「私も居ていい、田舎者も弾かれない。それが渋谷」。ヒグチアイとカルチャーの発信地を歩く

急速に再開発が進み、街の風景が様変わりしつつある渋谷。さまざまな音楽カルチャーの発信拠点となってきたこの街には、これまでにどんな歩みがあったのだろうか。

渋谷区観光協会の「観光フェロー」に就任しているヒグチアイとともに、最新の音声ARアプリ「emorip」をいち早く体験しながら真夏の渋谷の街を散策した。

「emorip」は、ワイヤレスイヤホンから流れる音声ガイドを聴きながら、街の探索ができるアプリサービス。位置情報と連動し、その場にあった音声コンテンツや音楽が聞ける。6月には、長く渋谷の音楽カルチャーを牽引し続けるDOMMUNE代表「現在美術家」、宇川直宏氏の選曲と解説によるコンテンツ「渋谷オルタナティブカルチャーの源流」の先行体験会が行なわれ好評を博した(一般公開は2022年10月以降を予定)。

映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』の予告編で使われた“東京にて”や、街を歩くような視点で書かれた“渋谷へおいで feat.ヒグチアイ”など、ヒグチアイの楽曲のなかには渋谷の街を歌ったものがある。大学進学をきっかけに上京し、東京で音楽家となった彼女にとって、渋谷はどのような場所なのだろうか。

今回は、音楽家としてのヒグチアイの視点から見る渋谷のいまについて、そして「emorip」を使った街歩きの体験について、語ってもらった。

私も居ていい、弾かれない場所。それが渋谷

―ヒグチアイさんは渋谷観光フェローに就任されていますが、どういうきっかけだったんでしょう?

ヒグチ:渋谷区観光協会の人が友達にいて、その人が“東京にて”という曲をすごく好きでいてくれて。「渋谷に思い出ないですかね?」みたいに言われて「渋谷、大好きですよ」という話をしたら、そうなりました。それぐらいの感じです。

―渋谷への思い入れはどんなところにありますか?

ヒグチ:私、初めてワンマンライブをやったのが渋谷なんです。渋谷Gee-geっていうライブハウスで。東京での初めてのライブも渋谷だったし、ライブをした場所も新宿よりも渋谷のほうが多かったし、ずっと渋谷は好きでした。

―ヒグチさんは生まれが香川、育ちは長野ということですが、東京に出てくる前の渋谷のイメージはどうでしたか?

ヒグチ:漫画雑誌『りぼん』で『GALS!』って漫画を読んでいたので、渋谷はギャルのトップがいる場所、みたいなイメージでした。長野にいるときは最先端のようなイメージを渋谷や東京にもってましたけれど、実際に出てきたら、そういうわけでもないんだなって気づいて。そのあとは私も居ていい場所、田舎者が来ても全然弾かれない場所っていう感じでしたね。

―田舎者が来ても弾かれない場所というイメージは、たとえばどんなところに?

ヒグチ:なんだろう、人が多すぎるのかもしれないですけど、あんまり誰かを判別している感じがないんですよね。田舎者だろうが、都会にずっと住んでいようが、別に対処が変わらない。それがめちゃくちゃ楽ですね。

―ヒグチさんが東京や渋谷を題材にした曲としては、まずインディーズ時代のアルバム『三十万人』に収録されている“東京”があります。これはどんなきっかけで書いた曲でしょうか?

ヒグチ:私が東京に出てきて最初に住んでいた場所が練馬の上石神井だったんですけれど、そこからよく新宿駅まで出たり、吉祥寺に行って中央線に乗ったり、東京駅から長野に帰ったりしていたので、そのときはあまり渋谷に行ってなくて。

出てきて3年目頃の、自分が出たいと思って東京に出てきたのに、なんにも残せていない、なんにもできていない、これで大丈夫なんだろうか? みたいに思っていた21歳ぐらいのときに書いた曲です。

―そこから東京に対するイメージが変わるターニングポイントはありましたか?

