文化の力で社会変革はできるのか? 山出淳也インタビュー

アーティストとして国際的に活動してきた経験を活かし、近年は別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』や、『国東半島アートプロジェクト』など、さまざまな地域でのアートプロジェクト開催に尽力してきた、NPO法人「BEPPU PROJECT」代表・山出淳也。

そんな山出がこの10月、「文化の視点から見る経済像」をサブテーマに、様々な議論が語られる『文化の力・東京会議2013』本会議に参加する。東京都と東京文化発信プロジェクトが主催する『東京クリエイティブ・ウィークス』の一環として行われる同会議。パネリストには、哲学者や経済学者など、世界各国の多彩な分野から有識者が集い、新たな「文化」と「経済」の関係を探っていく。

別府という地方都市を活動拠点とする山出には何が見えており、経済を中心とした今の社会にどんな提言を投げかけるのか? 都内で行われたインタビューでは、山出のこれまでを振り返りながら、別府での活動、アートプロジェクトを行う意義など、本質的な内容に踏み込むものとなった。

「東京じゃないから」「お金がないから」「ネットワークがないから」できないじゃなくて、その中で何ができるのかを考えるのが好きだった。

―山出さんは、大分のギャラリーで展覧会を開催するなど、10代の頃から盛んにアーティスト活動をされていたそうですね。

山出:高校生の頃から異業種の人が集うパーティーや、レクチャーを友人たちと開催していました。普段つながりのないような人たちと関わりたいと思っていたんです。それが縁で高校卒業後すぐ、展覧会を開催することになりました。20点くらいの絵画作品を展示したんですが、それが全部売れてしまった。ませた子どもだったんです(苦笑)。

―いずれも、あまり普通の高校生が行わないような活動ばかりですよね(笑)。

山出:今振り返って考えると、「学校がないと学べない」「東京じゃないとできない」「大分ではできない」といった考え方に対して反発心があったんじゃないかと思います。「お金がないから」「ネットワークがないから」できない、じゃなくて、その中で何ができるのかを考えるのが好きだったんです。

―それは、現在の山出さんの活動にも繋がる哲学ですか?

山出:そうだと思います。初めての展覧会の翌年には、大分にあるパルコの地下でも展覧会を行いました。そこでも作品が売れて、そのお金でイギリスやイタリアに留学しました。それで「僕はアート作品を売って生きていけるんだ」という勘違いをしてしまったんですね。

山出淳也
山出淳也

―1980年代後半の日本は景気が良く、アート作品も飛ぶように売れた時代でしたね。しかし、それ以降も山出さんは『台北ビエンナーレ』などのアートフェスティバルや、ニューヨークやパリで展覧会を行なうなど、国際的なアートシーンの中で活躍されていきます。そして、2004年に帰国後、それまで順調だったアーティストとしてのキャリアを中断し、別府でのアートプロジェクト活動に注力し始める。そこには、どういう心境の変化があったのでしょうか?

山出:世界各国の美術館で展覧会をしていたのですが、多いときだと週3回、さまざまな国へ移動することもありました。空港からホテルへ、ホテルから美術館へ、という移動の中で、その土地と全く関わらずに過ごすことが多かったんです。僕はどちらかというと、場所と関わって作品を制作していくタイプのアーティストなので、そんな状況に対して消化不良を感じていたのかもしれません。そんなとき、滞在していたパリで初代観光庁長官の本保芳明さんが執筆した記事をインターネットで読みました。別府のホテル経営者が宿泊者に対して路地裏散策ツアーというサービスを始めた。しかも、お客さんが1人でもいれば実施するという内容の記事でした。

―その記事のどのような部分に惹かれたのでしょうか?

山出:かつて別府は団体客中心の観光地でしたから、ホテル経営者が個人に向けたサービスを考えるはずがないと思っていました。そんな別府のホテルが個人向けのサービスに移行していた。その街の変化に興味があって、記事に名前が出ていた方々に実際に会いに行ってみたんです。

―久しぶりに別府を訪れたとき、街はどのような様子だったのでしょうか?

