連載:あの人と街の記憶

高知・四万十川の町で、6か月だけ働いたデザイン事務所。柴田聡子の記憶

日常が大きく変化するいま、「どこで誰と何をして生きていくか」という話題は、多くの人に共通するテーマに発展したように思います。知らない街の景色を思い浮かべてみたり、そこに生きる人々の温度を感じたりすることは、これからの生き方を考える、ひとつのヒントになるのかもしれません。

この連載「あの人と街の記憶」では、さまざまな表現者が、思い入れのある街と、そこで出会った人との思い出やエピソードを私的に綴ります。第1回目は、音楽家 / 文筆家の柴田聡子さん。音楽家としてデビューする以前に6か月生活した、高知の西土佐での記憶について。

柴田聡子(しばた さとこ)
1986年札幌市生まれ。シンガー・ソングライター。恩師の助言により2010年より音楽活動を開始。現在までに5枚のオリジナルアルバムをリリース。最新作はデジタルシングル『雑感』。2016年に上梓した初の詩集『さばーく』でエルスール財団新人賞現代詩部門受賞。文芸誌への寄稿や連載も多く、歌詞にとどまらない独特な言葉の力が注目を集めている。

なんの躊躇もなく、高知県は四万十市にあるデザイン事務所に働きに行くことにした

考えなしに急に物事を決めてしまう。思い立ったらそうしたくて仕方がなく、すぐにやりたい。人に迷惑をかけたり、驚かせたりするなんて思いつかず、えいっ、とも思わずに、するーっ、と滑っていくというか、特段の決意もなく、やってしまう。計画、将来、希望、絶望、過去、未来、どれも持ち合わせていない状態。若いころはいまよりもずっとそういう傾向が強かった。

大学院を卒業というときだってそうで、なんの躊躇もなく、学生時代の友人に誘われるがまま、高知県は四万十市西土佐にあるデザイン事務所に働きに行くことにした。働ける場所があるだけで幸福で、それが高知、という自分の人生になんの関わりもなかった土地というのがまたとてもうれしかった。思いもよらないところにいきなりつながっていくのが心楽しく、不思議とも無謀とも思われなかった。

お金にも居場所にも頓着なく、出会う人と出会うままに付き合い、デザイン事務所に舞い込むさまざまな仕事もすべてが興味深かった。ボスの迫田さんは奥田民生さんが大好きで、事務所には民生さんと同じギターや、世にもすばらしいギターが山ほどあり、楽しいレコードも山ほどあった。それらは忙しい仕事の合間を縫って弾いてもらったり、レコードプレーヤーの上でくるくる回してもらえるのを、夏の暑さ、冬の寒さのなかでじっと待っていた。ギターは私が結構弾いた。

地元の人のバンドで盛り上がったり、土地の神社に伝わる踊りと音楽を記録したり、四万十川の水源の音を録音しに行ったり、音楽もたくさんあった。お酒もたくさん飲んだ。仕事で久礼という土地の酒蔵の杜氏さんと仲良くなり、月日と手がこれでもかとかかったお酒もたくさん飲ませて頂いた。その方は、酒造りのオフシーズンには農業をやっていて、音楽も好きで、ちあきなおみっていいよね、と話し合った。

鮎とうなぎの名人、かなり陽気なお姉さん、家に招いてくれたご夫婦、畑から声を掛けてくれるおじさん、一緒に住んでくれた友達、挙げればきりがないほどの人たちにお世話になった。四万十川は大きく長く、よく濁るけど、鳥肌が経つほど音のない静かな日があって、言葉にならない感動があった。

鮎とうなぎの名人・大介さんに、松山空港まで送ってもらう軽自動車のなかで

西土佐に来てたった3か月くらいのころ、1stアルバムが出た。そしてまたあの癖が出た。やりたいことをやりたいときにやりたい。仕事を辞めて、東京に帰りたいと、迫田さんに申し出た。突然やってきて、勝手に去っていく自分のことを、地元の方々は、なんじゃこいつ、と思うだろうな。本当に良くしてもらったから、余計そう思った。もう、ここの人たちとは関わることができなくったって自分のせいだと、恩返しもせずに出ていくんだから、それを忘れるなよと、自分に言い聞かせた。そうして、東京、厳密に言うと横浜に帰った。

帰ってからは、絶え間なくライブをしたり、へらへら都合よく話したり、せっかくの場面で失敗したり、社会というものをだんだんと知り、いろんな人を知った。楽しく辛く、毎日わけもわからずいろんなものと戦っているみたいで、裏切ったり、傷つけたり、これは私だけか、と迷って落ち込んで、的外れな怒りなんかも抱き、こうして振り返ってみても、あれはほとんど独り相撲。

