「具体的に誰を幸せにしたいか」。HARKEN・木本梨絵といまじん・下地敏史が語るクリエイターと社会の関係

地球環境をめぐる問題が深刻化の一途を辿る昨今。問題の解決に取り組むことを掲げる企業や団体も増加し、身の周りで「SDGs」や「ソーシャルグッド」という言葉を聞く機会が増えた、という人も多いのではないだろうか。

しかし、企業活動において、社会への貢献とビジネスを両立させることは至難の業だ。「ソーシャルグッド」が表層的なアピールにとどまり、実態の伴わない「グリーンウォッシュ」の問題も取り沙汰されている。

こうした現状に立ち向かおうとしているのが、映像制作会社「いまじん」に所属する映像クリエイター・下地敏史だ。本稿では、「HARKEN」代表として多くのクリエイティブワークを手がける木本梨絵と下地との対談をお届けする。

クリエイティブ業界で結果を出し続けながら自然のなかに身を投じるふたりは何を大切にし、どんな取り組みを通じて社会課題と向き合っているのか。これまでの活動やその裏に込められた想いから、現代を生き、未来を紡ぐ私たちに必要なヒントを探る。

「欲情こそが人を動かす」自然を愛するクリエイターが考える、環境への本質的な取り組み

-まずはあらためて、おふたりの経歴といま取り組んでいることについて教えてください。

下地:私は「いまじん」という映像制作会社でドキュメンタリー番組や動画広告などをつくってきました。ずっと番組制作や広告制作に関わってきたなかで、これからなにか新しく始めたいな、と思ったんです。

そんなとき、自分の3歳と7歳の子どものことや、自分自身が沖縄で生まれ育ったことを考え、環境問題や社会課題に取り組めたらなと思い、新しい部署「映像事業部」を立ち上げました。

下地:今回の対談、じつはぼくが木本さんのファンで、ぜひお会いしたいとリクエストして実現していただきました。今日はいろいろ教えてください!

木本:そうだったんですね! ありがとうございます。私は2年半前までスマイルズという会社にいて、最初は飲食店で接客業をしていました。

木本:その後、未経験だったけれど念願のデザイナーのポジションに異動でき、3年ほどインハウスデザイナーとして活動しました。そこからコロナをきっかけに独立して、「HARKEN」を立ち上げました。

下地:独立のきっかけはなんだったんですか?

木本:前職の環境が心地よすぎたからというのもあります。正直、グラフィックデザイナーを始めたときは心地が悪かったんです。未経験だし、ダメ出しもたくさんされました。毎日めちゃくちゃ勉強して、しがみついて。

でも、経験を重ねはじめてからは、おもしろい仕事をどんどんやらせてもらえた。周囲も私の意見に以前より耳を傾けてくれるようになり、自分のやりたいことがどんどん実現できた。その心地よさという名の停滞感からどう脱却するかを考えた結果の独立だったと思います。

下地さんはいまの新しい部署でどんなことを?

下地:環境問題や社会課題に関わるドキュメンタリーをつくっています。これをやりたいと思ったきっかけは明確にあって。以前、日本の船が座礁したことによるオイル漏れ(※1)に関するニュースを聞いた記憶がありました。

※1 2020年7月26日、株式会社商船三井がチャーターしていた貨物船「WAKASHIO」がモーリシャス島沖で座礁し、現場海域に燃料油が流出した事故のこと

下地:でも、そのあとどうなったのかはなかなか情報が流れてこない。そこで調べてみたところ、船をチャーターしていた商船三井さんが環境保全や地域に根ざした取り組みを多数実施していました(*1)。

それでも多くの人のなかで「環境を汚した日本の船の会社」という認識がデジタルタトゥーとして残ってしまっていた。実態を知ってもらうために、取り組みをドキュメンタリー映像にするべきだと思ったんです。それで、商船三井さんのWEBサイトの問い合わせフォームから企画を送りました。

結果、商船三井さんとも意気投合し、モーリシャスに撮影に行ってきました。事故以降の映像がアップデートされていないからこそ、映像でないと伝えられないことや、最新の情報をきちんとビジュアルで伝えるということができた気がします。

いまじんが制作した商船三井ドキュメンタリー映像の予告編

─まさに冒頭でおっしゃられたとおり、映像を通じて「自然環境」や「社会問題」にアプローチしているのですね。木本さんも「自然」をキーワードにした事業を多く手がけていますよね。

