映像って、こんなに不思議なものだった。岩井俊雄と巡る『メディアアート・スタディーズ2023:眼と遊ぶ』

人類史上、いまほど「映像」が生活の一部となっている時代はなかっただろう。

映画やドラマといった映像コンテンツは地上波やサブスクリプションサービスなどを通じて世界中のモニターを専有しているし、YouTubeやTikTokといった動画サービスや映像SNSは若者を中心に人気だ。大人たちだって、電車の中で動画を見たり、日々ビデオ通話サービスで会議に出席したりしている。

そんなふうに「映像」があまりにも身近な存在となった現在、むしろ「映像」というもの自体が本来持っている面白さが見失われてはいないだろうか?

東京・渋谷のシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]で8月20日まで開催されている『メディアアート・スタディーズ2023:眼と遊ぶ』は、「映像」本来の面白さを体験して、その豊かさ、不思議さを再発見しようとする試みだ。

このプログラムは、メディアアーティスト/絵本作家の岩井俊雄がディレクションを担当。19世紀の視覚映像装置のレプリカ約20種類すべてを実際に触って体験できるほか、メディアアート史を革新した岩井の代表作『時間層』シリーズを再生し、約25年ぶりの展示を実現している。

CINRAでは今回、このプログラム=プレイグラウンドをレポート。岩井自身に話を訊きながら、世の中にあふれる「映像」たちが取りこぼしているかもしれない、「映像」本来の面白さを再発見し、映像をもっと楽しむためのヒントを探る。

メディアアーティスト/絵本作家・岩井俊雄がデザインする「眼」のプレイグラウンド

CCBTにて開催中の『メディアアート・スタディーズ2023:眼と遊ぶ』は、「展覧会(エキシビション)」ではなく、「プレイグラウンド」と名づけられている。

会場内を見回してみると、いろいろな器具やマシンを来場者が映像を学ぶ学生のサポートのもとで思い思いに操作し、中央のテーブルでは大人や子どもたちが熱心に工作に取り組んでいた。まさに「遊び場」だ。その雰囲気は、デジタルテクノロジーの活用を通じて、人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点を標榜するCCBTの理念を体現しているかのようだった。

今回の取材では、特別に総合ディレクター・岩井俊雄自身が「プレイグラウンド」を紹介。1962年生まれの岩井は、若くして国内外で評価を獲得したメディアアートの第一人者だ。坂本龍一とのコラボレーションで『アルス・エレクトロニカ』のインタラクティブアート部門でグランプリを受賞したこともある。しかし活躍はアート界にとどまらず、テレビ番組『ウゴウゴルーガ』のCGシステム制作およびキャラクターデザイン、ヤマハの電子楽器「TENORI-ON」、ニンテンドーDS用ソフト『エレクトロプランクトン』の開発に携わるなど、多岐にわたる活動を展開してきた。そんな岩井が、楽しそうに会場を案内してくれた。

岩井:CCBTという場所で何ができるのだろうと、わくわくしながら企画を練りました。一番に考えたのは「美術館や博物館とはひと味違った空間をつくろう」ということ。CCBT内にある「テックラボ」には、優秀なテクニカルスタッフや機材が集まっていたので、作品の修復から会場の切り文字まで、自分たちで多くの作業をすることができました。そうした環境もあって、CCBTならではのプログラムになったと思います。

「メディアアート・スタディーズ」とは、いま多種多様な進化をとげているメディアアートの魅力や本質をさぐる試みだ。なかでも今回スポットが当てられているのは、ズバリ「映像」。視覚や映像をテーマに、その原理をルーツにまでさかのぼる構成を取っているという。

岩井:通信技術の発達やデバイスの進化によって、僕たちの身の回りには、かつてないほど映像が溢れています。みんなYouTubeやTikTokなどで日夜映像を見ていますよね。もちろんそういうものは面白い。ただ僕にはそれが、映像を単なる情報として消費してしまっているように感じます。そこで今回は、映像そのものとちゃんと向き合ってみたいと考えたんです。

なるほど、今の世の中には映像コンテンツが溢れている。そこら中のデバイスから映像が押し寄せてくると言ってもいい。でも、たしかに私たちは普段、映像というメディア自体の質感のようなものをすっかり忘れてしまっている。

