
Boseと行く『村山知義の宇宙 すべての僕が沸騰する』展
- 文:宮崎智之(プレスラボ)
- 撮影:菱沼勇夫
- (2012/08/02)
世の中には時々、天才と呼ばれる人が現れます。そのほとんどは本人からすれば、努力の結果の賜物にすぎなかったりするのですが、それでもやはりどうしても、天才としか呼べない特別な人は僅かながらに存在します。例えば芸術から科学、解剖学まで手掛けて「万能の天才」と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチ。そんなダ・ヴィンチに負けず劣らず、広範囲の分野にわたって膨大な作品を世に残したアーティストが20世紀初頭の日本で活躍していたことをご存知でしょうか。世田谷美術館で開催中の『村山知義の宇宙 すべての僕が沸騰する』展は、1920年代から戦後にわたって、絵画や造形、ダンスパフォーマンス、舞台美術、映画、小説、戯曲、デザイン、児童文学など、様々な分野にわたって前衛芸術運動を展開していった、村山知義という1人のアーティストの業績を紹介する展覧会です。その業績のあまりの多彩さに、今回初めて美術館で本格的に行われるという展覧会を、スチャダラパーのBoseさんと一緒に訪れました。以前はこの近くに住んでいたこともあり、リラックスした雰囲気で現れたBoseさんは、村山の人生に何を感じ、どのような言葉を語ってくれるのでしょうか。
Bose
1969年岡山生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。Bose、ANI、SHINCOの3人からなるラップグループ「スチャダラパー」のMC担当。まだ日本ではヒップホップが黎明期だった1989年『第2回djアンダーグラウンドコンテスト』において、TVドラマ『太陽にほえろ』のテーマ曲をバックトラックに使った『スチャダラパーのテーマpt.1』で鮮烈な印象を残し、特別賞受賞。翌1990年に『スチャダラ大作戦』でメジャーデビュー。2010年にはデビュー20周年を迎え、ベストアルバム『THE BEST OF スチャダラパー 1990〜2010』をリリース。2012年もシーンの最前線で精力的に活動し、自ら編集する雑誌『余談』や、待望のニューシングル『哀しみturn it up』を発表している。
スチャダラパー | SCHA DARA PARR
激動のドイツへ―哲学・宗教学から前衛芸術家への転身
―村山知義は1901年、海軍医だった父と婦人之友社の記者だった母の間に生まれました。若い頃からかなりのインテリで、東京帝国大学文学部哲学科に入学したのですが、すぐに退学し、ドイツで原始キリスト教を学ぶために渡航してしまいます。しかし、当時のベルリン大学で宗教学を学ぶにはラテン語が必修。ドイツ語、英語は出来たものの、それを知らなかった村山はあっさり入学を諦め、突如、前衛芸術の道へと人生の舵を切ることになりました。いきなり波乱の人生の幕開けです。
Bose:まず恵まれた人、選ばれた人として人生が始まっているんだけど、留学ができる裕福な家庭に生まれたとか、ラテン語を学ぶ準備ができずに挫折してしまったとか、さまざまな運や偶然が重なった結果、村山知義という芸術家が生まれた経緯がおもしろいよね。アーティストって意外とそんな風にして誕生するものなのかも知れないですね。僕はもともとデザインとかイラストをやりたかったんですけど、周りに上手い人がたくさんいたから諦めたんです。それでラップをやってみたら、いきなりわりと上手くできたという(笑)。

Bose(スチャダラパー)
―村山が訪れた当時のドイツでは、美術と建築の学校で近代の建築やデザインに大きな影響を与えたバウハウス、既存の芸術を全てぶち壊すダダ、イタリアの未来派、ロシアの構成主義など、新しい芸術運動の波が沸き起こっており、多感な年頃の村山にとても大きな影響を与えたようです。
Bose:ものすごいショックで、興奮したんだろうなって、その時の村山の気持ちが分かる気がします。僕たちも昔ニューヨークに行って、本場のヒップホップシーンをこの目で見て、「うわー!」ってなりましたよ。当時日本からドイツに行くのにどれくらいの日数がかかったんだろう。1ヶ月半? 今どこかに行くのに1ヶ月半かかるところなんてないですよね。そんな宇宙の果てのようなところにまで行ってみたら、こんな凄いことになってました、って、それは当然影響を受けるよね(笑)。
―ちなみにBoseさんは、バウハウスに影響を受けている桑沢デザイン研究所の出身。村山もドイツでバウハウスの思想に触れていたと聞き、より親近感を持ったようでした。

―次の展示室の入り口の壁には、この展覧会のタイトルにも使われている、村山が20歳あまりの頃に残した言葉「すべての僕の 情熱と思索と小唄と哲学と絶望と病気とは 表現を求めようとして 具象されようとして沸騰する」が記されています。Boseさんがその前でずっと立ち止まっていたので、真意を伺ってみると…
Bose:この並びに「病気」という言葉を入れてくるところが、カッコイイなと思ったんですよ。綺麗に言葉が並んでいるだけだとパンチがないけど、突然「病気」という強い言葉が差し込まれるのがおしゃれだなーと思って。ネガティブなイメージの言葉を入れることで、より意味が強くなる。ヒップホップの世界には、病的にカッコイイことを「ill(イル)」と表現する文化があるんだけど、それとも繋がるな、って、勝手に想像を膨らませていました(笑)。

宮崎智之(プレスラボ)
1982年3月生まれ。ライター。東京都福生市出身。地域紙記者を経て、現在、編集プロダクション「プレスラボ」に所属。ダイヤモンドオンラインや日経トレンディネット、月刊サイゾーなどで執筆中。社会問題系を得意としているが、文学やアートにも興味があり。













































