僕は日本に絶望している『めめめのくらげ』村上隆インタビュー

ロンドンから世界に発信される現代美術雑誌『Art Review』の恒例企画、アート界のキーパーソン100人をランキングする「THE POWER 100」。その中で、ほぼ唯一の日本人として毎年登場するアーティストが村上隆である。世界でも類を見ない巨大な工房と多くのスタッフを率い、日本美術の歴史とポップカルチャーをミックスした独創的な作品を発表してきた村上が、ついに映画監督デビューを果たした。

タイトルは『めめめのくらげ』。謎の生き物「くらげ坊」と、とある田舎町に引っ越してきた内気な少年の交流を描いた同作は、村上ワールドの集大成的作品と言えるだろう。愛らしくもどこか不気味なクリーチャーたち、大人の知らない子どもだけの秘密の世界、そして世界の存亡をかけた大バトル。それは、村上が創造してきた数々の作品に留まらず、僕たち日本人が子どもの頃から慣れ親しんだアニメやマンガの世界を融合させた、奇想天外なワンダーランドだ。

今回、全国公開を控え多忙を極める村上にインタビューする機会を得た。日本のアートシーン、ひいては日本社会に挑発的なメッセージを投げかけてきた村上隆である。想像を超えるエキサイティングな話が飛び出すと予想し、インタビューへと向かったが……村上の口から発せられたのは、さらに驚愕する内容だった。日本人として生きること。震災以降にアーティストして活動すること。村上隆が追い求める見果てぬ夢と絶望……。誰も知らない村上隆像がそこにはあった。

現場のスタッフには申し訳なかったです。でも、自分的には出来る限界までやりました。

―最近まで「本当に完成するのか……」と、かなり切迫したツイートもしてらっしゃいましたが、遂に『めめめのくらげ』が完成したそうですね。出来あがったものを見て、いかがでしたか?

村上:そうですね……。今までの映像作品もそうですけど、異分野のクリエイターと一緒に作品を作らせていただくと、最後はもうお互いに顔も見たくない、ってなることが多いんです(苦笑)。今回はそこまでではなかったかもしれないですけど、何度も何度もリテイクを出してしまったので、やっぱり現場のスタッフには申し訳なかったです。でも、自分的には出来る限界までやりました。

―先日、ロサンゼルスで試写会がありましたが、どんな反応が?

村上:海外の人たちの反応は予想以上で、手応えがすごくありました。それは良かったんですけど、僕の作品の表現ってそもそも日本ではアウェイな気がしてて(苦笑)、ロサンゼルスでバカ受けした分、今ちょっと不安です。

―ルイ・ヴィトン、細田守さんとコラボした『SUPERFLAT MONOGRAM』など、これまでの短編アニメーション作品は、村上さんの仕事の中でとても重要な位置を占めていたと思います。なので、いずれ長編作品も撮られるだろうとは思っていたんですが、今回、なぜアニメではなく実写を選ばれたのでしょうか?

村上:初めは実写で撮るつもりはなかったのですが、監督補を担当していただいた西村喜廣さん(『東京残酷警察』監督)と出会って、背中を押していただき、実写でもいけるんじゃないかと思えるようになったんです。ただ、いざフィルムを作ってみると、僕自身がアニメ体質なので、最終的にはCGが1,000カット以上あるアニメっぽい実写作品になっちゃいました。

―それは予想外の結果だったのですか?

村上:最初から頭の中にはあったものが、時間が経ってリアライズされた結果だと思います。2年間ずっと作品を作り続けてきたのですが、今年の1月くらいに大きな転換点があって、すべてが変わっちゃうくらいの再編集を行ったんです。スタッフはかなり度肝を抜いていましたが、自分の中では必然的な流れであって。

村上隆
村上隆

―大きな転換点というのは、作品のテーマに関わってくるようなことだったんでしょうか?

