ポストロックの季節が再到来? 時代のキーワードは「折衷主義」

ポストロックにリバイバルの気運?

現在、日本の音楽シーンでは「ポストロック」がリバイバルの気運を見せている。7月はtoeが5年半ぶりとなるフルアルバムを発表し、8月には新体制となったte'がアルバムを発表する他、te'のギタリストである河野章宏が主宰する「残響レコード」からは、若手の雨のパレードを皮切りに、夏から秋にかけて活発なリリースが続く。さらには、アレンジ面でLITEなどの影響を公言しつつ、SEKAI NO OWARIにも通じるポップなメロディーを歌い上げるLILI LIMITのような新人も出てきたし、つい先日はSpangle call Lilli lineが5年ぶりの復活を発表した。5月に『ポストロック・ディスク・ガイド』という本を監修した自分がこんなことを書くと、何だかステマのようで申し訳ない気分にもなるのだが、ここまでの波が起こるとは思っていなかったというのが正直なところだ。

まず新作を発表するのが、mouse on the keys

そして、toeやte'に先駆けて、6年ぶりのフルアルバム『The Flowers of Romance』を発表するのが、mouse on the keysである。まずは簡単に彼らの歴史を振り返ると、mouse on the keysとは、元nine days wonderの川崎昭(Dr,Pf)と清田敦(Pf,Key)によって2006年に結成され、後に新留大介(Pf,Key)が加入し、トリオ編成となったインストバンド。ごくシンプルに要約してしまえば、ピアノのミニマルで流麗なフレージングと、川崎のド派手なドラミングが組み合わさった、ドラマチックなサウンドスケープが特徴のバンドである。2007年にリリースされた1stミニアルバム『sezession』の1曲目“最期の晩餐”は、きのこ帝国のライブのオープニングSEとして聴いたことがある人も多いのではないかと思う。

mouse on the keys
mouse on the keys


そもそもnine days wonderとは、1990年代後半に活躍した激情系のハードコアバンドで、DOVEやREACHといったtoeの前身バンドと時代を共にした、ポストロックの先駆け的存在。toeの初期作は、川崎と清田の脱退後に9dwと改名して活動を続けるサイトウケンスケ主宰のレーベル「CATUNE」から発表され、一方、mouse on the keysのこれまでの作品は、toeが主宰するレーベル「Machupicchu INDUSTRIAS」から発表と、彼らは常に近い距離にいて、結果的に日本のポストロックの形成に大きな影響を及ぼしてきたのだ。

バンドとしての新境地を示した最高傑作

6年ぶりにリリースされる『The Flowers of Romance』は、ポストパンクの始祖であるPILのアルバムタイトルをそのまま引用していること、また、本作のリリースがこれまでのMachupicchu INDUSTRIASに代わって、クラブミュージック系のレーベルであるMule Musiqになったことなどが象徴しているように、かつてのバンド像を更新する、かなり意欲的な仕上がりとなっている。


アルバムの前半こそ、川崎の超絶なドラミングが際立ち、イントロダクションに続く実質的なオープニングナンバーの“Leviathan”や、フリージャズ的な展開を見せる“The Lonely Crowd”からは、いわゆる「ポストロック的」なイメージをパワーアップさせた印象を受けるだろう。とはいえ、クラブミュージック系のレーベルからのリリースという事実が示しているように、彼らはハードコアを通過しつつテクノに対する視野も持ち合わせ、獰猛でありながらも構築的という、相反する要素が混在するバンド。そんな彼らのインテリジェンスが、アルバムが進むに連れてより明確な形で表される。

ロバート・グラスパー以降のジャズともリンクする“Mirror of Nature”、プリペアドピアノ(ピアノの弦に、ゴムや金属などを挟み込んで音色を打楽器的な響きに変化させたもの)を使った“Hilbert Dub”、ストリングスをフィーチャーしたベースミュージック風のタイトルトラック“The Flowers of Romance”と、アルバム後半は1曲ごとに全く異なるアプローチを見せ、ラストはモーリス・ラヴェルのピアノ組曲“夜のガスパール”から、第2曲“Le Gibet”をノイズ~現代音楽のテイストでカバーし、不穏な雰囲気の中でアルバムは幕を閉じる。バンドの新境地を示した作品であることは間違いなく、個人的には、彼らの最高傑作だと言っていいのではないかと思う。

