美術館と劇場が合体。ありえない状況を生む『突然ミュージアム』

5月29日まで、KAAT神奈川芸術劇場にて、ある「個性的な美術展」が開催されている。その名は『オープンシアター「KAAT突然ミュージアム2016」』。絵画、彫刻、映像などを制作する9組の現代アーティストとその作品が劇場に入り込み、見慣れた劇場を美術館へと変容させる展覧会だ。劇場で美術展を行う意味。そしてアーティストと作品にとっての「場所」とは? 同展覧会のキュレーターであり、2015年には『ヴェネツィア・ビエンナーレ』の日本館の企画も務めた神奈川芸術文化財団の学芸員、中野仁詞にも参加してもらいながら、出展アーティストの今井俊介、藤原彩人の二人に話を聞いた。

美術館やギャラリーはホワイトキューブなので、良くも悪くもですが、どんな作品でもそれなりのものに見えるんです。(今井)

―『KAAT突然ミュージアム』は、劇場がいきなり美術館になる試みだそうですが、美術と演劇って、近いようで意外に遠い業界でもありますよね。実際に劇場で展示をすることになって、新しい発見はありましたか?

藤原:美術館やギャラリーは、会場全体をコントロールしながら展示場所を決められるのに対して、劇場はいい意味で予想がつかないんです。人を誘導するための動線があちこちにあったり、混んでいるときも空いているときもあって、空間の変化が激しい。当初の設置イメージが覆されました。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます
『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます

『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます
『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます

今井:美術館やギャラリーはホワイトキューブなので、良くも悪くもですが、どんな作品でもそれなりのものに見えるんです。作品の周りに白い壁しか見えない状態だと、ニュートラルな状態で鑑賞できる。

藤原:そう。美術館のほうが集中して見られますよね。歴史を遡ると、彫刻はもともと建築と一体化していて、それぞれの彫刻が置かれるための空間が設計されていた。その空間が時代とともに変化し、作品にフォーカスする意味でブラッシュアップされてホワイトキューブになったとも考えられるわけだから。

―美術館やギャラリーのホワイトキューブは、作品を見せるために最適な環境なんですね。

今井:ただ、これは職業病ですが、例えば同じホワイトキューブで定期的に展示をしていると空間に飽きてしまうんです。「ここにこういう作品を置くとこう締まる」というのが経験的にわかってくる。結局、他の作家と似たような空間の使い方をしてしまうジレンマがあるんです。そこからどう崩せるかっていうおもしろさもあるのですが。

左から:今井俊介、藤原彩人
左から:今井俊介、藤原彩人

藤原:そうですね。それが作家のモチベーションになったりもしますが、あくまでも「身内」な美術に対してのアプローチかもしれません。「劇場」はなんだかんだいっても「他人」。初対面だから試行錯誤ですよね。親しくなって「飲むとそんなかんじなの!?」みたいに、フタを開けてみないとわからないところはすごくある(笑)。ただ本質的には、作家はどんな空間であれ、作品を通してアプローチしないといけないし、常に自分をそういうステージに置いていく必要があると思う。だから劇場みたいなイレギュラーな環境での展示は、すごく新鮮で勉強になります。

言われてみると、美術は一匹狼が多いかも。群れることがあまり好きじゃないというか、個人個人は熱いんだけど……。(今井)

―『KAAT突然ミュージアム』には、劇場の技術スタッフも多数参加していると聞きました。個人的な印象ですいませんが、美術系はクールな方が多い印象で、舞台系はアツい方が多い印象があるのですが、いかがでしょうか。

中野(展覧会キューレーター):たとえば舞台美術と現代美術に分けたとき、現代美術は作家が自分の思想をストレートに作品化するのに対して、舞台は複数のメンバーが1つのチームで作品化するんですよね。演出、照明、制作など、出演者が機能するために一丸となって役割をまっとうする。同じ「美術」という名前でありながら、そこはまったく違うかもしれません。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 平川祐樹 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 平川祐樹 撮影:西野正将

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 志村信裕 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 志村信裕 撮影:西野正将