ヒグチ:インディーズとか小さなライブハウスで一緒にやっていた同世代の人たちが辞めていってしまうなかで、自分がデビューして続けられていることが自信になっていった気がします。東京にはいるけれど、日本全国どこに行っても人が来てくれるようになったことが、自分が東京にいてもいい理由になった感じがするというか。

“悪魔の子”だけではきっと無理だった。「ちゃんと歩んできたらこうなった」

―“東京にて”は2020年9月発表の曲で、歌い出しが<渋谷も変わっていくね オリンピックがひかえているから>という歌詞になっています。もはや懐かしい言葉になっていますが。

ヒグチ:懐かしいですね(笑)。

―この曲はどういうきっかけでつくったんですか。

ヒグチ:オリンピックに向かっていた頃って、アンセムみたいな曲とか、「がんばろう!」「みんなで一緒に!」みたいな曲がすごく出ていた気がするんです。そういうのを見て「うわ……」って思ってしまって。私からしたら、しんどい感じがしたんですよね。

東京って、個人の見えているものによってそれぞれ答えが違うし、「自分の見てきたものだけがすべてだ」というところだと思うんです。なのに「みんなで一緒に!」ってなると、私が好きな東京じゃないと思うところがあった。私はそうじゃない東京を書いてみたいというのが、最初にありました。

―この曲の反響が広がったことが観光フェローの話にも繋がったわけですが、この曲の反応はどんなふうに感じていましたか?

ヒグチ:私としてはかなり俯瞰的に書いた曲で、すごく気持ちを込めたわけでもないし、自分の身を削って書いた曲では全然ないので、こういう広がり方をすることもあるんだなって思いました。

この曲をラジオで聴いたことをきっかけに映画(『ボクたちはみんな大人になれなかった』)の予告編に使ってくれたり。そういうのを見ていると、理由はわからないんですけど、自分の熱じゃなくっても広がるものってあるんだなって。だから、もう一回同じような曲を書いてみろって言われても書けないし。すごく不思議な曲でした。

―そうやって自分の曲がひとり歩きしていくような感覚は、音楽活動をはじめた頃にはあまりなかったですよね。

ヒグチ:ないですね。

―それが増えていったことで、どんな変化がありましたか?

ヒグチ:音楽というものがお金をかけて大々的に広告を出したからって売れるものじゃないっていうのは、もちろん自分がデビューしたぐらいからわかっていたんですけど、本当にちょっとずつ広げていくしかないんだなって改めて思いました。

曲を聴いたときにその人がどういう人なのか、どういうことをやりたいのかがわかるような歴史が続いている人じゃないと広がっていかないんじゃないかなっていうのが、最近思っていることで。だから、続けていないと説得力がない。いきなり1曲だけでは無理だったと思います。

―最近は“悪魔の子”がテレビアニメ『進撃の巨人』の主題歌としてヒットしたわけで、さらにそう思う確信が強まったんじゃないかと思います。

ヒグチ:そうですね。“悪魔の子”を出してから、よく人に「下積みが長かったんですね」って言われることがあって。でも、私としては全然そんな気持ちはないんです。普通にやってきて、ちゃんと歩んできたらこうなったっていうだけなので。理由があってここまで来ている感じがする。自分の中ではそう納得しています。

“渋谷へおいで”は、変わっていくものと変わらないものが混ざった街を歩く歌

―“渋谷へおいで feat.ヒグチアイ(以下、渋谷へおいで)”は渋谷の観光フェローになったことをきっかけに宮田“レフティ”リョウさんとつくったということですが、どんなインスピレーションによって書かれたのでしょうか。

ヒグチ:あれは、渋谷に何かできることがないかなと思い、自分から渋谷の曲を書いてみたいという話をして。宮田さんも渋谷生まれの人だったので、一緒に書けば面白いかなと思って書き始めました。

