英国ロックと19世紀美術はどう繋がるか? 三船雅也らが紐解く

ロックミュージックは同時代のアートやデザインと共に歩んできた

アートとロックミュージック。その間にある繋がりに思いを馳せるとき、真っ先にイメージするものはいったいどんなものだろうか。多くの人が、まずはロック名盤のアルバムジャットを飾ってきた写真、絵画、イラスト、そういったものを思い浮かべるのではないだろうか。

The Beatles『Revolver』のアルバムカバーにおける、クラウス・フォアマンによる鮮烈なイラストレーション。『The Velvet Underground and Nico』の、アンディ・ウォーホルによるあまりにも有名な「バナナジャケット」。あるいは、デザイングループ「ヒプノシス」による、Led ZeppelinやPink Floydをはじめとした数多の名盤のアートワーク。元来カウンターカルチャーとして歴史に生を受けたロックは、同時代のポップアート、あるいはモダンデザイン以降の先鋭的な感覚や志向と常に融和しながら、その存在を広く知らしめてきた。

しかしながら、更にアートの歴史を遡り、19世紀美術の世界とロックミュージックの関係となるとどうだろう。そこに明確な共通要素をイメージすることの出来る人は、おそらく少ないのではないだろうか。

英国ロックの反骨精神は19世紀美術とどう繋がるか?

1848年に英国の若手画家らによって結成された「ラファエル前派同盟」は、旧世代によって形骸化していた英国美術界の全面的な刷新を掲げ、当時の画壇へ鮮烈に登場した。彼らは世間からの大きな共感や反響とともに、無理解な旧主流層からの賛否両論にさらされたのだった。

現在、三菱一号館美術館にて開催されている『ラファエル前派の軌跡』展に連動する形で、先日3月30日に行われたトーク&ライブイベント『英国ロックにみるカウンターカルチャーの系譜』は、1960年代から勃興したThe Beatlesに代表される英国ロックと、19世紀英国でのラファエル前派運動という、一見繋がりのなさそうな両者の間に、様々な興味深い共通項を見出していこうとする野心的な催しとなった。

『ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展』ビジュアル

イベントから見えてきた各ムーブメントの魅力と本質。当日の司会進行役も務めさせていただいた筆者が、その様子を振り返っていこう。会場となったのは、三菱一号館美術館から数分に位置する日本工業倶楽部。一般的な音楽イベントとは趣を異にする格式高い場内の様子に、心なしか来場者の表情も新鮮な驚きに彩られているように見える。

第1部は、ROTH BART BARONの三船雅也と、バンドのサポートギターを務め自身もソロアーティストとして活動する岡田拓郎が登場。この日は、彼ら2人が時々の興味の赴くままに音楽トークを繰り広げるレギュラーYouTubeプログラム『BIZARRE TV -三船と岡田-』の公開収録も兼ねて、まずは英国ロックの起源そのものについて迫っていく。

三船雅也と岡田拓郎がトークとライブでロック史を辿っていく

フォークやジャズ、ブルースを模範としながら、機材の欠乏という面も加わり手軽なアコースティック楽器を持ち寄って演奏された1950年代に遡るスキッフルブーム。続く1960年代、都市部の若者たちを中心にクールなものとして「再発見」されたブルースが、英国で独自発展を遂げていく様子。また、現在に続く大衆型対抗文化の基点としてのモッズカルチャー。ソリッドな演奏感覚の元「リフ」という概念の純化を伴いながら出現したLed Zeppelinなどのハードロックや、録音テクノロジーの発展とともに出現したプログレッシブロックなどが、三船、岡田両人の語る各アーティストや作品への思いとともに紹介されていく。

左から:三船雅也(ROTH BART BARON)、岡田拓郎

その産声からたった10年ほどの間で、目まぐるしく発展してきた英国ロックの歴史。改めてそうしたことを系譜的に辿っていくことで見えてくるダイナミズムは、もちろん英国ロックに限らず絵画などの美術を味わう際にも大切な視点になることが示唆された。

トークの後は、この日限定となる三船と岡田デュオ編成によるミニライブが行われた。会場の講堂が生むナチュラルなリバーブ効果を伴った三船のボーカルと、繊細なフィンガリングとトーンコントロールを駆使して表情豊かなフレーズを紡ぎ出す岡田のギター。ROTH BART BARONの楽曲より“オフィーリア”、“Hollow”、“HEX”、そしてこの日のテーマを受けて選曲したというニック・ドレイクによる名曲“PINK MOON”のカバーを交えた計4曲に、会場中がじっくりと耳を傾けた。