木本:自然環境における不動産開発を行なう「DAICHI」や、全国の里山に眠る植生の可能性を発掘する「日本草木研究所」(*2)などでも活動をしています。日本草木研究所は事業の創業者である古谷知華さんが以前より構想していたもので、立ち上げの際に声をかけてもらいジョインしました。

下地:それって、どうやってビジネスにしていこうという話になったんですか? ぼく自身もやってみたいことはいろいろあるけれど、どうやってマネタイズして事業として成立させようかという部分はまだ悩んでいるところでもあって。

木本:「おいしいからドリンクにしよう」とか、「実際に日本の植物で食べられるものってどれくらいあるんだろう?」というように、きっかけは楽しさや好奇心でした。

それで調べてみると、日本にはうまく資源化されていない自然素材がたくさんあることを知ったんです。そこから「山で働く人たちにもっと利益還元するにはどうしたらいいかな」と考え始めました。「ビジネス」とか「意義」とかはあとからついてきた気がします。

正直、「環境を守りましょう、人類を平等にしましょう」という「いいこと」だけでたくさんの人に共感してもらうのは難しいと思っていて。「おもしろい!」「楽しい!」という欲情こそが人を動かすんだろうなと。

下地:わかります。私も「SDGs」的な言葉を使った取り組みが増えてきているからこそ、本質的なことをしっかり映像で伝えていきたいですね。表面的なことは、映像にしても心は動かない。見てる人にはすぐバレますから。

隠岐諸島や沖縄が教えてくれたこと。自然やそこで暮らす人から受けるインスピレーション

-おふたりはお仕事でもプライベートでも、さまざまな場所に赴き、その土地の自然やそこに住む人と触れ合う機会があると思います。そのなかでも仕事に活きていると感じたエピソードはありますか?

下地:これまでにロケで海外もたくさん行ってきましたが、それらと比べても沖縄の今帰仁村(なきじんそん)はすごく好きですね。泳ぐわけではないんですが、今帰仁の海がすごく好きです。

下地:風とか自然のなかに体を置くというのは、シャワーを浴びるように感じられる気がして。やっぱり沖縄というのは自分にとって大切な場所です。

沖縄で、アメリカ家具をつくる職人の安田さんというおじさんに仲良くしてもらっていました。安田さんはユタ(※2)でもあったんですけど、「人間ってなんのために生きてるんですかね」と聞いてみたことがあったんです。そうしたら「仕事を楽しむことが人生だ」と。

※2 ユタ:沖縄県と鹿児島県奄美群島の民間霊媒師(シャーマン)。霊的問題のアドバイス、解決を生業とする

下地:この話を聞いたとき、言葉そのものというよりも「誰がそれを言うのか」が大切だと感じました。おが屑に塗れて家具をつくり続けている人が「仕事を楽しむことが人生」と語るということにこそ説得力があると感じて。

木本:たしかに、誰の言葉をどこで聞くのか、というので感じ方は変わりますよね。私は最近、島根県の隠岐諸島で「Entô」というホテルに泊まった体験が印象的でした。

ホテル「Entô」の部屋から見える隠岐諸島の景色

木本:まず部屋からは清閑な海しか見えない。島のなかには馬が放し飼いにされている。「アノニマスな自然」というか、ここが日本なのかそうじゃないのか、自分がどこにいるのかもはやわからないけれど、たしかに地球に立っている、という不思議な感覚に心が震えました。

下地:「アノニマスな自然」っていいですね。縄文時代とかって1万年続いていたわけだけれど、いまの区切られた歴史ってもっと浅いじゃないですか。それが自然のなかに身を置くと感じられる気がします。

木本:まさに。じつはその「Entô」を経営している青山敦士さんとお話しした際に、「ホテルの起源は祈りだったのではないか」という話をうかがったんです。彼は以前ホテルの起源について調べたことがあり、遡るとお伊勢参りや聖地巡礼など、寺社仏閣や教会を巡る宗教行事先で、泊まるところが必要だったことが始まりなのではないかという一説に行き着いたのだそうです。

木本:日々さまざまなホテルを訪れて旅をしていますが、その話を聞いてから、私にとっての旅や宿泊体験は「ただ楽しい」というよりも、ある種の祈りのような、自分と向き合える習慣なんだということに気づきました。

日本海にぽつんと浮かぶ匿名性の高い自然のなかでその話を聞いたからこそ、自分のなかにスッと入ってきた気もします。こういう実体験が、クリエイターとしても経営者としても大きなヒントになっていますね。

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「具体的に誰を幸せにしたいのか」。映像や広告が「ソーシャルグッド」に結びつくためには

-最近では広告やマーケティング、ブランディングを担うクリエイターが「ソーシャルグッド」を掲げることも増えてきました。そのために持つべき姿勢について、なにか思うところはありますか?

