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『映画の未来へ』黒沢清×是枝裕和×西島秀俊×寺島進

『映画の未来へ』黒沢清×是枝裕和×西島秀俊×寺島進をdel.icio.usに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加 『映画の未来へ』黒沢清×是枝裕和×西島秀俊×寺島進をlivedoorクリップに追加 『映画の未来へ』黒沢清×是枝裕和×西島秀俊×寺島進をlivedoorクリップに追加 (2010/01/01)

黒沢清・是枝裕和、2人の映画作家が傑作トークを繰り広げたセッション1。次なるセッション2では西島秀俊・寺島進という現代日本映画を代表する俳優陣が参入。「撮る」者と「撮られる」者、そしてそのどちらもが「観る」者として語った「映画の未来」は、曲がり角を迎えた日本映画界がじっくり耳を傾けるべき内容となった。豪華メンバーによるトークイベントをレポートする。

(テキスト:松井一生 撮影:小林宏彰)

PROFILE

黒沢清
1955年7月19日兵庫県生まれ。立教大学在学中より8mm映画を撮り始め『しがらみ学園』で1980年度ぴあフィルム・フェスティバルの入賞を果たす。その後1983年に『神田川淫乱戦争』でデビューし、『勝手にしやがれ!!』シリーズ(1995〜96年)や『復讐 THE REVENGE』シリーズ(1997年)等を監督。1997年に『CURE』を発表し、その後も『大いなる幻影』(1999年)、『カリスマ』(2000年)、『アカルイミライ』(2003年)などを立て続けに発表し、2008年公開の『トウキョウソナタ』で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞した。


是枝裕和
1962年、東京生まれ。1987年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出し、現在に至る。1995 年、初監督した映画『幻の光』が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』(1998年)は、各国で高い評価を受け、世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。2004年、監督4作目の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。その他、時代劇に挑戦した『花よりもなほ』(2006年)、自身の実体験を反映させたホームドラマ『歩いても 歩いても』(2008年)、初のドキュメンタリー映画『大丈夫であるように−Cocco終らない旅』(2008年)など、精力的に活動を行っている。


西島秀俊
1971年生まれ。東京都出身。1994年、『居酒屋ゆうれい』で映画デビュー。黒沢清監督の『ニンゲン合格』(1999年)、北野武監督の『Dolls ドールズ』(2002年)、犬童一心監督の『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)など数々の映画に出演し、日本映画を代表する俳優の一人となる。また、宮崎あおいと共演した朝の連ドラ 『純情きらり』やドラマ『ジャッジ 島の裁判官奮闘記』(NHK)など、テレビでの活躍も記憶に新しい。


寺島進
1963年生まれ。東京都出身。1986年、『ア・ホーマンス』(松田優作監督)で映画初出演。北野武監督作は、『その男、凶暴につき』(1989年)をはじめ、『ソナチネ』(1993年)、『HANA-BI』(1998年)、『BROTHER』(2001年)など9本に出演している。ほかに映画では『おかえり』(1996年、篠崎誠監督)、『空の穴』(2001年、熊切和嘉監督)など、テレビでは『アンフェア』『ヒミツの花園』などに出演している。



『東京フィルメックス』とは
2000年より始まった、東京で毎年秋に開催される国際映画祭。「作家主義」を標榜し、アジアを中心とした各国の独創的な作品を上映する。映画祭は、審査員によって最優秀作品賞が選ばれる「コンペティション作品」、世界各国の実力派監督の作品を上映する「特別招待作品」、映画人や特定の国などの関係作品を集めて回顧上映を実施する「特集上映作品」の三部構成から成る。作品の選定眼には定評があり、東京のシネフィルを唸らせている。
TOKYO FILMeX

自分の心の中で、映画俳優としてぶれてなきゃいいかなって(寺島)

―それでは早速ですが、寺島さん・西島さん、それぞれの10年を振り返っていただきましょう。とにかく映画俳優にこだわってきたお2人の歩みを知ることは、現在の映画の動きを知ることでもある気がします。

『映画の未来へ』黒沢清×是枝裕和×西島秀俊×寺島進
寺島進

寺島:10年前は「俺は映画俳優として生まれて、映画俳優で死ぬ。俺の体の中には映画が住んでるぞ」なんて言ってましたけど…この10年、まるっきりテレビ俳優でね(会場笑)。黒沢清監督も呼んでくれませんしね(会場爆笑)。

―(笑)。寺島さんは以前、「これまでは映画を軸足にやってきたけど、テレビに出るようになったことで、新たな人々に見てもらえる。そして、そんな人たちに次は映画で自分を見てもらいたい」と仰っていましたね。

寺島:今はもう、完璧にぶれちゃってますけどね(笑)。でも、さっき(セッション1)フィルムとデジタルの話がありましたけど、フィルム作品に出演する時の緊張感は忘れないようにはしたいね。自分の心の中で、映画俳優としてぶれてなきゃいいかなって。

―でも、むしろ寺島さんは最近になって、よりコンスタントに映画へ出演されてらっしゃるように思えるんですが。

寺島:そんなことはないですよ。今はもうテレビ欄しか見なくなっちゃったもん(会場爆笑)。でも、映画の世界を傍観者として見られるかなって。

―西島さんには、4年前の第6回フィルメックスにて、審査員をお願いしていますよね。映画を観ることもお好きだそうですが、そんな西島さんの10年はいかがでしたか?

西島:僕はちょうど10年前に、黒沢さんの『ニンゲン合格』に出演していたんです。テレビ出身なので、やっと映画に出演できるようになったな、と感動していました。映画の俳優さんとテレビの俳優さんは、当時の僕には違って見えていたので、なんとか映画の演技に近づきたいなと、そんなことばかり考えてましたね。

2/3ページ:10年前は映画に出ている俳優さんが、皆不可思議に見えました(西島)

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