映画とロケ地の幸福な関係とは?福島浜通りで撮影の短編『時空(トキ)ヲコエテ』から考える

心に残る映画ってどんな映画だろう。俳優の名演技が光っているもの? ストーリーが予測もつかないもの? 色彩や構図が美しいもの? ──どれもとても重要な要素だが、撮影地はそのすべてに影響する。3月にYouTubeで公開された短編映画『時空(トキ)ヲコエテ』は福島県の浜通りで撮影され、地域の特徴をぎゅっと詰め込んだ作品だ。映画とロケ地の幸福な関係性とは一体どういうことだろう? 同作を中心に、考えてみたい。

登場人物の心情と街の風景の共振が、視覚的感動を生み出す

撮影地は映画における最重要ファクターの一つである。人物を動かし映像を撮るとき、その背景は物語のキャンバスとなる。適切な撮影地は物語に奥行きや真実味、没入感をもたらすだけでなく、時に台詞以上に人物の心情を表象することを可能にする。それは逆も然りで、撮影地と調和した物語はガイドブックや宣伝広告よりも遥かにその土地の魅力を引き出すことができるのだ。

天国の恋人に向けて送ったラブレターから始まる、とある縁でつながった女性2人の交流を描く岩井俊二監督の長編デビュー作『Love Letter』(1995年)は、その相互作用を遺憾無く発揮した作品と言えるだろう。天狗山から見下ろす白銀の小樽を捉えたエスタブリッシュショット(※)で幕を開けるこの物語は、中山美穂が演じる二人の女性が手紙をやりとりするなかで恋の記憶を掘り起こしていく。過去と現在を行き来しながら、やがて心の奥に秘めていた思いに気づいていく女性たち。深い雪に覆われた小樽は幻想的で美しいだけでなく、淡い思いを仕舞い込んでいた彼女らの内面を雄弁に物語る。覆い隠そうとしていた恋心が発露するラストシーンでは、彼女たちの心情と雪解けを迎える街が共振し、物語だけでは辿り着けない視覚的な感動も生み出した。

この『Love Letter』は日本のみならず、台湾や韓国などでも大ヒット。情緒的な表情を見せた小樽は国内外の観光客から一躍注目を浴びるようになり、同じく小樽を舞台とした韓国映画『ユンヒへ』(2019年)のような作品にも影響を与えた。このように物語と撮影地が完璧に合致したとき、お互いにとって大きなメリットを生む。

※場所の状況や出演者の位置関係を認識させるためのショット。

凸凹コンビがタイムマシンを探して冒険。のどかな風景がやさしく包む

3月2日よりYouTubeにて配信開始となった短編映画『時空(トキ)ヲコエテ』も、そんな物語と撮影地の共振効果を巧みに活かしてつくられた作品である。

砂浜で寝転ぶ一人の若者。見つめる先には青空と海が広がり、波の音が響いている。何かを諦めたような表情をしているところに、突如一人の女性が現れたことから『時空(トキ)ヲコエテ』の物語は動き出す。

短編映画『時空(トキ)ヲコエテ』。YouTubeにて全編公開中。

若者の名前は樹(寄川歌太)。東京から福島に越してきて半年、勤め先の社長から「浜通りをPRする楽しいSF映画を撮ってほしい」という依頼を受けるが、アイデアが思い浮かばず行き詰まっていた。某傑作SF映画のように「博士と若者がタイムマシンをつくる」という物語の軸となる部分は決まっているものの、肝心のタイムマシンを何にするのか定まらない。そんなときに現れたのが、いわき市に住む恵子(池津祥子)だった。事情を聞いた恵子は、愛車の軽トラに樹を乗せ、タイムマシンのアイデアを求めて浜通り中を走り回ることに。SFと相反する自然豊かな浜通りで、果たして彼らは理想のタイムマシンを見つけることができるのか——。

浜通りとは福島県東部の太平洋側にある複数の市町村からなる一帯のこと。東日本大震災に起因した原発事故で最も甚大な被害を受けたエリアでもある。『時空(トキ)ヲコエテ』は経済産業省「福島浜通り映像・芸術文化プロジェクト(ハマカル)」の一環として制作された作品で、そんな浜通りの撮影地としての魅力を具体的に伝えている。

メガホンを取った近藤大介監督はこの映画を撮る際に「硬くて真面目風じゃない軽やかな映画をつくること」を意識したと語っている。その言葉のとおり、物語の語り口は実にコミカルで軽快。映画を通じて浜通りの魅力を伝えるために、登場人物が浜通りの魅力を伝える映画を撮るという入れ子構造の物語を、ユーモアと人情味で親しみやすく明快に描いている。

主人公の樹と恵子は何もかも正反対の二人。ネガティブでだらしない樹に対し、恵子はどこまでも前向きでパワフル。締切が迫り映画撮影を諦めようとしている樹を、彼くらいの息子がいるという恵子が鼓舞し、半強制的にタイムマシン探しの旅に連れていく。年齢も性別も話し方もまったく異なるこの凸凹コンビの奇妙なつながりが、ここから始まる作品の大きな推進力となる。

軽トラで走る背景に広がるのは田園や豊かな森林。空の広さを知らしめるのどかな光景が、互いへの思いやりで徐々につながっていく二人の関係を優しくゆるやかに表現している。2人が巡るのは観光地然とした名所だけではなく、地域の人々に愛されるスポットやシンボルがほとんど。南相馬市にある100年の歴史を持つ映画館「朝日座」もその一つ。30年前に閉館したものの、不定期の上映会やイベントを行なうなどして地域の人が大切に守り続けている場所である。タナダユキ監督のテレビドラマ『浜の朝日の嘘つきどもと』(2021年)の舞台となったほか、最近ではNetflixの映画『パレード』(2021年)に使用されるなど、その趣のある佇まいから撮影地としても愛されるスポットだ。

