伊藤沙莉さんが主演を務めるNHK連続テレビ小説『虎に翼』が、9月末に最終回を迎える。日本初の女性弁護士・のちに裁判官となった三淵嘉子さんの実話をもとにした本作の終盤では、戦争責任を問う原爆裁判や、性的マイノリティの権利などについても描かれた。
「寅子だけが正しいわけではないし、寅子も間違えることがある。それが大事かなと思いました。みんな間違えるし、駄目なところもある。あまり美化しないことは、すべてのキャラクターに関して気をつけた」
脚本を書き終えた吉田恵里香さんは話す。いよいよフィナーレを迎える『虎に翼』について、メディアの合同インタビューで聞いた。
「みんなが、心からなりたいものになれたらいい」あらゆる立場の人物を描く理由
―女性の社会進出をテーマに描くにあたって、法律だけではなく家庭の問題など、あらゆる人間関係を多角的に描いています。女子部の同期たちの人生も卒業したら終わりではなく、ずっと続いています。描くうえで意識されていたことがあれば教えてください。
吉田:今回、人権や「自分の人生を自分で決める」ということをテーマにしていますが、寅子だけでは描ききれない部分が多かったので、女子部のみんなを最後まで出演させることは最初から決めていました。役者の皆さんの力もあり、メンバーみんなが愛される存在になったのは、すごく嬉しく思っています。
描き方に関しては、自分自身が働いているので、どうしても働いている側に立ってしまう。そうすると視野が狭くなってしまいますが、それは嫌でした。心からなりたいものにみんながなれたらいいと思っていて、バリバリ働きたい人、ほどよく働きたい人、家庭に入ってみんなを支えて家を守りたい人。自分を発揮するために、心から望んだところにみんながいけることが一番だと思っています。
それを描くにはどうしたらいいかと考えたとき、専業主婦の花江など、すべての立場から書かないとフェアじゃないと思い、そこはすごく配分として気をつけました。
だから寅子だけが正しいわけではないし、寅子も間違えることがある。それが大事かなと思いました。みんな間違えるし、駄目なところもある。あまり美化しないことはすべてのキャラクターに関して気をつけたところだと思います。
―視聴者からすると感情移入できる人が誰かしらいる、という感じでしょうか。
吉田:そうですね。そうなったら嬉しくて、だから、すごく嫌いなキャラクターがいてもいいなと思っています。でも、誰かに寄り添って見たとき、それまで見えていなかった視野が見えたりするので、そういった体験がつくれたらいいなと思いました。
支える側が「二軍」のような扱いをされている気がして、腹が立つ。花江というキャラクター
―花江も寅子と同じように先を歩いてきた女性のひとりで、とても大事な存在だと思います。吉田さんが花江に託したものや、花江を描くうえで大事にしたことを教えてください。
吉田:花江はもうひとりの主人公だと思っています。朝ドラには「何かを成し遂げた男性の妻のヒロイン」という構図があると思うんですが、花江はそれになりえる存在で、花江の朝ドラがあってもおかしくないという気持ちで描きました。
花江は社会に出て働きたいという気持ちはなくて、家庭に入って家族を支えたり、家族のために生きたりすることに幸せを感じる人です。最初から最後まで一貫しているので、働きに出る描写はやめようと思っていました。彼女が働いてお金をもらったのは、戦後に縫い物の内職をしたときだけです。
言いすぎかもしれませんが、社会構造的に、誰かがバリバリ働くためには誰かケアする人がいなくてはいけない、という状況になってしまっています。その改善策が自分でもわからないんですが、つまり、ケアする人がいなかったらバリバリ働ける人がいないという二人三脚になっている。
そういう構造のなかで、なんとなく支える側が世の中で「二軍」のような扱いをされてしまっている気がして、すごく腹が立つなと思っています。家庭を支えて円満にするということがどれだけ大変で、大事か。ご飯があってシーツがピンとしていて埃がないとか、心地よい生活をつくることは、本当にその人の努力あってこそなので、花江はそういったことに対して熟練されていく存在にしました。
でも、花江が全部担うというか、「やらされる」状況になってしまうのは違う。それは家庭のことで、みんなで支え合うことだと思います。なので、猪爪家は途中からみんなで支え合う方向に変わっていったんですが、主戦力は花江です。だから(弟の直明の)同居の話も含めて、彼女を取り巻くものに対する彼女のいろいろな考えが見えてくるようにしたつもりです。実際にはありませんが、『虎に翼』花江編があったとしたら、ちゃんと成立するようにつくったつもりでした。
男性を描くうえで意識したこと「すべてにおいて正しい人や善人はいない」
―男性が女性たちを抑圧している側面もあり、そういったシーンも描かれました。男性を描くにあたって何か考えたことはありましたか?
