を作ってOKという映像祭なんですが、これはそこに出展した3作目ですね。ハグトンがギターを弾いたら、あまりの下手っぷりに騒音でゴキブリが死んじゃう。それで、バンドじゃなくて「害虫駆除、始めました」って方向転換するっていう4コマがあって、それをちょっと長くして実写化したバージョンです。

―本当に色々なチャンネルを持ってますね(笑)。

かせき:色々やってみるのが好きみたいです。子供の時からそうなんですけど、色々やってみて、誉められたことを続けようっていうね。周りに反対されつつ「俺はこれでやってくぞ!」って意気込んでも、しょうがないっていう気持ちがあるんです。みんなが「えー」っていうものってダメだろうし、それよりも「アンタのコレ、すごくいいね!」っていうものを伸ばした方がいいでしょ? しかも、それをやってるうちに「誉められることをやると、お金が入ってきて、食っていける」ってことに気付いたんですよね。ハグトンを描くと本を買ってもらえるけど、(趣味の)釣りやプラモではお金が入ってこないんですもん(笑)。

―映像を作ったりイラストを描いたりする活動が、音楽活動にフィードバックする部分はありますか?

かせき:もちろん絵と音楽は全く別のものなんですけど、自分の中での脳味噌の使い方が似ているのかも。もともと日本語ラップには、メッセージ性がなきゃいけないっていう風潮があったと思うんです。ラップのルーツは迫害を受けているマイノリティの想いを歌うって部分にあるけど、それって日本人の僕たちにはリアリティがない。「じゃあ、何を歌うか?」っていう問題がずっと自分の中にあったんです。それが最終的に、言葉を使って絵を描けばいいんだって所にたどり着いたんですよ。ラップの歌詞を書くってことは絵を完成させるだけ。それだったらできるぞって。

―だから、かせきさんのリリックには情景描写が多いんですね。きっとそれが誰にも出せない、濃厚な「味」になっているように思います。

かせき:本人はそんなつもりじゃないんですけど、どうも癖が強いみたいですね(笑)。ラップが絵と違うのは、受け手によって見え方が変わること。同じ夏の情景を描いても聴いた人によって浮かぶ情景が違うみたいで、そこがまたおもしろいんですよね。

―普遍性がある言葉によって想起されるイメージは、受け手によってそれぞれビジョンが異なるってことですね。

かせき:思い浮かぶ絵が違うってことは、それだけ色々な人が楽しめるってこと。未だにそのおもしろさにとりつかれていますね。どの曲も頭の中に、もやーっとイメージがあるんですよ。それをメロや歌詞、音楽という形で人に提出できるっていうのが楽しい。もやもや考えてることって、なかなか伝わらないことが多いけど、音楽という形で人に渡せるのがいいですね。たった3~4分の曲で「俺もこんなことあったわぁ」とか、しみじみと思ってもらえるなら嬉しいです。

2/3ページ:気持ちや記憶が呼び起こされるような情景描写を心がけているし、そういうポップスに挑戦してるつもりです。

気持ちや記憶が呼び起こされるような情景描写を心がけているし、そういうポップスに挑戦してるつもりです。

―表現方法はラップですけど、聴き手のシンパシーを呼び起こすって部分で言うと、かせきさんの音楽は「ポップス」ですよね。資料の中にも「最後のシティポップス」という表現がありましたが、ヒップホップのフォーマットでシティポップスをやるっていうジャンルで、かせきさんはオリジネーターですね。

かせき:ちゃんとシティポップスをやろうという気持ちはありますが、ストレートにやるんだったら山下達郎さんとかには絶対敵わないわけだし。だったら誰もやってない方法でやればいいんだっていうね。まぁ、実際に最後かどうかわわからないですけど、はったりかましてそう謳ってます(笑)。

―ちなみにシティポップスをやるぞという自意識の中には、アーティストというよりアルチザン(=職人)的であろうというような、ある種のアティテュードが含まれていたりするのでしょうか。

かせき:自分の作品はどれだけ実験できるのかってことを意識しているので、職人的とは違うんですが、出来上がりがポップになるようには心がけています。実験的でめちゃくちゃすごい人もいますけど、ハードコアみたいなものをやるのは、ある意味簡単。小難しい風にすれば賢く見えるわけだから、それっぽい風にするのは誰でもできちゃう。ポップに作る方が難しいと思います。僕の師匠である作詞家の松本隆先生も「誰もがわかるような簡単な言葉で歌詞を書くっていうのが一番難しいんだ。難しい言葉で書くのは実は簡単なんだよ」って仰ってましたが、本当にその通りですよね。わかりやすくすればするほど難しくなっていくので、挑みがいがあるなぁと思ってます。

いつかのあの日をプレイバック かせきさいだぁインタビュー

―具体的に松本さんの歌詞でそれを実感したことはありますか?

