
コップのフチ子を生んだ奇譚クラブ、『驚きの明治工藝』展に脱帽
『驚きの明治工藝』展- インタビュー・テキスト
- 杉原環樹
- 撮影:豊島望 編集:野村由芽
その芸術性や手仕事の細かさから、世界的にも人気が高い日本の工芸品。なかでも、国内の政治体制が激変し、海外の目が意識された幕末から明治にかけては、職人を取り巻く環境が変化したことで、工芸の世界に飛躍的な発展があった時期でした。この時期の品々を前にすると、ひたすら写実性を追求する職人の熱量に驚くと同時に、「リアリティーとは何か?」「なぜこんなものを作ったのか?」といった疑問が頭をよぎります。
現在、東京藝術大学大学美術館で開催中の『驚きの明治工藝』展は、台湾人コレクターの宋培安が収集した名品を通して、そんな職人技や、当時の人々の感性を知ることができる展覧会。今回は同展を、「コップのフチ子」や「NATURE TECHNI COLOUR」(現在は株式会社いきもんにて展開)シリーズなど、独自すぎる視点と高い完成度で知られるカプセル玩具メーカー「奇譚クラブ」の主宰・古屋大貴さんと回ります。明治工藝とカプセルトイメーカー? 一見意外な出会いから見えたのは、昔も今も変わらない細部への情熱、そして、生活における遊び心の重要性でした。
500以上のパーツを手で組み立てた、本物顔負けのできばえ。「動く置物」こと「自在置物」を見る
奇譚クラブの製品には、どこか「明治の工芸品」と通じるところがあるのでは――? そんな編集部の勝手な直感を頼りに実現した今回の企画。「興味がなかったらどうしよう……」という不安も抱えつつ会場で集合すると、古屋さんから開口一番、嬉しい発言が。
古屋:この展覧会は、今回の取材が無くても来たかったんですよ。上野の美術館は定期的にまわっていて、骨董品も好きなんです。江戸後期のお皿も集めていて、意外なものでは縄文土器も持っています。知識はあまりないけど、なんか好きなんですよね(笑)。
じつは古いものが好みで、旅先で見つけたお気に入りは購入するという古屋さん。取材陣がホッと胸をなで下ろしていると、今回の展覧会の監修者で、副館長の原田一敏さんが一行を迎えてくれました。「今日は製品のヒントを探すつもりで来た」と語る古屋さんとさっそく会場に入ると、待ち構えていたのは圧倒的な写実性を誇る「自在置物」の数々。
第1章「写実の追求 ―まるで本物のように―」入口。この先にたくさんの「自在置物」が待ち構えている
もともと日本の立体造形は、仏像などの「理想美」が中心でしたが、江戸から明治にかけては、生き物のリアルな姿に迫ろうとする傾向が現れます。「自在置物」はその代表的なジャンルで、外見だけでなく、驚くほど細かな可動部も持つ「動く置物」です。
このコーナーでは、入口正面で宙を舞う宗義作の巨大な『自在龍』をはじめ、蛇から昆虫、魚、鳥まで、ありとあらゆる生物の像が並んでいました。原田さんによると、「節のある生き物がモチーフにされることが多い」とのことですが、目を疑うのは、鉄を素材にしているとは思えない、その滑らかな動きです。会場では明珍宗春作の『自在蛇』を使ったコマ撮り動画で、生き生きとした置物の運動の様子も紹介されていました。
古屋:うわあ……(しばらく言葉にならない)。すごく細かく、動くんだなあ。中国にもこうした金属の龍などの置物がありますけど、ここまではやらないですよね。あと、この『自在蛇』もそうですけど、太さが一定ではないのがすごい。太い部分と細い部分に変化があって、躍動感があります。いったい、何個のパーツでできているんだろう?
『自在蛇』の場合、その身体を構成するのは、なんと500個以上の部品! 太さの違う円筒形をひとつずつ作り、芯棒でつなげているのです。もちろん、すべては手作業。その途方もない手間が、置物を手にした人に、まるで本物のような衝撃を与えます。
逆境の時代だからこそ生まれた「超絶技巧」のもの作り
ところで、この「自在置物」からして、明治工藝の超絶技巧ぶりは伝わりますが、なぜ江戸から明治にかけての時期に、そうした特殊な表現が生まれたのでしょうか。
その背景には、後援者の存在や国の政策があったと原田さんは言います。江戸時代には大名や将軍家などが、工芸の担い手の後ろ盾になっていました。しかし明治維新以降、変わりゆく体制の中で、職人はパトロンを失います。
たとえば、明治9年の廃刀令によって刀が姿を消すと、その鍔(つば)を作る職人も職を失うことに。そこで彼らは、置物や日用品の装飾に、その技術を生かすのです。一方、海外を強烈に意識し出した明治政府が、殖産興業政策の一環として工芸品の輸出を始めたことも、技術の発展に拍車をかけました。従来、限られた場所でしか見られなかった品々が、初めて「公開」されることで、職人に「作品を見せる」芸術家の意識が芽生えたと原田さんは指摘します。
古屋:当時といえば、世界的な万国博覧会で、国同士が技術を競い合っていた時代。また国内で行われる内国勧業博覧会でも、輸出品目の品評会があった。そんな競争に揉まれながら、職人の技術が磨かれていったわけですね。カプセルトイの世界も、大きく言うとウチも含めて5つほどの会社が、全体のシェアの90%を占めている世界です。大手に比べると僕らは小さな所帯ですが、製品への手の入れ方ではどこにも負けていませんよ。
猿をかたどった香合。やや長めの手が愛らしい / 藻晃『指月猿香合』 木 明治-昭和時代 高約15.5cm
時代の変化で職を奪われた作り手たちが、その逆境を乗り越えようと、激しい競争意識をバネに見出した活路が、明治工藝だった――。そんな背景を知ると、目の前の一つひとつの作品に、もの作りのDNAが重なって見えてきます。『自在蛇』を作った明珍も、もともとは鎧などの甲冑を作っていた職人だったとか。指先が喜ぶような細やかさはその技術の賜物ですが、このように「自在置物」のすごさとは、「まず見て驚ける、そして触っても驚ける」という、驚きの段階がいくつにもまたがることにあるようです。
イベント情報
- 『驚きの明治工藝』展
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東京会場
2016年9月7日(水)~10月30日(日)
会場:東京都 上野 東京藝術大学大学美術館
時間:10:00~17:00(10月21日、22日は20:00閉館、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(9月19日、10月10日は開館)、10月11日
料金:一般1,300円 高校・大学生800円
※会期中展示替えあり京都会場
2016年11月12日(土)~12月25日(日)
会場:京都府 細見美術館埼玉会場
2017年4月22日(土)~6月11日(日)
会場:埼玉県 川越市立美術館
※予定
プロフィール
- 古屋大貴(ふるや だいき)
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1975年、埼玉県生まれ。カプセル玩具メーカー奇譚クラブ主宰。株式会社ユージンでカプセル玩具制作を学び、2006年に奇譚クラブを立ち上げる。「コップのフチ子」「NATURE TECHNI COLOUR」「江頭2:50ストラップ」などヒット商品多数。著書に『コップのフチ子のつくり方』がある。