連載:K-POPから生まれる「物語」

多様化するK-POPコンテンツとファンコミュニティ、その魅力と課題を考察

今年1月から放送された、韓国の大手音楽事務所JYPエンターテインメントとソニーミュージックによるオーディションプロジェクト『Nizi Project』は、『スッキリ』での後押しもあって大きな話題を呼んだ。プロデューサーであるJ.Y. Parkの指導法やキャラクターも人気を集め、同番組から誕生したガールズグループNiziUのプレデビュー曲は、オリコン週間デジタルランキングで初登場1位を獲得した。韓国のオーディション番組『PRODUCE 101』の日本版から生まれたボーイズグループJO1も今年デビューをし、着実にファンを増やしている。日本では近年とくに食やファッション、コスメをはじめとする韓国のカルチャーが若者を中心にトレンドの一つとなっているが、音楽においてK-POPとJ-POPの境界を曖昧にするような試みが日本の消費者の心を掴んでいるのも興味深い現象だ。また世界では、BTSやBLACKPINKなどのグループが欧米のメジャーのフィールドで認知を獲得し、K-POPは国際的にますます存在感を増している。Black Lives Matter運動に連帯したファンダムの動きに注目が集まったことも記憶に新しい。

CINRA.NETでは、それぞれTWICE、IZ*ONEのファンでもあるライターの菅原史稀、松本友也両氏のリレー連載として、K-POPとそれを取り巻く事象を、アーティストとファンダムの関係性や、そこに生まれ得る「物語」に光を当てながら批評するシリーズを昨年11月から掲載してきた。K-POP産業は音楽とビジュアル、コンセプトが一体となったパフォーマンスや、独自性のあるファン文化などユニークな魅力によって世界で多くの人々を惹きつけているが、若いアーティストが過度な精神的負荷を受けたり、痛ましい事件が起きたりと、その構造を見直さなくてはいけない部分もあるだろう。今回は本連載の番外編として菅原、松本両氏に登場いただき、これまでの連載を振り返りながら、ますます拡大・多様化していくK-POPのフォーマットやファンダムの動き、そこで生じている歪みなど、現在のK-POP産業に関連するさまざまな事象を切り取り、その課題とこれからについて語り合ってもらった。

『Nizi Project』でのJ.Y. Park人気。「人柄」を評価軸として提示することの是非

―これまでの連載では、ファンダムやサバイバルオーディションなど、K-POPを取り巻くさまざまな要素について、その功罪も含めて取り上げていただきました。日本でも話題となったオーディション番組『Nizi Project』では、プロデューサーであるJ.Y. Parkの指導に高い評価の声もありましたが、お二人はどういう印象を持ちましたか?

菅原:TWICEが誕生したサバイバルオーディション番組『SIXTEEN』の時と同様、パフォーマンスに対しての指摘は、なるほどと思わされる説得力を感じました。その上で、『Nizi Project』での彼は『SIXTEEN』の時と比べてより余剰のある教え方をしているように思いました。『SIXTEEN』の時はJ.Y. Parkの描くビジョンから少し逸脱するとすぐ豪速球で指摘があったんですが、『Nizi Project』の場合は成長を待ってみたり、もっと長い目で見ていましたよね。「今できなきゃダメ」じゃなくて、「今あなたはその位置にいるんだよ」って言ってみたり。

松本:たしかに『SIXTEEN』の時との違いは印象に残りましたね。日本語の上達ぶりやメンバーへの比較的やわらかい接し方など、日本の視聴者に受け入れられようとする姿勢も感じました。このあたり、どこまで戦略的なものだったのか気になります。本人も「パークさん」としてここまでの人気を得ることはさすがに予想していなかったのではないかとは思いますが。

ソニーミュージックと韓国のJYPエンターテインメントによるオーディションプロジェクト『Nizi Project』。今年6月に放送が終了し、1万人から選ばれた9人組ガールズグループ・NiziUが誕生した