木本:正直にいうと、「ソーシャルグッド」と言っている人のなかには、具体的に誰を幸せにしたいのかよくわからない人もいるな、と思っていて。ニュースバリューがあるとか、バズるから、という理由だけで取り組むと共感は生まれないと思うんです。

そうじゃなくて、もっと具体的な顔の見える人を幸せにしたい、という動機で取り組むのがいいんじゃないかなと。

下地:モーリシャスに撮影に行ったとき知ったのですが、商船三井さんが現地の子どもたちを支援する基金を立ち上げていたんです。海がオイルで汚れてしまって収入が途絶えた漁師さんがいた。そうすると子どもたちが学校に行けなくなる、非行に走る、家庭内暴力が増える、という流れが起きかねない状況だったんです。そこで商船三井さんが支援した。

これはまさに現地に行って子どもたちの顔が見えたからこそ起きた本質的な社会課題解決だと感じました。表面的ではない、というのは大事ですよね。

木本:そうですよね。私は自然や地方に関わる仕事も手がけているのでソーシャルグッドの側面で注目していただく機会も多いです。けれど、もちろんそういった仕事もしますが、スキンケアブランドもつくるし、ホテルのブランディングもするし、商業施設もつくります。

ソーシャルグッドかどうかなどは仕事を選ぶうえで関係なく、個人的に興味がある仕事をいろいろとやっているだけ。自分がメインターゲットではない事業でも、具体的なターゲットを思い浮かべて徹底的に感情移入していきます。

下地:なるほど。具体的に届ける先を意識する、というのは重要なポイントですよね。

「届ける」「伝える」といえば、少し話は変わりますが、ぼくが取り組む「映像」という媒体が持つ可能性も大きいと感じます。

テレビ番組などで国内のマス向けに見せるだけではなく、SNSなどで届くべき人に届いて、心を動かして、それがまた次に繋がって、という流れを見てきました。

どんな人にも伝わりやすい「動画」というメディアだからこそ拡散されて、中身に込められた社会課題への想いを広く知ってもらえる、というのもある気がしています。

木本:下地さんを前にして言うのは憚られるんですが……。じつは私、個人的には映像が得意ではないんです。どちらかというと本など文章を読むほうが好きで。映像は大量の情報が一気に入ってきすぎて、見ていると疲れてしまう。

けれど、仕事をするうえではブランドを深く知ってもらうために映像が必要なシーンも多くて。明瞭で、ときに受動的にインプットができる映像表現はブランディングに欠かせません。下地さんにもいつか映像のご相談をしてみたいです。

下地:ありがとうございます! 木本さんが苦手とおっしゃる「情報量が多い映像」だけがいい映像表現、というわけではありません。きっと木本さんのような方にもスッと受け入れていただく映像に必要なのは、余白なんでしょうね。

テンポや考える間合いを入れたような映像づくりの手法もある。ご一緒する機会があったら、「こういうブランドです」とバンバン情報を出していくタイプではなく、静かな映像をつくってみたいですね。

プロフィール
下地敏史 (しもじ としふみ)

沖縄県出身。株式会社いまじん 映像事業部 部長。沖縄のテレビ局で映像の仕事と出会い、その魅力にのめり込む。映像をより極めるために上京し、いまじんに入社。以来、テレビ番組や映像広告の制作に携わる。2022年に制作した商船三井のドキュメンタリーをきっかけに、映像を通じて環境問題や社会課題に貢献することをこころざし、新部署「映像事業部」を発足。同部署の部長に就任した。

木本梨絵 (きもと りえ)

株式会社HARKEN代表、日本草木研究所共同代表。武蔵野美術大学を卒業後、「Soup Stock Tokyo」などを運営する株式会社スマイルズに入社。店舗スタッフを経て同社でグラフィックデザイナー、クリエイティブディレクターとして活躍。2020年に独立しHARKENを設立。コンセプトやネーミング、コピーライティング、企画、アートディレクション、ロゴデザイン、グラフィックデザインなどさまざまな領域のクリエイションを手がける。自然環境における不動産開発「DAICHI」など、「自然」をキーワードにした事業にも多数携わる。



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