『音楽を、やめた人と続けた人』

『音楽を、やめた人と続けた人』〜PaperBagLunchbox 空白の5年とその後〜 第5話:ターニングポイント

音楽を、やめた人と続けた人

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第5話:ターニングポイント

2010年11月19 日、ぼくは新宿のライブハウスMARZにいた。PaperBagLunchboxが全国を回ってきたツアーの、山場とも言えるライブを観に来たのだ。

そのちょうど4ヶ月ほど前、ぼくは同じ場所でPBLの10周年記念ライブを観た。夏の盛りでひどく暑いその日、もう一線を退いたバンドの「有終の美」を確かめに行くような気持ちで、このライブハウスに足を運んだのだ。

そしてその日のライブを目の当たりにしたぼくは、不安と期待が入り交じる複雑な気持ちを抱えながらも、この長期連載を始める覚悟を決めた。PBLの音楽は、昔と変わらずぼくをドキドキさせてくれた。少しも腐っていなかったのだ。そしてそんなかつての戦友が、次から次へと情報が流れ過ぎ、忘れ去られてゆくこの時代に、自分たちの人生を賭して再起しようとしている。音楽をやめてしまったぼくには、彼らがなぜ、そこまで音楽にこだわり続けるのか分からなかった。その答えを知りたいと思ったし、もし本当にここから彼らが再起できたなら、そのドキュメンタリーを書けるのもメディアの人間としてこれ以上ない喜びだ。

しかし正直な気持ちを吐露すると、これまで前に進めなかった人たちが、今更変われるとは思えなかった。たとえ心の強い人が、どんなに強く「変わりたい」と思っても、現実はそう容易く動かない。なにせ「変わる」には、それ相応の「痛み」が伴うのだ。理不尽で悲惨な現実を生きているならまだしも、PBLのメンバーたちが、自分を痛めつけてまで変わりたいと思うような日常を生きているとも思えなかった。そして「空白の5年」はまさに、「変わりたいけど無理はしなかった」ことを証明する、動かすことの出来ない証拠だと考えていたのだ。取材を始めるまでは。

それから4ヶ月。結果だけみれば、「PBLは変わった」と断言できるだけのことを、彼らは成し遂げてくれた。5年間、チャレンジしたのに作れなかったアルバムを、たったの4ヶ月で2枚も産み落としたのだ。それもその間、ツアーで全国20ヶ所を転戦しながら。歩き方すら忘れていたバンドが、走り出すどころか、羽をはやして飛び回るかのように勢いづいていた。


本人たちだって一刻も早くこうなりたかったはずなのに、ようやく今、彼らは変わった。その現実を目の当たりにしていたぼくには、PBLの未来に、ぽっと明りが灯るのが見えたのだ。

前置きが長くなったが、話は11月19日に戻る。そういうわけで、同じ場所で同じバンドのライブを観るというのに、ステージに相対するぼくの気持ちも随分と変わっていた。ツアーを経て、彼らがどれくらい成長してきたのか、楽しみで仕方がなかったのだ。

そしてその日のライブ、幕が開いた瞬間から彼らは、分かりやすくその変化を見せつけてきた。『2010年宇宙の旅』の音楽に合わせ颯爽とステージに現れたと思いきや、音に合わせてポーズをきめる(恒松は化粧までしている!)。微塵の恥じらいも感じさせない4人の姿は、何だか自信に満ち満ちている。その姿に固唾を飲んだ瞬間から、ぼくは一気にPBLのエンターテイメントショーへ引きずり込まれていた。お世辞を言うつもりは毛頭ないのだが、たったの4ヶ月で、違うバンドみたいに、あらゆる面でレベルアップしていたのだ。

PaperBagLunchbox

ナカノ:ツアーに出てから、会場とかお客さんの空気が分かるようになったんです。だからステージに立った瞬間、その場に降りてくるインスピレーションとか、お客さんから伝わってくるものを吸い込んで、その空気をそのままパフォーマンスできるようになった。決め事じゃなくて、体が勝手に動くし、勝手にMCをする感じ。お客さんが何を求めているのがわかるようになったんです。だから「お客さんありがとう」って思えるし、それがまたお客さんに伝わっていく。そういうステージとお客さんとの繋がりを感じられたのって、これまでバンドをやってきて初めての経験だった。

加藤(マネージャー兼レーベルプロデューサー):この5年間地中に潜っていたとはいえ、バンドは続いていて、ライブをやり続けてたわけですよ。だから実は、想像以上に音楽的体力はついてたんだと思います。だからライブも、リズム隊がきっちりグルーヴを作ってくれてたし、あとはもう「ナカノが何とかしてくれる」って思いがあった。

ナカノ:ご存知の通り俺は褒められて伸びるタイプだから(笑)、そうやってみんなからの信頼を感じられたのも、スゲー嬉しかった。それに応えるために頑張りたいって本気で思ったし。

加藤:それでナカノが、本当にすごくいいパフォーマンスをするようになった。しかもそれが、バンド全体にも影響を与えるわけです。ツアー後半には恒松もどんどん前に出てきて、フロントの二人でお客さんを魅了できるようになっていったし。

伊藤:あと、ツアーに間に合わせたセカンドアルバムを、お客さんがすごい勢いで買って帰ってくれたのもめっちゃ嬉しかった。ライブやるたびに10枚、20枚と目の前で売れていって、お客さんとも直接話せて。ずっとPBLのことを待ってくれてた人がいたり、そうやって、お客さんの反応をダイレクトに感じられたのも大きかった気がする。

あれほど停滞していたバンドも、前進する時は、呆れるほどこんなにも簡単に進んでいくのか。驚きを通り越して呆れてしまうくらい、この4ヶ月でPBLは全てが好転していた。うまくいかないことがあって悩んでいる全ての若者に、この事実を伝えて安心させてあげたいくらいだが、実際のところ、これほどの大逆転劇は滅多に起こりえない。PBLには、本人たちの才能と強い覚悟があったし、何よりもそれを導いてくれる船頭がいた。ここまで一連のシナリオを描いたキーマン、レーベルプロデューサー兼マネージャーを務める、加藤孝朗だ。PBLを見つけ出し、口説き落として上京させた、PBLの父親ともいえる人物である。

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