フランス映画はなぜ世界に注目される?『フランス映画祭』に学ぶ

数々のフランス映画の話題作が初公開され、今年も大盛況のうちに幕を閉じた『フランス映画祭』(6月26~29日)。12の上映作品に共通していたのは「自分とは異なる他者を、人はどのように受け入れていくか?」というテーマ。聾唖の家族を描き観客賞を受賞した『エール!』や、女装して精神的にも女性に近づいていく主人公を捉えたフランソワ・オゾンの『彼は秘密の女ともだち』、イスラム過激派の弾圧に苦しみながらも音楽を愛し続ける父と娘の姿をおさめた『ティンブクトゥ(仮題)』など、移民大国でもあるフランスならではの「違いへの寛容と受容」を描いた作品がラインナップされた。

CINRAでは、『フランス映画祭』を主催するユニフランス・フィルムズ代表のイザベル・ジョルダーノに取材を敢行。ジャーナリスト出身である彼女に、今年で23年目を迎えた同映画祭について、フランス映画界の現在について、さらには「カナダのフランス語圏出身のグザヴィエ・ドランはフランス国内でどのように受け入れられているか?」問題から昨年のシャルリー・エブド襲撃事件まで、多岐にわたる話題に関して質問を投げかけてみた。

フランスでも「映画を観に行く」と言ったときに、まず人が頭に思い浮かべるのはハリウッド映画です(笑)。でも、フランスには一定数のシネフィリー(映画愛好者)がいて、自国映画のシェアも4割近くあります。

―『フランス映画祭』は今年で23年目を迎えて、数ある日本国内の映画祭の中でも長い歴史を持つ映画祭の1つとなっています。ジョルダーノさんが直接関わられるようになったのはこの2、3年ですが、たとえば1990年代や2000年代と比べて、現在の『フランス映画祭』はどのような変化や成長を遂げていると考えていますか?

ジョルダーノ:日本でどのようにフランス映画が観られてきたかということと、『フランス映画祭』の在り方は切っても切れない関係にあると言えます。この映画祭をかつて横浜で開催していた時代は、日本の一般的な観客の皆さんにもフランス映画はとても広く受け入れられていて、アラン・ドロンのようなスターが来日した際にはとても多くのファンやメディア関係者が集まりました。でも、ある時期を境に、日本においてフランス映画の存在感がだんだん薄れていきました。それでも、前任者たちの努力もあって『フランス映画祭』は継続することができて、現在はまたフランス映画にとって非常に希望に満ちた時代がやってきています。近年の『美女と野獣』(2014年)、『最強のふたり』(2011年)などの日本でのヒットはその表れですよね。日本の映画配給会社は、毎年約40本近くのフランス映画を買ってくれます。これはフランス映画の海外セールスにおいて、非常に大きなマーケットであることを意味します。必ずしもすべての作品にたくさんのお客さんが集まるわけではありませんが(笑)。

イザベル・ジョルダーノ
イザベル・ジョルダーノ

―フランス映画に限らず、日本ではここ10数年、エンターテイメント作品ではない、いわゆるアート系作品への観客の関心が、80年代や90年代と比べて低くなっている傾向があります。フランス国内でも同じような状況なのでしょうか?

ジョルダーノ:いろいろと理由はあると思うんですけど、近年ハリウッド映画がますます力を持つようになってきたというのがまず背景にあると思います。フランスでも「映画を観に行く」と言ったときに、まず人が頭に思い浮かべるのはハリウッド映画です(笑)。でも、フランスには一定数のシネフィリー(映画愛好者)がいて、今でも自国映画のシェアが4割近くあります。私の仕事は、そんな現在のフランス映画を世界の人たちに紹介していくことなんです。

『エール!』© 2014 – Jerico – Mars Films – France 2 Cinéma – Quarante 12 Films – Vendôme Production – Nexus Factory – Umedia
『エール!』© 2014 – Jerico – Mars Films – France 2 Cinéma – Quarante 12 Films – Vendôme Production – Nexus Factory – Umedia

『彼は秘密の女ともだち』©2014 MANDARIN CINEMA - MARS FILM - FRANCE 2 CINEMA - FOZ
『彼は秘密の女ともだち』©2014 MANDARIN CINEMA - MARS FILM - FRANCE 2 CINEMA - FOZ

―でも、その4割というのは必ずしもアート系の作品ばかりではなく、近年は娯楽作品の割合が増えているんじゃないですか?

