
売野機子が語るエリック・ロメール。自分の気持ちに素直な自由さ
ザ・シネマメンバーズ- インタビュー・テキスト
- 羽佐田瑶子
- 撮影:前田立 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
「3行でおもしろいキャプションを書けない作品は売れない」と言われるけど、ロメール作品は3行におさめられない魅力があります
―フランス映画では、古い作品もご覧になるのでしょうか?
売野:父親が長年フランスに住んでいたこともあって、実家ではヌーヴェルヴァーグの作品がよく流れていました。でも、当時は退屈に感じていました。価値観が古いし、ダサく感じていた。名作よりも、現代作品を見るほうが好きでした。でも今回、あらためてエリック・ロメールの作品を観返したんですけど、どれも今ではすっかりおもしろく見られた。ロメール作品は大概が、恋愛の絡んだ人間関係を軸に進むだけの会話劇で、人にあらすじだけを説明しようとするとまるでつまらない作品かのようになり、苦労しますよね。
よく漫画の世界では、「3行でおもしろいキャプションを書ける作品でなければ売れない」と言われるんです。私はその価値観に疑問を持っているから、そうではない漫画を描いているつもりですが、ロメールもまさにあらすじには収められない魅力がある作品ばかりです。出だしの会話劇から引き込まれて、ずっと物語に夢中になれる。会話だけなのに緊張感を保ちながら展開するので驚きます。毎晩どれか観たいと思うような作品たちでした。
―特に好きな作品はありますか?
売野:3組のカップルの短編を収めたオムニバス映画『パリのランデブー』(1994年)は、初見の方にお勧めしたいです。大好き。3つとも、このデートの行方が一体どうなるのか、ワクワクしながら見ていられる。また、日本の少女漫画ってロメールのような作り方なんだなとも思いました。
あと、『満月の夜』(1984年)も好きでした。「そんなこと、いま言っちゃいけない」っていう場面が出てくるのが、ロメールの作品は顕著ですよね。でも、本当は相手の顔色なんて伺わずに思ったことはそのまま言ってもいいし、脇目も振らずに泣いたり怒ったりしてもいい。人間ってそういうものだと思うんです。これまでと意見が突然変わることもあってもいいですよね。その場その場で自分の気持ちに素直になる自由さを、獲得していける映画だと思いました。
―「自分らしさ」とは、また違った話ですよね。周りの目から離れて、自分の気持ちに敏感になっていくような。
売野:そういうことを目の当たりにすると、自分の心も解放されていくなって思いました。
―ロメールは「恋愛映画の旗手」としても名高いですが、売野さんの作品も多くが恋愛を描いていますね。
売野:フランス映画=恋愛って言われますけど、そうではなくないですか? 私もそうですし、ロメールの作品を見ても感じますけど、人生や個人の哲学、人間関係を描く上で、恋愛が組み込まれているだけ。恋愛はしないといけないものではありませんし、物語の作り手としては、人間を描く上で恋愛感情は他のさまざまな心の機微と並んで重要な要素の1つでしかありません。
―たしかにロメールも、恋愛を主題に作品を作っているわけではなく、彼らの人生を描こうとすると恋愛が自然と関わってくるということなんでしょうね。
売野:そうだと思います。フランスは、日本の旧来の価値観とは違う種類の男女の役割が根強くあると思います。基本的にカップル文化で、どこでもパートナーを帯同しますしね。
無意識レベルで男女の役割が存在していて、それはカップルでいることが自然という価値観からきている部分もある。もちろん、フランスにもそういった考えに反対する人も普通にいて、その考えも尊重されます。それでも、人と関わり合うことが大好きな彼らにとって、恋愛は人生を大きく占めるものであり、また人生を謳歌する自由を体現するものなのかもしれません。この「愛こそすべて」という態度は「心こそすべて」という、より本質的なものに私には見えます。その価値観は、人間を人間たらしめるものであると思い、個人的に共感を覚えるのです。
『ザ・シネマメンバーズ』のエリック・ロメール特集 / 「飛行士の妻」©1981 LES FILMS DU LOSANGE. / 「美しき結婚」©1982 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. / 「海辺のポーリーヌ」©1983 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. / (サイトを見る)
―売野さんの作品も、決して恋愛をただ賛美するような物語ではなく、多様な考えを持った登場人物に、読者それぞれが感情移入できるようになっていると思います。
売野:ありがとうございます。私も恋愛を描こうとは意識していなくて、心が揺れ動く瞬間の1つとして、自然と物語の中に入ってきているんだと思います。
リリース情報
- 『ザ・シネマメンバーズ』
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プロフィール
- 売野機子(うりの きこ)
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漫画家。東京都出身。乙女座、O型。2009年「楽園 Le Paradis」(白泉社)にて、『薔薇だって書けるよ』『日曜日に自殺』の2作品で同時掲載デビュー。『薔薇だって書けるよ―売野機子作品集』(白泉社)、『ロンリープラネット』(講談社)、『MAMA』全6巻(新潮社)、『かんぺきな街』(新書館)、『売野機子のハート・ビート』(祥伝社)、『ルポルタージュ』(幻冬舎)ほか、著書多数。