岩井:映像の起源を紐解くと、そこには今の私たちが目にしているより、もっと身体的で豊かな感覚の世界が広がっています。映像の持つ本来的な面白さや感動を表すのが、「眼と遊ぶ」というキーワード。「眼で遊ぶ」ではなく、「眼と遊ぶ」というタイトルを思いついたときに、「これだ!」と思いました。

僕には「眼」という器官が自分とは別個の存在のように感じる瞬間があります。今回のプログラムでは映像作品を一方通行で受け取るだけじゃなく、映像を通して眼「と」遊んでいるような感覚を大切にしたかった。実際に自分でいろんな装置を動かして体験することで、「眼と遊ぶ」面白さを発見してほしいんです。

本展には、「体験」「発見」「つくる」という3つのコーナーが用意されている。それではさっそく、19世紀に発明されたさまざまな視覚装置のレプリカや、それらを独自に発展させた岩井の作品などを見ていこう。

「体験」ブースで実験的な視覚装置を動かし、映像の起源を実感する

「体験」ブースには、19世紀に発明されたいろいろな視覚装置が並んでいる。プリミティブメディアアーティストの橋本典久と協力して貴重な装置を3Dプリンタなどで精巧に再現したレプリカや、それらを独自に発展させた岩井の作品など、約20種類の装置を実際にさわって体験することが可能だ。橋本はこのプログラムのディレクションを、岩井と共に担っている。

岩井:ここには僕が「面白い!」と思える、原理や構造がむき出しの装置や作品ばかりを並べています。こんなふうに仕掛けがシンプルであるということは、「不思議」は装置や作品の側だけでなく、僕たち自身のなかで起きている、ということだと思うんですよ。

まず登場したのが、「ロジェのイリュージョン実験装置」。今から約200年前、イギリスのピーター・マーク・ロジェは、柵越しに走る馬車の車輪を見ているとき車輪が歪んで見えることに気づき、科学的に考察した論文を書いて発表した。

会場には、この柵と車輪を模した、簡単な仕組みの道具が置かれている。手で動かしながら柵越しに覗くと、本当に車輪がグニャリと歪んで見えた。眼がだまされているのだろうか?

岩井によれば、この「車輪のイリュージョン」が、その後のさまざまな視覚装置の発明につながったという。そう、これが映像というメディアのオリジンなのだ。リンゴが落ちるのを見たニュートンが万有引力を発見したように、こんな日常の中でのなにげない気づきが後の映像を生み出したのかと、そのダイナミズムに驚く。

この論文を皮切りに、多くの科学者や技術者が視覚装置の発明に乗り出した。

ベルギーのジョゼフ・プラトーは、すぐに「アノーソスコープ」を発表。今度はロジェの装置と逆に、もとから歪んだ絵が描かれた円盤を回転させ、細長く空いたスリットから覗く仕組みだ。

こちらも岩井自身が電動ドライバーを使って再現した装置で体験できる。円盤に描かれた1人の歪んだ天使が、円盤をまわすと、きれいな4人の天使となって宙を飛んでいるように見える。原理としてはなんとなく理解できるが、実際に目の当たりにすると、どうしてもびっくりしてしまう。

さらにプラトーは、日本でも江戸末期から「おどろき盤」として知られる「フェナキスティスコープ」を1836年に開発。分割され、少しずつ異なる絵が描かれた円盤を回転させる。それを裏側からスリット越しに覗き込むと、鏡に映った絵が動いて見えるという代物だ。

ここまで来るとイメージしやすい。要するにこれはパラパラマンガであり、アニメーションじゃないか。そうか、映像のはじまりは実写ではなくアニメーションだったのだ。

19世紀にはこれ以外にも、複数の人が同時に見ることが可能になったウィリアム・ジョージ・ホーナーによる「ゾートロープ」、また中心に鏡をすえることでスリットがいらなくなったエミール・レイノーによる「プラクシノスコープ」などが開発された。

同時期に写真技術も発達した。「走る馬の脚が4本とも地面から離れている瞬間はあるのか?」という当時の世間の疑問に応えるべく、エドワード・マイブリッジが「連続写真」の撮影に成功。

こうした流れの先に、実写の映像を見る装置としてトーマス・エジソンの「キネトスコープ」、そして映画史のルーツとして名高いリュミエール兄弟の「シネマトグラフ」が登場することになる。