ジョルダーノ:そうですね。それは近年の『フランス映画祭』のラインナップにも表れていると思います。現在のフランス映画の特徴の1つは、その多様性にあります。特に今年の『フランス映画祭』では、その多様性に重きをおいて作品をセレクトしていきました。悲劇もあれば喜劇もあり、国内で大ヒットした作品もあれば、それほどヒットしていない作品でも紹介する価値があると思う作品は積極的にラインナップに入れています。また、今年の作品群から浮き上がってくるもう1つのテーマは、「自分とは異なる他者を、人はどのように受け入れていくか?」ということだと感じています。

―フランスの多様な文化的背景を踏まえたテーマ設定ですね。

ジョルダーノ:たとえば『エール!』(エリック・ラルティゴ監督)は耳が聞こえない家族の話ですし、『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』(フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督)は人種や宗教の違う人々を迎え入れる家族の話で、『彼は秘密の女ともだち』(フランソワ・オゾン監督)は女装して精神的にも女性に近づいていく男性を、人はどのように受け入れていくかという話です。セクシャリティーの問題に関しては『ヴィオレット(原題)』(マルタン・プロヴォスト監督)でも描かれていますね。「他者を受け入れる」ためには、まずその他者を認識する必要があるわけですが、それは映画というものの大きな役割の1つだと私は考えています。人々は映画を通して違う世界と出会い、違う人々と出会っていく。そこから生まれる対話というのは、社会にとっても重要なことだと思うのです。

映画における国境の概念はどんどん変化していて、その傾向は今後も加速していくと思います。グザヴィエ・ドランに関しては、フランス人でもフランスの映画作家だと思ってる人がいるくらい(笑)。

―今回の『フランス映画祭』では、マリ共和国を舞台としたフランスとモーリタニアの合作『ティンブクトゥ(仮題)』(アブデラマン・シサコ監督)や、ブラジル出身のフォトグラファーの半生を追ったフランスとブラジルとイタリアの合作『セバスチャン・サルガド / 地球へのラブレター』(ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド監督)といった、我々日本人が考えるいわゆる「フランス映画」の範疇に収まらない作品もラインナップされています。作品選定の基準としては、そうした合作映画も含めて、製作にフランスが関わっている作品の中から選ばれるという理解でいいのでしょうか?

ジョルダーノ:その通りです。舞台はフランスではないし、監督もフランス人ではありませんが、『ティンブクトゥ(仮題)』も『セバスチャン・サルガド / 地球へのラブレター』といった作品もフランス映画であり、私はそういう作品も積極的に紹介していきたいと思っています。他国との共同製作作品を非常に数多く生み出しているというのは、現在のフランス映画界の大きな特徴です。ドイツ人の監督でも、ブラジル人の監督でも、モーリタリア人の監督でも、もちろん日本人の監督でも、フランス映画の作り手になることができるのです。

『ティンブクトゥ(仮題)』 © 2014 Les Films du Worso © Dune Vision
『ティンブクトゥ(仮題)』 © 2014 Les Films du Worso © Dune Vision

『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』© Sebastião Salgado © Donata Wenders © Sara Rangel © Juliano Ribeiro Salgado
『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』© Sebastião Salgado © Donata Wenders © Sara Rangel © Juliano Ribeiro Salgado

―近年はドゥニ・ヴィルヌーヴ(代表作に『プリズナーズ』『複製された男』ほか)、ジャン=マルク・ヴァレ(『ダラス・バイヤーズクラブ』『わたしに会うまでの1600キロ』ほか)、グザヴィエ・ドラン(『Mommy』『わたしはロランス』ほか)など、世界的に賞賛を集めている映画作家がフランス語圏のカナダから次々と現れています。彼らのようなフランス語圏カナダ出身の映画作家とフランス映画界というのは、まったく別個に存在していると考えていいのでしょうか?

