「すべてをのみこんで吐き出す」カイブツ木谷友亮インタビュー

昨秋、上野の森美術館で開催された『進撃の巨人展』の手描きポスターや、巨人風似顔絵を生成できる「巨人モンタージュ」の制作、『井上雄彦 最後のマンガ展』のアートディレクションから実物大の操縦可能ロボット「クラタス」のプロデュースまで、広告やデザインにとどまらず幅広い領域で活躍するクリエイティブチームが、株式会社カイブツだ。その発想の源を担うのは、『カンヌ国際広告祭』『ロンドン国際広告賞』『ニューヨークADC』など世界の広告賞で実力を認められる木谷友亮。その木谷&カイブツが、現代クリエイターの必須ツール「Adobe Creative Cloud」のイメージムービーを手がけた。そこに登場するのは、世界の色のすべてを飲み込み、吐き出し、新たな世界を生み出した『色を喰うアクマ』というキャラクター。その可愛らしくもエネルギーに満ちた姿は、これまでキャリアを重ねてきた木谷が、クリエイターとしての人生を振り返り、今後の野望を投影した姿だという。制作に込めた想いを聞いた。

時間をかけたものを作ることで、見た人が瞬間的に心を動かされるような表現をめざしたかったんです。

―木谷さんは、6月に開催された『Adobe Live 2015』にゲストスピーカーとして登壇され、今回「Adobe Creative Cloud」(アドビが提供するIllustrator、Photoshopなどのすべてのクリエイティブ製品を利用できる年間契約サービス)のリリースを機に、イメージムービーの制作を手がけられました。デザイナーとしてキャリアをスタートされた木谷さんにとって、アドビ製品はとても身近なツールといえますね。

木谷:僕は大学を卒業してから22歳でデザインの専門学校に入り直してデザイナーになったのですが、当時からずっとアドビのソフトを使っています。なので今回のムービーでは、クリエイターとアドビの深い関係性を表現したいと考えたんです。Adobe Creative Cloudを紹介する役割を担ったムービーではありますが、あえてサービスに直接的に言及するような内容にはしていません。PhotoshopやIllustratorなどのAdobe Creative Cloudの機能はあくまでも制作ツールとして使いながらも、インパクトのある「ビジュアル表現」と、僕自身のクリエイターとしての「物語」を込めることで、作品からもの作りの精神性が伝わればいいなと思いました。

―今回の『色を喰うアクマ』というムービーは、10人のクリエイターのアニメーションを繋げて、1匹のアクマの一生を表現しています。複数のクリエイターに参加してもらうことに決めたのはなぜですか?

木谷:Adobe Creative Cloudは、世界中のクリエイターに多様な使われ方をしているツールですから、1つの表現にこだわりたくなかったんです。今回、ディレクションを務めてくれた山川裕史監督とは、「繊細な絵が描ける人を集めて、できるだけ細かく表現してもらおう」と話していました。

木谷友亮
木谷友亮

―Adobe Creative Cloudといえばデジタルの印象が強くありますよね。あえて手描きのアニメーションにこだわったのはなぜですか?

木谷:見た人が瞬間的に「すごい!」と心が動かされるような表現をめざしたかったんです。PCでパッと描くのではなく変態的に時間をかけたものを作ることで、言葉では表しづらい「深み」を表現できるのではないかと考えたので。

―カイブツは『進撃の巨人展』のロゴやポスターをすべて手描きで制作されたことで、話題を呼んでいましたよね。『色を喰うアクマ』も、メイキング映像を拝見すると、テレビアニメの制作現場のようにアニメーションタップを使って、1枚ずつ作画されていて驚きました。

『進撃の巨人展』ポスタービジュアル
『進撃の巨人展』ポスタービジュアル

木谷:そうですね。手描きのパートは、1枚ずつ紙に描いてPCに取り込み、アニメーションさせています。僕も、冒頭に出てくる「瞳」のアップのシーンの一部を手描きしたのですが、あのシーンは細かすぎて、最後は全員総出で線を描き込んでいました。「とにかく線がたくさん欲しいんだ! みんな、力をくれ!」と、まるで元気玉状態でした。



何かを表現するときには、ちゃんと内側に自分らしさを持っていないと、見た人が何も感じてくれないと思うんです。

―手描きと一口に言っても、絵柄も技術も異なる方々にお願いしているので絶妙なバランスを楽しめる作品になっていますよね。

木谷:そうですね。途中でCGの部分もありますが、そこはアドビらしさを見せるためにあえてそうしています。僕はあまりAdobe Creative Cloudの機能を使いこなせていないのですが、一緒に仕事した若い人たちは、何を操作しているかわからないぐらいたくさんの機能をスイスイ使いこなしていて……。年齢を感じました……。

―木谷さんのクリエイターとしての積み重ねが反映されているんでしょうか?