かせき:松本先生が手掛けた斉藤由貴の“卒業”の歌詞で「卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう」というのがありますけど、ひとつも難しい単語が出てこない。でも絵が浮かぶんですよね。こんな絶妙な言葉の組み合わせ、普通は思いつかないでしょう!(松本先生を)全然抜けないぁと思いますね。だからラップをやってるんだと思います。

―歌謡曲だと限られたセンテンスしか詰め込めないけど、ラップだとたくさん言葉を詰め込めるから、より細かな情景描写をすることが可能ですよね。

かせき:より多く詰め込める分、大変なんですけど、確かにその利点はありますね。昔、松本先生に「君の歌詞には人と人のスパークがないね」と言われたんです。確かに「泣かないと冷たい人といわれそう」って歌詞は、実際に誰かと誰かが触れ合っている描写ではないのに、人と人とのスパークを感じますよね。それ以降、意識するようになって、僕も多少はスパークできるようになったものの……まだあまりうまくはないです(笑)。

―収録曲“夏をプレイバック”でも、孤独の中、ひとりぼっちで過ぎた夏に思いを馳せてるような切なさがありますよね。

かせき:曲を作る時に、大勢で聴くことより1人で聴くことを想定してしまうんです。電車の中や家、1人の空間で音楽を聴くことの方が多いと思いますから。そこに響くようなもの作りにしたいなと思ってます。

―確かにパーソナルな表現の方がハマりますよね。

かせき:“夏をプレイバック”っていう僕の言葉にはスパークがない。でも、気持ちや記憶が呼び起こされるような情景描写を心がけているし、そういうポップスに挑戦してるつもりです。いつか(松本先生に)「スパークがないきみの歌詞にはかなわん」と言わせたいなぁ(笑)。

―情景描写の中でも、過去を振りかえるようなメランコリックな雰囲気が濃厚な気がします。もしかしてここ最近は、バック・イン・ザ・デイズ……昔を懐かしむようなタームだったり?

かせき:うーん、どうだろう。そういうわけでもないんだけど、人間は過去しかわからないじゃないですか? 未来のことを歌っても、わからないから漠然としてしまう。だから過去を歌ってるんです。過去はみんなの共通意識として共有できるわけですし。「未来の夏ってこんな感じじゃねー?」って曲を作るより、「夏ってこんな感じでしたよね?」って歌うほうが、よりみんなにリアルなものを提示できるんだと思います。

―なるほど。ところでアルバムタイトルの『SOUND BURGER PLANET』の「サウンドバーガー」ですが、1980年代のポータブルプレーヤーの名前ですよね?

かせき:そうです。もともとはただの「サウンドバーガー」ってタイトルにするつもりだったんですけど、作っているうちに「プラネット」な感じに思えてきたんですよね。自分がやっているのはヒップホップ。ヒップホップの宇宙っぽいところを、ボクなりに再現したつもりです。

―では、最後に今後の予定を教えてください。

かせき:しばらくはちゃんと音楽をやっていきたいなぁ。絵を描いたり、映像を撮ったり……あと『ズッコケ三人組』を読破したり、原付で静岡の実家まで帰れるかチャレンジしてみたりとか(笑)、くだらないことも含めて本当に色々やってきたけど、今は音楽をやりたいです。

リリース情報
かせきさいだぁ
『SOUND BURGER PLANET』(CD+DVD)

2011年6月29日発売
価格:3,150円(税込)
AWDR/LR2 / DDCB-12039

1. Intro
2. サウンドバーガープラネット
3. CIDERが止まらない
4. 夏をプレイバック
5. 明日ライドオンタイム
6. ときめきトゥナイト
7. 恋のANYTHING GO !
8. ネェ What do you want?
9. STAYTUNE
10. 雨のびいと
11. GO ! GO ! ハグトーンズ
12. 夏をプレイバック(Dub's DUB)
[DVD収録内容]
・“CIDERが止まらない”PV
・“GO!GO!ハグトーンズ”PV
・ハグトンムービー「ロックの巻」
・まるでさいだぁVTR .001
・恋の赤ペン先生の「かせきさいだぁ白書」

プロフィール
かせきさいだぁ

1996年、「かせきさいだぁ≡」でメジャーデビューし、1998年に2ndアルバム「SKYNUTS」を発表。他にも「Baby&CIDER」、「トーテムロック」、「The Dub Flower」など、さまざまなユニットでライブ活動中。'09年からは「かせきさいだぁ&ハグトーンズ」を結成し、かせきさいだぁの音楽活動を再開している。2011年6月29日には、13年ぶりとなる待望の3rdアルバム『SOUND BURGER PLANET』を発表。また4コマ漫画「ハグトン」を2001年から描き続けており、近年では、個展も年に数回開催されている。CIDER inc.所属。



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