映像というメディアは、こうした発明合戦を経て飛躍的に発展していく。そんな映像の歴史を、文字通り手に取るように実感できるのがこのコーナーだった。

岩井:僕自身、これらの視覚装置を写真で見たことはあったものの、実際にどう見えるかは長年の謎でした。今回その実物を見てみたくて、橋本さんといっしょに実験装置を制作したんです。やっぱり自分で手を動かして、目の前で体験してみると新しい発見がある。それは、この装置をこれから体験する子どもたちやお客さんも変わらないんじゃないかな。

創作の扉を開くのは「ドキドキ」や、誰かを喜ばせる嬉しさ

「体験」ブースでは、岩井俊雄の個人史における制作や実践も紹介。

例えば、岩井が小学生のときつくったパラパラマンガの複製。あるいは、レトロな趣きたっぷりの、岩井の映像おもちゃコレクションも展示してある。1980年代や90年代の品々ということだが、岩井にとって創作の原体験とはどのようなものだったのだろうか。

岩井:僕のものづくりの原点はパラパラマンガですね。教科書やノートの隅にパラパラマンガを描いて、同級生に見せる。そのドキドキや、友だちが喜んでくれたときの嬉しさ。そこから僕の創作の扉が開いたのは間違いありません。

岩井:映像に関して言うと、僕は『仮面ライダー』や『ウルトラマン』をテレビで見て育った最初の世代。『鉄腕アトム』などのアニメも見てきたので、特撮やテレビアニメの黎明期に立ち会ってきた影響は大きいと思います。

のちに入学した筑波大学では、アートとテクノロジーが交差する大学の環境を生かして、ビデオアートなどの前衛的な表現に惹かれていきました。

岩井が大学時代に制作した『STEP MOTION』は、スリットを使わず絵を動くように見せるため、回転と停止を繰り返す特殊なモーターを使って映像的な効果を実現した作品。

また1988年の『立体ゾートロープ』は、先述のゾートロープと同じ原理で、中心部に岩井が紙粘土で造形した手製の人形が置かれたもの。ハンドルを回すと人形が動いているように見える。『立体ゾートロープ』は三鷹の森ジブリ美術館に展示されている人気作『トトロぴょんぴょん』につながる作品だ。

こうして初期作品を見てみると、岩井のものづくりは明らかに実験的な視覚装置の延長線上にあり、映像の歴史をたどり直すことからスタートしたのがよくわかる。

ところで、岩井は絵本作家「いわいとしお」としても活躍している。代表作『100かいだてのいえ』シリーズは、シリーズ累計400万部を数えるベストセラーだ。本展の会場には、2022年に茨城県近代美術館で開催した個展のために制作され、絵本の世界観を立体化した『かがみの100かいだてのいえ』を特別展示。上下に取りつけた鏡が合わせ鏡となって、無限のイメージをつくり出している。

そもそも、メディアアーティストとしても第一線で活躍し続けてきた岩井は、なぜ絵本制作に乗り出したのか。

岩井:「絵本を描いてみては?」とオファーをいただいたということもあるし、自分に子どもが生まれたことも関係していますが、何より絵本というのは、ものすごく完成された「メディア」だと思うんですよ。テレビゲームなどとは違ってハードとソフトが一体化しているし、電源もいらず、子どもがちょっと乱暴に扱っても大丈夫。しかも、本棚にしまっておけば長年手元に残り続ける。このメディアとしての安定感はすごいな、と。

また『100かいだてのいえ』は、メディアアーティストとしてのキャリアを活かし、映像的な効果を意識してつくることができました。今回の立体では、看板に書かれた「上にいく」が、鏡の中ではちょうど反転して「下にいく」と読める。このアイデアを思いついたときには、ガッツポーズしましたよ(笑)。

デジタルとアナログの絶妙なバランス。メディアアートの先駆的な作品を「発見」する

次に案内してもらった「発見しよう」コーナーに展示されているのは、岩井の代表的なメディアアート作品『時間層』シリーズ(1985〜90年)だ。使用された機器の経年劣化などの理由で、この25年間公開される機会がなかった本作が、アーカイブ研究者である明貫紘子の尽力もあり、修復・再現されている。

テレビをストロボ光源として使い、目の前の絵や物体をアニメーションのように動かして見せる『時間層』。大学の卒業制作であり、『ハイテクノロジーアート公募展'85』にて金賞を受賞した『時間層I』では、回転する円筒上に何百という「目」と「手」がいっせいに動き出す映像が現れる。