吉田:女性の社会進出や生きづらさを書いている作品ではあるんですが、それは社会にあるすべての生きづらさにつながると思っています。もちろん男性の特権というものはあると思いますが、それがあればあるほど男性も余計に生きづらかったり、しんどい思いをしてしまうのだと思います。それがなくなると、すべての人が生きやすくなる。
女性が生きやすくなったから男性が生きづらくなるというのは違うので、それはすごく気をつけて描いています。だけど、男女問わずですが、理解あるフリをして傷つけてしまうこともあるし、まったく理解できない人もいる。これだけ寄り添ってやっているのにという気持ちは多かれ少なかれ生まれてしまうのが人間だと思うので、私のなかにもある意味、穂高先生的な部分があるなと思います。
そのグラデーションに気をつけて、すべてにおいて正しい人や善人はいないということを意識しながらキャラクターを描いています。
「人らしく生きるため、スタートラインにあるもの」憲法第14条への思い
―物語の根底に憲法14条の存在があると思いますが、そこにはどんな思いがあったのでしょうか。
吉田:三淵嘉子さんをモデルにしようと思ったとき、日本国憲法を初めて最初から最後まで読みました。人によって響くところは違うと思いますが、読んであらためて心に響いたのが14条だったんです。
これが公布されたら、当時の人は宝物のように感動するだろうなと思いましたし、私たちにとってもすごく大事なことだけれど、いまの世の中で本当に果たされているだろうか、ちょっと横に置かれていないか、という気持ちが大きかった。なので、「14条だけでも覚えて帰ってください」じゃないんですが、14条だけでも思い出してほしいという気持ちで、ことあるごとに出しています。
こんなに扱うとは自分でも予想外だったんですが、話を書いているとそこに辿り着いてしまうんです。生きていくうえで、人らしく生きるため、スタートラインにあるものなんじゃないかと思ってます。せめてこの憲法が守られる世の中になったらいいなという気持ちを込めました。
―よねと轟の事務所の壁にも憲法第14条が大きく書かれていますが……。
吉田:じつは、「紙に書いて壁に貼ってある」と脚本に書いたんですが、まさか壁に書くとは、と思って(笑)。たしかに、よねなら壁に貼らずに壁に書くかもと思ったので、すごく好きで、いい演出だなと思いました。あの言葉がずっと残っていることで象徴として使われているので、すごく好きです。
「はて?」という口癖に込めたもの
―寅子の「はて?」という口癖も印象的です。「はて?」という口癖について、生まれた経緯や思いも聞かせてください。
吉田:第1回から登場するので、初期から決まっていたことでしたが、寅子がなにか疑問を口に出すときの決まりというか、寅子がなにか疑問に思ったんだな、おかしいと思ったんだな、ということをわかりやすく提示できる言葉がほしいなと思って考えたのが「はて?」でした。
誰かを否定したり攻撃したくて使っている言葉ではないんです。「それどういう意味ですか?」とか「違うんじゃないんですか?」という強い口調の言葉だと会話が終わってしまう可能性もあると思うんですが、この作品は「声を出していく、思ったことを口に出していく」ということもテーマなので、それができる導入になればいいなと思っていました。
吉田:世の中の人も、ちょっと冗談交じりでもいいので、なにか思ったことがあったときに「はて?」と言って、この人何か思っているんだな、と気づいてもらえるワードになれたら素敵だなと思ったのが、「はて?」が生まれた理由です。
