初のアニメ監督に挑んだ岩井俊二が語る、トライ&エラーの楽しさ

映画監督としてのみならず、小説、音楽などマルチな分野で才能を発揮するクリエイター・岩井俊二。これまでにもインターネット上での作品発表やデジタル機材のいち早い導入など、新しい技術やメディアを積極的に自らの表現に取り込んできた彼が、初めての短編アニメーション『TOWN WORKERS』を監督し、ウェブサイトで限定公開するというニュースが突如入ってきた。

初めてのアルバイトで誰もが経験する心の動きと成長の様子を描いた3つのショートストーリーはいかにして完成したのか。「20年前からやりたかった」というアニメーション技法・ロトスコープへのこだわりとその制作過程、さらに彼のクリエイションに対する姿勢について話を聞いた。

初期のアニメって、今は存在しなくなった見慣れない動きが結構あるんですよ。高畑勲さんの『太陽の王子 ホルスの大冒険』でも、どう見ても今のジブリアニメにはない動きをしているんですよね。

―今回、ついにと言うか、初めての短編アニメ—ション作品を監督されることになった理由から伺わせてください。

岩井:アニメ作品をやってみたいというよりも、昔からずっと絵は描いていて、それを動かしてみたいという思いが強くありました。ただ、自分にはアニメ監督としてのノウハウも知識もなかったので、あまり現実的には考えていなかったんです。ただ、アメリカのラルフ・バクシというアニメ作家が、実写で撮影した映像をトレースするロトスコープという方法ですごい作品をたくさん撮っていて、20年ぐらい前に彼の『アメリカン・ポップス』という作品を観たときに、「あっ、これやりたいな」って素直に思ったんですね。動きが美しいというのが最初のインパクトとしてあって、グラフィック的にもきれいでしたし、その頃から自分がアニメを作るならこの方法がいいなと思っていました。

『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』
『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』

―岩井さんは、過去の作品でロトスコープを部分的に試していますよね。

岩井:2002年のワールドカップのときに、『六月の勝利の歌を忘れない』というサッカー日本代表のドキュメンタリー作品を撮ったんですが、その中で試合のシーンを描いたのが最初です。時間がなかったので、充分な仕上がりとは言えない状態ではありつつ、このやり方は使えるなと1つの光明も見えました。

―その次が2009年に横浜開港150周年記念作品として脚本とプロデュースを担当された『BATON』でしょうか。

岩井:『BATON』は役者をキャスティングした上で、ロトスコープをやろうというアイデアが最初からあり、監督をお願いした北村龍平さんもアニメに結構詳しくて、アメリカの制作チームを連れてきて作りました。そこで手応えを掴むと同時にいろんな問題も見えてきて。

『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』
『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』

―と言うのは?

岩井:要するに元は実写なので、リアルになり過ぎるところがなかなか解消できなかったのと、描き手によって絵のクオリティーに差が出てしまったり、ロトスコープでやったことがすぐにわかる仕上がりになってしまう。その問題さえクリアできれば、普通のアニメーションを自由に作る感じで、普遍的に使える技法になるんじゃないかと思っていたんです。

―岩井さんが数あるアニメ—ション技法の中で、ロトスコープに反応されたのはどうしてだったんでしょうか。

岩井:ロトがいいと言っても、絶対的にいいと思っているわけじゃなくて。初めて見た瞬間はホントに目から鱗というか、まったく新しく見えたというのもあったし、逆に慣れてしまえば、その動きに新しさを感じなくなるというのも当然あると思います。ただ、いわゆる日本のアニメ作品を観て、自分でもやってみたいとか、憧れたことはあまりなくて、スタジオジブリのアニメも好きですけど、それを自分でやってみたいと思ったことはなかった。でも、ラルフ・バクシの作品を観たときはやってみたくなったんです。どうやってるんだろう? っていう疑問もあったし、実写をなぞってるわけだから自分にもできるんじゃないかなって。あと、普通のアニメがあまり描けていない動きの生々しさだったり、持っている世界観の独特さというか。

岩井俊二
岩井俊二

―アニメはたくさん観られているんですか?

