パリ在住ジェフ・ミルズが語る「日本をとても心配している」

マジックのタネを明かされることで、むしろそのマジシャンの技術の高さに驚かされることがある。2004年に発表されたジェフ・ミルズのDVD+CD作品『Exhibitionist』が人々に与えたのは、まさにそうした種類のショックだった。テクノミュージックはいかにして生み出されているのか。そんなシンプルな問いに対し、同作で彼は、複数台のカメラの前に立ち、自らのプレイを惜しげもなく晒してみせた。自身がパイオニアの一人として牽引してきたテクノシーンの中でも、圧倒的にオリジナルな彼の音楽哲学と卓越した技を記録したその映像は、いまや伝説と呼ばれている。

それから11年。同作のコンセプトを引き継いだ第2弾『Exhibitionist 2』が発表された。本作で目指したのは、「アートフォーム」としてのテクノの可能性の拡大であるという。長い時間を経ての発表の背景には、テクノシーンの現在と未来に対する、ミルズのどのような思考があるのか。また、近年の日本社会について彼が抱く不安とは? これは、「Man From Tomorrow(明日から来た男)」よりのメッセージだ。

テクノロジーの進歩によって、どのDJもある一定のクオリティーをキープできるようになりました。もちろん、それはいいことでもありますが、DJのレベルが均質化されていると感じます。

―2004年に発表された前作『Exhibitionist(=露出狂)』は、タイトルに示されているとおり、あなたのDJミックスを複数のカメラで克明に捉えた作品でした。まずは、その第2弾となる作品を11年ぶりに作られた経緯から教えてください。

ミルズ:前作から11年が経った現在でも、「テクノ」というアートフォームに関して一般の人が理解をし切れていなかったり、気がつけていなかったりすることがたくさんあると思ったからです。DJのテクニックやプログラミングの技術を、あらためてこうしたかたちで提示することで、多くの人にそれを理解してもらえるし、DJをすることの価値もより高く評価してもらえるのではないか、と。

―前作との大きな違いとして、今回はドラムマシン「Roland TR-909」を全面的にフィーチャーした内容になっていますね。なぜそのようなかたちを取ったのですか。

ミルズ:今回のテーマのひとつは、「spontaneity(=自発性)」です。つまり、アドリブなどの自発的で即興的なアクションを中心に紹介したかった。そのため、機材の持つさまざまな側面を意識的に見せるように工夫しました。たとえば「TR-909」も、一般的にはプリプログラミング(演奏以前にプログラミングすること)して使うものだと思われていますが、私はそれをリアルタイムで操作して演奏しています。「自発性」に着目するのは、今後のDJカルチャーにおいて、その要素がより重要になる、あるいは、そうなってほしいと考えているからです。これからのテクノロジーの進化の中では、音楽をプログラミングする方向性だけでなく、機材を楽器のように演奏するという方向性も、あらためて重要になるでしょう。それを表現したかったのです。

ジェフ・ミルズ『Exhibitionist 2』より
ジェフ・ミルズ『Exhibitionist 2』より

―「自発性」の重視の背後には、現在のDJカルチャーへの思いがあるのでしょうか?

ミルズ:テクノロジーの進歩によって、どのDJもある一定のクオリティーをキープできるようになったと感じています。もちろん、それはいいことでもありますが、一方で最近は「本当に下手なDJ」を見ませんよね。アナログで回していた時代にはそうした存在がいたものですが、近年は、コンピューターやデジタルファイルを使うことで、みんなある程度の地点に簡単に達してしまう。DJのレベルが均質化されていると感じます。そんな中で将来のことを考えると、一人ひとりのDJにそれぞれのキャラクターが求められる時代がまた来るのではないかと思います。ソフトウェアではなくハードウェアとの触れ合いを重視する、本来より自然なかたち、つまり楽器を演奏するようにDJをするあり方に、再び注目が集まるのではないでしょうか。

―手元がクローズアップされることで、あなたの技術の高さが浮き彫りになっていますが、その演奏に対するストイックな姿勢はどこから来るのですか?