名古屋で開かれた世界デザイン博覧会のパビリオン招待作品である『時間層III』は、3つの透明なアクリルドーム内に、動物・植物・鉱物をテーマにした動画を立体的に配置。ストロボ光の変化を自作の音楽と同期させた。

『時間層IV』では、井戸のような形の作品内部で、3層に重ねた透明な円盤がモーターによって回転。円盤に貼り付けられた幾何形体の画像が、回転や変形を繰り返す。

ばっちり稼働するようになったこれらの作品を全身で体感する。興味深いのは、眼に映る現象はデジタルなのに対して、これら装置の構造がかなりアナログであること。19世紀の実験装置の文脈に根ざした、魔法のように不思議な視覚体験の創出……まさにイリュージョンというか、メディアアート黎明期におけるテクノロジーとイマジネーションの絶妙なマッチングがここにはある。

岩井:『時間層』を発表した当時、まだ「メディアアート」という言葉はありませんでした。一般的には「ハイテクアート」「デジタルアート」と言われたり、「キネティックアート」「ビデオアート」といったジャンルで呼ばれたりしていたんです。

そこで自分のやっていることをなんと言ったらいいかと考えたら、「メディア」という言い方が一番しっくりきました。そこには、テレビ番組などの「マスメディア」も含まれるし、先ほど言ったように絵本という「メディア」にもつながります。

そういったさまざまな「メディア」と関わる「アート」として、「メディアアート」という言葉を使ったわけです。なので、いま「メディアアート」という名称が広く浸透していることを嬉しく思いますね。

まさにメディアアートの先駆的作品だった『時間層』。そういった歴史的価値のある作品の「再生」もまた、CCBTの重要なミッションの一つだと言えるだろう。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]ダイジェストムービー2022

まるで夏休みの自由研究。「つくる」コーナーで、おどろき盤を自作しよう

最後に、これまで目一杯に刺激された創作意欲を開放しよう。「つくる」コーナーでは、自分で実際に手を動かし、動画や装置の製作にチャレンジできる。美大生による視覚装置の作例が紹介されているほか、会期中には特別講師によるワークショップも開催される。

目玉はなんと言っても、子どもたちが「フェナキスティスコープ」を自作できる「花のおどろきばん」キット。円形のデザインがほどこされた厚紙に自ら花のイラストを描けば、その場でおどろき盤をつくって遊べるのだ。

しかも、本展では「おどろきばんおためしマシン」なる装置も新たに岩井が開発。カメラの前に置くだけで、パソコンのモニターのなかでおどろき盤を回転させてくれる。これならカジュアルに自分のオリジナル作品を楽しむことができそうだ。

メディアアート、そしてその一大テーマである映像。この企画は、そんな映像の歴史を起源から体験し、初期のメディアアート作品を再発見して、実際に視覚装置をつくることができる、まさに「眼と遊ぶ」ためのプレイグラウンドだった。映像とは、メディアとは、そして私たちの「眼」とは何か───そんな素朴な疑問に多くの気づきを与えてくれる。まるで岩井俊雄による夏休みの自由研究のようだ。

岩井:この企画はメディアアートに興味のある方だけじゃなく、たくさんの子どもたちに体験してもらいたいですね。そういった思いには、絵本作家として子ども向けの表現を考える機会が増えたことの影響があります。メディアアートって、わりと若者向けの作品が多いと思うんですけど、僕はメディアを研究しているような若い人だけでなく、子どもにとっても楽しめるプログラムをつくりたかったんです。それこそ老若男女、誰でも楽しめるような内容になっていると思います。

今日は会期初日ですが(取材は2023年7月7日に実施)、オープンしてすぐに子ども連れの方が来ていました。「体験しよう」のコーナーで、「これ作りたいね」と話している親子がいたので、CCBTのスタッフが「こちらで実際につくれますよ」と案内して「つくってみよう」のコーナーで作ってもらって。「すごい!」って喜びながらつくってくれて、こちらも嬉しかったですね。ぜひみなさんに映像の面白さを体験して、発見して、実際につくってみてもらいたいです。

『「眼と遊ぶ」装置の作り方〜僕らはこうして19世紀の視覚装置を再現した!』配信アーカイブ映像

イベント情報
岩井俊雄ディレクション『メディアアート・スタディーズ2023:眼と遊ぶ』

2023年7月7日(金)〜8月20日(日)
会場:東京都 渋谷 シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
時間:13:00~19:00
休館日:月曜(祝日の場合は開館、翌平日休館)
料金:無料


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