―番組内で語られた、JYPが追究する3つの価値「真実」「誠実」「謙虚」も話題になっていましたね。

菅原:この3つの選考基準は『SIXTEEN』の時にも掲げられていました。求める「人柄」を芸能事務所やプロデューサーがはっきり提示するということ自体が、日本の視聴者にとって新鮮だったのかもしれません。

松本:「人柄」が選考基準に含まれていること自体は、現にアイドルが「人間性」で評価される現実がある以上、ビジネスとしては合理的な判断なのかもしれません。とはいえ、「人間性」を晒しているがゆえに起きる誹謗中傷や痛ましい事件があったりするわけで、事務所側にはむしろそこにうまくブレーキをかけて欲しいというのが本音です。アイドルとして求められる「人間性」は、一個人としての人格から作られるものではあれど、完全にイコールではない。少なくとも、多感な時期の候補者に「人間性を評価する」と伝えて審査することと、それを公に放送することの影響力を意識して欲しかったです。

自身もアーティストとして活動するJ.Y. Park

松本:ただ一方で、JYPは所属アーティストへの誹謗中傷に対して厳正に対処するという姿勢を明確に打ち出している事務所でもあります。メンタルヘルス専門のスタッフも雇っている。そうした芸能事務所の代表としてのJ.Y. Parkの姿勢や取り組みについては、また別の評価が必要だと思います。

菅原:「カメラの前でできない言葉や行動は、カメラが無い場所でも絶対にしないで下さい」という、J.Y. Parkの発言についても考えさせられました。「オフであるときもしっかりと」という指導はある意味、アイドルに対して常に「オン」の状態であることを求めるスタンスに転んでしまうようにも映っていて。

アイドルとして常に「オン」であることがプロフェッショナリズムであり、美学だと称揚する見方もそれなりにあると思うのですが、それを選考基準として掲げることはともすれば過剰な労働を強いることにもなり得てしまう。また「オフ」の状態を無くしてしまえば、アイドルのプライベートな時間や感情はどうなるのかという問題点も残しているように思います。

女性トレーナーの存在など、選考過程の見せ方に変化も

―『Nizi Project』の選考過程では、人柄だけではなく体重管理についても指摘がありましたね。

菅原:参加者に対し、アーティストとして日々行なう自己管理の大切さを説いていた場面ですよね。「自己管理」という言葉は実際に練習生やアイドルの口からよく聞かれますが、要はダイエットを指して用いられている以上、権力ある指導者からのメッセージにはもっと繊細な配慮が必要ですし、改善の余地があるように思います。所属事務所にしろ、ファンにしろ、アイドルに「あるべき姿」を要求する立場にいる側は、本当に慎重にならなくてはいけない、大きな責任の伴う事柄であるように感じました。

松本:ビジュアルやパフォーマンススキルは男女問わずアイドル文化の肝ですし、一概に否定できるものではありません。とはいえ、それが心身の健康とのトレードオフになってしまうのなら、ファンとしても明確にノーと言う必要があると思います。

現状、演者の健康を守るかどうかの選択を行なえるのは現実的には事務所だけですし、その選択を迫りやすい立場にいるのはファンですよね。ファンでない人たちよりもずっとアイドルの外見・体型・練習量をよく見ていて、そこに高い要求を持っているからこそ、それ以上にアイドルの健康や権利を望むという姿勢を事務所に見せるべきだと思います。消費者が求めた分だけ業界が提供するという構図を、ビジネスやエンターテインメントだからと開き直ったときに、犠牲になるのは常に「商品」である演者なわけですから。

『Nizi Project』で結成されたNiziU

―『Nizi Project』の演出や仕組みで、ここが良かったというところはありましたか?