ジョルダーノ:彼らの作品、中でもフランス語で製作された作品とは、やはり言語によって深く結びついていると言えます。実際に彼らの作品のファンはフランス国内にとても多いですし、そういう意味ではそこに国境はありません。また、彼らの作品の中にはフランスのプロデューサーが製作に関わっている作品も多いですよね。特にグザヴィエ・ドランに関しては、カンヌで賞を獲ってからというもの、フランス人でもフランスの映画作家だと思っている人がいるくらいです。

イザベル・ジョルダーノ

―日本でもドランのことをフランス映画の監督だと思っている人がいますが、まさかフランスでもそうだとは!

ジョルダーノ:ドランが現在撮影中の作品(『Juste la fin du monde』)には、マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイ、ギャスパー・ウリエルといったフランスの人気俳優が参加していますしね。どこの国の映画かというのは製作国によって決まるわけですが、精神的にはもうそこに境はないと言えますね。もし日本の人がドランをフランスの監督だと思っているとしたら、それはフランス映画にとって光栄なことなので、そのままにしておいてください(笑)。

―(笑)。

ジョルダーノ:一方で、最近はフランス人の監督の中でも英語で映画を撮る人が増えていますし、作品のスタイルとしてもハリウッド的な作品が増えています。映画における国境の概念や言語の在り方というのはどんどん変化していますし、その傾向は今後も加速していくと思います。

―「新しい時代のフランス映画」という点では、今回の『フランス映画祭』でも紹介された『EDEN/エデン』(ミア・ハンセン=ラヴ監督)はとても印象的でした。舞台はパリだし、映画の作りもとても叙情性に溢れるフランス映画的なものでありながら、これまでどこの国の映画も描くことのできなかった、クラブカルチャーにどっぷりと浸かったリアルな現代の若者像を見事に描ききっていて。実際に、アメリカやイギリスでも批評家や一部の観客に熱狂的に支持されていますよね。

『EDEN/エデン』©2014 CG CINEMA - FRANCE 2 CINEMA – BLUE FILM PROD– YUNDAL FILMS
『EDEN/エデン』©2014 CG CINEMA - FRANCE 2 CINEMA – BLUE FILM PROD– YUNDAL FILMS

ジョルダーノ:ありがとうございます。『EDEN/エデン』はまさに新しい時代のフランス映画を象徴する作品と言えますね。

多様性がなければ映画文化が成熟しているとは言えない。フランスでは、いろんな国の映画を観客に触れてもらう機会を作ることにも熱心に取り組んでいます。

―あなたが代表を務めているユニフランス・フィルムズの活動とは少し違うと思いますが、フランス映画界には自国映画に製作費を補助する助成金制度がよく知られています。一部では、特定の映画作家に偏っているだとか、特定のタイプの作品に偏っているという批判もあるようですが、それについてはどのように思っていますか?

ジョルダーノ:フランスでは毎年200本前後の自国映画が製作されていますが、その量を維持できている背景としては、やはり助成金制度があります。実際にその助成金はアート系の作品だけでなく、広く娯楽作品にも適用されていますし、もちろんその恩恵に授かることなく成功している映画作家もたくさんいます。今のところ、仕組みとしてよく機能していると思いますよ。

『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』© 2013 LES FILMS DU 24 – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – TF1 FILMS PRODUCTION
『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』© 2013 LES FILMS DU 24 – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – TF1 FILMS PRODUCTION

『ヴィオレット(原題)』©TS PRODUCTIONS - 2013
『ヴィオレット(原題)』©TS PRODUCTIONS - 2013

―先ほどジョルダーノさんは「ますますハリウッド映画が力を持つようになった」と言っていましたが、実は日本ではここ10数年ほど自国映画のシェアが伸び続けていて、今では市場の7割近くを占めています。ただ、その状況の中にいて痛感するのは、自国映画の製作本数や、そのシェアというのは、必ずしもその国の映画文化の成熟度とは関係ないということなんですけど(笑)。

ジョルダーノ:そうかもしれませんね(笑)。やはりそこに多様性がなければ、映画文化が成熟しているとは言えないと思います。フランスでは、もちろん自国映画の多様性にも重きを置いていますが、アメリカ映画だけでなく、いろんな国の映画を観客に触れてもらう機会を作ることにも熱心に取り組んでいます。他国との合作が多いのは、そのような機会を広げるためでもあるんです。

映画というのは本質的に「世界」や「社会」に対して批判精神を持って、「表現の自由」を擁護し、その領域を広げていくものなのではないか。

―昨年のシャルリー・エブド襲撃事件は、今後のフランス映画界にどのような影響をもたらすと思いますか? あるいは、既に何か影響のようなものを感じられることはありますか?