夫婦別姓、LGBTQの権利の問題は「もっと昔からある」
―終盤では夫婦別姓や、LGBTQの権利の問題も描かれました。昭和30年代を舞台にこのテーマを盛り込んだのはなぜでしょうか。
吉田:昔から比べたら良くなっていることはいっぱいあると思いますが、憲法14条でみんなが平等であると書かれている国にもかかわらず、なかなか周知されていないことによって、平等ではない扱いをされている人がいるということが事実だと思います。
それがこの令和の時代に始まったのかというとそうではなくて、調べれば調べるほどもっともっと昔からある。寅子が生きている時代からあったし、寅子が生まれる前からも存在していたことが大半でした。
大半の方々が当時見ないように、意図的か無意識かは置いておいて、ちゃんと見せることに意味があると思いました。「盛り込む」というより、当時からいた人たちをきちんと描きたいという気持ちが大きかったです。法律もののドラマですし、寅子が扱っているもの、出会っている人を考えれば通る道かとも思っていました。
―視聴者にはどのように受け取ってほしいと思いますか?
吉田:朝ドラにセクシュアルマイノリティの方や外国の方が出たことで、何か思われる方もいるかもしれないと思うんですが、歴史や当時の状況を調べるとたくさん情報が出てきます。
見た方にどう受け取ってほしいかというとすごく難しいんですが、マイノリティの方々は当時から当たり前にいて、それは現代も変わりません。この問題がいま70年以上経ってもそのまま変わっていないということに、どうしてなのか、思いを馳せていただけたら嬉しいなと思います。
「エンターテインメントでやれることがある」
―SNSを通しても反響が届いていると思います。
吉田:SNSは自分の発信メインで使っているんですが、寅子の言葉を借りれば、当時は折れて、世の流れに身を任せた人もいっぱいいると思うので、まずそれを知ってもらうことが大事だと思います。
当時から悩んでた人が確実にいて、いまも悩んでる人がいることを否定するのは違うと思っていて、問題提起というか、何かにつながればいいなと思います。あと、やっぱり当事者の人が矢面に立つべきではないと私は思うので、社会や政治もそうですけれど、エンターテインメントでやれることが少なくともあるんじゃないかと思いました。
―配役には当事者の俳優も起用されています。キャスティングに関して何か意図や考えはありましたか?
吉田:キャスティングは、スケジュールなどいろいろなハードルもあるなかでスタッフの方々が主にやってくださり、すごく素晴らしいなと思っています。
そういう機会がもっと増えるべきで、私は全面的に賛成です。ただ参加された方が傷ついたり不快な想いをしたりしない環境が整ってほしいです。非常に悲しいことですが、法整備も整わず、いまなお偏見や差別がある中で自身のことをオープンにできない・したくない人は多い。当事者を起用するという動きが変な方に進んで「当事者の役者さんはシスヘテロの役をやってはいけない」など、役者さんの演じる機会が減ってしまうようなことは絶対に避けたいです。起用だけして矢面に立たせる現場が増えないか心配もしています。
原爆裁判を描いた理由 「戦中よりも戦争の傷跡を描きたかった」
―終盤では、原爆裁判も大きな山場として描かれます。どんな思いを込められましたか?