山出:子供の頃、家族や親戚と何度か別府に行ったことがありましたが、往時の賑わいはなく、国際大学が設置され外国人の居住率がとても上がっていたり、僕の知っているかつての別府とは全く違う街になっていました。ただ一方で、別府は港町でもあり、色んな人々を平等に受け入れる風土が残されているため、受容性が高い街でもあるんです。そんな部分も魅力に感じて、「この街で芸術祭を開催したらどうなるんだろう?」と考え、「BEPPU PROJECT」を始めたんです。

アートという行為を通して人々が多様な価値観に気づいたり、認め合うこと、それが一番重要な柱です。

―山出さんはもともとアーティストであり、アートプロデューサーではありませんでした。そんな山出さんが別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』などのアートプロジェクトを成功させた理由というのは、何かあるのでしょうか?

山出:僕は、アトリエにこもって絵を描くタイプのアーティストではなく、色々な人と話したり関係性を築きながら作品を制作するプロジェクト型のアーティストだったので、自分にとって絵筆にあたるものは電話だったんです。だから、作品制作の過程は組織のマネジメントそのもので、今の活動とそこまで離れた仕事ではなく、ある意味違和感なく活動ができているのかもしれません。

―逆に、アーティストとマネジメントの違いはどんな部分でしょうか?

山出:使う言葉が全然違いますね。アーティストは自分が言いたいことだけを言えばいい。書類を作ってプレゼンをして、助成金の審査員に理解されなくても構わない。その作品や言葉が面白いと思った学芸員やギャラリーの人と一緒にやればいいんです。

―はい。

山出:一方、マネジメントでは、周囲に自分の考えを理解してもらいながら、相手のことも考えつつ全体を進めていかなければなりません。だからマネジメントとは、「アートと社会をつなぐもの」だと考えています。本来この2つは一体化していたはずなのに、どこかで僕らは全く別のものというイメージを持ってしまった。今の社会では、経済性や生産性、効率性が優先されますが、アートは「人が生きるとはなにか?」「アートとはなにか?」という非常に根源的な問いを投げかけます。だから効率が悪く感じられるし、答えがすぐには出ないから、どう捉えたらいいかもわからないんです。

山出淳也

―なるほど。では、そんな山出さんの活動にとって「地域」とは、どのような存在なのでしょうか?

山出:誤解されたくないのは、僕らは別府という地域を活性化するためだけにプロジェクトをやっているわけではないということです。NPOとしてのミッションは、「アートの持つ可能性を社会的に位置づけていくこと」です。アートという行為を通して人々が多様な価値観に気づいたり、認め合うこと、それが一番重要な柱なんです。多様な価値を認め合う社会。それは、別府も東京も関係ありません。そして、このミッションのために僕らはアートプロジェクトを展開しています。ですから、プロジェクトを展開する中で向き合う「場」が「地域」なんです。絵描きならキャンバスという「場」に描くのか、ナプキンに描くのか、包装紙に描くのかによって、描く作品は違ってきますよね。

アートプロジェクトは「今何が欲しいのか」ではなく、「これから何が必要であるか」に気づいてもらうことが重要。

―さまざまな組織や人々と協力してプロジェクトを推進していく中で、行政の考え方や、各地域の考え方、そしてNPOやアーティストの考え方、それぞれに差があったりはしませんか?

山出:大きな観点からいうと、それぞれの考え方に違いはありません。つまりどのようなセクターの人間であっても「よりよい未来」を目指しているということです。そのために、経済価値なのか、クオリティー・オブ・ライフなのかという立場や優先順位の差がある。アーティストが「これをやりたい」と言っても、行政としては「こういう仕組みがないと進められない」ということもあります。その違いを翻訳しながら調整していくことが必要なんです。

山出淳也

―そんな中、アートプロジェクトを制作していくにあたって、工夫されてきたことはありますか?