松本:女性トレーナーの方々の存在感が大きかったのが良かったです。男性プロデューサーのJ.Y. Parkの一存ですべてが決まるわけではなく、実際に練習生と長い時間を過ごしているトレーナーの意見もしっかり審査に反映されるというのは良いメッセージですし、指導風景もスポ根的だったり高圧的だったりすることがなく、メンバーへの愛情やリスペクトが伝わってきましたね。

菅原:そこは『SIXTEEN』では明確に示されていなかった姿勢ですよね。選考過程の見せ方にアップデートがあったように、アイドルの置かれる立場そのものにも変化が現れていってほしいという思いはあります。

私は連載の一番最初の記事でもTWICEの“Feel Special”にある美しい側面について書きましたし、いちファンとしてもそう受け取っていますが、曲を楽しむと同時に彼女たちがなぜ痛みを背負ってしまったかという部分についても意識を持っていかなければいけない部分はあるんじゃないかなとは思っています(参考:笑顔だけではないTWICEの物語。“Feel Special”が歌う痛みと愛)。

―『Nizi Project』で結成されたNiziUのプレデビュー作『Make you happy』についてはいかがでしたか?

松本:タイトル曲の韓国語バージョンと日本語バージョンでの歌詞の印象の違いに少し驚きました。日本語版は言葉のチョイスもチャーミングな感じでしたが、韓国語版はメッセージをストレートに伝える力強さがあって。意図的なものなのかはわかりませんが、でもこのチャーミングさはあえて日本人だけでグループをつくった意味にも繋がるのかなと思うので、ステレオタイプな「カワイイ」に留まらない表現が11月のデビュー曲で見れるのを楽しみにしています。

6月にリリースされたNiziU“Make you happy“MV。7月には韓国語バージョンも公開された

菅原:個人的には、TWICEの日本語曲とNiziUの曲の棲み分けがどうなるかというところが気になっています。グループとしてのカラーは今後確立されていくと思いますが、それが作品にどう反映されていくのかも注目したいですし、「NiziUにしか歌えないね」「これぞ彼女たち」というような楽曲が生まれていくことを期待しています。

松本:K-POPファンではなかった層にも広く受容されているところも面白いですよね。『Nizi Project』は韓国合宿編に入ったあたりから、日本のアイドルやアイドルファンも続々見始めていた印象があります。『Nizi Project』を見てアイドルを目指す世代が出てきたら、日本のシーンにも変化がありそうだなと期待しています。

『プデュ』をはじめとするサバイバルオーディションが呼んだ議論

―韓国ではここ数年、オーディション番組がブームと言えるほど多数放送されていますよね。連載では『PRODUCE 101』(『プデュ』)の日本版、中国版についても取り上げていただきましたが、『プデュ』シリーズの不正事件が発覚したこともあり、どうしても全肯定的なスタンスではなかったという印象があります。改めて、サバイバルオーディションをめぐる問題点については、どのような議論があったのでしょうか。

松本:サバイバルオーディションについては、『プデュ』シリーズをはじめとする投票結果の不正操作問題や長時間の撮影など、問題がいくつも顕在化していました。前者については刑事事件にも発展したほど明らかな不正だったため、アイドル業界の問題と言って良いのか難しいところですが、とはいえ、そもそもの構造的な問題に対しても今まで以上に不信感が生まれたと思います。

個人的には、一時IZ*ONE(『プデュ』シリーズのひとつ、『PRODUCE48』で結成)のメンバーが「投票操作によってデビューした」として批判されてしまったことに、強く心を痛めました。言うまでもなくメンバーは意図せず利用されてしまった被害者ですが、にもかかわらず利益を得た加害者であるかのように語られてしまう。誹謗中傷による事件が重なった時期でもあったので、活動休止や解散以前にメンバーのメンタルが本当に心配になりました。ファン心理としては、良い運営のもとで行なわれる適正なオーディションプログラムの可能性を諦めたくないところではありますが、実際に被害を受けている若い演者がいて、しかもそれが増えてもいる以上、視聴者としてどういうスタンスでいれば良いのか、心境は非常に複雑です。

IZ*ONEは『プデュ』とAKB48グループのコラボ企画『PRODUCE48』から誕生。運営側の投票不正操作事件の影響で昨年11月から活動休止状態だったが、今年2月にカムバックした

―そうなってしまう背景には、サバイバルオーディションというコンテンツ自体に多くの人を惹きつける魅力があるのだと思いますが、お二人がサバイバルオーディションを見ようと思う理由って何ですか?

