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相馬千秋×石倉敏明 いま芸術に必要な「集まる」ことの新しい定義

相馬千秋×石倉敏明 いま芸術に必要な「集まる」ことの新しい定義

EPAD
インタビュー・テキスト
島貫泰介
編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

VRが、どこまで人間の意識を飛ばせるか、に関わる技術であるからこそ、そこからどうやって現実に帰還させるかも問われている。(石倉)

石倉:最近、僕はマタギ(東北地方の伝統狩猟者)の集落に通っているのですが、その世界における精神性や儀式性を知るときに頼りになるのが、『釣りキチ三平』『マタギ』といった作品で知られる矢口高雄さんが描いたマンガや、民俗学者が出版した聞き書きや映像記録、ジャーナリストによるルポルタージュだったりするんですね。若い世代のマタギたちにとっては、それらが伝統的な世界観を理解する上での参考書にもなっている。

先輩マタギたちから学ぶだけでなく、本や映像を頼りに世界観や文化を学んでいるそうなんです。こうした例は、現代ではあらゆるもの、あらゆるジャンルがアーカイブとして活用可能なことを教えてくれます。

クマ猟の技術を若手に教えるマタギの頭領(シカリ) 撮影:石倉敏明
クマ猟の技術を若手に教えるマタギの頭領(シカリ) 撮影:石倉敏明

相馬:メディアを超えてあらゆるものがアーカイブになるとしたら、同時に必要なのはそれを引き出す力ではないでしょうか。2011年の東日本大震災時にもアーカイブが大きな議論になりました。ある日突然、町自体が消えてしまったとき、どのようにその記憶を残せばいいのか。そして、そこでは残しきれない人々の思いや個人史をどのようにすくい上げていくか。

小森はるかさんや瀬尾夏美さんといったアーティストたちが活動拠点を被災地に移して、ある種のオーラルヒストリーの採集を通して新しい表現 / アーカイブのようなものを作り続けているのは、引き出す力の好例だと思います。

映像作家の小森はるかと、画家で作家の瀬尾夏美。2011年に、ボランティアとして東北沿岸地域を訪れたことをきっかけに、共にアートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」での活動を開始。翌2012年、2人は岩手県陸前高田市に拠点を移し、2015年、仙台市で土地との協同を通した記録活動を行う一般社団法人NOOK(のおく)を立ち上げた。 / Photo by Iizuka Jun
映像作家の小森はるかと、画家で作家の瀬尾夏美。2011年に、ボランティアとして東北沿岸地域を訪れたことをきっかけに、共にアートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」での活動を開始。翌2012年、2人は岩手県陸前高田市に拠点を移し、2015年、仙台市で土地との協同を通した記録活動を行う一般社団法人NOOK(のおく)を立ち上げた。(関連記事:小森はるか監督は、映像で忘れられがちな人の営みを語り継ぐ) / Photo by Iizuka Jun

石倉:20世紀的なアーカイブの手法は、対象が朽ちていくのをなんとかストップさせて永続させようとする、モニュメンタルな意識に支えられてきました。でも、滅びゆく身体、滅びに瀕したものの、朽ちていくプロセスをアーカイブすることが大事なんです。近年は災害に直面した人びとの生存技術、危機に瀕した行事や身体技法、そして作品や文化財が朽ちていくプロセスをアーカイブすることにも注目が集まっています。

秋田には藁で作った人形道祖神という神様がたくさん祀られているのですが、土地の人たちは「これは腐って朽ちていくんだよ」って嬉しそうに言うんです。朽ちることや大地に還ってゆくことを前提にしているから、毎年皆で集まって作り直すし、稲刈りの後に藁を保存する技術、道祖神を作るための技術も継承されていく。もしも永久に朽ちることのないマスターピースがあったとしたら、作る技術も途絶えてしまうわけで、地域信仰のアーカイブ自体が成り立たなくなってしまう。

