レビュー

街の変化をリマッピングするアートプロジェクトで、鴻池朋子が対峙した「地域アート」問題

島貫泰介
街の変化をリマッピングするアートプロジェクトで、鴻池朋子が対峙した「地域アート」問題

江戸時代から続く商業の中心地、豊かな文化の象徴、高度経済成長を支えた企業戦士たちの休息地……。長い歴史を持つ日比谷の風景が変わる

11月21日から始まる『リマッピング日比谷プロジェクト「都市と森の境界に現れるアート」展』は、東京・日比谷で展開するアートプロジェクトである。企業オフィスビルや官公庁、日比谷公園や大劇場など、政治や文化の日本の中枢とも呼べる日比谷では、現在、新たなビジネス・文化交流の発信拠点を作り出す「(仮称)新日比谷プロジェクト」が進行中だ。江戸時代から続く商業の中心地、豊かな暮らしと文化の象徴、日本の高度経済成長を支えた企業戦士たちの休息地……。長い歴史を持つ日比谷の風景が今大きく変わりつつある。同プロジェクトは、再開発の象徴とも言える工事現場外壁に巨大アートウォールを掲示し、日比谷公会堂や日比谷図書文化館で作品展示するなど、街の変化をアートによってリマッピング(再編成)するものだ。

『リマッピング日比谷プロジェクト「都市と森の境界に現れるアート」展』チラシビジュアル
『リマッピング日比谷プロジェクト「都市と森の境界に現れるアート」展』チラシビジュアル

そんな風に紹介すると、アート事情に詳しい人から見れば、地域振興のためのお手軽なアート利用に「批評性がない」「作品の質が問われていない」などの批判が飛び交う、昨今の「地域アート」問題にばっちりハマるプロジェクトのようにも見えてしまう。だが、今プロジェクトの企画者であるアーティストの鴻池朋子はこのように述べている。

「アートが辺境の地の復興という方便でもなく、にぎわいづくりという単なる手段でもない、本来の力をとりもどし、人間の感覚をいきいきと再編成し、私たちの住む街に、そのエネルギーを豊かに還元していければと思っています」(企画理念より抜粋)

「物語」や「旅」を喚起させるアーティスト鴻池朋子は、日比谷に何をもたらすのか?

鴻池朋子は、森や山などの自然の風景、顔のない木霊のような精霊や多足の狼といった空想のクリーチャーを緻密に描き、それらを組み合わせた空間を作ることで「物語」や「旅」を鑑賞者に喚起させてきたアーティストだ。同プロジェクトにおいて、彼女が目的とするものは何か。本人に尋ねてみた。

「アートによる地域振興といっても、それにうんざりしている人も少なくないと思うんです。公共の場になにか『作品』を作ってみんな幸せ、とは必ずしもならない。これまでいろんな場所の美術館で展示をしてきましたが、作品を設営して終わりという慣習に違和感があります。その土地に至るまでの旅の過程を私は大切にしていますが、そうした個別のライフヒストリーを背負ったうえで作品と対峙するのが自然なはずで、人によって作品の見方は全部違う。近代以降の日本では、速いスピードで効率的に目的地へと到達することが押し進められてきましたが、その途中経過を楽しむ人たちは大勢いるんです」

『獣の皮を被り 草の編みもの(S)』 ©Tomoko Konoike
『獣の皮を被り 草の編みもの(S)』 ©Tomoko Konoike

静止した「モノ」ではなく、連続的な「コト」の流れに芸術の可能性を見出す。それは想像の産物に日常からの跳躍の祈りを託し、旅や物語を綴ってきた鴻池の創作に通底するテーマだ。近年取り組んでいる雪深い山奥に建つ山小屋に作品を人力で搬入する『美術館ロッジ作戦』も、山を登り、そして下山していく個別の体験にフォーカスしたプロジェクトである。

「秋田県の冬山と都会である日比谷では地理的に異なりますが、所有区分という視点で見ると共通点があります。山小屋を所有するのは人ですし、山を所有するのは国。同じように日比谷も建物や場所ごとに所有や管轄が異なっていて、この再開発も『縦割り』のバラバラ状態で進んでいる。肩書きや所属に影響されず、枠組みの制約を越えて地域に入って行けるのがアーティストの特徴であって、今回のプロジェクトもそれが重要なポイントになっています」