あの曲の歌詞には<円山町>という言葉も出てくるんですけど、あそこってラブホ街みたいなところでもありつつ、そのなかに、ライブハウスとかクラブもめちゃくちゃあるじゃないですか。今回「emorip」の体験でも、円山町のWOMBに行ってその特徴や渋谷のクラブカルチャーの歴史が聞けましたが、私も円山町のライブハウスによく行くし、いろんな渋谷の遊び方をしている人に届けばいいなって思って書きました。

―“東京”と“東京にて”と“渋谷へおいで”を並べてみると、それぞれ視点が違っていて面白いですよね。“東京”は外側から東京という都市を見ている。“東京にて”は俯瞰の視点がある。でも“渋谷においで”は実際にその場所を歩いた目線で書いている。このへんも、ヒグチさんのなかで変わってきたところはあるんじゃないかと思うんですが。

ヒグチ:自分が知っている街になってきたっていうことかなと思います。その場所に理由があって来ている、仕事があって来ているということが、渋谷のことを書いてもいいと思える自信になっているというか。

事務所も渋谷にあるし、よく出ているライブハウスも渋谷にあるし、いろんなところに自分の行く場所や帰る場所がある。だから渋谷のことを細かく書いても許される人になっている気がします(笑)。許可をもらっている感じがしますね。そこにいてもいいし、そのことを私が説明してもいいイメージがある。

―“渋谷においで”は、<スクランブル交差点>から始まって<109を横目に道玄坂を登れば>とか、街を歩いている描写も多いですよね。このあたりの狙いは?

ヒグチ:渋谷に1回でも来たことのある人なら何を言っているかがわかる歌詞にしようとは思いました。渋谷に行ったことがなくて街を全然知らなくても、歌詞を聴いたら「こういう場所なのかな」って思えるし、実際に来てみたらそれが立体になる。

ルートに沿って書いているので、言葉がちゃんと映像で見える感じがするようにしていて。その面白さはあるのかなと思います。

―ただ地名を列挙しているんじゃなく、そこを歩いて移動しているリアリティがある。

ヒグチ:そうですね。移動していますね。いろんな渋谷、変わっていくものと変わらないものが混ざっている渋谷というか、そういうものは書きたかったところです。

自分が発想しないことを教えてくれる。音楽カルチャースポットを「emorip」を聴きながら歩く

―先程は「emorip」を使いながら渋谷の街を歩いていただきましたが、体験してみてどうでしたか?

ヒグチ:私、ちょっとの空き時間にやることがないって思うことがすごくあって。「この空き時間でできることないかな?」っていうときに、知らないことを知るってめっちゃ快感だなって思うんです。その快感をサクッとくれる感じがして、すごくよかったですね。

―今回歩いたWOMB、名曲喫茶ライオン、恋文横丁跡、渋谷センター街ふくめ12のスポットで、解説とそのエリアにちなんだ選曲が流れるわけですが、実際に聴きながら歩くのはどんな感覚ですか?

ヒグチ:そこにいて意味がある曲が流れてくるので、こういう風に渋谷を歩けばいいんだって教えてくれている感じがありました。

私は普段は結構ボーっとしたり、違うことを考えたりしながら歩いていることが多いんですけれど、こういう曲を聴きながら歩いたら、渋谷にちゃんといる感じがするというか。ひとつの正解を教えてくれている感じがして、カッコつけて歩ける感じがしました(笑)。

ガイドスポット以外の場所では、宇川氏によって選曲された音楽が流れる
クラブWOMB
恋文横丁跡
位置情報と連動しているため、アプリを起動してワイヤレスイヤホンに接続すれば、歩いているとその場に合わせた音楽やガイドが自動で流れる

―宇川直宏さんの解説トークはどうでした?

