
どんな風に生きていきたいのか、誰だって少なからず悩むはずだ。自分なりの理想や夢があって、それを思えば心は弾むけれど、我に返れば目の前には理想とかけ離れた現実があったりする。PBLを追いかけてきたぼく自身もやはり、どんな風に生きたいのか悩んだし、思い描いた夢を諦めもした。自分は誰よりも斬新で、人の心を打つ音楽が作れて、それを大勢の人々がお金を払ってでも聴きたいと思ってくれる。今考えれば赤面するようなことを本気で信じている時期もあったし、そんな風に過信する材料も少しはあった。20歳そこそこでメジャーレーベルやマネージメント事務所から連絡もきたし、テレビCMの音楽を任されたり、新人発掘系ラジオ番組のグランプリに選ばれたり、ズラリと有名プロデューサーが並ぶなか、スタジオライブをやらされたこともあった。メカネロのメンバーになってからは、トントン拍子で事務所が決まり、デビューもさせてもらった。同世代のなかでは「順調」と言っても良いくらい、自分には音楽で生きていく道が拓けているように思えた。