日比谷の公園や飲食街に集う人々を、フィールドワークでリサーチ

今回、鴻池が力を入れているのが、日比谷公園と日比谷飲食街における「物語とアートを研究するリサーチ」だ。

「タスマニア大学からの留学生を聞き手にして、公園にやって来た人々や、飲食街の人々から『楽しかったこと』『驚いたこと』『恐ろしかったこと』などの聞き取りを行って、日比谷の『物語と地図』をアップデートしていきます。もちろん使う言語が違いますから、神奈川大学村井研究室の学生に通訳をお願いします。そして採集した物語を『地図=絵』として東京藝術大学の学生に描いてもらう。そのやり取りを循環させながら、いくつもの街の姿をかたちにしていきます」

『赤の部屋』東京オペラシティアートギャラリー ©Tomoko Konoike
『赤の部屋』東京オペラシティアートギャラリー ©Tomoko Konoike

文化人類学のフィールドワークを思わせるこの取り組みは、秋田県阿仁合(あにあい)で行ったプロジェクトをもとにしている。鴻池が阿仁合の住民の話を集めて絵に描き起こし、それらをパッチワークしたランチョンマットを囲みながら全員でお茶会を行うという内容で、アートが「見えない接着剤」となって、人と人の新しいつながりの一助になった。

「『モノ』としてのアートを作るのが最終目標ではなくて、楽しくおおらかな人間らしい暮らしを探ることが目的。アートはそのためのツールとも言えて、その異邦人的なスタンスが、考え方や視点、立ち位置を変えてみることの助けになるんです」

『森羅万象をかたどった文字をくれた』 ©Tomoko Konoike
『森羅万象をかたどった文字をくれた』 ©Tomoko Konoike

今回のリサーチに、あえて「異なる言語圏の人(タスマニア大学の留学生)」「通訳者(神奈川大学の学生)」「話を絵に置き換える人(東京藝術大学の学生)」という異邦人としての三者を差し挟んでいるのも、視点の豊かさを得るための作法と言えるかもしれない。また、それは銀座や新橋と隣り合う日比谷の地域性にも関わっているだろう。「有薫酒蔵(ゆうくんさかぐら)」という居酒屋では1000冊を超える母校別の「高校よせがきノート」が備えられていて、出身校のノートにメッセージや思い出を書くのが客の楽しみになっている。また昭和の雰囲気が残る老舗キャバレー「白いばら」の入り口には、在籍するホステスの出身県が掲示され、郷土の話題を楽しむことが来店目的という客も少なくない。

日比谷生まれ、銀座生まれ、といった出自こそがむしろ稀な日比谷界隈は、今なお全国から東京へと移り住んだ人たちのコミューンなのだ。その意味で、この街に一時の安息や旧交を求めようとする人々は旅人でもありうる。アーティストという名の旅人と、あらゆる人のなかに潜在する異邦性が出会うとき、新たな日比谷の地図が描かれ始めるだろう。

イベント情報

『リマッピング日比谷プロジェクト「都市と森の境界に現れるアート」展』

2014年11月21日(金)~12月7日(日)
会場:東京都 日比谷公会堂 アーカイブカフェ、日比谷図書文化館、ほか
料金:無料(シンポジウムは有料)
企画・制作:TOSHIO SHIMIZU ART OFFICE

(メイン画像:『獣の皮を被り 草の編みもの 東吾野の森プレビュー(昼)』 ©Tomoko Konoike)

シンポジウム
『人間と野生の境界に出現するアート』

2014年11月25日(火)18:30~20:30
会場:東京都 日比谷図書文化館 地下1階コンベンションホール
登壇者:
矢野智司(京都大学教授)
石倉敏明(秋田公立美術大学講師、明治大学野生の科学研究所研究員)
鴻池朋子
ナビゲーター:坂本里英子(セゾン現代美術館学芸員、VOLCANOISE代表)
料金:500円(要事前申込、当日受付有り)

『おとぎ話とアート~森をあとにして』

2014年11月28日(金)18:30~20:30
会場:東京都 日比谷図書文化館 地下1階コンベンションホール
登壇者:
巖谷國士(明治学院大学名誉教授)
村井まや子(神奈川大学教授)
鴻池朋子
料金:500円(要事前申込、当日受付有り)

プロフィール

鴻池朋子(こうのいけ ともこ)

1960年秋田県秋田市生まれ。1985年に東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業後、玩具と雑貨の企画デザインの仕事に長年携わり1997年より作品制作を開始。

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