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『ばかのうた』星野 源 インタビュー
インストバンド・SAKEROCKのリーダーとして人気を博し、役者としても大人計画での活動や『ゲゲゲの女房』への出演、さらには文筆、映像プロデュースなど、マルチな才能に注目が集まっている星野源。一見、ほんわかとして、不器用にすら思える彼が新たに踏み出した領域は、ボーカル曲を中心とした初のソロ・アルバム。「恥ずかしい」と言いながらも、素直な気持ちで綴った15曲を収めた『ばかのうた』は、やさしくて、切なくて、聴いているこちらまで素直な気持ちにさせてくれる、不思議な力を持った作品だ。そんな今作について、ソロとしての活動について、星野源の人柄がにじみ出たインタビューをどうぞ。
(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ 撮影:柏井万作)
星野源
81年埼玉生まれ。SAKEROCKのリーダー兼ギタリスト、マリンバ奏者。俳優。近年ではドラマ『ゲゲゲの女房』、『去年ルノアールで』、映画『ノン子36歳(家事手伝い)』などに出演。代表を務める映像ユニット「山田一郎」での活動や、作家としても著書『そして生活はつづく』を刊行し、POPEYEにて「ひざの上の映画館」を連載、テレビブロスでの細野晴臣と対談連載『地平線の相談』など、様々な分野で活躍中。
星野源のホームページ
本当は「歌いたい」って言いたかったんですけど、結局言えないまま、なんとなーくインストバンドに(笑)。
―星野さんが最初に音楽に興味を持ったのはいつ頃だったんですか?

星野源
星野:実家が八百屋なんですけど、両親がすごい音楽好きだったんです。父親が趣味でジャズ・ピアノをやってて、母親も昔はジャズ・ボーカリストを目指してて。家にジャズのレコードが山ほどあって、小さい頃から常に音楽が流れてたんですよね。でも、音楽を始めたきっかけはそれではなくて、中学のときに周りのみんながギターを始めだしたからっていう。
―昔はB'zが好きだったとか、そういうのはなかったんですか?
星野:あー、B'z大好きでした(笑)。あとはユニコーン。むしろジャズは好きじゃなくて。でも、ギターやりたいって言ったら、親父が使ってたギターを出してくれて。始めやすい環境ではあったと思います。
―本格的に取り組むようになったのは?
星野:ハタチくらいというか、SAKEROCKを始めてからだと思います。それまでは恥ずかしくて、ライブに出られなかったんですよ。芝居は中1のときに友達に誘われて出てたんですけど、素で人前に出るっていうのができなくて。あと、他の同級生がレッチリ(Red Hot Chili Peppers)のコピーをやってて、「ポゥ!」とか言ってるのを見て、「なんて恥ずかしいんだろう」と思って(笑)。それで高3までライブできなかったんですよ。
―じゃあ、高校生のときは、家でひとりでギターを弾いてたんですか?
星野:はい。(アメリカのハードロック・バンド)エクストリームの“More Than Words”とか、耳コピして弾いてました(笑)。
―その頃は曲を作ったりは?
星野:高校生のときに、クラスの人気者から、「源君、ギター弾けるんだったら、僕の詞で曲を作ってよ」って言われて、嬉しいなあと思いながら作ったのが最初です。それから自分でも作るようになって。でも、発表とかはしてなかったです。恥ずかしくって。
―その頃はどんな曲を作ってたんですか?
星野:ユニコーンとか、声の高い人が好きだったので、歌い上げる感じというか。だから、当時は歌い上げてたんですけど、なんかもさもさしてて、あまりに似合わなくって。テープに録った自分の声を聴いて、ものすごく落ち込んじゃったんです(笑)。
―もしや、それがきっかけでSAKEROCKはインストバンドに?
星野:周りにいいボーカリストがいたら、たぶん誘ってたと思うんですけど、うまいこといなくて。本当は「歌いたい」って言いたかったんですけど、結局言えないまま、なんとなーくインストバンドに(笑)。



