美郷町本堂城回の鍾馗様(人形道祖神) 撮影:石倉敏明
美郷町本堂城回の鍾馗様(人形道祖神) 撮影:石倉敏明

―小森さんや瀬尾さんのようなアーティストの役割を、地元の人たちが担っているんですね。あるいは逆に、アーティストがその共同体にあるアーカイブの構築法、そこからの引き出し方を学んでいる、という方が正しいでしょうか。

石倉:秋田県立近代美術館で現在開催している『ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-』という展覧会では、江戸時代後期に活動した紀行家・博物学者で民俗学の先駆者とも呼ばれる菅江真澄が遺した秋田各地の記録と、それにインスパイアされたアーティストやコレクティブの作品群を展示しています。これはアーカイブという作業への一種の問いであって、真澄が視覚的なイメージとして遺した秋田各地の図絵・随筆・和歌などから、現代を生きる私たちがどのように当時の状況や場所性を想像できるか、そしてそこで得たものを現代に向けてどう照射できるかを問うています。

長坂有希『われらここに在り、漂う森をおもう』(2020年制作、3チャンネルビデオプロジェクション作品、日本語・英語音声) / 秋田県立近代美術館『ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-』展示風景 撮影:草彅裕 提供:NPO法人アーツセンターあきた
長坂有希『われらここに在り、漂う森をおもう』(2020年制作、3チャンネルビデオプロジェクション作品、日本語・英語音声) / 秋田県立近代美術館『ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-』展示風景 撮影:草彅裕 提供:NPO法人アーツセンターあきた

相馬:私がはじめて石倉さんにお会いして秋田を案内していただいた時も、菅江の歩いた道を辿りました。さらに舞踏家の土方巽の足跡を訪ねる道のりもあって、まさに彼らは私たちにとって二大秋田の偉人(笑)。

彼らが訪れた場所を歩くだけでもさまざまな感覚やパースペクティブが浮上してきて、これは最強の記憶装置・再生装置だと思いました。その再生を可能にしてくださった石倉さんも、現代における最強のメディエーターです。

石倉:(笑)

相馬:記憶再生装置としてのメディエーター、そしてアーティスト。この視点は今後さらに重要になってくると思います。

最近、震災があった年のことをよく思い出します。当時私は『フェスティバル/トーキョー』という芸術祭のディレクターをしていて、震災から半年も経たない時期に、震災に応答する作品を複数プロデュースしました。今思えば震災後の異様なテンションでしたが、とくに高山明さんの『国民投票プロジェクト』は、今思い返すと、今日話してきた重要なテーマがすべて入っているように思えます。

震災から半年後、福島と東京の複数の街で中学生にインタビューをした400以上の映像を、1枚ずつDVDとして閲覧可能とし、保冷車を改造したトラックに展示空間を設えて、トラックごと東京から福島へ巡回しました。あたかも巡礼するように、東京の都市空間と記憶が交わる場所に子供達の声を運んでいく。

さらにそこにゲストを迎えた対話で言葉を紡ぎ、その声も活字にする。これは震災という大きな出来事によって見えなくされている声を記録し、未来に残す重要なプロジェクトでした。

高山明 / Port B 『Referendum国民投票プロジェクト』 / Photo by Masahiro Hasunuma
高山明 / Port B 『Referendum国民投票プロジェクト』 / Photo by Masahiro Hasunuma

相馬:東日本大震災同様に、今回のコロナも危機的な状況です。「私たちは何をいかに記録できるのだろうか」という問いを投げ掛けられていると感じます。

石倉:2017年に相馬さんたちが香港で企画した『r:ead(レジデンス・東アジア・ダイアローグ)』に参加した時のことは、今も忘れられません。その際掲げていた「神話・歴史・アイデンティティ」というプログラムのテーマは、まさに刻一刻と政治や歴史が動いている香港の状況を深く理解しようとするもので、非常に強く印象に残っています。

神話は、アート同様に深いイリュージョンへと人びとを誘導する装置です。香港のプログラムは、虚構の力を使って事象の深いところに潜っていくだけでなく、その夢から現実に目覚めて、いま起きていることを記録・歴史化することが同時に求められる現場でした。