山出:行政からアートプロジェクトの依頼を受けたら、最初にプロジェクトの目標を決め、評価の仕方を組み立ててほしいとお願いします。評価の方法がないのであれば、我々の持っている評価シートを前提に組み立ててもらいます。ともすると、アートプロジェクトは「やること」自体が目的となってしまうんです。予算が議会で通ったから消化する、それでは元も子もありません。また、評価と言っても、動員数だけが目標ならば、タレントを呼べばいいんです。一定の経済効果もあるでしょう。しかし、それではイベントが終わった後に、観客がまたその土地を訪れるかというと、来ない可能性が大きいでしょう。

―たとえば、今回の『文化の力・東京会議2013』の議題にもなっている「経済」という評価もそこには含まれているのでしょうか?

山出:経済というものをどの観点から見るのかにもよって話が変わってきますが……。経済は需要と供給で成り立っています。マーケティングを行えば、今すぐの需要を見つけることもできますが、アートのように新たに価値を創造するという観点からすればマーケティングで対応することは難しいと思います。たとえば、10年前には、スマートフォンなんて想像もできませんでしたが、今ではそれ以外は考えられなくなってしまった。ニーズを探すのではなく、種まきをして、ウォンツに変わることを目指すのならば、時間が必要です。アートプロジェクトは「今何が欲しいのか」ではなく、「これから何が必要であるか」に気づいてもらうことが重要なんです。

マーケット主導のアートのあり方は全然否定するものではない。しかし、そうではないアートもあり得る。

―山出さんにとって、良いアートプロジェクトとはどのようなものでしょうか?

山出:人々にリレーされていくかどうかですね。一つひとつのプロジェクトとして完結しながらも、他のプロジェクトを生み出していく。また、我々だけでなく、色々な方が価値を見出す可能性のあるものが良いプロジェクトではないでしょうか。

―先ほどの「種まき」という言葉にも通じますね。

山出:現在、別府では「platform」という、中心市街地の空き家を活用するプロジェクトを展開していますが、ある商店街では12店舗中2店舗しか入居していなかったのが、2年間で空き家ゼロになりました。今ではカスタムバイクショップ、ファッションデザイナーの事務所やレコード店などが入居し、週末にはフリーマーケットも行われています。さらに、その商店街の大家さんであるJR九州が面白がってくれて、駅の構内でカスタムバイクショップとファッションデザイナーがコラボしたファッションショーも開催されたんです。駅構内をバイクが走り、そのバイクからモデルが降りてくる。駅の人もすごく喜んでくれました。

―ユニークな活動ですが、いわゆる「アートマーケット」を基点にした活動とはずいぶんと異なりますね。

山出:マーケット主導のアートのあり方は全然否定するものではないと思います。しかし、そうではないアートもあり得るのではないでしょうか。アート作品が価値あるものとして売買されるだけではなく、アーティストの持っている「考え方」が社会の中で価値のあるものとして捉えられたなら、社会に大きな変革を起こす可能性があると思います。

山出淳也

―つまり、これからのアーティストに求められる役割も少しずつ変わってくるということでしょうか?

山出:僕は、アートと社会は繋がっているものだと考えていますが、アーティストに社会の課題解決をすることを求めてはいません。僕自身も課題解決をしようと考えて作品を作ったことはありませんでした。アーティストに求めているのは問題提起なんです。「本当にこれは正しいのか?」「もしかしたらこうなのではないか?」「当たり前だと思っていたことが違う角度から見れるのではないか?」と、アートに気づかされた私たち市民が活性化され、社会を動かし始め、もっと豊かな社会が実現するのではないかと思っています。

―なるほど。

山出:だから、今回の国際会議のテーマは「文化の力で社会変革」ですが、アート・作品そのものが社会変革を行う道具なのではなく、アートを通して色々な視点を獲得した人間が、社会を変革するのではないでしょうか。ヨーゼフ・ボイスをはじめ、作品を通して社会を変えようとしたアーティストはたくさんいます。ただ、全てのアーティストが地域の課題を解決するのが仕事ではない。本来的にはアートが全てを解決するものではないんです。

あえて誤解を恐れずに言ってしまえば、僕の理想は社会から「BEPPU PROJECT」が無くなってしまうことなんです(笑)。

―今、山出さんが解決すべき課題はあるのでしょうか?

