
おとぎ話・有馬の欲を捨てた悟り 音楽にひとりぼっちの美しさを
おとぎ話『REALIZE』- インタビュー・テキスト・編集
- 山元翔一(CINRA.NET編集部)
- 撮影:木村篤史
2020年6月、新型コロナウイルスの影響で街から人が消え、この世の終わりのように風が吹き荒ぶ。異様にどんよりとした街の空気はゾンビ映画のなかのようで、おとぎ話の10thアルバム『REALIZE』の取材をするのには完璧な1日だと思った。それはなぜか。思考停止したゾンビのような人々で溢れかえる世界で、悲しみも怒りもなく、ただ悟ってしまったひとりの人間のやるせなさや諦めが、人間らしい歪さを残しながらスウィートに音と言葉になっているのが『REALIZE』というアルバムだと思うから。
それを生み出したのは、音楽を通じて、ひとりぼっちの美しさを知り、音楽を通じて、ひとりぼっちの孤独に寄り添い、聴き手一人ひとりと心で対話をしてきた音楽家。おとぎ話の有馬和樹はこう言う、「音楽って本当に一人ひとりの宝物だから」と。彼のように「売れたい」「評価されたい」といった音楽に対する欲が剥がれ落ちた音楽家にしか見えない世界、たどり着けない場所、紡げない言葉に触れたら、あなたはびっくりするかもしれない。でも、おとぎ話はいつもライブハウスでこう歌っていたじゃん。「かかってこいよ、未来」って。

おとぎ話(おとぎばなし)
2000年に同じ大学で出会った有馬と風間により結成。その後、同大学の牛尾と前越が加入し現在の編成になる。ライヴバンドとしての評価の高さに加えて、映画や演劇など多ジャンルに渡るアーティストやクリエイターからの共演を熱望する声があとをたたない。日本人による不思議でポップなロックンロールをコンセプトに活動中。2020年7月、10枚目のアルバム『REALIZE』をリリースした。8月15日にはキネマ倶楽部でのワンマンライブを控えている。
「『もう俺は悟ったし、いち抜けた』って感じ」――コロナによって暴かれた世界の醜悪さを見透かしていた有馬和樹
―有馬さんが髭生やしてるの、びっくりしました(笑)。
有馬:髭、生まれて初めてだからね。ライブやるときくらいに髭生えてたら面白いかなって。やっぱりさ、誰も想像してないことをやりたいじゃん。
―『デッド・ドント・ダイ』(2020年公開、監督はジム・ジャームッシュ)って観ました?
有馬:4日くらい前に観ました。
―あれを観て、『REALIZE』が自分のなかで腑に落ちた感じがあったんです。あの映画で描かれるゾンビって、資本主義とかシステムみたいなものに呑まれて思考停止しちゃっている人のメタファーじゃないですか(関連記事:ジャームッシュが新作ゾンビ映画で描くお気楽な人間の終末)。『REALIZE』にも同じような終末感が描かれていて、「映画のなかのゾンビたち、全然他人事じゃないわ」って。
有馬:なぜかコロナ以降の世の中みたいだったよね。『デッド・ドント・ダイ』はゆるいのにちゃんと刺してくるっていうか、危険な感じもあってさ。そういう意味ではわかる気はする。
俺は『ツイン・ピークス』(デヴィッド・リンチとマーク・フロストの制作総指揮によるドラマシリーズ)のオマージュだと思ったけどね。共通する世界観があって、その色味というか、全体的に赤っぽいというか。淡い青が揺れてる感じ。おとぎ話も『ツイン・ピークス』みたいなアルバムを作りたかったんだよね。
―去年の9月に『REALIZE』がストリーミングでリリ―スされたとき、うまくチューニングが合わなかったんです。でも今、コロナ以降の状況にすごくフィットする。たとえば、“GAZE”では<政治家も 偽善者も 正義感も 愛の歌も / 直視できない 直視できない>と歌っていて、「これ、今の世界のことじゃん」って。
有馬:ね、いきなりくると俺は思うよ(笑)。言葉は悪いけど、俺はこんな世の中を待ってたからね。こんだけ情報に溢れて享楽した感じだから、いつか本当に首が回らなくなる世界がくるんだろうなってさ。そのときに備えたいなと思って音楽を作ってたら、実際に歌詞で書いてたようなことが起こってびっくりしたけどね。
おとぎ話“GAZE”を聴く(Apple Musicはこちら)
―順番に聞くんですけど、このアルバムってひとつのメッセージを持ったコンセプトアルバムとして作られたんですか?
有馬:コンセプトアルバムとも言えるんだけど、厭世観というか、世紀末感を出したかったんだよな。今の音楽シーンって歪んでるじゃん? 「いろんな人に聴かせるために」とか、「フェスに出るために」「売れるために」とかじゃなくて、自分たちがやりたいことをやったほうがいいんじゃないかって思ったのは大きい。
―どうして「世紀末感」を出したかったんですかね。
有馬:去年あたりからはっきりわかってたんだけど、SNSとか見てても嫉妬心とかネガティブなオーラがすごいじゃん。すべての人がとは言えないけど、この時代ではもっともっと自分で選択することができるはずなのに、周りが見えてなくなって選択肢を狭めてる人が多いなと思って。『REALIZE』ってタイトルもそうなんだけど、「もう俺は悟ったし、いち抜けた」って感じ。
おとぎ話“REALIZE”を聴く(Apple Musicはこちら)
―なるほど。「REALIZE」という言葉には「気づけ」っていうメッセージも託されているのかなと思ったのですが、そこはどうですか?
有馬:魂に俺は訴えてんのかもしれない。「REALISE」になるとちょっと変わるんだけど、「REALIZE」だとしっくりくる感じがするんだよな。
リリース情報

- おとぎ話
『REALIZE』(CD) -
2020年7月3日(金)発売
価格:2,640円(税込)
PCD-24951
felicity cap-3281. NEW MOON
2. HELP
3. REALIZE
4. AGE
5. BYE
6. M
7. BREATH
8. GAZE
9. NOTICED IT
10. NEW MOON (inst)
11. HELP (inst)
12. REALIZE (inst)
13. AGE (inst)
14. BYE (inst)
15. M (inst)
16. BREATH (inst)
17. GAZE (inst)
18. NOTICED IT (inst)
イベント情報
- おとぎ話
『「REALIZE」LIVE』 -
2020年8月15日(土)
会場:東京都 キネマ倶楽部
プロフィール

- おとぎ話(おとぎばなし)
-
2000年に同じ大学で出会った有馬と風間により結成。その後、同大学の牛尾と前越が加入し現在の編成になる。ライヴバンドとしての評価の高さに加えて、映画や演劇など多ジャンルに渡るアーティストやクリエイターからの共演を熱望する声があとをたたない。日本人による不思議でポップなロックンロールをコンセプトに活動中。2020年7月、10枚目のアルバム『REALIZE』をリリースした。8月15日にはキネマ倶楽部でのワンマンライブを控えている。