木谷:僕は、グラフィックの制作プロダクションのアドブレーンに就職し、2年後に電通IC局に出向させていただいて、その後カイブツを立ち上げて今に至ります。まだまったく偉そうにクリエイターについて語れるような存在ではないですが、結局はいろいろなものとの出会いと解釈、そしてそれをどう自分の表現に昇華していくのか、ということが大切だと思うんです。その積み重ねでデザイナーそれぞれの個性や矜恃が形成されていくのだと考えています。

『色を喰うアクマ』の絵コンテ資料

『色を喰うアクマ』の絵コンテ資料

―映像の中では、アクマが全ての色を吸い込んで巨大化して、再びモノクロの世界で無機質な惑星の上にぽつんと佇みますね。

木谷:もう自分が知ることがない、ということが起きるのかどうかわかりませんが、そうなったら絶望だよな、と。そうなったら最後、それまでに吸収してきたことを一気に解放するような、大きな作品を1つ残したい。

―それが、大きくなったアクマが、口からものすごい奔流を吐き出し、吐き出された色たちによって世界が満たされるシーン?

木谷:はい。これまでに僕は仕事をたくさんやらせていただいていて、どれも必死に取り組んでいるつもりではあるのですが……。時々、仕事をたくさんしているわけじゃないんだけど、1年に1つ、ものすごい仕事をやってのけてしまう人を目の当たりにするんです。そういうのを見ていると、コツコツずっとやり続けることも大事だけど、見た人が本気で驚くような大きなモノを1つ作ることも大事なのかな? と、最近思うようになって。

―なるほど。

木谷:今までためた力を一気に放出するような、全力の作品を人生で1つ残したい。それが僕だけじゃなくて、クリエイターの一生なのかな? とふと思ったんです。結局、我々は好奇心の塊でできている。美術館に行くとか、そういうわかりやすいインプットもいいと思いますが、生活のさまざまなことから好奇心を満たしている。『色を喰うアクマ』は、好奇心によって駆動してきたクリエイターの一生を描いた作品だということです。僕の根底を支えるモチベーションと、それを鮮やかに実現するAdobe Creative Cloudならではの新しい技術をマージした表現を行いました。Adobe Creative Cloudには、僕がこれまで抱いていたアドビ製品のイメージもいい意味で覆されましたしね。

『色を喰うアクマ』の絵コンテ資料

―どう覆されたのでしょうか?

木谷:僕の中でアドビというと、やっぱり自分が使い続けてきたPhotoshopやIllustratorといった単体のソフトウェアのイメージが強かったんです。正直に言ってしまうと、今回のイメージムービー制作のお話をいただいたときも、Adobe Creative Cloudというサービスは「今まで単体で買っていたソフトが、まとめて定額制で使えるようになったんだな」程度の理解だったんですよ。でも実際に試してみたら、そんな程度の違いじゃなかった。Adobe Creative Cloudはスマートフォンアプリと既存のソフトを連携して、まるで別物のようなサービスに進化を遂げていたんだなと。ちなみに今回のムービーには、スマホ写真をベクター化できるAdobe Shape CCのほか、スマホのカメラで撮影した被写体の色を映像に反映するAdobe Hue CCというアプリも使用しています。僕が今までアドビ製品を使ってきた中で一番の特徴だと感じているのも「色」を操ることだったので、『色を喰うアクマ』のコンセプトにもぴったりでしたね。

―企業発信の映像表現において、ここまで自分自身をダイレクトに投影した作品というのも珍しいですよね?