村上:曖昧だったテーマに、一本筋を通したってことですかね。劇映画では物語性が重要になってきますが、「物語」って、自分の中にあまりなかった要素だったんです。だから、制作中はある種の枷みたいに感じていたんですが、最終的に枷を全部とっぱらうことにしました。物語は物語であるんだけれども、もっと大事な、抽象的なメッセージを作品の中心に据えたつもりです。

―シーンによって大きく変わったところもありそうですね。

村上:オープニングを完全に変えました。それと、『めめめのくらげ』というタイトルの意味も若干変えています。

―広大な宇宙空間から精神的な内宇宙へと一気にワープするような、印象的なオープニングですね。無数の銀河系があり、その奥には村上作品の象徴である目玉が潜んでいる、みたいな。

村上:最初の構想では、主人公・正志の表情のアップだったんです。スタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』の最後で、スターゲートとボーマン船長の顔が交互に映されますよね。シュルレアルな世界では、広大な宇宙空間も人間も等価であるというか。だから、見え方は違うけれど、同じものを表現しているわけです。

3.11以降、美術館を作りたいとか、欧米中心のアートコンテクストの中でどう位置付けられるとか、どうでもよくなってしまったんです。

―以前あるインタビューで、村上さんはいつか自分の美術館を作りたいという話をされていました。美術館は、作家の活動を美術史の中に位置付けていく役割を担っており、そのために自画像を描いたりしている、というお話だったと記憶しているのですが、今回の映画『めめめのくらげ』はどのような位置付けになるのでしょうか?

村上:実は、3.11以降、そういう思考が僕の中から一気になくなっちゃったんです。美術館を作りたいとか、西洋のアートコンテクストの中でどう位置付けられるとか、どうでもよくなってしまったんですね。

―えっ!?

村上:大震災が起きて、東北地方一帯を津波が襲って、原発が爆発して……。人々にとって「方便」というか、嘘八百がこれほど必要とされる瞬間はなかったっていうのが、3.11の後ですよね。だからそれ以降、僕の中で「方便とはいったい何だろう?」という疑問がすごく大きなテーマになったんです。それが映画のストーリーともリンクしていくんですよね。宗教が立ち上がってくる瞬間の方便であるとか。布教なんて、ある種の嘘八百ですよね。

『めめめのくらげ』 ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

―僕も実際に3.11を体験した日本人の1人として、政府や財界を見ていると、すごくネガティブな意味での方便を感じて怒りを覚えます。ですが今、村上さんがおっしゃった「方便」というのは、ちょっと違った意味合いが込められていませんか?

村上:チェルノブイリ原発事故が起きたとき、僕は24、5歳でしたけど、広瀬隆さんの『危険な話 チェルノブイリと日本の運命』を読んで、2年間なんちゃってアクティビストをやってたんです。やむにやまれぬ気持ちにかられて、集会に出たり署名を集めたり、勉強会に出たり。でも、正直何にも変わらなかった。変わらない理由も初めからわかってたんです。つまり、問題に対抗するだけの処方箋をこちら側は最初から持ち合わせていなかった。何をどうすればいいかわからないのに、病気に立ち向かえるわけがない。そして失敗してしまった。そんな自分の人生に落とし前をつけるために、僕はアーティストとして生きることを決めたんです。

―はい。

村上:3.11に対してアクティブに活動している人たちの行動は、具体的な実行力を持った表現ですし、けっして無駄ではない。でも、僕は『めめめのくらげ』で描いたような物語を世界中に流布させることで、社会に対する影響力や圧力を生み出す方法を選んだということです。作品にすることで、絵画であっても映画であっても、不特定多数の人と問題意識を共有することが出来る。その方法が僕にとってアクティブなんです。「方便」とか「嘘八百」と言ってしまうとネガティブに聞こえるかもしれませんが、そこに込めた真意は賢い人には伝わると思う。これからは、その方便作りに集中していきたいと思っています。

『めめめのくらげ』 ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

日本のオーディエンスに、僕のアートに対する疑念を抜きにして、良いか悪いか判断してもらえる初めての機会だと思います。

―例えば村上さんの『五百羅漢図』を見ようと思ったら、カタールまで行かなければならなかったですが、映画であれば、より多くの人が見ることが出来ます。その意味でも『めめめのくらげ』は大きい意味を持っています。

村上:そうです。美術館やギャラリーではなく映画館というフィールドで、日本のオーディエンスに、僕のアートに対する疑念を抜きにして、良いか悪いか判断してもらえる初めての機会だと思います。不安なのは、「あの村上隆の映画だろ? 見に行かなくてもわかるよ」という行動に出られること。見てもらったうえで、「つまらなかった」と判断されるのは全然いい。だから、とにかくいろんな層の人たちに見てもらいたいし、彼らに届く作品を作らなければいけないとずっと考えていました。日本では、マンガ、映画、アニメーションなど、日本人の心性にフィットするメディアを選ばないと、遠くまで届かない。いくら僕がああだこうだ言っても、日本人に現代美術を学習する気がまったくない以上どうしようもない。チェスでチャンピオンになった人間が将棋のルールを学び直して、改めて勝負するということを映画でしようと思ってます。