つまり現実を変形して深いイリュージョンへと導きつつ、そこから醒めた同時代の現実に着地し直すこと。夢を見ること、夢から目覚めることの両方にアートの実践は関わっているという問題を、改めて実感しました。

いっぽう香港はまさに現代の神話と歴史がせめぎ合い、さらにグローバルな資本主義、中国の国家主義、社会主義や民主主義の理念といったさまざまな要素が一種の夢や神話として絡み合って、互いにイリュージョンの魔法を掛け合っているような特殊な空間でした。そこでいかに記憶を残していくかという問いも、夢の深さに比例して大きいものになっていくと感じています。

『r:ead(レジデンス・東アジア・ダイアローグ)in 香港』 ©芸術公社
『r:ead(レジデンス・東アジア・ダイアローグ)in 香港』 ©芸術公社

石倉:この考えを最初に話したVRに還していくと、VRやARが、どこまで人間の意識を飛ばせるか、深いところまで潜らせるかに関わる技術であるからこそ、そこからどうやって現実に着地させるか、帰還させるかも問われていると思うんです。

―つまりイリュージョンを解くための方法が用意されていないといけない。

石倉:強烈な魔法や呪文の解き方というか、日常へと安全に戻ってくるための通路を用意する、ということでしょうか。それは香港の『r:ead(レジデンス・東アジア・ダイアローグ)』に参加させていただいて以来、僕が抱える宿題になっています。

相馬:VRは視覚や聴覚によって、脳を直接的に騙すもので、誰か(何か)の視点や身体に憑依できる体験でもある。つまり、簡単に人を操作できてしまう、危険なテクノロジーでもあります。

だから常に作る側には倫理観が問われます。小泉明郎さんの『縛られたプロメテウス』は没入がもたらす強烈な陶酔の後、さらに強烈な異化が待っていて、それが「着地」のための仕掛けになっていました。

没入させるためのツールとしてだけではなく、そこから覚醒させるプロセスや仕掛けを、ドラマトゥルギーにいかに取り入れていくことができるのか。今後もVR作品を作る中で探求していきたいと思います。

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ウェブサイト情報

緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(EPAD)
緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(EPAD)

文化庁より令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業「文化芸術収益力強化事業」として採択された「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業」。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い困難に陥っている舞台芸術等を支援、収益強化に寄与することを目的に設置され、新旧の公演映像や舞台芸術資料などの収集、配信整備、権利処理のサポートを行います。

Japan Digital Theatre Archives

EPADの事業の一環として、早稲田大学演劇博物館が監修・運営を務める特設サイト。EPADに収蔵された1960年代から現在に至る公演映像の情報が検索できます。

プロフィール

相馬千秋(そうま ちあき)

アートプロデューサー / NPO法人芸術公社代表理事。横浜の舞台芸術創造拠点「急な坂スタジオ」初代ディレクター(2006~2010年)、国際舞台芸術祭『フェスティバル/トーキョー』初代プログラム・ディレクター(2009~2013年)等を経て、2014年にNPO法人芸術公社を設立。国内外で舞台芸術、現代美術、社会関与型芸術を横断するプロデュースやキュレーションを多数行う。2015年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ受章。立教大学現代心理学部映像身体学科特任准教授(2016~2021年)。『あいちトリエンナーレ2019』パフォーミングアーツ部門キュレーター。2017年に東京都港区にて『シアターコモンズ』を創設、現在まで実行委員長兼ディレクターを努めている。

石倉敏明(いしくら としあき)

1974年東京都生まれ。人類学者。秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻准教授。シッキム、ダージリン丘陵、カトマンドゥ盆地、東北日本等でフィールド調査を行ったあと、環太平洋地域の比較神話学や非人間種のイメージをめぐる芸術人類学的研究を行う。美術作家、音楽家らとの共同制作活動も行ってきた。2019年、『第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際芸術祭』の日本館展示『Cosmo-Eggs 宇宙の卵』に参加。共著に『野生めぐり 列島神話をめぐる12の旅』『Lexicon 現代人類学』など。

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