菅原:これだけK-POP市場もしっかりしてきたら手堅い事務所の人たちにしかスポットライトが当たらないという風になりがちですよね。そんななかで小さい事務所に所属している練習生など、チャンスをあまり与えられていないけど素晴らしい才能がある人ってこんなにいるんだということに気づかされる喜びはすごく大きいです。

―大小様々な事務所の練習生が集う『プデュ』シリーズは、特にそういう面がありますね。

菅原:そうですね。例えば最初の事務所別評価の時点で実力を発揮できてない参加者も、トレーナーの指導だったり、他の参加者との共同作業によって驚きの才能を開花するパターンもいっぱいあるので、そこが『プデュ』シリーズが持つ大きな魅力の一つだと思います。シリーズごとでも、国によっても、その開花の仕方や成長の仕方が違うなと感じますし、そういう意味でも新しいシリーズが出たら注目してしまうところはあります。

実際私は中国版『プデュ』の『青春有你2』がきっかけで、そこからデビューしたTHE9だけでなく、日本とも韓国ともまた異なる中国の芸能界の構造やファンカルチャーに目を向けるようになったので、サバイバルオーディションが持つ魅力を身をもって実感しています。

本国の『プデュ』シリーズの最新作『PRODUCE X 101』から生まれたボーイズグループ・X1もIZ*ONEと同様に活動休止状態となった後、今年1月に解散が発表された ©CJ ENM Co., Ltd, All Rights Reserved

松本:自分の場合は、オーディションに限らずアイドル全般に感じている面白さとして、「できないことができるようになる」プロセスを見られることに一番魅力を感じます。アイドルは歌もダンスもステージングも求められますが、すべてをプロフェッショナルにこなせる人は滅多にいません。常に「できないかもしれない」という余白を抱えながらステージに立っている。できないことに対してどう振る舞うか、できないことがどうできるようになっていくのか。一人ひとり違うそのスタイルに人間らしさを感じるし、時にそれがロールモデルにもなったり、エンパワーされたりもするのかなと思います。

良くも悪くも、サバイバルオーディションはそうしたアイドルの魅力をわかりやすく提示してくれるプログラムです。先ほどの審査基準の話にも重なりますが、魅力的だからこそ危ういし、惹かれるからこそ慎重でなくてはならないんですよね。

菅原:『日プ』の記事で松本さんが「『プデュ』はパフォーマンススキルによるサバイバルであるだけでなく、「人柄」をもジャッジされる人間観察リアリティショー的なサバイバルも同時に課せられる」って書かれてましたが、ファンが喜ぶからこそパフォーマンスだけではなくアイドルの人柄が見える側面を映すというのもそうですし、さっきも言ったようにそこを自分自身も楽しんで見てしまっている。運営側の不正とはまた別問題ですが、ファンに求められるものをどこまでも満たそうとするファンダムファーストの動きが行き過ぎてしまっている現状もあると思います(参考:『日プ』で生まれた化学反応。ローカライズ化と、新鮮な男性像)。

昨年放送された『日プ』こと『PRODUCE 101 JAPAN』からデビューしたJO1。同番組の参加者からは他にも複数のグループが生まれた

―韓国では今後も新しいオーディション番組がスタートしたり、現在放送中のものもありますが、最近議論になった問題について取り組む動きはあるのでしょうか。

松本:問題そのものはたびたび指摘されているにもかかわらず、改善への動きは遅いと言わざるを得ないと思います。そのために批判側がどんどん闘争的になってしまうのも危険です。じゃあどうすれば……というところで、中立的な立場のメディアがさまざまな意見を拾い上げてそれを精査し、議論や批判を展開して業界や事務所に適切なプレッシャーをかけられるようになると理想なのかなと思ったりもします。

