広告に冷めた時代のアプローチ。Hondaは「フラット」を提示する

現代を生きる人々は何に対して喜びや幸せを感じ、新しい日常の中において、いかにしてそれを見出すことができるのか。そんなことを考えさせてくれるのが、Hondaの新しいブランドムービー『Life Sound Player』だ。「技術で人に奉仕する」というHondaの思想をモノ軸ではなくココロ軸で捉え直し、答えを押し付けるのではなく、きっかけや余白を作ることを大事にした内容は、一人ひとりの個性が重視される今の社会にマッチするもの。また、普段の生活の中にある「音」に注目することによって、在宅時間の中に新鮮な彩りを与えてくれるような試みでもある。

今回ブランドムービーを手掛けたITOCHU INTERACTIVE CORP.(以下、IIC)は、Hondaのコンペにあえて若手メンバー主体で臨み、何度となくディスカッションを重ね、今の社会のあり方を分析し、コンセプトを構築していったという。どちらかに寄りかかるのではなく、それぞれの個性を尊重し、お互いが気付きを得ていったのは、コラボレーションとしても理想的だったと言えるだろう。IICの水谷正紘と郭春佳を中心に、Hondaの担当者にも加わってもらいながら、プロジェクトの裏側について話を聞いた。

「技術で人に奉仕する」Hondaの、「人」に寄り添う姿勢

―まずはHondaの事業について教えてください。

Honda担当者:Hondaといえば、バイクや、クルマというのが一般的ですよね。そういう「移動」をつかさどるプロダクト以外にも耕運機、芝刈り機、除雪機といった「暮らし」に寄り添うプロダクトも作っています。もともと創始者の本田宗一郎が、奥さんのために自転車に無線機用のエンジンをつけたのが会社の始まりであり、「技術で人に奉仕する」というのが我々の原点です。

その考え方を基に「役立つ喜び」として、暮らし領域の商品を扱ってきたのですが、新しい世の中の流れを受けて、より一人ひとりの生活に密接していく事が、重要になってきていると感じています。

―これまでの商品と、人々の生活との間には少し距離もありそうですね。

Honda担当者:そうなんです。すごく使う人が限られていますし、全ての人々の暮らしに溶け込んでいるわけではない。そのギャップも、今回のプロジェクトを行う理由になっています。今は100年に一度の変革期で、自動化・知能化と言われている中、もっと世の中に寄り添い、一人ひとりの移動と暮らしをより楽しいものにしていくために、今回のプロジェクトがスタートしました。

Hondaのブランドムービー『Life Sound Player』

―水谷さんはどんな問題意識をもって今回のプロジェクトに臨まれましたか? Hondaの思想を今の時代、今の社会に合った形で発信をしていくのは、一筋縄ではいきませんよね。

水谷:今どきの人はもはや広告に対して冷めていて、押しつけの答えは求めていないと思うんです。余白があって、「こういう考え方もあるけど、あなたはどう思いますか?」というものは受け入れられるけど、「これが幸せの形だ」みたいに言われてしまうと、「そんなこと言われても」となってしまう。なので、今回は企業から押し付けの答えを出すのではなく、余白を意識した「フラット」というコンセプトを掲げました。

水谷正紘(みずたに まさひろ)
伊藤忠インタラクティブ株式会社 Creative Director / Copywriter。1984年、長崎生まれ。東京大学機械情報工学科卒業。大手シンクタンクで金融系のシステム開発に携わる中、ふと頭に降ってわいた「コピーライターってなんか面白そう」という直感を信じ、2015年より現職。ウェディングサービスのブランドステートメント開発、大手精密機器メーカーのWebプロモーション企画、製薬関連企業のインナーブランディング、オンライン書店企業の企業理念策定など、コトバを使ったコミュニケーションデザインの実績多数。

―「フラット」というのは、上下などの関係性ではなく、あくまで対等である、ということでしょうか。

水谷:もちろん正解があるわけではないですが、例えば、テクノロジーを駆使して、未来のモビリティの世界とか、街や国の理想像を描く企業もいる中、Hondaさんは街の中で生きている人たちとフラットな立場で、一緒に生活を作っていく、そのための材料を提供するというスタンスなんです。「大量生産の会社でも、そんな考え方があるんだ」というのは、驚きでもありました。

