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世界で評価を高める韓国の「単色画」。キュレーターが魅力を語る

世界で評価を高める韓国の「単色画」。キュレーターが魅力を語る

『単色のリズム 韓国の抽象』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:鈴木渉 編集:宮原朋之

野村しのぶ

戦前に日本式の教育を受けた人たちを第一世代として、展覧会全体を緩やかに三世代に分けて紹介しています。

―あらためて、韓国の抽象とは、どういった背景から生まれたのでしょうか?

野村:あらゆる領域と同じように、この領域も美術に限らない、さまざまな影響から形成されたもので、なかなか源流は指し示せません。強いて言うならば、戦前に日本式の教育を受けた人たちを、その起点に置くことができると思います。今回の展覧会では彼らを第一世代として、展覧会全体を緩やかに三世代に分けて紹介しています。

1910~45年まで、韓国は日本の統治下に置かれましたが、そこで多くの韓国人学生が日本の大学で学びました。本展の出品作家のキム・ファンギやイ・セドクらは、この世代に当たります。彼らは日本で、同時代の西洋の抽象画に触れ、大戦後はアメリカやヨーロッパにも渡りながら、今回紹介しているような抽象の流れを生み出す源流となりました。

キム・ファンギ(金煥基)『作品 20-V-74』(1974年)福岡アジア美術館蔵
キム・ファンギ(金煥基)『作品 20-V-74』(1974年)福岡アジア美術館蔵

イ・セドク(李世得)『心象』(1991年)下関市立美術館蔵
イ・セドク(李世得)『心象』(1991年)下関市立美術館蔵

―韓国の画家にとって、西洋の抽象画はどんな風に受け止められたのでしょう?

野村:日韓の当時の状況を思えば、西洋の抽象に対する距離感は、日本人画家とさほど差がなかったのではないかと思います。アメリカの抽象表現主義はもちろん、韓国の画家により大きな影響を与えたのは、フランスを中心とした抽象絵画運動「アンフォルメル」でした。イ・セドクは当時からかなり意識的にこの動向を取り込み、渡仏してその生きたシーンに触れつつ、情報を次の第二世代に伝える役目も果たしました。

第一世代の作家・カク・インシク(郭仁植)の作品の前で
第一世代の作家・カク・インシク(郭仁植)の作品の前で

―第二世代になると、社会状況がまた違ってきますよね。

野村:この世代は、幼いころに日本式の教育を受けたものの、戦後は新しい大学のあり方のなかで、西洋画を学んだ人が多い世代です。のちに「単色画」と呼ばれることになるジャンルは、この世代の人たちを中心に生まれました。一方で彼らは、1950年に始まる朝鮮戦争の影響もあって、長いあいだ満足に制作をできなかった世代でもあります。

―日本では「もの派」の代表作家として有名なリ・ウファンも、この世代ですね。

野村:リ・ウファンの存在は非常に大きくて、彼は1956年に来日したあと、制作と並行して韓国の美術雑誌に日本の状況を寄稿しました。当時の韓国の作家は、幼少期に日本語教育を受けたため、海外の情報を得るために日本の『美術手帖』や『みづゑ』のような雑誌、あるいはリ・ウファンの記事を頼ったようです。苦労しながら情報に触れるなかで、作家同士の交流や、のちに「単色画」としてまとめられる動きが生まれます。

リ・ウファン(李禹煥)『風と共に』(1989年)東京オペラシティ アートギャラリー蔵
リ・ウファン(李禹煥)『風と共に』(1989年)東京オペラシティ アートギャラリー蔵

野村:そして、ソ・スンウォンやチェ・ミョンヨンらの第三世代は、1953年の朝鮮戦争の休戦後に教育を受けた比較的新しい世代です。彼らは日本を経由した情報とともに、直接海外の情報に触れられた世代で、抽象の歴史を継承して、現在はシーンを牽引する存在となっています。

ソ・スンウォン(徐承元)『同時性 99-828』(1999年)三重県立美術館蔵
ソ・スンウォン(徐承元)『同時性 99-828』(1999年)三重県立美術館蔵

チェ・ミョンヨン(崔明永)『平面條件 99115』(1999年)三重県立美術館蔵
チェ・ミョンヨン(崔明永)『平面條件 99115』(1999年)三重県立美術館蔵

生活との近さは、韓国の抽象を見るひとつのキーワードだと思います。

―その三世代にわたる作家に一貫した特徴があるとすれば、それはどこにあるのでしょうか?

野村:なかなか一言では言い表せない多様性のある領域ですが、共通して指摘できるのは、素材に対する微細な感覚と、日々の営みに通じる「反復」の積み重ねによってはじめて到達できる洗練を見せてくれること。頭でガチガチに考えた抽象ではなく、日常の行為に根ざした肌なじみの良い抽象。それが、韓国の抽象の大きな魅力だと思います。

―具体的には素材の用い方などでしょうか?