岩井:詳しくはないですけど、『白蛇伝』(日本初のカラー長編アニメ映画 / 1958年)とか初期のアニメって、今は存在しなくなった見慣れない動きが結構あるんですよ。そういうのに反応してしまうことが多くて。昔は映画のためにアニメーターの人たちが、ああしたいこうしたいって時間と手間を惜しまずに作っていたというのもあるんでしょうけど、高畑勲さんが作ったアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)でも、ヒロインのヒルダっていう女の子の動きが、どう見ても今のジブリアニメにはない動きをしているんですよね。

―面白いですね。そのときは上手く実現した動きだったのが、その後誰にも受け継がれずにそのままになってしまったんですね。

岩井:ヒルダの動きもすごく新鮮で、ひょっとしたらこれもロトなのかなと思ったくらい。やっぱりアニメの動きって、どうしてもパターン化されてしまうと思うんですよ。それにあまり興味が湧かないのかもしれない。だから、そうじゃない動きを見るとハッとなるというか、自分が引っかかる動きが、わりとロト的な動きに多かったんでしょうね。

大人になり始めようとしている子どもたちにとって、大人社会ってなんのことだかわからないし、大人って「ただの大人」にしか見えないと思うんです。

―『TOWN WORKERS』では、「毎日のアルバイトが楽しみになる」というテーマで3つのストーリーを描かれたそうですが、アルバイトの「楽しさ」というものをどうイメージしたのでしょうか。

岩井:アルバイトにもいろんな側面があると思うんですけど、アルバイトが社会との初めての接点になる人も多いと思うんですね。僕も経験ありますが、初めての世界に飛び込んだ不安と緊張の中で、自分の居場所も見出せぬまま、たった1日がものすごく長く感じることがある。でも慣れてくるとそれが普通になって、振り返るといい思い出になっていたりする。そういう感じを出したいと思って、1話から2話、3話にかけて、だんだんバイトに慣れていく、緊張から喜びへ変わっていく成長物語のような表現ができたらと思いました。あとシチュエーションとしては、普段見慣れないバックヤードを見せていきたいと。

『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』
『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』

―たしかに全てのストーリーでバックヤードがしっかりと描かれていますね。2話のコンビニのバイトシーンは特にそうだと思いました。

岩井:お客さん側から見ることのできない部分って当然あって、それが初めてバイトするときの驚きだったりしますよね。大体こんな仕事だろ、ってナメてかかってると、逆の立場になると実はすごく大変だって気付いたり。1話のガソリンスタンドでは、撮影させてくれた本物の店長さんにいろいろ取材したんですけど、あまりにも根掘り葉掘り仕事のことを聞くので、不思議そうにされていましたね(笑)。

―バイト先でのいろんな人との出会いだったり、関係性を築くことが楽しさにつながっていくという描き方がいいなと思いました。

岩井:誰でも初めてプールに飛び込む前は戸惑うけど、飛び込んでみると、なんであのとき戸惑ったんだろう? って思ったりするじゃないですか。バイトを経験する手前にいる人から、経験してその世界を知っている人までが共感できる部分ってなんだろう? と考えたときに、「初めて経験することで、知らなかった道が開けていくこと」のような気がしたので、その瞬間と時間を描いたつもりです。全体を通してその微妙な部分が描けたら「毎日のアルバイトが楽しみになる」というテーマにつながるんじゃないかと。

『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』
『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』

―3話はバイト仲間と付き合うかもしれないっていう、人生の変化も垣間見れますね。

岩井:3話は(20代前半の頃に)スタジアムみたいな広いところで走り回っている元気さっていうか。そこからだんだん、自分の人生どうしていくんだろう? って考える段階にも入っていったりするだろうし。傍目で見ていると「あいつバイト始めたんだ」とか「3か月経ってもまだやってるんだ」くらいにしか思わないんだけど、本人からするとたぶん大冒険がそれぞれにあって、どんどん変化しているんだと思うんですよね。

―各話のエンドロールの音楽を、岩井さんも参加されているヘクとパスカルが担当していて、歌詞を岩井さんご自身で書かれていますね。アルバイトそのものというより、子どもでもない、でも大人にもなってない微妙な時期の気持ちが歌われています。

岩井:うん。大人になり始めようとしている子どもたちにとって、大人社会ってなんのことだかわからないし、大人って「ただの大人」にしか見えないと思うんです。でも、実際自分が大人になってみると「ただの大人」って1人もいないわけで(笑)。がむしゃらに生きて働いて、恋人ができて結婚して子どもができて、気が付いたら一生懸命に大人をやっているんだと思うんですね。それを子どもが見たら、退屈でつまらなそうだな、としか見えないわけですけど。でも、子ども時代に戻りたいって言う大人があまりいないように、忙しいけど楽しいから大人でいいやとたぶんみんな思ってる。それが大人の目覚めで、そうなったときに子どもたちから見ると「ただの大人」になっているんじゃないかな。そのことを歌詞に書いてみたんです。

『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』
『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』

―岩井さんご自身は、その変わり目を自覚されたタイミングってありましたか?