また、劇中に登場する白馬「ワタリセイユウ」はスタッフロールにも名を連ねている。伝統神事「相馬野馬追」でも知られ、数多くの馬を飼育するこの地域では、他の地域では困難な市街地での馬の撮影が比較的容易に行なえるのだという。

それ以外にも巨大ダルマ引き合戦に使われる巨大ダルマや双葉町の町並みなど25分間に詰め込まれた浜通りらしい光景が、少しずつ親密さを帯びていく樹と恵子の関係に深い味わいを与えていく。その語りの手触りと浜通りの温度が調和した本作は、『Love Letter』同様撮影地の魅力を引き出すことに成功した作品といえるだろう。山本きゅーりの軽快なテーマソング“時空ヲコエテ”とともにエンドロールで使用される、ほのかな灯で照らされた夜の漁港や、一面に広がる原っぱ、夕日の橙色に染まった田園など、浜通りの風景を映した写真がまた絶妙だ。

『時空(トキ)ヲコエテ』に登場する巨大ダルマ。双葉町の新年の伝統行事「ダルマ市」で、巨大ダルマを挟んで町民が南北に分かれ、どちらが勝つかで一年を占う。
『時空(トキ)ヲコエテ』より、浪江町を軽快に進む軽トラック
『時空(トキ)ヲコエテ』に出演する白馬の名は「ワタリセイユウ」。一般社団法人 Horse Value所属で、撮影に協力するかたちで出演した。
『時空(トキ)ヲコエテ』に登場する船は、地元の漁師さんが操縦してくれたものだという。
『時空(トキ)ヲコエテ』エンドロールで使用される浜通りの風景写真

フィルムコミッションの存在が縁の下の力持ちに

映画『時空(トキ)ヲコエテ』の制作支援を行なったのが、相双地域の特性を活かし、撮影地の紹介などを行なう一般社団法人相双フィルムコミッションである。

そもそもフィルムコミッションとは、現地のロケーション情報や宿泊施設、飲食店の紹介を中心に撮影隊のサポートを行なう組織で、全国各地に存在する。

なかでも、相双地域を拠点に活動する相双フィルムコミッションは、撮影誘致を通じて撮影地に経済効果をもたらすだけでなく、相双地域を舞台にした作品が生まれることで地元の人をエンパワーメントすることなどを目的として、2022年に有志が活動を開始し、2024年に法人化した組織だ。これまで相双地域を舞台とした物語を撮りたいと考えていたり、撮影地にすることで復興の手助けがしたいと願っていたりしても、どのように撮影許可等をとればいいのか分からず足踏みしていた作り手にとって頼もしい存在である。

同フィルムコミッションは法人化以前から映画『ハウ』(2022年)や『名付けようのない踊り』(2022年)のロケーション協力を行なうなどしていたが、法人設立後の映画作品の協力は今回が初。今後さまざまな作品づくりを支える存在となり、あらゆるかたちで相双地域の盛り上げに大きく寄与していくだろう。

フィルムコミッション以外にも、福島県では原子力災害の避難指示対象地域となった12市町村を対象としたアーティスト・イン・レジデンスの取り組みも推進されている。今年の2月には「ハマカル」の支援を受け、『サタンタンゴ』(1994年)などで知られるハンガリーの巨匠タル・ベーラ監督を相双地域に招聘した映画制作ワークショップが開催。少数精鋭の受講生がベーラ監督の指導のもと作品づくりに励み、一般公開イベントにて制作した映画を披露した。また同ワークショップの期間中にベーラ監督を敬愛する山田洋次監督によるマスタークラスも開催され、大いに盛り上がりを見せた。二人から指導を受けた受講者の中から未来の巨匠が生まれることを期待したい。

映像には出来事を「記憶」として留める力がある

そのほかにも「ハマカル」の一環として、昨年10月の『東京国際映画祭』において、「〜福島浜通りの今と未来〜」と題したトークセッションを開催した。映像作品を活用したまちづくりと制作の在り方をテーマに、犬童一心(映画監督)、小川真司(映画プロデューサー)、渡部亮平(映画監督)、山戸結希(映画監督)に加え、俳優・アーティストとしても活躍するのんが登壇。映画が撮影地にもたらす可能性などについて議論した。監督らは登壇に先立ち事前に浜通りを視察しており、その様子を板橋基之(映画監督)がまとめた映像「福島県浜通りのいま」が冒頭放映された。

視察ムービー「福島県浜通りのいま」。この映像は、浜通り地域の過去から現在、未来に至るまでを表現しているという。YouTubeで全編公開中。

トークセッションにおいて、被災後の福島を描いた『浅田家!』をプロデュースした小川は、映像作品は東日本大震災のような出来事を「記憶」として留める力があるとし、福島の映画を地元の人に参加してもらい撮影できれば、その土地の文化的な財産として残せるのではないかと期待を述べた。山戸は被災をしていない非当事者が当事者にカメラを向ける暴力性にも言及しつつ、映像として残し、発信してほしいという被災者の意見を紹介。浜通りを映像に収めることで生まれるポジティブな影響について、それぞれの視座から語り合った。

浜通りでは現在、これらのような創造的活動が「ハマカル」推進のもとで積極的に行なわれている。いまだ原子力災害の爪痕が残る場所だが、この土地だからこそ生み出される作品には、復興につながる大きな可能性が秘められていることは間違いない。映画『時空(トキ)ヲコエテ』などの芸術活動に引き出された浜通りの魅力が観客や映画人に伝わり、浜通りを舞台としたさらなる創造や地域の盛り上がりへと連鎖していくことを期待するばかりだ。

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