野村:出品作家のなかには、従来は水墨画の支持体などに用いられた伝統的な素材、「韓紙」を新しい方法で使った作家がみられます。チョン・チャンソプの絵画は、梳いた韓紙を水に戻して糊状にし、それを画面に広げて定着させたものです。

チョン・チャンソプ(丁昌燮)の作品の前で
チョン・チャンソプ(丁昌燮)の作品の前で

チョン・チャンソプ(丁昌燮)『楮(Tak) No.87015』部分(1987年)広島市現代美術館蔵
チョン・チャンソプ(丁昌燮)『楮(Tak) No.87015』部分(1987年)広島市現代美術館蔵

野村:また、もともと水墨画を描いていたクォン・ヨンウは、早々に墨を捨てて、韓紙を破いたり、丸めて貼ったりして、紙に対する行為だけからなる作品を制作しました。

クォン・ヨンウ(権寧禹)の作品の前で
クォン・ヨンウ(権寧禹)の作品の前で

クォン・ヨンウ(権寧禹)『無題』部分(1982年)個人蔵、シアトル
クォン・ヨンウ(権寧禹)『無題』部分(1982年)個人蔵、シアトル

野村:つまり、既存の表現の土台でも、単なる郷愁でもなく、自分たちによる韓国独自の新しい現代美術を作るために、伝統的な素材を転換した。この伝統と新しさの融合から、韓国の抽象に特徴的な肌なじみの良さが生まれています。それは韓紙だけではなく、リ・ウファンの絵画に使われた岩絵具の粒子の綺麗さなどにも言えます。

―素材感の重視が、欧米の抽象画に比べて韓国の作品にはよく表れている。

野村:もちろん、西洋の抽象画がすべて理詰めというわけでありませんが、比較した場合にはそのように言ってもいいと思います。なぜ、それらが「生活に根ざした」と言えるかというと、そこにもうひとつの「反復による修練」の側面が絡んでいます。たとえば、パク・ソボによる鉛筆の反復の線で描かれた『描法 No.27-77』のような作品は、単色画の代表的な例ですが、これは息子さんが字の練習をしている光景から発想されたそうです。

パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.27-77』(1977年)福岡アジア美術館蔵
パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.27-77』(1977年)福岡アジア美術館蔵

パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.27-77』(1977年)部分 / 下地の白が乾かないままの状態で鉛筆の線が描かれている
パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.27-77』(1977年)部分 / 下地の白が乾かないままの状態で鉛筆の線が描かれている

野村:リ・ウファンも「線より」シリーズについて、子ども時代にしていた書の練習に立ち返ったような作品である、と語っています。私たちも幼いとき、線をはらったり、点を打つ訓練をしましたよね。彼らの絵の多くは、こうした日常の修練の延長線上に生まれてきたものです。

最近では、美術に限らずビジネスでも、「反復」は発展性のないものとして捉えられがちですが、韓国の抽象には「反復による修練」からしか生まれない洗練がある。展覧会タイトルに「リズム」の言葉を使ったのも、その理由からです。

野村しのぶ

―アメリカの抽象表現主義や、その後のミニマルな絵画は、たしかに理論から構築された部分も大きいですが、韓国の抽象の土台には「生活」があるんですね。実際にパク・ソボの韓紙を使った作品などに向かうと、どこか住環境のなかにいるような身体感覚も覚えます。

野村:和紙と同じで、韓紙も障子といった住宅の素材に使われますしね。クォン・ヨンウも、子どものころに見た障子越しの朝日の光景などから、韓紙を意識的に使ったと語っています。生活との近さは、韓国の抽象を見るひとつのキーワードだと思います。

パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.000508』(2000年)三重県立美術館蔵
パク・ソボ(朴栖甫)『描法 No.000508』(2000年)三重県立美術館蔵

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イベント情報

『単色のリズム 韓国の抽象』

2017年10月14日(土)~12月24日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー
時間:11:00~19:00(金、土曜は20:00まで、入場は閉館の30分前まで)
出品作家:
キム・ファンギ
カク・インシク
イ・セドク
クォン・ヨンウ
チョン・チャンソプ
ユン・ヒョングン
ソ・セオク
パク・ソボ
チョン・サンファ
ハ・チョンヒュン
リ・ウファン
チェ・ミョンヨン
ソ・スンウォン
イ・ジョンジ
イ・ガンソ
キム・テホ
チェ・ウンギョン
イ・インヒョン
ユン・ヒチャン
休館日:月曜
料金:一般1,200円 大学・高校生800円
※中学生以下無料

プロフィール

野村しのぶ(のむら しのぶ)

自由学園、東京造形大学卒業後、展覧会企画会社を経て2004年より東京オペラシティ アートギャラリーに勤務。担当した主な展覧会に『アートと話す/アートを話す』(2006)、『伊東豊雄|建築 新しいリアル』(2006)、『都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み』(2009)、『エレメント 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界』(2010)、『さわ ひらき Under the Box, Beyond the Bounds』(2014)、『ザハ・ハディド』(2014)、『サイモン・フジワラ ホワイトデー』(2016)。

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