Honda担当者:Hondaも一企業かもしれませんが、興味を持ってもらわなければ会社の規模なんて全く意味がありません。その意味でも、今回音をモチーフにして、日常が違う世界に見えるというムービーを作ることによって、「Hondaが何か面白いことを始めてるな」と思ってもらう、その入口としての施策でもあります。

左から:Honda担当者、水谷正紘、郭春佳

「モノ」ではなく「ココロ」。今の視点で取り組んだ新しい挑戦

―「フラット」をコンセプトに掲げた上で、実際のクリエイティブについてはどのようにプランを立てていったのでしょうか? 商品が本来の機能としては使われないというのもポイントですよね。

水谷:最初はHondaの商品のことがずっと頭にあって、「商品を使って何をするか?」と考えていたんです。ただ、ターゲットである「今どきを生きる人たち」は商品と接点のない人が多いので、ここは一旦振り切って、モノ軸ではなく、ココロ軸で考えてみようと思ったんです。

―「ココロ軸」というのは、どんな考え方なのでしょうか?

水谷:人間の欲求は5段階のピラミッドで構成されているとする「マズローの法則」(人の欲求には下から順に、「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」があり、低次の欲求が満たされると、一つ上の欲求を持つようになるという心理学理論)を基に考えたんですけど、最近では5段階のさらに上に「自己超越」の欲求があるとされています。「自己実現」はもはや当たり前で、もっと社会全体の喜びに対して、自分の喜びを見出すようになっている。しかも、このご時世、国や世代関係なく生理的欲求や安全の欲求も感じていたりして、欲求や喜びが段階的でなく複雑で多面的になっているんじゃないかという仮説に至りました。それはもう、モノの喜びだけでは捉えられないと考えて、「ココロ軸」をHondaさんに提案して、承認いただきました。

Honda担当者:モノ軸から人を幸せにすることに関しては会社としてプライドを持っていますし、それなりのアプローチというのはこれまでにもさんざんやってきました。「モノづくり」でなく「コトづくり」というのも当たり前。そこに、ココロ軸という今までと違うアプローチを出してきてくれました。しかも、それは我々のようなメーカーとしては苦手としているところだという気付きがあって、今回一緒にやってみることにしたんです。

:今回のプロジェクトのメンバーの中で私が一番年下なんですけど、実際に自分の周りの人たちって、物質への興味が少なくなってきてるんですよね。最近は「モノからコト」とか「体験 / エクスペリエンスの重要性」という話がよく言われてますけど、体感としてもそう感じていたので、ココロ軸をHondaさんのようなメーカーが取り組まれるのは、世の中に対するアプローチとしてもすごく面白いと思いました。今までHondaさんのプロダクトに触れる機会がなかった人にも、届くんじゃないかなって。

郭春佳(かく はるか)
伊藤忠インタラクティブ株式会社 Art Director / Designer。1995年、東京生まれ。多摩美術大学にて、プロダクトデザインを専攻。インテリアメーカーのWebサイトデザイン、大手機械メーカーや総合大学のWebコミュニケーション戦略策定・クリエイティブ監修の他、大手シンクタンクとの合同事業コンソーシアム・実証実験など多くの事業創出を牽引。最近は『呪術廻戦』にはまっていて、人生で初めてマンガの単行本を大人買いした。

水谷:もともとコンペの段階から若手中心で取り組んでいて、我々の感覚をぶつけてみようと思ったんです。それに対して「任せてみよう」と言ってくださったのは、Hondaさんの度量の大きさと言いますか。

Honda担当者:我々としても分からない部分に賭けているので、未だにドキドキはしてるんですけど、ブランディングは正解がないじゃないですか? 今回は我々にとっても気付きになる議論ができる相手だと思いました。例えば、郭さんは「私はiPhoneには興味がないけど、Apple Storeが好きだからiPhoneを使ってます」とおっしゃっていて、そういうところに食いついたり。