ミルズ:活動を始めた1980年代前半に、ラジオDJとしてプレイしていた影響が大きいのではないかと思います。というのも、ラジオDJが演奏するときにまず考えなければならないのは、リスナーが何分くらい自分の演奏を聴いてくれるのか、ということだからです。非常に短い時間で、リスナーの関心を引く技が必要だったわけです。それが今の私のDJのスタイルにも通じているのでしょう。私がミキサーのノブ(つまみ)などを細かくタッチしているのは、そうすることで、自分の考えをまとめたり、微細なタイミングをカウントしているから。こうした演奏のスタイル全体は、私が長年DJを実践する中で獲得してきた自分なりの方法なのです。

私にとっては、未来がどのようなものになるのか、ということがもっとも伝えたいことです。

―テクノの「アートフォームとしての可能性」ということをご発言されていますね。あらためて、その可能性がどのようなものなのか、教えていただけますか?

ミルズ:テクノをアートフォームと呼ぶのは、それがさまざまなコンセプトや物事を表現し得るものだと考えているからです。その意味では、テクノは絵画やダンスのような、ほかのあらゆる芸術領域と共通するものを持っています。しかし現在、それはほとんどの場合「ダンスミュージック」としてのみ捉えられ、実際にその使い方が主になっているでしょう。本来は、もっとほかの使われ方もあるのです。たとえば、テクノが政治に使われることもあり得るでしょうし、いろんな可能性を秘めています。

―EDMの流行をはじめ、現在「踊らせること」のみを目的化した音楽が広がっていると感じます。一方であなたは、よくテクノを「ストーリー」に例えていますね。

ミルズ:もちろん、ダンスが悪いわけではありません。私自身、DJのキャリアを始めて以来、ずっとダンスをする人々と関わってきたわけで、それ自体はすばらしいことです。ただ、夜中に踊ること以外、それ以外の時間帯でのテクノの可能性もあるということなのです。ダンスだけではなく、テクノは聴く人に対して、普段気づいていないことを気づかせることができるのではないか、と。実際、今後オーディエンスの高齢化が進んでいく中で、クラブで踊る人々の数は減るでしょう。もうそろそろ、テクノが自分の思考を伝える手段として認識されてもいいのではないかと思っています。

―あなたにとっての「伝えたいこと」というのは?

ミルズ:私にとっては、未来がどのようなものになるのか、ということがもっとも伝えたいことです。どんな未来が来るか、音楽を通してそれについて話し合う機会が作れれば、みんなにとって有益なことではないかと思います。今後の社会で、予期せぬ事態が起きた場合の心の準備だったり、問題の解決策だったり、そうしたことをテクノと結びつけることも可能でしょう。テクノは明確な定義があるわけではなく、いろんなかたちになり得る音楽なので、さまざまな種類の問題を提起するのに適った音楽なのです。

ジェフ・ミルズ『Exhibitionist 2』より
ジェフ・ミルズ『Exhibitionist 2』より

未知の物事について考えることが、これまで人間を進化させてきた原動力ではないでしょうか。未知への関心は表現者として当然のことです。

―あなたは音楽だけではなく、アートをはじめとしたその他の領域からも語られることが多いですが、音楽以外で影響を受けた作家はどなたですか?

ミルズ:アーサー・C・クラーク(1917年生まれのSF作家)でしょうか。私がおそらくもっとも影響を受けた人物だと思います。SFに関する視点は、彼から大きなものを学びましたね。

―実際にミルズさんの作品は、宇宙を題材にしたものが多いですが、宇宙への関心のコアとは?

ミルズ:もっとも関心があるのは、太陽系を含めた全宇宙の中での、自分たちの位置です。つまり、人間と宇宙との関係性に興味があるのです。音楽で扱う場合にも、常に人間が宇宙をどのように捉えるのか、という視点から考えるようにしています。より具体的には、このまま人間は地球上に住み続けてサバイバルできるのか、それとも宇宙へ飛び出さなくてはいけなくなるのか、といったことに関心があります。

―その関心の背景には、少年時代を過ごした1960~70年代のアメリカの状況がありますか? ともに20世紀のSF映画の名作である『メトロポリス』や『ミクロの決死圏』をベースにしたサウンドトラックを制作するなど、前世紀の人々が持っていた未来像をもう一度掘り起こそうとしているようにも見えるのですが。