今の日本に蔓延している「あなたたちの未来は祝福されている。あなたたちは自由に何かを選ぶことが出来る」という大嘘から子どもたちを覚醒させたいんです。

―『めめめのくらげ』では、子どもたちの世界が中心に描かれています。しかし、彼 / 彼女らの世界にもエグい部分があり、誰もが成す術を見付けられない中で、それでも現実に立ち向かっていくという物語です。今回、子どもを描こうと思ったのはどういう理由だったんでしょうか?

村上:今の自分を形成しているものが、ほぼ10歳くらいまでに影響を受けたものだということに、30代中盤になって気が付いたんです。それで、メッセージを伝えるとしたら、子どもしかいないという決断をして、そこから先の僕の作品は、実はほとんど子ども向けに作っているんです。

―3.11以前の村上さんは、コンテクストの重要性や西洋のアートの作法を理解せよ、ということをしきりに訴えてらっしゃいました。それは、けっして子どもに向けられたものではなかったと思うのですが?

村上:それでも、子どもが理解出来ないものを作ろうとは思いませんでした。嘘でも方便として訴えるという意味においては、『五百羅漢図』あたりからアダルトな方向にも向かいましたけど、他の短編アニメーションを見ていただければわかりますが、すべて子どもを意識しています。子どもから共感を得られなければ、僕の存在意義はないと思っています。

『めめめのくらげ』 ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

―『めめめのくらげ』をシリーズ化して、最終的にテレビシリーズとして放映したいとおっしゃっていましたが、それもやっぱり子どもに届けたいから?

村上:今の日本に蔓延している教育、「あなたたちの未来は祝福されている。あなたたちは自由に何かを選ぶことが出来る」という大嘘から子どもたちを覚醒させたいんです。平和ボケに乗じて税金をジャブジャブ投入し、一大土建国家に仕上げた現代日本の成り立ちを正当化するための信心、嘘八百であったと。「自由を謳歌せよ。自分の頭で考えて自分のために行動せよ。その先にはドリームカムトゥルーが待っている」とか、そういう洗脳がこれまでの教育で行われてきたのであるならば、その真逆のメッセージを送り続けたいということですね。

『GEISAI』は10数億円かけて、無駄だということがよくわかりました。

―村上さんは、ご自身のスタジオ運営や、『GEISAI』などを通じて美大生や芸大生に対する徒弟制度的な教育システムを構築しています。だとすると、そこに参加している20代前半の若者たちは、もはや手遅れということでしょうか?

村上:そうです、手遅れです。『GEISAI』は10数億円かけて、無駄だということがよくわかりました。じゃあ、僕が今もなぜ『GEISAI』をやっているかと言うと、もしかしたら一粒の可能性が残されているかもしれないという葛藤があるからです。可能性を捨てきれない以上、やり続けます。でも、『GEISAI』で、自分のエゴや自尊心を満たすために受賞して、目に見えない未来の旨みを吸い取りたいっていう人間に可能性はありません。

―では、新しい可能性を映画やテレビの中に見出しているのでしょうか?

村上:うーん……。僕自身、自分の作品とか活動形式に全然自信もないですから、難しいですね。僕にとって人生の訓戒は、ゴヤの存在なんです。スペイン人であるゴヤは、軍隊が市民を虐殺する『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺』を描いてますが、そのとき彼は無力だったはずです。彼自身は虐殺の非道を告発する意味を作品に込めたのでしょうが、そのときのスペイン政府もしくは国家に対しての影響力はゼロだったと思うんですよ。しかし、世界はなるようにしかなっていかず、この絵が描かれた1814年から見て未来である現在においては、スペインは虐殺が悪行であったと認めるところまで来てるわけですよね。歴史を振り返るための句読点として芸術があるとするならば、そこにしか自分の存在価値はないというか。非常に消極的で、退いていきながらの1つの戦い方という感じでしょうか。

村上隆

―アーティストとは歴史に対する告発者ということでしょうか?