―まさにApple Storeという「体験の重要性」ですね。モノを扱うHondaからすると、その視点は意外というか。

Honda担当者:いや、今はモノと同様に体験が大事という事は知っていましたし、施策としても重要視してきました。ただ、知識で知っているのと、実際に「Apple Storeの店員さんが好きだから」という当人と話をすることは、全く違いますよね。そのココロをいろんな角度から聞けるわけですから。結論でなく、話の途中で気付きがあったり、「その観点でHondaを見たらどう見えるの?」と、自分たちが知らない自分たちの魅力を探ったりもできて。

:Hondaさんとお話をする中で、自分が当たり前だと思っていたことに対して、「そうなの?」と問い返されることが多かったんです。そこで「今どきの人たちとは?」ということを掘り下げて議論できたのはすごくいい経験でした。それぞれが考える幸せの形が全然違ったのも、面白かったですね。

―「ジェネレーションギャップ」の一言で済ませるのではなく、その背景にはどんな社会の変化があるのかを掘り下げて考えることが重要だったということですね。

水谷:ブランディングというと、「社会と企業が交わる接点を作っていく」という考え方が基本だと思うんですけど、今回のプロジェクトを通じて、必ずしも世の中全体を見なくてもいいのではないかという気付きもありました。1つの物事に対して、全員が共感 / 共鳴することはありえないし、今日と来週で感じ方が違ったりもするじゃないですか? Appleの話でも、Apple Storeに共感する人、iPhoneに共感する人もいれば、Appleのどんなコミュニケーションにも反応しない人もいて、それが当たり前だし、それでいいわけですよね。だったら、広く受け入れられるものを目指すよりも、共感の深度をより深めていくことの方が大事なんじゃないかと思ったんです。

「今の人たちの普通」=「個性的」

―今回作られたクリエイティブは「音」がテーマになっています。ここに辿り着くまでには、どんな過程があったのでしょうか?

:在宅の時間が増えて家で友人と映画を見るようになったんですけど、ある日自分たちでポップコーンを作ってみたんです。その時に家の中で普段は聞かない音を体験して、鮮明に記憶として残ったんですよね。この長い自粛期間を多くの人が共有している中で、より身近になった「生活」と、世界中の様々な場面で使われているHondaプロダクトの接点を、「音」を通じて作れるのではないかと考えました。

水谷:今どきというポイントでも、ワイヤレスイヤホンとかスマートスピーカーとか、ダサくないガジェットが普及してきたおかげで、PodcastやClubhouseなど音声コンテンツが注目を浴びるようになっていたり、「音を聴く」という行為がまた復活してきていますよね。「フラット」というコンセプトとしても、音はノンバーバルで、人種や国籍も関係ないので、かなり発展性のあるテーマなんじゃないかと思ったんです。

―ムービーは普段の生活音がHondaプロダクトの音に変化することによって、主人公の心情に変化が起こるという展開になっていますね。

水谷:はい、主人公の変化を通じてコンセプトがわかるよう意識して作っています。

Hondaのブランドムービー『Life Sound Player』

水谷:ただ、これを企業目線で作って、企業が言わせたい台詞を言わせるようなものになってしまうと、「こんなこと言う人いないだろ」という動画になってしまうので、ムービーの中で起こる出来事はファンタジーですけど、リアルな感覚を重視して作っていきました。

:特にこだわったのは「どんな部屋にするのか?」という部分ですね。最初に「派手じゃなくて、普通の部屋でいい」という話をしたんですけど、そもそも「普通」の感覚が人によって全然違って、「じゃあ、普通って何?」という議論になって。

それでいきついたのが、今の人たちは個性を持ってるのが当たり前で、部屋にしても、身に着けるものにしても、「今の人たちの普通」=「個性的」なんじゃないかと思ったんですよね。なので、部屋の中にこけしのコレクションがあるんですけど、そこは今どきの「普通」を意識した結果なんです。結局、使われたシーンにこけし映ってないんですけど(笑)。

水谷:この主人公は、おそらく収集癖がある人なんですよね。エキセントリックな一匹狼みたいな個性にしちゃうと、見てる側と距離ができてしまうし、インスタ映えするような、教科書的に作れるオシャレな部屋も違う。何かしらその人なりの人間性が見えるような部屋であるべきだと思って。