今井:そう言われてみると、美術は一匹狼が多いかも。群れることがあまり好きじゃないというか、個人個人は熱いんだけど……飲み会とかヒドいよね。

藤原:そう、熱いっていうかヒドい(笑)。

中野:あと美術館だと、キュレーターが展示から展覧会の実現まで、複数の役割を兼任するのですが、劇場には技術の専門家がたくさんいて、いつでも相談できるのが安心です。今回の参加アーティストでも、中スタジオで志村信裕くんは天井から床面に、小スタジオで平川祐樹くんは床面から天井に、映像作品をプロジェクション展示するのですが、その中で志村くんから「作品を俯瞰して見てほしいので、スロープを作ってくれませんか?」と要望があがった。美術館だと「予算が……」となるところですが、劇場の美術スタッフはいつものことなので、「あ、いいですよ」と二つ返事でやってくれる。

―なるほど(笑)。たしかにそういった工程は、舞台の制作ではおなじみかもしれません。

映像作品を作ってみたい気持ちもありましたが、実現できないと思っていました。(今井)

―『KAAT突然ミュージアム』という、意表を突くタイトルも気になりますが、キュレーターの中野さんに開催の経緯について伺ってもいいでしょうか。

中野:KAAT神奈川芸術劇場では、幅広い層の方々に劇場をより身近に感じてもらうためのプログラムとして、「オープンシアター」を数年前から行なっています。その中で「アート」を通して劇場を違った切り口から紹介できないかということで、昨年から開催しているのが『KAAT突然ミュージアム』なんです。

中野仁嗣(KAAT神奈川芸術劇場キュレーター)
中野仁嗣(KAAT神奈川芸術劇場キュレーター)

―今年で2回目なんですね。

中野:はい。昨年は2日間、厳密には1日と2時間だけ、劇場が突然美術館に変わるという試みでしたが、おかげさまで好意的な反応をいただきまして、今年は期間も長めに行っています。

―『KAAT突然ミュージアム』は会期中、劇場のいろんな場所で作品が入れ替わり展示されるということですが、今井さんはすでに4月からエントランス吹き抜け部分の大きな壁を使って展示されていますね。得意の抽象絵画かと思いきや、舞台映像ディレクターの山田晋平さんとコラボレーションした「巨大映像作品」であることに驚きました。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今井俊介×山田晋平『color flood』 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今井俊介×山田晋平『color flood』 撮影:西野正将

今井:そうですよね。「今度KAATで映像を展示するんだ」と言ったら、周りからも「え?」って、すごく驚かれました(笑)。

―当初、キュレーターの中野さんから映像作品を提案されたときも困惑したとおっしゃられていましたね。

今井:ええ、完全に無茶振りですよね(笑)。じつは映像作品を作ってみたいと考えていたことはあるんです。ぼんやりとですけど。でも、実現できないと思っていた。だから「絵を動かしてみない?」と中野さんに言われたとき、「この人は何を言っているんだろう?」と思った反面、「やってもいいんだ」とも思いましたね。

―どうして「実現できない」と思っていたのですか?

今井:画家としての軸にブレが生じるかもしれないし、リスキーだから自分一人だったら実行には移さないかなって。でも中野さんからの提案を受けて、挑戦してみるのはいい経験になりますし、作家としての幅につながれば嬉しいと思っています。

中野:ぼくは今回の今井くんの作品、すごく納得していますよ。そもそも、真っ白い空間に作品を置いて見せるホワイトキューブ(美術館)と、真っ暗な空間に光を加えて作品を見せていくブラックボックス(劇場)、その正反対の性質を考えながら作品を展示することが、今回の大きな目標だったんです。今井くんのような絵画を劇場空間に展示するとき、一番簡単な解決方法は壁を作ってしまうことです。でも、そうじゃない方法を考えたとき、「じゃあ映像を作って投影してみれば?」っていう。

―布に描かれた抽象的な模様が、不規則かつ滑らかに動いている様子はずっと見ていられるような気持ちよさがあります。

今井:今回の映像作品に関して、ぼくは素材となるストライプ柄をプリントした布を提供した以外に、特に何にもしてないんです。映像制作はすべて山田さんと、山田さんの教え子である愛知大学の学生さんたちにおまかせしていて、撮影のときにいろいろやってるのを見ながら「いいねー」とか言ってたくらいで。