岩井:やっぱり大学から社会人になるときに、できるだけただの大人になりたくないって思った気がしますね。初期の井上陽水に“人生が二度あれば”(1972年)っていう歌があって、母親は今年いくつになって、自由にならない人生を生きていて、今日も漬物石を持ち上げている姿を見たみたいな。で、突然サビに入って「人生が二度あればー!」って絶叫するんですよね(笑)。

―(笑)。つまり、親の生き方を全否定するわけですね。

岩井:こんなつまらない人生になっちゃってコイツらはみたいな、ひどい内容の歌なんですけど(笑)。でも、自分も聴いたときに「だよな」って思ったし。ファミレスで親子がご飯食べていたりすると、なんとも言えない気持ちになって、絶対にああなりたくないって思っていた時期って誰にでもあるんじゃないですか? そういう環境で育ててもらって、絶対そこに行きたくないと思ってた若者が結局同じところに戻っていく。人生の不思議。「漬物ほんと旨いんだよ」っていう喜びもあるわけじゃないですか。特に井上陽水さんの時代は学生運動真っ盛りで、日米安保反対とか言ってるときに、何漬物石持ち上げてんだよ? っていう気持ちだったと思うんですけど(笑)。なかなか説得力のある歌ですよね、今聴くと。

一つひとつ実感しながら、トライアンドエラーすることが創作の一番面白いプロセスだと思うんです。一番もったいないのは、なんとなく先に行っちゃうこと。そうすると後々伸びしろがなくなってしまう。

―そういった様々な想いを経て、今回の短編アニメーション『TOWN WORKERS』を手掛けられたわけですね。ロトスコープの制作手順としてまず映像を撮るわけですが、実写の映画を作る場合とどんな違いがありましたか?

岩井:実写で完成させるものではないので、本格的に構えた撮影ではなく、たとえばマイクがフレームに入ってもあまり関係ないし、そういう意味では準備に時間がかからなかったんですよ。最初にラフな台本を書いて、現場に入って演出して、セリフもその場で作りながら撮影するだけで。ただ、お芝居は本物さながらに演出していきます。その映像を編集して、これでいいなとなったら、今度はそれをアニメーションに起こしていきます。だから工程としては非常にシンプルでしたね。

『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』
『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』

―メイキング映像を拝見させていただきましたが、素材部分とはいえやはりクオリティーが全然違うなあ……と感じました。

岩井:実写映画の場合は、撮影して編集すれば完成ですけど、ロトスコープではそれが素材にすぎないというのは、ちょっと不思議な感じがしましたね。なんだかんだ言っても結構きれいに撮れていたりするので、それ自体が使われないというのは、実写の監督として背徳感を覚えるというか(笑)。逆に自分の描いた絵がアニメで動く体験はやっぱり興奮しましたね。それも不思議なもので、元映像素材があるので、自分の絵といっても最初から自分の絵ありきではないっていう。さらに作画スタッフさんたち一人ひとりの個性も出てきたりするので、皆が混ざり合っているというか。それが面白いなと思って。

―背景が独特なタッチですが、これも岩井さんがお描きになっているんですか?

岩井:そうですね。背景スタッフがいなかったので直接自分のパソコンで描いています。そもそもアニメ業界のスタッフを知らないので、背景ってどうやって描くんだろう? から始まって、デジタルのいろんな処理も使いつつ、レイヤーを重ねながら描いていきました。でも、そんなに大変ではなかったですね。ある程度細かい描写になると限度があるのかなと思っていたんですけど、手伝ってくれた作画スタッフさんから、車とかもしっかり細かく描いて上がってくるし、すごいなぁ……と関心しましたね。

『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』
『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』

―人物の表情描写も、とても豊かに描かれている印象を受けました。

岩井:実写でもアニメでも、自分の中でまったく違うものをやっている感じは全然なくて。俳優に演技をつけているときも、絵を描いているときも、エモーションを引き出したくてやっているところは一緒だと思います。ただ、実写は俳優の演技がそのまま映像として映されるわけですけど、アニメの場合、そこをコントロールするには、眉毛や目、口を一つひとつ自分で描いて調整しなきゃいけなくて。

―作画スタッフとの意思疎通も大事ですね。

岩井:たとえば1話で女の子がベッドに寝転がりながら電話している表情は、僕のほうで最初に1枚描いて、こんな感じでお願いしますと、作画スタッフさんたちに手伝って描いてもらったのですが、すごく上手くいきました。コマ送りで見ると、全てのコマが1枚の絵として飾っておけるくらいのクオリティーで、ちょっとビックリしました。

『TOWN WORKERS』原画
『TOWN WORKERS』原画

―ロトスコープのアニメ制作で、一番苦労した点はどこですか?