吉田:三淵さんが原爆裁判を担当されていることは彼女の半生を調べたときからわかっていたので、扱いたいと思っていたんですが、扱い切れるのかという不安もありました。ただ、このスタッフさんやメンバーであればがっつりやっていけると思って、書き始めてから真正面からやる覚悟が決まりました。
もともとこの作品自体、戦中よりも戦後をやりたいと思っていて、第9週からずっと戦争の傷跡を描いています。その一つの大きな山として原爆裁判を扱いたかった。
法律考証の先生方を含め、演出の方を含め、本当にいろいろなことを調べていただきました。原爆が落ちたということはみんな知っていると思いますが、30数年間生きてきた自分も知らないことだらけで、たくさん思うことがあり、いま取り上げるべき歴史だと感じました。
―「戦中よりも戦後を」とおっしゃっていましたが、『虎に翼』で戦時中の放送期間は約1週間のみでした。広島や長崎に原爆が落ちたことを新聞で知る、というような描写もありません。どういった意図があったのでしょうか。
吉田:8週目から、社会に出た女性だった寅子自身が、心が折れたこともあって社会から心を閉ざすというか、家庭に入って家族のためだけに働くようになります。その描写をするために、あまり新聞を見なくなるなど、寅子が知らないことや見ないことは本編でも見せないようにしようと思っていました。
裁判官編ではどうしても寅子が見ていないことも情報として視聴者に伝える必要があるので、語りで見せることはしたんですが、第9週に河原で憲法を目にするまでは寅子に寄り添った描き方をしたいと思っていたので、具体的な描写は省いていくという方法を選びました。
実際に調べていくと、生活や生きるために動いていた人のなかには、その情報まで行き着かなかった人も多かったこともわかりました。戦争が終わったことを知らないまま数日過ごす方もいたと。実際にそうなるだろうなと思いましたし、寅子は物語の最初から新聞や社会情勢を気にしている子だった分、その対比をつけるという意図も大きかったです。
吉田恵里香さんが考える「幸せ」とは
―『虎の翼』の脚本を書き終えて、最終回を前に、いまの気持ちは?
吉田:後半の脚本を執筆しているときから、もう終わってしまう、終わらないでほしいという気持ちがすごくありましたが、役者さんやスタッフさん含め、とても恵まれた現場のおかげで楽しく書けました。
でも、あともう1クールぐらいあってもよかったなとも思っています。出し切ってすごく満足しているんですが、やれなかったことやもっと深掘りしたかった人もいたという気持ちもあります。
―もっと掘り下げられるとしたら、どんなキャラクターを描きたいですか。
吉田:それこそ轟や優未、航一、涼子さまとか、描くことができなかったエピソードがやっぱりいっぱいあるんです。最終回の満足度はもちろんあって、これが『とらつば』らしいと思っているんですが、あの人はいまどうしているのか、とか……もうちょっと織り込めたらと思いました。
女子部時代も、あれはあれで美しいと思っているんですが、入れたかったエピソードもたくさんあります。いつか回想で入れられるかなとか、甘い考えをしていたんですけれど(笑)、構成上難しく、できなかったこともたくさんあるなと思います。
―『虎に翼』を見ていると、人の幸せを考えるとき、人権や仕事、家庭の問題がどれも切っても切り離せないものだなと感じています。吉田さんがいま思う幸せとは何か、最後に聞かせてください。
吉田:傷ついている人がいても、自分ではどうにもできないことが多いじゃないですか。自分でどうにかできないことがなくなっていくといいなと思います。少なくとも、みんながある一定の同じスタートラインになれたら幸せだなと思っています。
ネット上だけではなくて、戦争も含めて、争いが一個一個しらみつぶしになくなっていけばいいなと思います。一つでも和解したり、争いの種が消えたりすると幸せを感じます。
- 『虎に翼』
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日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く。
作:吉田恵里香
音楽:森優太
主題歌:「さよーならまたいつか!」米津玄師
語り:尾野真千子
キャスト:伊藤沙莉 / 石田ゆり子 岡部たかし 仲野太賀 森田望智 上川周作 / 土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 ハ・ヨンス 岩田剛典 戸塚純貴 / 松山ケンイチ 小林 薫
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