ヒグチ:えっと、私、宇川さんみたいな人にあまり会ったことがないんです。声の感じとか、喋り方とか、聞いていて、初めての人に会っている感じがしました。いろんなカルチャーを知っていて、私のイメージですけど、本当に渋谷に住み着いている人というか。毎日、朝までいたんだろうなという。

―まさに、宇川さんはいま渋谷PARCOにある「SUPER DOMMUE」でずっと生配信番組とDJやライブのイベントをやられている方で。前身のDOMMUNE時代を含めると10年以上も渋谷を拠点にしてきた方です。

ヒグチ:すごい。ほんとにそういう方なんですね。説明を聞きながら「これ、どういう意味なんだろう?」みたいな言葉もいっぱい出てきて、それを自分で調べるのも楽しそうだなって思いました。知らないことを知れて、それで空き時間が過ごせるのはありがたいことですよね。

いまの時代ってなんでも自分で探せるけど、自分が発想しないことは探せないじゃないですか。それを提供してくれるというか、これを聴きながら街を歩けば、全然知らなかったいろんなことが知れる。面白いし、贅沢なことですよね。

―ぼくも歩きながら聴いていたんですけど、美術館のオーディオガイドみたいな感じもありましたね。

ヒグチ:ああ、たしかに。それこそ恋文横丁の碑のところなんて、「あれ、なんだろう?」って思っても、通り過ぎたら一瞬で忘れちゃうわけで。そこをちゃんと教えてくれるのも面白いなって思います。なんだろう? って思っていたことの答えがそこにあるっていうのは、ありがたいことです。

思い出の場所・名曲喫茶ライオンの前で、その歴史を聴く

―渋谷って、いろんなところに音が鳴っている街ですが、そういうなかで「emorip」を体験して、どんな感じでしたか?

ヒグチ:渋谷を歩いていると、本当にいろんな音が聴こえてきますよね。私はそういうのが嫌だなって思うこともすごい多くて。こんなに不用意にいろんなものを投げつけてこないでほしい、みたいな(笑)。

でも、「emorip」の曲を聴いていると、そこで聴く意味のある音楽、という感じがあって。そこに意味があり聴く理由があるものを聴いているほうが、心は穏やかな気はします。私は理由があるものが好きなので面白かったなって思います。

―今回歩いたなかで、ヒグチさんが思い入れのある場所や好きな場所は?

ヒグチ:私としては、名曲喫茶ライオンですね。メジャーデビューのときにあそこでアーティスト写真を撮っているので、自分のなかで思い入れはあります。初めての経験だったので「メジャーデビューするとこういうところで写真を撮るんだ」って思って(笑)。今回そこが90年以上の歴史がある場所なんだって知れたのもよかったですね。

―不思議な現役感ありますよね。ぼくも貸し切りの撮影で使わせていただいたことがあるんですが、営業中と違って普通のトーンで喋っても怒られないはずなのに、なぜかあそこに入るとみんな小声になる。

ヒグチ:わかります! めっちゃわかる。あんまり大声で喋っちゃいけないと思わせるというか、ピシッとしているというか、なんか、独特の圧を感じますよね。お客さんとして行ったときにも、居心地がいいというよりは、自分がそこにいることの快感みたいなものがあった気がする。神聖な感じがしますよね。そういう思い出があります。

「渋谷の奥」にどこまで行けるか。ヒグチアイから見た、仕事場としての渋谷

―ヒグチさんとしては、渋谷という街のいまについてはどんなことを思いますか?

ヒグチ:渋谷区観光協会の人と話していたときに、渋谷って、とにかく人が来る場所だというんですね。海外からもハチ公を見にきたり、109を見にきたり、そういう場所はある。でも、「人を留めることはできない」って言っていて。

1日渋谷で遊ぼうってなったときに遊べたり、体験できたりする場所が少ないから、人を留める何かをつくりたいって言っていたんです。そういう話を聞いて、たしかになって思って。

で、いま、また再開発しているじゃないですか。桜丘町のあたりとか、渋谷駅とか。完成するのに2027年頃までかかるって話をしていて。どんどん先に進んでいるんだなって思うと、怖い感じもしますね。まだまだ自分が辿りつけない渋谷があるんだなっていうのを、すごく思いました。

―「emorip」では、スポットに紐づけて渋谷の音楽カルチャーの歴史を知れましたが、体験してみて、どんな奥行きを感じましたか?