岩井:絵を起こす上では、口の動きが一番大変でした。今回参加してもらった作画スタッフさんは専門のアニメーターではないので、絵は上手に描けるんですけど、口パクの動きを作ってほしいとお願いしても、当然わからないんですよね。一応、他のアニメを観て参考にしてもらったりしたんですけど、結局は全部自分で描き直して仕上げました。僕は普段、実写映像で音のシンクロを取るので、俳優の口の動きをよく見ているんですが、普通はマ行とパ行のときしか口を閉じないので、口を完全に閉じるのは会話中の2割くらいなんですよ。クオリティーの高いアニメを観ると、そこまでリアルに音のシンクロを取って、その動きを再現しているんですけど、逆に実写側からするとそこまでアニメで真似しなくていいんじゃないかと思って、今回はわざと口を閉じる動きをたくさん入れています。そのほうが喋っているように見えるんですよね。

―アニメと実写のリアリティーは違うということですね。

岩井:アニメをやりこんでいるプロの方からすれば、「素人が最初にやるよね、これ」って言うレベルにいるのかもしれなくて怖いんですけど(笑)。でも、そうやって1つずつ経験をクリアしてくのがクリエイションの楽しみだったりもするんです。クリエイションで一番もったいないのは、その一つひとつを体験せずに、なんとなく先に行っちゃうこと。そうすると後々伸びしろがなくなってしまうと思うんですよね。つまらないことでも一つひとつ実感しながら、トライアンドエラーをすることが一番面白いプロセスだと思うんです。

ある程度上手くなると「こうすれば大体こうなるよね」ってわかって、だんだん退屈になってしまう。でも、クリエイターは、そこで退屈を感じるくらいじゃないといけない。

―作品に登場する、ガソリンスタンドとコンビニと野球場のビール売りという3つのバイトの中で、ご自身で実際に経験されたものはありますか?

岩井:いえ、ないんです。僕は街の小さな本屋で店番のバイトをしていました。あとプールの監視員もやったことがあります。すぐに辞めたのは結婚式撮影のバイト。現場がすごく怖くて、1日で(笑)。

『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』
『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』

―意外ですね。映像の現場でアルバイトされたことはなかったんですか?

岩井:だから大学を出て、プロの映像の現場に向かい合ったときに困りましたよね。学生時代に映画を作っていたので、最初に「ディレクター」って名刺を作って、助手経験とかまったくないままに活動を始めたんですけど、やっぱりナメていたというか(苦笑)。何も知らないのにディレクターを名乗っているんで、現場に出てくる機材は見たことないものばかり。でもそのときにすごく勉強しましたね。ミュージックビデオとかで少し大きな撮影現場があると、その後に安い機材を借りてきて触ってみたり。

―まず名乗ってから、必死で覚えたタイプ。

岩井:そうですね。照明の人から「これでいい?」って聞かれても、いいとしか言いようがない(苦笑)。でも、自分なりに映画をたくさん観ていて、照明感とかもあったので、「こうじゃないよな……」って思ってるんだけど、何がどうしてこうじゃないことになっているのか説明もつかないし、わかんないわけです。それが一番困りましたね。だから自分で機材借りて照明を当ててみて、「ほら、やっぱりこうなるじゃん」みたいなやり方で学習していって。それで結局撮影から照明までやれるようになったんです。

『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』
『TOWN WORKERS』第1話『初めての潮の香り』

―今回のアニメーション作品もそうですが、岩井さんは誰かに教わるよりも、自分で試行錯誤しながら身につけていくほうが好きなんですか?

岩井:そもそも映画がそうでしたからね。誰から習ったわけでもないし、今は音楽もやっていますけど、それも独学です。でも、最初に習ってしまうところが実は一番オイシイところだったりするので、そこを人から習ってしまいたくないっていうか。むしろある程度上手くなると、それができて当たり前になってきて、「こうすれば大体こうなるよね」っていうことがわかって、だんだん退屈になってしまう。でも、クリエイターはそこで退屈を感じるくらいじゃないといけないと思うんですけどね。

まだまだ自分が気付けていない「描いていて楽しいところ」がたくさんあるはず。絵の世界は気付きの量のストックで決まるところがあると思います。

―逆に言うと、岩井さんがこれまでいろんなジャンルにチャレンジしてきたのは、退屈を感じないための工夫だったんでしょうか。

岩井:こういうクリエイションの世界は、ある種のオタクというか、マニアックな世界だと思うんですよね。誰に求められるでもなく作品を作り続けたりもするわけで。僕も学生時代にマンガを描いていたんですけど、間違いなく今のほうが格段に上手いですからね(笑)。それは常日頃のトレーニングの賜物で、今回のアニメ作品を作る、作らないにかかわらず、絵もずっと描いていけばいろんな発見があるんです。結果的に映画のストーリーボードを描く上で役に立ったりしてますし。