そんな中、迫田さんから、西土佐に道の駅ができるからテーマソングを作ってほしい、という連絡がきた。先に書いたようなうしろめたさがあった自分には、この話は引き受けていいものかどうなのか、なんだか迷うところがあった。またいきなり行って、四万十の人たちの大きい懐に受け入れてもらうだけなのかも。あの場所にずっと息づいているものを、私みたいな、うすっぺらのにわか者が歌になんてできるのかと疑問だった。でも、何かしらで恩を返せるかもしれないと、ちっぽけな希望を持って、お願いしますと返信した。

そうと決まると、まずは西土佐に取材というか、そこにはどういうものがあるのか、あらためて周辺の神社や言い伝えや四万十川の人たちのことを知るツアーを組んでくれて、久しぶりに西土佐に向かった。道の駅の駅長さんになる人は、先述の鮎とうなぎの名人、大介(たいすけ)さんという人だった。2日か3日、西土佐を巡り、いつものように酒を呑ませてもらったりして、あっという間に最終日、大介さんに松山空港まで送ってもらうことになった。大介さんとはもちろん知り合いだったけれど、ふたりで話をするのは初めてだったと思う。

箱型の軽自動車(四万十では、このかたちがとても便利、軽トラも便利)に乗って小一時間、空港までの間、いろいろな話をしてくれた。私はちょっと緊張していたので、主に話していたのは大介さんだったが、空港に着く直前、私、最近、話し方が変なんですよ、自分の話し方を忘れちゃったというか、普通に喋れないんです、妙に取り繕った、うさんくさい話し方をしちゃうんです、私は、変わっちゃったんでしょうか、と、その当時感じていた、じわじわと自分を内側から腐らせていくような、恐怖に近い、誰に聞いたってピンときてもらうことが難しそうで、誰にも言っていなかった悩みをなぜか急に打ち明けてしまった。自分もびっくりした。

大介さんは、それは大人になったってことで、そりゃ、誰にだって友達みたいには話せんだろう、と返してくれた。私はこの言葉が、本当に忘れられない。抗いようがないことだった、と腑に落ちて、寂しくなった後に楽になり、すごく励まされて、今でもことあるごとに思い出す。そのおかげで、大人になったり、子どもになったりしながら、これまでなんとかやれている。

できるかな? と心配していたテーマソング構想に、これはきっとできる! という静かな確信が生まれ、空港に到着。見送ってくれる大介さんに、なんとかこの言葉のお礼を、と何度もお辞儀をして、ぶんぶん大きく手を振ったような気がするんだけど、私の記憶違いかもしれない。

柴田聡子の選曲による、この街の記憶に紐づく4曲
  • ウルフルズ
    “暴れだす”
  • 左とん平
    “とん平のヘイ・ユウ・ブルース”
  • ユニコーン
    “エコー”
  • 尾崎紀世彦
    “また逢う日まで”
リリース情報
柴田聡子『雑感』

2021年10月6日(水)配信
リリース情報
『柴田聡子のひとりぼっち’20 in 大手町三井ホール』(Blu-ray)

2021年10月6日発売
価格:6,600円(税込)
DDXB-12116
プロフィール
柴田聡子
柴田聡子 (しばた さとこ)

1986年札幌市生まれ。シンガー・ソングライター。恩師の助言により2010年より音楽活動を開始。最新作『がんばれ!メロディー』まで、5枚のオリジナルアルバムをリリースしている。2016年に上梓した初の詩集『さばーく』でエルスール財団新人賞現代詩部門受賞。文芸誌への寄稿や連載も多く、歌詞にとどまらない独特な言葉の力が注目を集めている。詞曲の提供はもちろん、映画『ほったまるびより』、ドラマ『許さないという暴力について考えろ』への出演、ミュージックビデオの撮影・編集を含めた完全単独制作など、その表現は形態を選ばない。2020年、COVID-19によりツアー「柴田聡子のひとりぼっち’20」の延期が決まる中、いち早く自宅から、独力でライブストリーミングを行い、予定されていた全公演を予定日時通りにフリー配信で楽しんでもらう「柴田聡子のインターネットひとりぼっち’20」を開催。困難の中でも常にユーザーフレンドリーな姿勢を貫く。2021年10月6日、Blu-ray『柴田聡子のひとりぼっち’20 in 大手町三井ホール』とデジタルシングル『雑感』を発売。



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