ラファエル前派の自然回帰的の思想と1960年代のヒッピー文化。時代を隔てて共振する精神性や美意識

第2部に登壇したのは、引き続き三船、そして三菱一号館美術館の野口玲一学芸員だ。いよいよここから、ラファエル前派と英国ロックの隠された繋がりが語られていくのだが、まず冒頭で、Roxy Musicやジョン・レンボーンといった英国のアーティストたちが、ラファエル前派を結成したダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの作品などを実際にジャケット図案に使用した例が紹介される。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)』(1863年~68年頃)ラッセル=コーツ美術館 ©Russell-Cotes Art Gallery & Museum, Bournemouth

また実際に、ジョン・レノンやキース・リチャーズ、エリック・クラプトン、フレディー・マーキュリーといった1960年代当時の若手ロックミュージシャンたちにアートスクール出身者がとみに多いことや、音楽とともに実際に美術を嗜むものも多かったこと、あるいはLed Zeppelinのギタリストであるジミー・ペイジが、ラファエル前派の熱心なコレクターであったという事実も触れられていく。

そうした表層上の接点を超え、より本質的な面でラファエル前派と英国ロックの共通項についても徐々に明らかにされていく。自身も美術大学出身で絵画にも通じ、英国活動経験も持つ三船は、その時代を代表する美術評論家ジョン・ラスキンの教えのもとラファエル前派諸氏が自然観察を重視し、自然回帰的な思想も持っていたことに対し次のように語った。

三船:19世紀半ばというのは、産業革命期を経てロンドンを中心に都市文化の荒廃が目立ってきた頃。そんな時代に、都市の歪みからの逃避として自然=田園を求めたというところに、1960年代ロックジェネレーションによるヒッピーたちの、消費主義から逃れて自然回帰を目指す思想と重なる部分を感じますね。

三船雅也(ROTH BART BARON)
ジョン・ラスキン『モンブランの雪―サン・ジェルヴェ・レ・バンで』(1840年)ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー) ©Ruskin Foundation(Ruskin Library, aLancaster University)

こうした指摘は、20世紀に入ってから顧みられることの少なかったラファエル前派が、1960年代当時ヒッピー世代によって積極的に再評価された事実とも符合するものだ。また、自身もロック音楽を好んでよく聴くという野口からは、後期ラファエル前派作品に特に見られる「象徴主義」と、英国ロックにおけるアートワークの意匠との共通性が指摘される。

野口:象徴主義とは、目に見えない何か――理念や内面性、神秘性といったものを、実際に描かれているものを通じて表そうとする立場のことで、フランスのギュスターヴ・モローなどが代表的存在なのですが、ラファエル前派にもその傾向が認められます。

また、こうしたことはハードロック作品のジャケット(例としてRitchie Blackmore's RainbowやOzzy Osbourneらの作品)における、中世をモチーフとした意匠に神秘性が託されていような美意識とも親しいものだと考えています。ハードロックやヘビーメタルというと黒魔術的なイメージで語られがちですが、実際にはラファエル前派と同じく中世志向も強く感じられますね。

野口玲一(三菱一号館美術館 学芸員)

音楽と美術。分け隔てなく捉えることで見えてくる新たな発見

画壇の革新を目指そうとしたラファエル前派が、同時に中世ヨーロッパ回顧的な歴史観を持っていたというのは、1960年代の革新を担いながらも同時にブルースなどの「外部的な」ルーツミュージックに強い憧憬をいだいたミュージシャンにも通じる志向だろう。

その他にも、写真技術が発展したことの絵画への影響や、アーツ・アンド・クラフツ運動を主導したウィリアム・モリスや戯曲『サロメ』の挿画で有名なオーブリー・ビアズリーらに起源をもつグラフィカルな意識の展開など、1960~70年代とも呼応する多くのトピックが語られ、約1時間のトークセッションはあっという間に閉幕となった。

モリス・マーシャル・フォークナー商会『シンデレラ―「灰かぶり姫」と呼ばれていた娘がガラスの靴を与えられ、やがて王女となる物語』リヴァプール国立美術館、ウォーカー・アート・ギャラリー©National Museums Liverpool, Walker Art Gallery