以前、韓国のK-POPジャーナリストのパク・ヒアさんにインタビューした際に、彼女が近いことをおっしゃっていました。人権の観点から練習生システムのデメリットや、オーディション番組の功罪についてメディアで書くことは、事務所にとっては煩わしいことかもしれない。でも、それを自分がやらなければ、K-POP産業で活動する演者を守れない、と。本当にその通りだと思いますし、パク・ヒアさんは実際に自分でメディアも立ち上げています。

一朝一夕に真似できるものではないですし、現実的にどこまで影響力を持てるのかということもありますが、個人やファンが要望をダイレクトに訴えるのとは異なる回路を作ろうとするのは大事ですよね。それによって、本質的ではない炎上対策や、ファン同士の論争ではない、実のある議論が生まれるんじゃないかなと……言うは易しですが。

世界に拡大するファンコミュニティ。より多様なバックグラウンドを持つ人々の目に触れるように

―ファン自身の振る舞いも慎重であらなければならないというお話がありましたが、連載のファンダムについての記事では、K-POPファンダムの「自主と連帯」という特性が面白いところでもあり、危険な動員力にもなっているという指摘がありました(参考:K-POPの「ファンダムの力」を考察。自主と連帯が生む熱狂と危険性)。

菅原:今は、ファンダムの持つ力の危険性についての議論がより表面化していっているような印象があります。記事では「ファンダムの力がアーティストにもファンにも喜びと苦しみの両方を生み出す源となり得ることを考えれば、現在のK-POPファンダムと産業の課題は規模の拡大ではなく、構造そのものの見直しとさらなる成熟した体系を築くことなのではないか」というようなことを書いたのですが、BTSの世界的な人気など、K-POPがますますグローバルに受容されていくことでファンダムの力が拡大していったとともに、ファン層の多様化が進んでさらに様々なバックグラウンドを持つ人々の目に触れるようになったことも強調しておきたいポイントの一つかなと思います。

フランス・パリで行なわれたBTSのポップアップイベントに並ぶファン Naumova Ekaterina / Shutterstock.com

松本:最近だと、BLACKPINKやIZ*ONEのMVで用いられた宗教的なモチーフに対して、文化盗用だと指摘する声が現地の人も含めたファン自身からあがっていましたね。

菅原:また様々な国籍を持つメンバーによって構成されるグローバルグループも増えているからこそ、それぞれの文化的・政治的背景の違いによって持ち上がる議論も見られていますよね。例えばTWICEの場合、ツウィが番組演出の一環で、韓国国旗とともに自身の出身地である台湾の国旗を振ったことが発端となって、本人が謝罪に追い込まれたり、日本人メンバーであるサナが日本の年号が変わる際に公式Instagramに投稿した日本語のメッセージが一部から歴史認識を問題視され、論争を呼んだこともありました。

先ほど話していた通り、運営側が所属アーティストに「あるべき姿」を求める場合もあるし、サバイバル番組やその延長線上にあるデビュー後のファン活動において、アイドルへの正しい振る舞いを求めるファンの動きも大きい。しかしその一方、消費する側の多様さも拡がりを見せていることで、取り扱っているトピックによっては一つの「正しさ」というものに集約しようとすることへの限界が表れてきているのが現状だと思います。

―K-POPファンダムはBlack Lives Matterに連帯した動きでも大きな話題を集めましたね。運動へのアンチを意味するようなハッシュタグに対して、K-POPファンが推しの写真や動画を大量に投稿して無効化するような動きも見られました。タグをクリックするとBlack Lives Matterを支持するメッセージが溢れていて痛快だなと思いましたし、意図や意義はすごくわかるのですが、一方で手放しで良しとしてよいのだろうかとも思いました。アイドル本人からしたら、自分の写真がそのタグに関連づけられて流布するわけですよね。