村上:非常にちんちくりんで、現世ではなんの影響力も持たない無意味な存在です。タイムマシンを作っているマッドサイエンティストみたいな、ある種の変人だと思っています。

―でも、変わっているがゆえの蛮勇もあるのではないでしょうか。時代の渦中に向かって、1つの小石を投げて波紋が出来る。そんな影響力をアーティストは持っていると思います。そういう希望みたいなものも抱いてらっしゃいますか?

村上:どうでしょう? 死ぬ気でちゃんと芸術をやっているんだとしたら……。でも、中途半端にやっている人は無意味でしょうね。

100年、200年後の世界で「社会を変えよう、自分を変えよう」としている人たちに対して、小さな勇気みたいなものを与えられる存在になりたい。そういう作品を残したいと思っています。

―映画は総合芸術と言われますが、『めめめのくらげ』は村上さんの世界観の集大成と言えるでしょうか? 今までのお話をふまえると、なかなかストレートには言えないことかもしれないですが……。

村上:ほんとに僕は日本に絶望しているのです。日本人として生まれ、日本語を操って、日本に多額の税金を納めていますけれども、すごく絶望している。そんな中で、芸術家という生き方を選んだのは、世の中を変える役目というものに自分が加わりたいという気持ちがあったからなんです。ただ、僕が生きているうちにそれは無理だとわかりましたから、100年、200年後の世界で「社会を変えよう、自分を変えよう」としている人たちに対して、小さな勇気みたいなものを与えられる存在になりたい。そういう作品を残したいと思っています。

『めめめのくらげ』 ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

―なるほど。

村上:「この一作で集大成か?」と言われると、今回は僕の技術が追いついていないので、まだまだです。僕は宮崎駿さんの『もののけ姫』が大好きなんですが、あれもとんちんかんなストーリーで、大破壊があったけど、最後は木の芽が生えて希望が生まれて良かった良かった、なんてくるくるパーみたいなお話じゃないですか。あの映画で重要なのは、支配階級である武士がいて、武士から虐げられる農民や浮浪民がいて、そんな彼らからも差別されているハンセン病患者がいる、というヒエラルキー社会の存在。そして、最も下層の人たちは、ゲットーに隔離されつつも鉄砲を作りながら自分たちの存在理由を見付けて、ある種の理想社会を建設しかけるんだけど、すべて無駄に終わってしまう。でも、それがこの世の中なんですよ、というメッセージです。そこに僕は共感しています。身も蓋もない現実から目を背けない物語を紡げる能力を身に付けて、これからも映画を作っていきたいと思います。

―『めめめのくらげ』は3部作になるそうですね。本作のスタッフロールの後には、かなり衝撃的なフッテージが登場して驚きました。

村上:僕の活動は、ずっと続いているんです。目玉の絵だって、15年くらい前から描いてますし、Mr.DOBもデビュー以来、いまだに描いています。僕の作品は終わることがないんです。生きている間に生まれてしまったタイトルはずっと続いていきますし、例えば『めめめのくらげ』は、僕が監督しなくても続いていくタイトルとして、ずっと生き続けると思います。

イベント情報
『めめめのくらげ』

2013年4月26日(金)よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国順次公開
監督・エグゼクティブプロデューサー・原案・キャラクターデザイン:村上隆
主題歌:livetune feat. 初音ミク“Last Night, Good Night”
出演:
末岡拓人
浅見姫香
窪田正孝
染谷将太
黒沢あすか
津田寛治
鶴田真由
斎藤工
配給:ギャガ

『村上隆 めめめのくらげの世界展』

2013年4月20日(土)〜5月19日(日)
時間:12:00〜20:00 ※会期中無休
会場:東京都 六本木ヒルズ A/Dギャラリー
料金:無料

プロフィール
村上隆

1962年、東京都生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。1991年に青井画廊でアーティストデビュー。2008年、米『TIME』誌「世界で最も影響力のある100人」に選出。英国のアート誌『Art Review』の特集では、10年連続で「世界のアート業界をリードする100人」に選ばれ続けている。日本では、六本木ヒルズやヴィトン、カニエ・ウェストやゆずとのコラボレーション、また、『芸術起業論』、『創造力なき日本』などの著書でも広く知られる。最近の代表的な個展は、ヴェルサイユ宮殿『MURAKAMI VERSAILLES』(10)、カタールAl-Riwaq エキシビジョンホール『Murakami-Ego』(12)。有限会社カイカイキキ代表として、若手アーティストの育成やマネジメント、ギャラリーやショップの運営も手掛けている。アニメ作品『6HP』を監督、2013年にリリースされる。



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