レビュー

デモでも、デモじゃなくても。

武田砂鉄
2012/10/09
デモでも、デモじゃなくても。

試験に出そうな箇所を蛍光ペンで塗りながら読み進めたらたちまち蛍光ペンだらけになり、ただただ焦る試験前夜のような心地にさせる本だ。本書の巻末で著者は「この本を『教科書』にしないでほしい(中略)私は権威になって、説教をする気はありません。(中略)『説教』の題材を『最新のもの』に変えているだけでは、『説教と実感』の対立という構造を変えることはできません」と書く。「ここ重要そう(=試験に出そう)」とあちこちの頁の端を折りながら500頁を越える大著を経ても、ひとつの結論がずしりと胸に刺さったり、自然と立ち上がってきたりしないのは何故だろうと首を捻るのだが、「なぜひとつの結論が出ないのかと頭を悩ませる」ことにも、この本の主意の片鱗があるのかもしれないとひとまず理解してみる。現時点での主義主張よりも社会運動の歴史を振り返ることに重きを置くのは、「社会を変える」ためには、「社会は変わらなかった」結果と向き合う、その思索の蓄積と振り幅を追想する必要性を読者に投げたいと考えたからなのだろう。

原発事故以降、原発について「はい」「いいえ」が明確に区分されるようになった。無論、自分は「いいえ」である。あってはならない。「そうはいっても必要」と大人ぶる働きかけがいかに子どもじみているかをまだ理解しない連中に憤慨する。しかし、クリアに憤慨だけが宿っているわけではない。原発を問うとき、常に自意識過剰を履き違え気味のワタシは、どうしても原発事故以前の無関心だった自分をまだまだ浮上させる。そのときに、どうしても「いいえ」の声の純度を自分で疑ってしまう。起きてしまった今、そんなこと言っている場合か、そうやって小ちゃく躊躇しているから変わらないのだ、と声がかかる。うん、そう思う、そうは思っているつもりなのだ。でも、うん、と頷いた後でも、やっぱり、あの時の無関心が、ベタつく自己嫌悪なるスパイスと群がって、こびり付いたまま拭い去れない。

先日、久しぶりの同窓会で、しばらくぶりの友人に会った。彼に、「おまえ、電力じゃなくてガスでよかったな、ハハハ」と声をかけた。彼は東京ガスに就職したと聞いていたから、良い皮肉だと思ったのだ。中学生時代からいつもにこやかだった彼の顔が突然曇る。「……いや、俺、電力だよ。」彼は東京ガスではなく、東京電力の社員だった。驚きつつも「大変だった?」とひねりのない問いを続けると、「うん、大変だった。本当に、大変だった」と繰り返した。今は東京電力を辞め、つい先日、別の会社に転職したそうだ。「天と地が逆転したよ、マジで」とつぶやきながら、何人かのにぎやかな集団に吸い込まれていった。ギリギリ20代の彼が東電でどんな仕事を担っていたのか知らない。ただ、組織の中枢の仕事とは離れた仕事だっただろう。原発以降の「はい」「いいえ」の明確な区分は、例えば彼のような存在を含んだ上で区分してしまう。その明確な区分の前に立たされると、「いい人ぶりやがって」ということになるのだろうけども、やっぱり彼を糾弾する気にはなれない。

小魚から希少種まですべてをかっさらってしまう地引網漁法は、乱獲を原因に、昨今では減少傾向にあるという。原発事故後の「反」の発動を見ていると、この地引網漁法が頭によぎる。つまり、大きな獲物を捕らえるためには小魚は致し方なし、という思考だ。最近の地引網漁は網目を大きくして、大物しか入らないような工夫がなされているとも聞く。それならばいい。つまり、「20代の東電社員」が網目からすり抜けられるのならば。しかし、反原発の網目はとっても細かいように見える。そして、それぞれが考える網目の大きさが統一されているわけでもない。この網目は後々にどういった漁場を作り上げるのか。デモに行かないのか、とよく言われる。一度、とある取材で行ったきり、行っていない。どうして行かないの、と問われる。恥ずかしがらないで、とか、政府のやり方に疑問があるなら行かなきゃ、と誘われるのだけれど、行けない。地引網漁のような気がするから、なのだろうか。獲るべきではない獲物まで、捕まえてしまうからなのだろうか。いいや、ただ単に面倒くさがっているだけなのか。貴様に内在する揺れなんて、起きている現状を見つめれば凄まじく枝葉末節だし、個人的にもトホホではある。こういう「てめえがてめえのためにしつらえた配慮」こそ、行動する人からすれば体たらくな態度であり、「だから変わらない」と指差しされる矛先になってしまうのだろう。

今回の「反」や「脱」は、どうやってこの火に薪を継ぎ続けるかがポイントとなるのは間違いない。そのときに小熊が本書で言う「人間も個体ではなく、行為と関係と役割の連続体だと考えましょう」という働きかけは重要になる。説明を足す。政治家は政治家ではなく「政治をやっている人」であり、母親は「24時間一生母親」ではなく「子どもの前では母親をやっている人」だとする。人の行為/関係/役割を、凝り固めずに流動させていくべきだ、と。「昨日のリーダーも今日は活動していないかもしれませんし、今日のすね者も明日は熱心な活動家かもしれません」。小熊が言うように、そうやって人は転向する。その転向をいかに有機的に連鎖させるかが、社会を変えるための大通りを作る、と本書の骨子を読み取った。そのときに、デモはあくまでもワン・オブ・ゼムであると頭に定着させる。デモでも、デモじゃなくても、と埋め込む。

CoCo壱番屋カレーに入ると辛さを聞かれる。当然、10辛が一番辛い。今、「反」や「脱」のあり方について、この10辛、つまり、何をすれば一番刺激を与えられるかばかりが問われている気がする。でも、辛さと同様に温度も重要だ。温度をいかに高く保つか、この着眼については、デモに行かない「1辛」の自分にもしっかり宿っているし、自分で自分を点検するようにその温度を宿らせているつもりではいる。辛口を食べれば必然的に体の温度はあがる。だから、デモは最良の方法だ。でも、デモもいい、デモじゃなくてもいい、とにかく温度をキープして「反」や「脱」に向かい続けていくことが、「中枢」が最も嫌がることではないか。地引網を投げられて、そこから自分たちだけ脱出する悪知恵や筋力を彼等に蓄えさせてはいけない。せっかくの憤怒の固まりを霧散させてはいけない。彼らは時間の経過によって訪れる「風化」というスパイスをあちこちに撒きながら、かつての自分たちの振る舞いを取り戻そうとしている。「どの見方もが正しいし、どれもが不完全なのです」とする本書の懐の広さは、とにもかくにも様々な立脚点を読み手が自身を肯定する可能性を広げてくれる。その議論は「脱」や「反」を総力戦で推し進めるための馬力を誘発してくれるのだ。

書籍情報

『社会を変えるには』

2012年8月17日発売
著者:小熊英二
価格:1,365円(税込)
ページ数:520頁
発行:講談社

プロフィール

小熊英二

1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。

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