ヒグチ:なんだろうなあ。渋谷って、歴史を残さなきゃいけないって発想があんまりないんじゃないかなって思っていたんですよ。どんどん景色も変わっちゃうし、新しくしていくことがすべて、みたいなイメージがあったので。

でも、その一方で古いものがちゃんと残り続けていて、残そうとしているものもある。そこに安心しました。無くしちゃいけないものに関しては、ちゃんと無くさないという考えがあるほうがいいなと思うので。自分が見えていた、パッと見えるものがすべてではないんだなっていうことが知れました。

―ぼくは『渋谷音楽図鑑』という本の共著者でもあって。牧村憲一さんという、シュガー・ベイブや竹内まりやさん、大貫妙子さん、フリッパーズ・ギターなどに関わってきたプロデューサーの方に、70年代のシティポップの時代から90年代の渋谷系の時代まで、渋谷の街が都市型ポップスの発信拠点になってきた歴史を語っていただいた本なんです。そこでは道玄坂、公園通り、宮益坂という3つの坂に、それぞれライブハウスや楽器店のようなミュージシャンが集まる拠点があったということが語られていて。

ヒグチ:へえー! やっぱり歴史が長いんですね。いまはどうなんでしょうね。

―いまの渋谷はずっと工事しているのもあって、みんなが途中経過なんだと思いながら暮らしている感じはしますよね。

ヒグチ:めちゃくちゃ思いますね。駅でも、どこに歩いていったらいいのかすぐにわかんなくなっちゃいますし。

―かつ、桜丘町の楽器屋とか、どんどん取り壊されたり無くなったりする場所も多くて。

ヒグチ:ありましたよね。私も初めてピアノ買ったところがなくなりました。でも、思い出の場所をあんまり渋谷に求めちゃいけないんだろうなって思います。むしろ、自分のなかに思い出を残す場所が渋谷だなって。

―ヒグチさんだけではなく、いろんな世代のいろんなミュージシャンが、ライブハウスという自分の仕事場がある街として渋谷をとらえることができると思うんですが、そういう感覚についてはどう思いますか?

ヒグチ:そうだなあ、私としてはいつまでいられるんだろうとは思います。いつまで仕事場だと思っていられるのかなって。

ここに仕事がなくなったら思わないだろうし。いつまでもそう思える場所であってほしいなって思いつつも、そんなに自分が頑張っていられるかなって気持ちもあるし(笑)。難しいですね。渋谷に来ると、自分の感覚で、自分が頑張れているか、頑張れていないかを測るようなところもあります。

―音楽家ならではの渋谷の見方って、どういうものがあるんでしょうか。

ヒグチ:渋谷って、手前に小さなハコがあって、奥に大きなハコがあるイメージなんですよね。最初の駆け出しの頃は小さなハコでやって、売れてきたら、渋谷公会堂とか、NHKホールとかでやる。だから「どこまで奥に行けるか」という感覚はあると思います。

で、ライブが終わるとみんな渋谷駅のほうに帰っていくので、そういう人たちが自分の名前のTシャツを着てくれたら嬉しいなとか、そこまで頑張らないとなとか、そういうことを考えながら若い頃に渋谷を歩いていたのは覚えていますね。

サービス情報
「emorip」

2022年ローンチ予定の音声ガイドとレコメンド音楽による街歩きアプリ。 ワイヤレスイヤホンをつけっぱなしで、スマホを操作しなくても、位置情報と連動し音声コンテンツが街中で聞ける。
プロフィール
ヒグチアイ

平成元年生まれ。シンガーソングライター。2歳の頃からクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験し、さまざまな音楽にふれる。2016年にアルバム『百六十度』でメジャーデビュー。2022年1月にはTVアニメ『進撃の巨人 The Final Season Part2』のエンディング曲“悪魔の子”を書き下ろし、国内外で大ヒット。ミュージックビデオ(アニメスペシャルVer.)の再生回数は3,000万回以上になった。



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