ミルズ:たしかに、子ども時代に経験したアメリカとロシアの宇宙開発競争や、その頃流行していたSF的な小説や番組の影響もあるでしょうが、当時はそれをはっきり意識していたわけではありません。ただ、歳を重ねるにつれて、自分が体験したことの意味が見えてきたし、月に着陸することの意味や惑星について知ることが、ますます魅力的になっていきました。また映画については、あえて昔のものを掘り起こそうとしているわけではなく、単純にそれらの作品がすばらしいだけです。『メトロポリス』も『ミクロの決死圏』も、それ以後、あれらに匹敵する作品が出てきたかというと、そうでもない。そして、それらの作品がのちの世代の人々に与えた影響も、もう結果として見えてきているので、それを紹介することに意義を感じているのです。

―今年3月に、天王洲アイルの寺田倉庫で開催された展覧会『WEAPONS』は、1942年に起きた「ロサンゼルスの戦い」がテーマでした。これは、日本軍による空襲が起こったと誤認したアメリカ軍が、それを迎撃しようとしたり、ラジオ放送を行ったりしてパニックをもたらした事件ですが、実際は日本軍が空襲を行った記録はなく、今も真相は謎のままです。未来や宇宙への関心、またこの事件のテーマ化など、あなたの活動には未知の物事と人間との関係性、あるいは合理的な判断への疑いのようなものが常に見え隠れすると感じます。

ミルズ:「ロサンゼルスの戦い」は、UFOに関心を持つ人間にはとても大きな出来事なのですね。合理性への疑いというお話がありましたが、いつも「事実」対「ファンタジー」といった構図は考えるものの、宇宙にどれだけの数の星があるかを考えると、どこかに人間以外の知性を持った生命体がいるというのは、それほどクレージーな思考ではないはずです。自分たちが、最初にして最後の生命体ではないだろうと思っています。一方で、未知の領域への関心が私の活動を貫いているというのは、その通りでしょう。というのも、未知の物事について考えることが、これまで人間を進化させてきた原動力ではないかと考えるからです。「想像」することで、人間の思考は発展しました。未知への関心は表現者として当然のことです。

現在の日本の状況については、とても心配しています。というのも最近、自意識が過剰で、自己中心的な考えの人々が目立つようになったと思うからです。

―あなたがDJを始めた頃は、それこそテクノという音楽自体が、未知のものだったと思います。当時、その場所へ進むことに、不安を感じたことはありましたか?

ミルズ:もちろんです。テクノを始めた頃は、何もないところから物事を生み出さなければいけませんでした。また、結果としての作品は、みんなに覚えてもらえるほどインパクトがあって、ユニークなものでなければいけなかった。それを短い曲の中で表現するのは大変だったし、発表の際に不安を感じたこともあります。記憶に残る曲は、決して偶然では生まれません。さまざまなことを考えた挙句、結果としてそうした曲が生まれるわけで、その意味ではおそらく、自分だけでなく他のプロデューサーたちも、何かを伝えることに対して現在より意識を持っていたのではないかと思います。

―まさに「ロサンゼルスの戦い」でアメリカが不明確な事態に混乱したように、日本でも近年、近隣諸国に対する「脅威論」が盛んに唱えられています。常に未知の領域と関わろうとしてきた立場から、自分とは違う背景を持つ他者と、人はどのように付き合っていくべきだと考えますか?

ミルズ:現在の日本の状況については、とても心配しています。というのも最近、自意識が過剰で、自己中心的な考えの人々が目立つようになったと思うからです。こうした人々は、自分の領域が他人によって犯されると感じると、それに恐怖を持ちます。しかしその弱さは、周囲の人間ではなくて、自分の側に原因があるのです。世界には、いろんな人間がいることを自覚しなくてはいけません。たとえば、誰かが他の人よりも優れているとか、あるグループが他のグループよりも優れているとか、そうしたことは基本的にありません。自分の問題を自覚することが大切なのではないかと思います。

ジェフ・ミルズ
ジェフ・ミルズ

―あくまでも個人を軸に判断されるべきだ、と。

ミルズ:そうです。また一方で、日本人が自信を持って自分たちの代表と思える存在を持つことも大事ではないでしょうか。総理大臣は国民の代表であることにもっと責任を持たなくてはいけないし、その意味で、総理大臣となる人の器は、より高いレベルで判断されるべきだと思います。そこをもっと国民がチェックして、吟味しなくてはいけないし、選挙で自分の意思を表現しなくてはいけません。ある個人が近隣諸国に理解の感情を抱いていても、表に出るのは代表者の声になってしまうわけですから。

―日本という国は、あなたにとってどのような存在なのでしょうか?