ロックミュージックと19世紀美術。無関係に見える両者は、実は基層的な部分で大きな潮流や思想を分かち合っている。それを発見する大きなスリルと喜びは、固定的な視点からそれぞれを鑑賞するだけでは得られないものだろう。

美術ファンにとって音楽が、音楽ファンにとって美術が、新たな視点を提供するきっかけとなること。今回のようなイベントがこれからも数多く開催されるのを願うと共に、願わくば、美術と音楽それぞれに魅了される人たちが混じり合いながら、交歓する機会が増えていってほしい。

イベント情報
『英国ロックにみるカウンターカルチャーの系譜』

2019年3月30日(土)
会場:東京都 丸の内 日本工業倶楽部

出演:
三船雅也(ROTH BART BARON)
岡田拓郎(ex.森は生きている)
柴崎祐二
野口玲一(三菱一号館美術館 学芸員)

『ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展』

2019年3月14日(木)~6月9日(日)
会場:東京都 丸の内 三菱一号館美術館

時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、6月3日~6月7日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(4月29日、5月6日、5月27日、6月3日は開館)
料金:一般1,700円 高校・大学生1,000円
※小中学生は無料

『 ROTH BART BARON "HEX" Tour Final - Live at 渋谷 WWW - 』

2019年5月10日(金)
会場:東京都 渋谷 WWW
時間:オープン 18:45~ / スタート 19:30~
料金:3,500円+1d / 学生2,500円+1d

出演:
ROTH BART BARON
三船雅也 - vo/gt -
中原鉄也 - dr -

- with Musician - 岡田拓郎 - eg -
竹内悠馬 - tp,perc,key -
須賀裕之 - tb,perc -
大田垣正信 - tb,harm,key -
西池達也 - key,ba -

プロフィール
三船雅也 (みふね まさや)

1987年、東京世田谷区生まれ。2009年にROTH BART BARON を結成。自主制作にて3枚のEPをリリースしたあと、felicityより3作のフル・アルバムを発表。バンドは『FUJI ROCK FESTIVAL』や『SUMMER SONIC』など大型フェスにも出演。また、中国・台湾・モンゴルを回るアジア・ツアーや、NYやボストンなど北米7都市を回るUSツアーなど、海外でのツアーも精力的に展開。2017年2月には、故デヴィッド・ボウイ生誕70年を記念する『CELEBRATING DAVID BOWIE JAPAN』に日本人ソロ・ゲストとして、田島貴男、吉井和哉と共に出演、エイドリアン・ブリュー、マイク・ガーソンらが務めるボウイ・バンドの演奏のもと“All The Young Dude”を披露。音楽とヒグマをこよなく愛す。趣味は写真。

岡田拓郎 (おかだ たくろう)

東京を拠点にギター、ペダル・スティール、マンドリン、エレクトロニクスなどを扱うマルチ楽器奏者 / 作曲家。2012年にバンド、森は生きているを結成。P-VINE より『森は生きている』『グッド・ナイト』をリリース。2015年に解散。個人活動として、ダニエル・クオン、ジェームス・ブラックショウなどのレコーディング、ライヴに参加。2015年には菊地健雄監督の映画「ディアーディアー」の音楽を担当、また映画『PARKS パークス』への楽曲提供や South Penguin の作品プロデュース、okada takuro+duenn としてコラボ盤リリースを行う一方、「Music Magazine」を始め多くのメディアにて執筆も行う。2017年ソロ名義 Okaa TakuroとしてHostessからデビュー・アルバム『ノスタルジア』、2018 年に『The Beach EP』をリリース。

柴崎祐二 (しばさき ゆうじ)

1983年、埼玉県生まれ。2006年よりレコード業界にてプロモーションや制作に携わり、これまでに、シャムキャッツ、森は生きている、トクマルシューゴ、OGRE YOU ASSHOLE、寺尾紗穂など多くのアーティストのA&Rディレクターを務める。現在は音楽を中心にフリーライターとしても活動中。

野口玲一 (三菱一号館美術館 上席学芸員)

東京都現代美術館、東京藝術大学大学美術館で学芸員を務めたのち、2004年から文化庁にて芸術文化調査官、文化庁メディア芸術祭などの業務に携わる。11年より現職。『浮世絵 Floating World -珠玉の斎藤コレクション』展(2013年)『画鬼・暁斎―KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル』展(2015年)担当。



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