―設営後、初めて完成品を見たんですね。

今井:はい。それで「これはすごい……!」って(笑)。じつはぼくの絵画って、模様や線を描いた紙や布を実際に手で歪ませて、それを写生しているんですね。つまり映像の中で線や面が動いている様子は、制作のネタばらしでもあるわけです。それでいて映像のどこを切り取っても絵になることを示せたのは、すごくおもしろいと思いました。

作家のモチベーションとしては舞台の演者のようでもあるし、野外音楽フェスに呼ばれたみたいなライブ感がありますね。(藤原)

―すでに展示を始めている今井さんに対して、藤原さんはイベント最終日に「1日だけ」彫刻作品を展示するそうですね。

藤原:そう。オファーをいただいたとき、「え? たった1日だけ!? ……いいですねえ(笑)」という感じで、すぐに参加のお返事をしました。美術展って、どれだけ短くても1週間はあると思うのですが、今回は幕が開いた後、8時間だけ作品にスポットが当たって幕が閉じる。作家のモチベーションとしては舞台の演者のようでもあるし、野外音楽フェスに呼ばれたみたいなライブ感がありますね。「最終日のトリだぞ、おれ!」みたいな(笑)。

今井:ぼくらが前座でね(笑)。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます
『KAAT突然ミュージアム2016』展示イメージ 藤原彩人 ※実際には別の場所で展示されます

中野:アーティストの生涯の中でもきっと一番短い展覧会ですよね。藤原くんの作品は、繊細に作られた人体の造形と儚い陶の質感が魅力ですけど、そんな彫刻が劇場内のブリッジやエレベーター前、アトリウムといった場所に置かれている。その「ありえなさ」もおもしろいと思う。いかにありえない状況を作家と実現するかも、今回の大きなテーマの一つなんです。

―1Fのアトリウムでは、同じく彫刻家の石井琢郎さんと、タイルや陶磁器を使って制作する中村裕太さんの作品も「1日だけ」展示されますね。

中野:中村くんは、KAAT神奈川芸術劇場から端を発して、横浜の歴史を紐解くような作品を制作してくれています。周辺地域のツアーもしてくれるそうなので、いまから楽しみです。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今村僚佑 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今村僚佑 撮影:西野正将

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今村僚佑 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 今村僚佑 撮影:西野正将

―今回参加している8名と1組のアーティストは、彫刻家、画家、インスタレーションなど、それぞれ作風も手法もバラバラですよね。

中野:美術展は、1つのテーマをもとにアーティストや作品を選ぶことがほとんどですが、今回は「この空間に対して、この作家」という視点で選んでいます。つまり、かけ離れた空間と作品が、いかにコラボするのかを見せたい。劇場というシステムのあり方、イメージをどういじれるかっていう問いかけでもあるんです。

藤原:かなり個性的な展覧会ですよね。作家からすれば、空間と一対一で対峙しつつ、「さあ、この空間で何を見せられるか?」っていう、ソロパフォーマンスのような感覚が生まれると思う。それは良いプレッシャーとモチベーションにつながります。まあ、言い方を変えれば、中野さんからアーティストへの無茶振りでもあるんですけど(笑)。

最終日に彫刻がドバーっと展示されて、さっと消えていく。この空間のなかでの物量の変化はぜひ見てほしいところです。(藤原)

―さきほど予算の話がありましたが、『KAAT突然ミュージアム2016』は「公益財団法人 花王芸術・科学財団」から助成を受けています。劇場で行う展覧会への助成は、大変珍しいそうですね。

中野:金銭的な支援をいただけたのは大変ありがたいのですが、それと同じくらい重要なことは、財団から審査を依頼された美術の専門家の判断を経て、「劇場で作品を展示する」のが美術展だと認められたことなんです。

―これからは、日本中のたくさんの劇場で同様のことが可能になりますね。

今井:日本中の劇場で今回のような展示をやってもらえたら嬉しいです。現代美術は、美術館での展示機会がとても少ないんですよ。さらに現代絵画にいたってはもっと少ない。でも、今回のような美術展の可能性を見せられたら、そうした潮流に対して何かしらの意義を突きつけられるのではないかと思っています。