松本:難しい問題ですよね。アンチタグに抵抗することでBlack Lives Matterを支援すること自体には、心情的には強く賛同します。ただ、それを特定のアイドルの名前や肖像を掲げて行なうことには、やはりさまざまな危険性があり……。まず一般論としても、本人が明確に主張したわけではない意見を他人が代弁するべきではないですよね。本人がその意見を支持しない可能性だってあるわけですし、そうでなくとも沈黙する権利を奪ってしまうことになります。ファンが代弁だと思っていなくても、そのアイドル自身がメッセージやアクションを発しているとみなされる可能性だって十分すぎるほどにあるわけで、政治的なトピックについては特に慎重になるべきです。

菅原:アイドル自身がなんらかの意見を表明する前に、アイドル本人の意志と無関係にファンダムが動いてしまうことで、アイドルが矢面に立たされて、深刻な事態に巻き込まれていってしまう可能性があるということに対しては、危うさを感じてしまいます。Black Lives Matterの時のBTSのように、運動に対して支援を表明し、募金したグループがあって、そのあとにファンが続くという順序であれば良いと思うのですが。

BTSはSNSでBlack Lives Matter運動に連帯し、人種差別に抗議するメッセージを公開。その後、彼らが100万ドルを寄付したことを受け、ファン団体も同額を寄付した

アイドルを取り巻く環境について精査し、議論していくこと

―この連載のテーマの一つにもなっていますが、ファンとアイドルの関係のバランスって本当に難しいですよね。ファンとしては、ファンがいることでアイドルの力になっていると信じたいというところもあると思うんです。だからちゃんと良い形で共存したいというか。

松本:ファンはアイドルが何を考えているのかなんてわからないし、それを何かを正当化する根拠にしてはいけないという大前提はあるにせよ、力になっていると感じられる瞬間はたしかにありますよね。それがファンでいることの原動力というか、原体験のようなものにもなったりします。

菅原:そうですね。いちファンとしてはやっぱりそういう瞬間は手放せないですし、どうにか良い方向へ進めないものかと考えてしまいます。例えばTWICEのミナが体調不良で休養した時も、外から「アイドル産業そのものが問題」「ファン活動がアイドルを追い込んでいる」と、そもそも論で詰められても仕方ないのかもしれないと思いつつ、やっぱりミナが復帰したステージを見たら、そんな明確に言えないようにも思えてしまったし、何より本人の意思は他の誰にも決めることはできないから……。あの時は心の中めちゃくちゃになりましたね。

―さきほど松本さんから第三者のプレイヤーとしてメディアが機能するべきというお話もありましたが、構造的に変わっていける部分はあるのでしょうか。

菅原:運営がアーティストファーストであるようなガイドラインを作る必要性も感じています。ファンの統制をはじめ、先ほど触れたサバイバルオーディションにおける撮影環境の問題点や、デビュー後の安全対策、健康管理など、アイドルを取り巻く環境の見直しに対して運営側が具体的にどう動くべきかということは、今よりも優先度を上げて専門的な見地から調査され、議論されるべきだと思います。ファン同士の自治も限界がありますし、何かが起こってしまう前にあらかじめ具体的な対策をとるような姿勢を、運営側がもっと強めてほしいですね。そういった見直しによって規制が強くなって、ファンがいま楽しめているような供給ができなくなってしまうことや、シーン全体が窮屈になってしまう恐れも多分にありますけど、それでも産業として成り立つ策はないか模索しなくてはならない現状があるように思います。

また、いちファンとしてできることを考えると、やはり応援しているアイドルの実情について知り、自分たちの消費活動を精査し続けるということなのではないでしょうか。そして、そのためには先ほど松本さんがお話ししていたように、メディアやジャーナリストによる、ファンや運営とも異なった立場からの目線というのが必要となるように感じます。そういった意味では、この連載の記事に対する反響などを通じて、多くの方がファンとしていかに消費活動を行なうべきか深刻に考えていることも実感できました。



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