山出:山積みです(笑)。別府の人々に対しても、我々のやっている活動はまだ一部の人たちの理解しか得られていません。市民全員に参加してもらい、アートや社会について考える場が生まれているわけではない。もっと人々が生きる中で必要なものとしてアートが受容されるにはどうしたらいいかを考え続けています。そして、あえて誤解を恐れずに言ってしまえば、僕の理想は社会から「BEPPU PROJECT」が無くなってしまうことなんです(笑)。

―どういうことでしょうか?

山出:さきほど、社会とアートが離れてしまっているという話をしましたが、本来社会というのは広いプラットフォームで色々な可能性を持っている場所です。いつか社会の中でアートが当たり前に必要とされる時代が来れば、1つのNPO組織が中心となってアートを動かしていくのは不自然です。つまり「BEPPU PROJECT」がないと、別府でアートが成立しないという状態ではまずいと思うんです。

―山出さんがアートプロジェクトを行なうことで実現したい1つの世界の姿なんですね。

山出:もっと言うと、おそらく僕はアートプロジェクトをしたいわけでもないんです。じゃあ何がしたいのかと言うと、気障な言い方になりますが、未来について考えたいと思っているんです。我々が、これからどのようにして生きていくのかということを考えたいんです。

―『文化の力・東京会議2013』には、哲学者であるヨゼフ・フォグル(ベルリン・フンボルト大学)や、欧州の芸術文化関係者を支援する「Relais Culture Europe」ディレクターのパスカル・ブリュネ、経済学者の岩井克人(国際基督教大学客員教授)ら、国内外からさまざまな方々がパネリストとして登壇します。山出さん自身、どのような内容になると期待していますか?

山出:アートが経済にできること、経済がアートに期待していることなど、僕も常に模索しながら活動しています。パネリストの方々による、さまざまな観点からのお話を聞いて、僕自身も勉強させていただきたいです。また、来場される方には、アートや文化が、社会・経済と繋がる必然性を感じていただければと思います。

イベント情報
『文化の力・東京会議2013』

2013年10月25日(金)16:00〜20:00(15:30開場)
会場:東京都 新宿 東京都庁 都民ホール
テーマ:文化の力で社会変革−文化から見た新しい経済像の提案−

基調講演
『主権効果。経済レジームにおける市場と権力』

時間:16:10〜16:55
出演:ヨゼフ・フォグル(ベルリン・フンボルト大学教授、プリンストン大学客員教授)

基調講演
『日本の伝統芸能と資本主義の新しいかたち―芸術と経済の基底に倫理を見い出す』

時間:17:05〜17:50
出演:岩井克人(国際基督教大学客員教授、東京財団上席研究員、東京大学名誉教授)

パネルディスカッション
時間:18:00〜20:00
出演:
ヨゼフ・フォグル(ベルリン・フンボルト大学教授、プリンストン大学客員教授)
岩井克人(国際基督教大学客員教授、東京財団上席研究員、東京大学名誉教授)
パスカル・ブリュネ(Relais Culture Europeディレクター)
フェレンシア・フタバラット(クリエイティブ・エコノミー・コンサルタント)
矢崎和彦(株式会社フェリシモ代表取締役社長)
山出淳也(NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事、アーティスト)
議長:加藤種男(東京都歴史文化財団エグゼクティブ・アドバイザー)

定員:200名(要申し込み、応募多数の場合は抽選)
料金:無料

プロフィール
山出淳也(やまいで じゅんや)

1970年大分生まれ。PS1インターナショナルスタジオプログラム(2000〜01、ニューヨーク)の後、文化庁在外研修員としてパリに滞在(2002〜04)。『台北ビエンナーレ』(台北市立美術館)、『GIFT OF HOPE』(東京都現代美術館)、『Exposition collective』(Palais de Tokyo)など多数の展覧会に出展。大分・別府にて、地域や多様な団体との連携による国際展を目指し、2005年にNPO法人「BEPPU PROJECT」を立ち上げる。別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』総合プロデューサー(2009、2012)、『国東半島アートプロジェクト』総合ディレクター(2012、2013)。平成20年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)。



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