ジョルダーノ:フランス国民全体に大変な衝撃をもたらした事件でしたが、特にアーティスト全般に与えた影響は計り知れないものがあったと思います。既にいくつかのドキュメンタリー作品が作られていますし、今後も「表現」と「暴力」の問題を考えるような作品が増えていくのは間違いないでしょうね。また、製作されたのは事件の前になりますが、今回の『フランス映画祭』でも紹介した『ティンブクトゥ(仮題)』ではイスラムの過激派の姿が描かれていて、それによってこの作品は世界的にも非常に注目を集めています。

イザベル・ジョルダーノ

―「表現の自由」を暴力によって封じるのはもちろん言語道断ですが、シャルリー・エブド襲撃事件の直接的な引き金となった風刺画に関しては、「いくらなんでも挑発的すぎないか」という批判的意見が日本では多くありました。また、「表現の自由」というのは、今の日本社会でも様々な局面において突きつけられている問題でもあります。最後に、映画と「表現の自由」についてジョルダーノさんの考えを聞かせてもらえますか?

ジョルダーノ:そうですね。あのような不幸な事件があったからというだけでなく、「表現の自由」というのは映画にとって普遍的なテーマですし、それぞれの作り手が気をつけていないと、それは暴走してしまうものでもあります。ただ、映画というのは本質的に「世界」や「社会」に対して批判精神を持って、「表現の自由」を擁護し、その領域を広げていくものなのではないかというのが私の考えです。その方法として、映画はとても効果的な表現手段ですし、それは今回の『フランス映画祭』でも十分に示すことができたのではないでしょうか。

イベント情報
『フランス映画祭 2015』

2015年6月26日(金)~6月29日(月)
会場:東京都 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
上映作品:
『エール!』(監督:エリック・ラルティゴ)
『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』(監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン)
『ボヴァリー夫人とパン屋』(監督:アンヌ・フォンテーヌ)
『彼は秘密の女ともだち』(監督:フランソワ・オゾン)
『EDEN/エデン』(監督:ミア・ハンセン=ラヴ)
『夜、アルベルティーヌ』(監督:ブリジット・シィ)
『アクトレス ~女たちの舞台~』(監督:オリヴィエ・アサイヤス)
『ヴィオレット(原題)』(監督:マルタン・プロヴォスト)
『ティンブクトゥ(仮題)』(監督:アブデラマン・シサコ)
『チャップリンからの贈りもの』(監督:グザヴィエ・ボーヴォワ)
『セバスチャン・サルガド / 地球へのラブレター』(監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド)
『たそがれの女心』(監督:マックス・オフュルス)

作品情報
『ボヴァリー夫人とパン屋』

2015年7月11日(土)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督:アンヌ・フォンテーヌ

『チャップリンからの贈りもの』

2015年7月18日(土)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
監督:グザヴィエ・ボーヴォワ

『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』

2015年8月1日(土) からBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド

『彼は秘密の女ともだち』

2015年8月8日(土)からシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:フランソワ・オゾン

『EDEN/エデン』

2015年9月5日(土)から新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督:ミア・ハンセン=ラヴ

『アクトレス~女たちの舞台~』

2015年10月24日(土)からヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
監督:オリヴィエ・アサイヤス

『エール!』

2015年10月31日(土)から新宿バルト9ほか全国順次公開
監督:エリック・ラルティゴ

『ヴィオレット(原題)』

2015年12月から岩波ホールほか全国順次公開
監督:マルタン・プロヴォスト

『ティンブクトゥ(仮題)』

2015年冬からユーロスペースほか全国順次公開
監督:アブデラマン・シサコ

プロフィール
イザベル・ジョルダーノ

1963年パリ生まれ。パリ政治学院を卒業後、ジャーナリストとして活動の後、10年にわたってテレビ局で映画情報番組の制作とプレゼンターをつとめる。2009年、フランス芸術文化勲章オフィシエ受勲。2013年にレジオンドヌール勲章シュヴァリエ受勲。2013年9月よりユニフランス・フィルムズ代表に就任。フランス文化の海外での普及振興に力を注いでいる。



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