作り込まれた部屋の様子

―「音」が中心にありつつ、部屋を隅々まで見てもらうことでも、いろいろな発見がありそうですね。

水谷:もちろん、音自体が面白くないとこの企画は成立しないので、そこはすごくこだわってます。生活の音がHondaプロダクトの音に置き換わって、その変化に気付き、だんだん楽しくなっていって、体を揺らし出す。その子の心境に合わせて音も変わっていくというのはかなりこだわりました。

制限の多い時期だからこそ、日常の中にある面白さに気付いてもらいたい

―ウェブサイトでは色々な音素材を使って、自分で音楽を作ることもできるんですよね。

水谷:ムービーだけでも何かを体験したような感覚になってもらうようなものを目指していたんですけど、一方的な発信だけではダメだなっていうのはもともと考えていて。本当ならリアルで何かしたかったんですけど、デジタル上でやれることを考えた結果、自分でも音楽を作れるというものになったんです。

:音を五線譜の上に乗せることで、自分だけの音楽を作れるんですけど、ずっと同じ1小節の繰り返しだと、メトロノーム的になっちゃうんですよね。でも今回は偶然生まれる音の面白さに気付いてほしくて、それを作業音として使ってほしいとも思っていたので、拍の長さをランダムにすることで、ずっと聴いてもらえるようにしていて。音を重ねすぎると雑音みたいになっちゃうんですけど、そこも委ねるというか、好む音にしてもやっぱり人それぞれだと思うし、幅があっていいのではないかと思いました。

―最後に改めて、今回のプロジェクトを通じてどんなことを感じてほしいとお考えですか?

水谷:Hondaさんが本当に目指しているところに行きつくには、いろいろなタッチポイントや切り口で、繰り返し継続的にやっていくことが必要だと思っていて、今回はその始まりだと思っています。なので、「何か面白かった」くらいの感想でも全然いいんですけど、例えば、ムービーをきっかけに音の面白さを知って、フリーソフトを使って自分でも何か音楽を作ってみようとか、自分の個性を出すきっかけになってくれたらすごく嬉しいですね。

:今の生活はいろいろ制限が多いと思うんですけど、そういう生活だからこそ、日常の中にある面白さに気付いてもらえたらいいなと思っていて。音をきっかけに今までとは違う視点で生活を見つめたり、自分の個性に気付けたらいいと思います。

―その気付きによって、人それぞれの新しい日常が立ち上がっていくといいですよね。

:その中にはHondaさんの存在があるということにも気づいてもらえたら、すごく嬉しいですね。

水谷:Hondaさんの商品に実際触れるところまでいかなくても、距離は縮まると思うんです。すぐには接点がなかったとしても、例えば、今どきの人の中には田舎に引っ越す人も増えていて、ホームセンターに行ってHondaの芝刈機があったときに、「あ!」となるかもしれない。そういう「いつか」のための一助になれたらいいなとも思います。

ウェブサイト情報
『Life Sound Player』

日常は、音であふれている。暮らしに少しだけ耳のピントを合わせてみたら、どんなことが感じられるだろう。
暮らしの音とHondaの音を楽しむムービーとともに、実際に音を自分なりに組み合わせて遊んでいただけます。

プロフィール
水谷正紘 (みずたに まさひろ)

伊藤忠インタラクティブ株式会社 Creative Director / Copywriter。1984年、長崎生まれ。東京大学 機械情報工学科卒業。大手シンクタンクで金融系のシステム開発に携わる中、ふと頭に降ってわいた「コピーライターってなんか面白そう」という直感を信じ、2015年より現職。ウェディングサービスのブランドステートメント開発、大手精密機器メーカーのWebプロモーション企画、製薬関連企業のインナーブランディング、オンライン書店企業の企業理念策定など、コトバを使ったコミュニケーションデザインの実績多数。

郭春佳 (かく はるか)

伊藤忠インタラクティブ株式会社 Art Director / Designer。1995年、東京生まれ。多摩美術大学にて、プロダクトデザインを専攻。インテリアメーカーのWebサイトデザイン、大手機械メーカーや総合大学のWebコミュニケーション戦略策定・クリエイティブ監修の他、大手シンクタンクとの合同事業コンソーシアム・実証実験など多くの事業創出を牽引。最近は『呪術廻戦』にはまっていて、人生で初めてマンガの単行本を大人買いした。



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