―クリエイターとしての「業」のようなものですね。

岩井:そうですね。『六月の勝利の歌を忘れない』のロトスコープをやったときに、髪の毛を描くのがすごく上手な人がいて、理由を聞いたら「髪の毛を描くのが好きなんですよ」って言うんです。人体を描いたりするときに、「描いていて楽しいところ」ってあるわけですけど、ということは「描いていて楽しいと感じたことのないところ」もあるわけで、その人は髪の毛を描く楽しさに気付いたっていうことですよね。そう考えると、まだまだ自分が気付いてない「楽しさ」がたくさんある。特に絵の世界は気付きの量のストックで決まるところがあると思います。

―カメラが「写してしまう」のに対して、絵を描くのは自分自身ですから、追究を始めると際限がないですよね。

岩井:僕もある1年はずっと「耳」を描く練習をしたりとか、ここ2、3年はずっと「眼」を描いていたりとか。あるときはずっと服のシワのトレーニングをしていたことがあって、歩きながらでも道を行く人の服のシワを見て、自分の指で空をなぞって描いたりしてました。常に気にかけて描いてないと、どっち側に線が入るのか、いざ描くときにわからないんですよね。それが頭にインプットされていくと、この姿勢ではこっちに入るけど、手を上げると逆になるとかがわかってくる。ズボンの裾のシワの入れ方も、こうすればグラフィック的にもきれいな形になるとか、だんだんマニアックになっていく(笑)。

岩井俊二

―たしかにオタクの世界です(笑)。

岩井:『さよなら絶望先生』を描いている、マンガ家の久米田康治さんっていう方がいるんですけど、あの方は学生服の裾をものすごくきれいに描くんですよね。漠然と描いているんじゃなくて、「ズボンって時々こういう形に折れ曲がるよね」っていうのを見つけて、気付いて、それをより洗練したグラフィックに描いている。それは知らない人からするとなんでもないんですけど、知ってる側からすると「うわー、あれに気付いたんだ!」っていう感じですよね。逆に気付いていない絵を見ると、わかっちゃうんですよね。「まだそこ気づいてないんだ」って。だから僕なんか全然見えてないところ、まだまだ無限にあるんだろうなと。

―今後、ロトスコープで長編アニメ—ション作品を作っていきたいという気持ちはありますか?

岩井:それはありますよね。実写とはまた違うところもありますけど、映画であってもアニメであっても音楽であっても、自分の伝えたいイメージは同じ。結局は伝えるメディアの違いだけなのかなと思います。今回もいわゆるアニメと言われるものを作っている気はしてなくて、「絵を動かしている」という意味でのアニメーションが自分でもやれたという感じなんです。アニメのジャンルっていろんな手法があるわけで、人形を作ってコマ撮りしてもアニメだし、本来誰でも自由にやればいいはず。実際に自分でやってみると、もちろん大変なこともありますけど、新しいことを発見したり、作品として出来上がっていく喜びは何物にも代えがたいものです。

岩井俊二監督作品『TOWN WORKERS』

第一話「初めての潮の香り」
第二話「君の夢を読む」
第三話「この長い道程のため」

リリース情報
ヘクとパスカル
『ぼくら』

2014年9月24日(水)から配信限定発売
REM / SPACE SHOWER MUSIC

1. ぼくら

プロフィール
岩井俊二 (いわい しゅんじ)

1963 年、宮城県仙台市生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は「岩井美学」と称され注目を浴びる。1993年、フジテレビのオムニバスドラマ『if もしも』の一作品として放送された『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』はテレビドラマとしては異例の『日本映画監督協会新人賞』を受賞。1995年『Love Letter』で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。代表作に1996年『スワロウテイル』、2001年『リリイ・シュシュのすべて』、2004年『花とアリス』、2010年『New York, I Love You』、2012年『ヴァンパイア』など多数。同年、NHK『明日へ』復興支援ソング『花は咲く』の作詞を手がけ『岩谷時子賞特別賞』を受賞。2013年、音楽ユニット「ヘクとパスカル」(メンバー:岩井俊二 / 桑原まこ / 椎名琴音)を結成。2014年1月クールのテレビ東京ドラマ24『なぞの転校生』で脚本、プロデュースとして初の連ドラに挑戦し、「ヘクとパスカル」のデビュー曲”風が吹いてる”が起用され話題となる。



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