「クリエイティブな折衷主義」が時代のキーワード

『The Flowers of Romance』が発表された翌週には、toeの新作『HEAR YOU』がリリースされる。この作品は木村カエラやCharaといった豪華なゲストボーカルの参加も話題だが、作風としては2009年に発表した『For Long Tomorrow』からの流れを受け継いだネオソウル~ヒップホップ寄りの作品で、ラッパー・5lackの参加がその印象を強めている。つまり、mouse on the keysもtoeも、かつてのポストハードコア的な作風からは遠く離れ、ソウルやヒップホップ、はたまたベースミュージックに至る、さまざまな音楽性を飲み込みつつ、それを熟練されたバンドの演奏と音響で鳴らしているのだ。ここで浮かび上がるのが、「折衷主義」というキーワードである。日本におけるポストロック評論の第一人者である佐々木敦は、かつてポストロックの特徴として、「クリエイティブな折衷主義」「編集とポストプロダクション」「エレクトロニクスの大胆な導入」を挙げているが、中でも最初の「クリエイティブな折衷主義」は、ポストロックという枠を超えて、今再び時代のキーワードになっているように思う。

例えば、今年の上半期に傑作『Obscure Ride』を発表したceroは、“C.E.R.O”という曲の中で「Contemporary Eclectic Replica Orchestra」と歌い、「Eclectic=折衷主義」を改めて掲げていたが、彼らのヒップホップ~ネオソウル的な作風を、toeと比較することは可能だろう。また、やはりネオソウルを起点とし、ジャズやR&B的な作風がceroとの親和性を感じさせるEmeraldの作品は、mouse on the keysのエンジニアである山下大輔が録音とミックスを担当していたりもする。よりポストロック的な文脈で言えば、残響レコード所属のハイスイノナサは、そのミニマルで音響的なアプローチがmouse on the keysともよく似ているが、メンバーの照井淳政はエンジニアとしてベースミュージックを生演奏するDALLJUB STEP CLUBに関わっていて、折衷的なあり方を体現している。そういえば、元nine days wonderのサポートベーシストで、現ZAZEN BOYSの吉田一郎が、5月に吉田一郎不可触世界名義で発表したソロ作『あぱんだ』も、ブラックミュージックの色が濃い、折衷的なクリエイティブを発揮した素晴らしい作品であった。エレクトロニックなフュージョンを鳴らす現在の9dwは、こうした動きの先駆けだったと言ってもいいのかもしれない。

僕は声高に「ポストロックリバイバル」などと叫ぶつもりは毛頭ない。客観的に見て、その気運があるのは事実だと思うのだが、一部の形式化したポストロックに対しては、ノスタルジーこそ感じても、もはや興奮することはない。それよりも重要なのは、「クリエイティブな折衷主義」であるかどうかで、その呼び名は「ポストロック」でも「シティポップ」でも「JTNC(JAZZ THE NEW CHAPTER)」でもいいと思う。何にしろ、mouse on the keysの『The Flowers of Romance』は紛れもなくクリエイティブであり、今年を代表する1枚だと言っていいだろう。

リリース情報
mouse on the keys
『the flowers of romance』(CD)

2015年7月15日(水)発売
価格:2,484円(税込)
mule musiq / MMD-52

1. i shut my eyes in order to see
2. leviathan
3. reflexion
4. obsession
5. the lonely crowd
6. mirror of nature
7. hilbert dub
8. dance of life
9. the flowers of romance
10. le gibet

イベント情報
『mouse on the keys “The Flowers of Romance” release tour』

2015年8月23日(日)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 代官山 UNIT

2015年10月7日(水)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:愛知県 名古屋 CLUB UPSET

2015年10月8日(木)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:京都府 KYOTO MUSE

2015年10月9日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO

2015年10月11日(日)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:熊本県 SECOND SIGHT

プロフィール

日本におけるポストハードコア / ポストロックシーンのパイオニアバンドのひとつであるnine days wonderの元メンバーであった川崎昭(ドラム、ピアノ)と清田敦(ピアノ、キーボード)により2006年mouse on the keysは結成された。2007年日本のインスト・ポストロックの雄toeの主宰するMachupicchu Industriasより1st mini album『sezession』をリリース。この頃、新メンバーとして新留大介(ピアノ、キーボード)が加入し現在のトリオ編成が形成される。2009年、1stフルアルバム『an anxious object』リリース。2010年3月『sezession』と『an anxious object』を海外リリース。それに伴いEU圏を中心にツアーを行う。その後、活動圏をアジアへも広げ、Taiwan・Hong Kong・Manila・Kuala Lumpur・Singapore・Brazilでのショーは各地で反響を呼んだ。2015年には待望の2ndフルアルバムがMule Musiqよりリリースされる。



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