左から:今井俊介、藤原彩人

藤原:現代彫刻は絵画に比べてもっと少ないかも(笑)。今回みたいな展示で、彫刻家が3人も呼ばれることなんてほとんどないんですよ。美術館から見ても、彫刻を展示するのは大変というイメージがあるのかもしれない。でも今回は、最終日に中村裕太さんの作品、青山悟さんのワークショップのほか、ぼくや石井琢郎さんの彫刻がドバーっと展示されて、さっと消えていく。この空間のなかでの物量の変化はぜひ見てほしいところですね。ぼくたち彫刻家としても、作品を置いたときの楽しさと、消えたときの喪失感を1日の中で体験できるのが楽しみです。

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 加藤大介 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 加藤大介 撮影:西野正将

『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 加藤大介 撮影:西野正将
『KAAT突然ミュージアム2016』展示風景 加藤大介 撮影:西野正将

中野:現代美術展の少なさは、若いキュレーターの少なさが一因かもしれませんね。作家の支援制度はたくさんあるけど、キュレーターにはほとんどない。展示を通してキュレーターが才能を開花する機会が少ないのは課題だと思います。作家とキュレーターがお互いに補完しながら1つの展示を実現していくのが一番理想ですから。

今井:そうかもしれないですね。ぼくらは最近、自分たちで行動しなきゃどうにもならないって考えているんです。たとえば今年3月に都内6か所のギャラリーなどで開催された『囚われ、脱獄、囚われ、脱獄』展は、そんなアーティストの問題提起から始まった大規模な展覧会です。また「XYZ collective」というオルタナティブスペース(ビデオアーティストのCOBRA、現代美術家の松原壮志朗、ミヤギフトシ、編集者の服部円がディレクターを務める)は、ニューヨークのギャラリーに招かれてグループショーをしています。いまはそういうことをダイレクトにできる時代なんですね。自分たちで場所を作る、既存のギャラリーのような場所ではないところで何かをする、自分たちのおもしろいと思うことを自分たちの手で作っていく、っていう動向は、すでに始まっているような気がします。

―そうしたオルタナティブな活動と並行して、今回の『KAAT突然ミュージアム』のような活動は、作家にとっても展示の場を広げることになる。キュレーターとの協働の一つのあり方な気がします。

今井:それに、今回の『突然ミュージアム』を「演劇」と考えれば、日本中の劇場をツアーできるかもしれないですよね(笑)。いろんな方向性を探っていきたいです。

イベント情報
『オープンシアター「KAAT突然ミュージアム2016」』

2016年5月11日(水)~5月29日(日)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場
時間:10:00~18:00
参加作家:
青山悟(ワークショップ)
石井琢郎
今井俊介×山田晋平
今村遼佑
加藤大介
志村信裕
中村裕太
平川祐樹
藤原彩人
料金:無料(一部有料イベントあり)

プロフィール
今井俊介 (いまい しゅんすけ)

1978年福井生まれ。2004年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。主な展覧会に『絵画の在りか』(東京オペラシティ アートギャラリー)、『surface / volume』(HAGIWARA PROJECTS)、『TOO YOUNG TO BE ABSTRACT』(sprout curation)、『SSS – expanded painting』(MISAKO & ROSEN)、『第8回 shiseido art egg 今井俊介展』(資生堂ギャラリー)等。現在東京在住。

藤原彩人 (ふじわら あやと)

1975年、栃木県出身。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。2007年から翌年にかけて、文化庁新進芸術家海外研修制度によりロンドンに滞在。主な展覧会に『未来を担う美術家達「DOMANI-明日」展2009』(国立新美術館、2009年)、『心ここにあらず』(3331gallery、2011年)、『みる、ふれる、きくアートー感覚で楽しむ美術ー』(栃木県立美術館、2014年)、『shizubi project 4 ヒトのカタチ、彫刻 津田亜紀子 藤原彩人 青木千絵』(静岡市美術館、2014年)、『Kart Lecture Room Project 藤原彩人-像ヲ作ル術-』(Gallery Kart、2014年)などがある。



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