原発問題から人間の根源を問う「ペニス、つまりオチンチンの話」

映画監督・岩井俊二が約10年ぶりに書き下ろしの小説『番犬は庭を守る』を出版し話題になっているが、本人いわく同作は「ペニス、つまりオチンチンの話」らしい。しかし、別にふざけているわけではなく、読んでもらえば分かるのだが、本当に「オチンチンの話」なのである。そしてなにより、原子力発電所の事故により放射能汚染された世界を描いた作品として注目を集めている。

『番犬は庭を守る』出版記念トークイベント

3.11以降に原発問題を扱った作品はこれまでも多数発表されているものの、同作の位置づけは他と少し異なる。渋谷のユーロスペースで開催された出版記念トークイベントで本人が明かしたところによると、同作は『四月物語』(1998)が終わって『リリイ・シュシュのすべて』(2001)を制作するまでの空白期間に書かれた作品。チェルノブイリ原発事故をモチーフに書かれたものであり、「3.11以後の作品」ではないのだ。「最終的に映画にできないスケールになってしまった」と一度はお蔵入りしたが、2011年1月頃から原稿に再度手を入れ始めた矢先に、あの事故が発生したという。

3.11以前に書かれた小説が、3.11以後に出版されるという不思議な巡り合わせ。岩井は「原発が爆発して、まず感じたのは非常に申し訳ないということ。実際に原発を見学し、皆に考えてほしくて書いていたのにも関わらず放置していた。日本ではそう簡単に起こらないと思っていたわけではないが、ぼんやりしていたことは否めない」と悔やむ。しかし、これも作品が背負った運命なのだと思えば、受け取る側の我々が作品からなにを読み取るかの方が、過去の事実よりもよっぽど重要だ。

それでは、いったいどんな内容の小説になっているのか。

主人公は警備員として働くウマソー。放射能汚染によって生殖器が成長しない「小便小僧」の1人だ。一方、優良精子保持者は精子バンクに高額で提供し、「種馬成金」と呼ばれている。まさに、生殖器のスペック次第で将来が決定してしまう世界。しかし、それによって引き起こされる社会的地位の優劣にもまさって重要になってくるのが、生殖器が象徴する人間の根源的な渇望である。

製薬会社の工場、市長邸、廃炉になった原発と警備先は変わっていくが、その過程で起こるさまざまな事件を経てウマソーの生殖器は変遷を遂げ、ついには完全に損なわれてしまう。この世界で人々が精子バンクに頼ってまで子孫を残すのは、育児給付金が出ることもひとつの要因だ。しかし、もちろんそれだけではない。これ以上はネタバレになってしまうので言及しないが、ぜひ「最後の一行」を楽しみにしながら読み進めてほしい。この「一行」をどう解釈するかによって、作品の見え方が変わってくるだろう。

ところで、不思議なのは『番犬は庭を守る』というタイトルである。「番犬」は警備員であるウマソーだとしても、「庭」とはいったいなんなのか。素直に解釈すれば最後に警備した原発なのだろうが、放射能汚染によって「小便小僧」となったウマソーが守る「庭」が廃炉の原発なのだとしたら、相当な皮肉が込められていると言えよう。そして、そのことは盲目的に原発を許容してきた我々にとって重要な警句を含んでいる。「オチンチンの話」で苦悩する世界にしないための非常に重要な警句だ。

岩井は映画作品を制作する際、絵コンテやシナリオから入る場合もあれば、小説の形態から入る場合もあるという。そういった意味で、始めから小説の体裁を取って書かれた同作は、小説になるべくしてなった作品だと言える。一方、やはり高まるのが映画化への期待だ。岩井がスクリーンに描く3.11以後の世界(くどいようだが、それは3.11以前に描かれている)を、ファンは待ちわびている。

『番犬は庭を守る』出版記念トークイベント

書籍情報
『番犬は庭を守る』

2012年1月27日発売
著者:岩井俊二
価格:1,470円(税込)
発行:幻冬舎

岩井俊二

1995年『Love Letter』(主演:中山美穂)で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。代表作に、『スワロウテイル』、『四月物語』(主演:松たか子)、インターネットのBBSを使い、一般の人たちの対話の中から物語を展開していく異色のインターネット小説の映画化『リリイ・シュシュのすべて』、インターネットでショートフィルムを公開後に劇場公開した『花とアリス』(主演:鈴木 杏/蒼井優)、 市川崑監督のこれまでの軌跡を辿った『市川崑物語』等がある。近年は活動を日本国外にも広げ、2008年、第24回サンダンス映画祭ワールド・シネマ部門の審査員を務める。その春にはNYを舞台にしたオムニバス映画『New York I Love You』(主演:オーランド・ブルーム/クリスティーナ・リッチ)の一編を担当。2010年、『ヴァンパイア』(出演:ケヴィン・ゼガーズ/キーシャ・キャッスル-ヒューズ/レイチェル・リー・クック)をカナダ・バンクーバーにて撮影。2011年にはオフィシャルHP『岩井俊二映画祭』(http://iwaiff.com)をオープンした。最新作はドキュメンタリー『friends after 3.11』。現在、『岩井俊二映画祭』でロングバージョンを配信中。



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