木谷:ただ、どんなケースであったとしても、何か表現するときには、ちゃんと内側に自分らしさを持っていないと何も作れないと思うんですよね。広告は時代のトレンドに影響されるものだと思いますが、いくら流行しているからといって、見よう見まねでやってみても、ただそれっぽいだけで、見た人も何とも感じてくれないと思うんです。作ったものには、自分の好き嫌いがしっかりと内包されているべき。Adobe Creative Cloudはその意味で、自分自身が持っているものをとてもぶつけやすい題材でした。

漫画家の井上雄彦さんとの仕事で、作品を受け取ってくれるお客さんを直接感じられる幸せと手応えを目の当たりにしたんです。本当に貴重な体験でした。

―もう1つ、この作品で注目したいのがBGM。音楽を高木正勝さんが担当されましたね。

木谷:僕はあまり音楽に詳しいわけではないのですが、「これはいい音楽だな」と思うと、高木さんの音楽であることが多くて。今回の作品は感情表現がかなり繊細なので、高木さんの哀愁と深みがある音楽が合うと思い、ぜひお願いしたかったんです。

―高木さんには、どのようなオーダーを?

木谷:監督へのオーダーと同じですね。それぞれのシーンの感情を大事にしたいと。ただ、これは監督の提案だったんですが、映像の切り替わるスピードが速いので、そこで感情ごとにフレーズをつけるとせわしない。なので、ラストのほうに大きな感情の山を設けて、映像とあまりリンクしすぎない曲にしていただきました。

―高木さんが、スピーディーな映像にゆったりとアコースティックな音楽をつけられたことで、逆に感情が伝わってきたように思います。近年は高木さんご自身も山奥へ引っ越し、アナログな感覚に回帰していますが、今、もの作りの世界では手作りの温かみやアナログの手法が1つの手法として見直されている印象を受けます。木谷さんは、手描きのアニメーションの制作を経験されて改めていかがでしたか?

木谷:今回に限るのかもしれないですが、手描きのアニメーションというのは、手をかければかけるほど良くなるものだなと実感しましたね。いつもの作業だと、やり過ぎず、途中で手を止めたほうが良くなるものが多い。でもアニメーションは、監督がこだわればこだわるほどどんどん良くなっていき、「いつまで続くのだろうこの地獄は」と見ていて思いました。

―手描きということでいうと、木谷さんは、漫画との関わりも多いですよね。『ONE PIECE』や『進撃の巨人』に関する仕事を多数手がけていらっしゃいますし。漫画家の方から影響を受けたりすることもありますか?

木谷:はい。すべての仕事から影響は受けていますが、まだカイブツをはじめる前、2004年にご一緒した井上雄彦さんの『スラムダンク1億冊感謝記念 ファイナルイベント』の仕事は、最後のイベントでファンの喜ぶ顔を直接見ることができました。作品を受け取ってくれる相手を直接感じられる幸せと手応えを目の当たりにした経験が、僕の人生にものすごく影響を与えてくれたと思っています。

―広告の仕事だけに収まらず、木谷さんがあらゆるジャンルの制作に携わっていらっしゃるのも、その経験が影響しているのですか?

木谷:そうですね。だから今、カイブツは、広告もイベント企画もロボットの「クラタス」のお手伝いも……と、ジャンルにこだわらずやっています。視野を広く持ちながら、いろいろな仕事のバランスを上手く取ることで、さらに仕事の幅を広げていけたらいいなと思っています。

―今後、『色を喰うアクマ』のように、吸収した全部を一気にはき出せるような一作を作る手がかりは見つかっていますか?

木谷:今のところはまったく見つかっていないです……。がんばります。

作品情報
『色を喰うアクマ』

2015年8月25日(火)公開
監督:山川裕史(Spoon.)
企画:木谷友亮(カイブツ)
音楽:高木正勝
プロデューサー:石橋健太郎(Spoon.)
企画制作:東急エージェンシー / TOTB カイブツ Spoon.

Adobe Creative Cloud

アドビ社の提供するすべてのクリエイティブ製品(アプリケーション)を利用できる年間契約サービス。 すべての製品はバージョンCC(クリエイティブクラウド)となり、ダウンロードしてインストールできるほか、更新された新機能はオンラインを通じてソフトウェアをアップデートすることで利用可能。さらに、ファイル共有、共同作業、配信に役立つ各種オンラインサービスにもアクセスできる。2013年8月15日より単体製品のみの購入プランが加わり、業務に必要なアプリケーションが限定されている場合には、通常版よりコストを抑えることができる。

プロフィール
木谷友亮 (きたに ゆうすけ)

1976年千葉県生まれ。工業高校~大学機械工学科~デザイン専門学校卒業。グラフィック広告の制作会社アドブレーンに入社。電通IC局への出向を経て、2005年独立。2006年株式会社カイブツを設立。



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