
音楽プロデューサー木崎賢治が、成功や失敗で気づいた仕事の流儀
木﨑賢治『プロデュースの基本』- インタビュー・テキスト・編集
- 黒田隆憲
- 撮影:山口こすも
私とあなたとでは見えているものが違う。それを切り取るのがアートだと思うんですよね。
―著書では、生活の中でもクリエイティブな仕事につなげられるように、「願望は口に出していうこと」を勧められていますよね?
木﨑:自分が好きなモノについては、プライベートな時間でもどんどん人に話していった方がいいとみんなに言ってます。「あれが欲しい」「こんなことがやりたい」「あの街に住みたい」といった夢や目標をいろいろなところで言っておくと、きっとどこかで繋がる。「木﨑さん、前にこんなこと言ってましたよね?」と、誰かが覚えてくれていて仕事になるんです。黙っていたら、絶対に人の心には残らない。なんでも言いまくった方が、叶う確率もグンと高くなると思いますね。
木﨑:ART-SCHOOLの木下理樹くんとの出会いもそうでした。最初、レコード会社に呼ばれて別のバンドのプロデュースを依頼されたのですが、それは自分が作りたいと思っていた音楽とちょっと違っていたんですけど、なかなかうまく伝えられず、その時に、「自分は今こういう音楽が好きで、こういう音楽を作りたい」ということをたくさん喋ったんです。そうしたら向こうから、「じゃあ、このバンドは違いますよね」と言ってくれた上に、「これなら気に入ってくれるんじゃないですか?」と言って渡されたのが木下くんの音源だったんです。
―本書にある、「アンテナを立てていれば、欲しいものが引っかかってくる」「目を開けて見ていても、その人の興味のある情報だけが切り取られている」という記述も印象に残りました。
木﨑:自分で好きなもの、求めているものが頭の中にあれば、目の前に現れた時に絶対に見逃さない。例えば今、私たちは同じものを見ていますけど、そこで目に留まったり印象に残ったりするものは、自分がその時に興味を持っていたり、心に思っていたりするものだけなんです。要するに、私とあなたとでは見えているものが違う。それを切り取るのがアートだと思うんですよね。写真を撮る、歌詞を書く、絵を描く、全て自分が見えている世界を切り取る作業です。
―それでいうとプロデューサーは、アーティストが見ている世界を整理し、引き立てるところは引き立て、不要なところは削ぎ落とす。ある意味では出版における「編集」にも通じるかもしれません。
木﨑:確かにそうですね。音数を減らしたり、メロディーをシンプルにしたり、イントロをシンプルにしたりしながら、その曲が一番よく聴こえるように整理していく。僕はアーティストによく「セレクトショップだよ」とも言っています。最初の組み合わせの話にも通じますが、「ギターはこの人のスタイル」「ビートはヒップホップ」「ビジュアルイメージはこの時代のイメージ」と、様々なものを寄せ集めれば新しいオリジナルになるんです。
―また、本書ではビリー・アイリッシュやエド・シーラン、King Gnuといったアーティストについての考察も展開されています。今なお新しいものにアンテナを張り続けているモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
木﨑:今ならストリーミングサービスを利用して、海外のチャートなどはチェックするようにしています。そうすると、今までになかった組み合わせがあるんですね。ここに来てまたギターが印象的な曲が増えている気がしますね。ヒップホップのトラックに8ビートのギターが乗っていたり。自分がそういうのが好きなのかもしれないけど。
木﨑:最近だと24kGoldnの“Mood feat. Iann Dior”や、ギャビー・バレットの“I Hope feat. Charlie Puth”、The Weekndの“Blinding Lights”などが良かったですね。“Blinding Lights”の共作者であるマックス・マーティンが考えていることは、僕が沢田研二とかやっていた頃に考えていたこととよく似ているところがあるなあと思うんですよ。スウェーデン人の作るメロディーって日本人と共通するとても叙情的なものが多い気がしますね。もちろんグルーブは全然新しくなってるんですけど。
24kGoldn“Mood feat. Iann Dior”を聴く(Apple Musicはこちら)ギャビー・バレット“I Hope feat. Charlie Puth”を聴く(Apple Musicはこちら)
The Weeknd“Blinding Lights”を聴く(Apple Musicはこちら)
―日本だとKing Gnuが気になるとおっしゃっていましたね。
木﨑:King Gnuはお利口さんじゃない雰囲気が好きですね。ただ、そう見せかけて本当はお利口さんなんじゃないかとも思っているんですけど(笑)。悪っぽい演出には「やられたなあ」と思いました。最近は行儀の良いアーティストが多い中で、ぱっと目を引くというか。一時期、突っ立って歌うバンドが増えて、演奏しているところを見ても面白くなくなってしまったのだけど、ああやって身体的なグルーヴを感じるバンドは見ていて楽しいです。
まあ、僕ももし音楽の仕事をしていなかったら、20歳の頃好きだったエルトン・ジョンを、今も繰り返し聴いている気がしますね。時には「もう、新しい音楽なんてうんざり」と思う時期もあるのだけど(笑)、それでもずっと聴いていると、また好きになっていく。新しい音楽が好きじゃなくなったら、もう辞めたほうがいいのかなと思います。
―さて、このたび木﨑さんは新人発掘オーディションを主催されるとお聞きしました。最後に、その意気込みを聞かせてもらえますか?
木﨑:ストリーミングサービスで様々な国の音楽を聴いているうちに、「もっと日本の音楽がグローバルチャートに入って欲しい」という気持ちが強くなってきてここ数年研究してきました。同じ志を持った人たちと、一緒に曲作りがしたいと思っているんです。別にバンドじゃなくても構わないですし、トラックメーカーやシンガーを個別に募ってチームを組むのもいいかも知れない。どういう形にするかは未定なのですが、フレキシブルにいろいろなことを考えられる人を募集します。一緒にグローバルなサウンドを作りましょう。
書籍情報

- 『プロデュースの基本』
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2020年12月7日(月)発売
著者:木﨑賢治
価格:968円(税込)
発行:集英社インターナショナル
ISBN:978-4-7976-8062-1
C0295 新書判 256頁
プロフィール
- 木﨑賢治(きさき けんじ)
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音楽プロデューサー。1946年、東京都生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。渡辺音楽出版で、アグネス・チャン、沢田研二、山下久美子、大澤誉志幸、吉川晃司などの制作を手がけ、独立。その後、槇原敬之、トライセラトップス、BUMP OF CHICKENなどのプロデュースをし、数多くのヒット曲を生み出す。ブリッジ代表取締役。銀色夏生との共著に『ものを作るということ』(角川文庫)がある。