ミルズ:日本という「国」に対して、特別さを感じるわけではないのです。ただ、日本に住む人の中に、スペシャルな存在や、面白いことをしている人々がいると感じているだけです。これまでのキャリアの中で、日本ですばらしいイベントや試みをできたこともあり、その意味での思い入れを持っています。そうしたことを踏まえた上で、さきほど言った、自分たちと違う存在への差別について心配をしています。他者との付き合いは、少年時代に子ども同士で遊ぶ中で学ばれるべきことだと思いますが、それを学び切れずに大人になった人がたくさんいる。自分の考えが正しいとあまりに思い込むことで、それ以外の考えを排除する傾向があることは、ある意味では日本だけの問題ではないので、うまく解決に向かうといいなと感じています。

―未知と触れ合おうと試みることが重要ですね。

ミルズ:世界は常に変わり続けていきますが、慣れ親しんでいるものに関わるほうが心地よい。1日24時間を、ルーティーンで生きていくことは楽です。しかし、そうした態度だけでは生きていけない状況が現れるのではないでしょうか。人間が予期できない状況や、不慣れだけど自分たちの標準を合わせて生きなければいけない状況は必ず来る。今は2015年ですが、私としては、21世紀の間に人間の歴史を変える大きな出来事がきっと起きると確信しています。そのとき自己中心的な考え方ではやっていけません。それを生き延びていくための練習として、いま生きている個人がもっと賢く、分別を持てるよう、表現も普段の行動も含めて、自分を磨く必要がある。夢見がちな気持ちからではなく、あくまでもリアルに沿って生きるためにこそ、そう思うのです。

リリース情報
ジェフ・ミルズ
『Exhibitionist 2』(2DVD+CD)

2015年9月9月(水)発売
価格:3,996円(税込)
UMA-1063~65

[DVD1]
・Exhibitionist Mix 1 part 1
・Exhibitionist Mix 1 part 2
[DVD2]
・Exhibitionist Mix 2 featuring Skeeto Valdez
・Exhibitionist Mix 3 TR-909 Workout
・Exhibitionist Studio Mix
・Orion Transmission Mix featuring Pierre Lockett
[CD]
1. Code Four/Running System/The Bells
2. Optic
3. Star People
4. AB
5. Strange Wind
6. Axis Studio Take One
7. Spiralism
8. T Minus Thirty
9. Start Collector's Journal
10. Night People
11. Dance Of The Star Children
12. Condex
13. Axis Studio Extra
14. Hydra/Synergy/Designer Frequency One
15. Signals To Atomic One
16. Mills Machina (live)/Gamma Player loop

イベント情報
『TodaysArt.JP + AXIS presents TodaysArt.JP SESSIONS #02 Jeff Mills [US/FR] EXHIBITIONIST 2 - The Tokyo Session featuring Yumiko Ohno, Kenji Hino and Gerald Mitchell』

2015年9月18日(金)OPEN 19:00 / START 20:00
会場:東京都 品川 寺田倉庫 G1 5階 特設会場
料金:前売3,000円 当日4,000円(オールスタンディング)

  
プロフィール
ジェフ・ミルズ

1963年デトロイト市生まれ。エレクトロニック・ミュージック、テクノ・シーンのパイオニアとして知られるDJ/プロデューサー。Axis Records主宰。 2007年、フランス政府より日本の文化勲章にあたるChevalier des Arts et des Lettresを授与される。近年では各国オーケストラと共演、日本科学未来館館長/宇宙飛行士 毛利衛氏とコラボレイトした音楽作品『Where Light Ends』を発表、また日本科学未来館の館内音楽も手がける。ジャクリーヌ・コー監督、ジェフ・ミルズ主演のアート・ドキュメンタリー・フィルム『MAN FROM TOMORROW』は、パリ、ルーブル美術館でのプレミアを皮切りにニューヨーク、ロンドンの美術館などで上映される。2015年、東京にてアート作品展示会『WEAPONS』を開催するなど、その活動は音楽だけにとどまらない。9月9日には『EXHIBITIONIST 2』をリリース。



フィードバック 4

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • パリ在住ジェフ・ミルズが語る「日本をとても心配している」

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて