「好奇心を人生に」の、その先へ──コクヨが実装する好奇心のかたち

問いから生まれた提案を、社会へ。コクヨデザインアワードが考えるクリエイティブの未来

アワードとは、優れた「答え」を選ぶ場所なのだろうか。もしそうではなく、まだ答えのない「問い」を社会に投げかけ、その可能性を育てる場所だとしたら――。

『コクヨデザインアワード(以下、KDA)』は、才能あるデザイナーの応援と共創を目的とするプロダクトデザインの国際コンペティション。2002年の創設以来、次代のつくり手たちが自由に思考を試す場として歴史を重ね、国内外のデザインの発展に寄与してきた。また、「カドケシ」や「本当の定規」など受賞をきっかけに製品化が実現し、多くの人の手に渡った事例も少なくない。

そんなKDAが、2026年に25周年の節目を迎えた。ものづくりを取り巻く環境や、デザインに求められる役割が大きく変化するなかで、アワードが果たす役割やあり方はどのように変わっていくのだろうか。

2026年のKDAに社内デザイナーとして携わったコクヨの吉田慎平さん、佐藤芽生さん、そして2024年から審査員を務め、テーマ設計やアワード全般のアートディレクションにも関わる木住野彰悟(きしの・しょうご)さんに話を聞いた。アワードの舞台裏から、デザインのこれからの可能性を紐解く。

「何をつくるのか」を問い直す。アワードの裏側で巡る思考と挑戦のプロセス

ーKDAでは毎年テーマを設定していますよね。例えば2027年は「dialogue」のように、その時代の空気や価値観が反映され応募者へのメッセージにもなっているように感じます。どのような議論を経て、テーマは決まるのでしょうか?

木住野:まずコクヨが、「こういう方向性はどうでしょう」と議論のきっかけになる案をいくつか持ってきてくださいます。それをもとに審査員で話し合うのですが、最初の案のまま決まるとはかぎりません。応募者が手を動かしたくなるか、発想を広げられるか。そうしたことも考えながら、解釈の余地がある言葉を探していきます。

ー吉田さんと佐藤さんが参加された2026年のKDAでは、「波紋 HAMON Design that Resonates」がテーマでした。このときは、どこから議論がはじまったのでしょうか?

吉田:まず、これまでのテーマを時系列で並べて振り返りました。「面白いアイデア」や「新しいもの」をストレートに求めていた時期もありましたが、コロナ禍以降は物事の本質を見つめ直すようなテーマが増えてきた。そうした流れも踏まえて、今回の方向性を考えました。

佐藤:出発点にあったのは、「いま、ものづくりをする人たちは、多数派の意見を気にしすぎているのではないか」という問題意識です。もっと自分がつくりたいものや、独自の視点を起点にしてもいいのではないか、と。

そこでコクヨから、テーマ案を三つほど提案しました。そのうえで審査員のみなさんとの議論を重ね、自分を起点に周囲へ広がっていく様子を表す言葉として、たどり着いたのが「波紋」です。これまでは英語のテーマが多かったのですが、今回は日本語で言い切ることにも意味があると思いました。

ー「波紋」という日本語の言葉には、どんな魅力を感じましたか?

木住野:石を水に投げたときのように、ひとつの動きが広がっていく様子を思い浮かべられますよね。一方で、何を「波紋」ととらえるかは人によって違う。わかりやすさがありながら、答えを一つに定めない言葉だと思います。

KDAには海外からの応募も多いので、英語にしたときの伝わり方も考えるのですが、そのうえで「波紋」にはテーマとして掲げるだけの力があると感じました。

ー木住野さんは審査員を務めると同時に、キービジュアルやトロフィーのアートディレクションも手がけています。テーマを最初にかたちにする立場として、制作では何を大切にしていますか?

木住野:テーマは社会や応募者に「問い」を提示するものだと思っています。なので、自分も応募者の目線に立って制作をするようにしているんです。2026年は、「波紋」を影響が広がる様子として描くだけでは、少し違う気がしました。誰かに届くかどうかはわからなくても、「自分はこれがいいと思う」とまず差し出す。それが誰かに伝わって、波紋になっていく。大切なのは、その起点にある個人の意思だと考えたんです。

そこでキービジュアルでは、石が水面に落ちる瞬間と、そこから生まれる波紋を表現しました。最初の一歩と、その先に起こることの両方を見せたかったんです。

ー毎年のテーマに合わせてトロフィーもデザインされていますよね。木住野さんがアートディレクション、コクヨのお二人がデザインを担当されたそうですが、そうした一連の考えのなかから生まれたのでしょうか?

木住野:そうですね。受賞者が最後に手にするものだからこそ、波紋が広がりはじめる瞬間を形にできないかと考えました。

ただ、毎年デザインが変わるトロフィーに象徴としての強さを持たせることには苦心しました。受賞の証としての存在感が欲しい一方で、その年のテーマを表す軽やかさも必要です。そのあいだで「そもそもトロフィーとはどんなものなのか」を問いかけ続けました。実際に手を動かしたお二人も、これほどトロフィーについて考えたことはなかったのではないでしょうか(笑)。

吉田:トロフィーのような抽象的なプロダクトは普段の業務では手がけないので、新鮮でしたね。案が採用されるまで、本当にたくさんのパターンを検討しました。

佐藤:試作案を何度も木住野さんに見てもらい、「こちらのほうがテーマに対して、素直な答え方ではないか」とか「受賞者がもらって嬉しいものになっているか」と話し合いながら絞り込んでいきました。

吉田:方向性が決まってからは、そのアイデアをどうすれば質の高いトロフィーとして形にできるかも課題でした。

社内のメンバーに製作を頼めそうな会社を聞いて回ったり、普段は取引のない加工会社に「アクリルのなかにきれいな波紋を入れるにはどうすればいいですか」と相談したり。実現する方法を探すところからはじめました。

木住野:その試行錯誤も含めて、すごくいい経験だと思います。働き盛りの社員がこれだけ時間をかけるのは、一見すると贅沢に映るかもしれません。でも、普段の仕事とは違うものづくりに向き合うことが、本人たちの創造性を刺激しますし、その刺激は周りにも伝わっていくと思うんです。

正解をひとつに決めない。多様な視点で提案の可能性を探る

ー審査では、どのような視点が重視されるのでしょうか。製品化の可能性と、アイデアの面白さは、ときに異なる方向を向くこともありそうです。

木住野:審査の段階によって、見るところが変わります。プレゼンテーションシートだけで判断する一次審査では、瞬間的に見て面白いことをしているか、クオリティが一定基準に届いているかが重視されます。

そこから残った作品は、テーマにどれくらい近いか、アイデアにリアリティがあるかなど、より複雑な判断になっていくのですが、KDAは「製品になるか」だけを問うアワードではありません。夢のような提案だからこそ面白い場合もあれば、実現の見通しがなければ魅力が伝わらない提案もある。そのバランスを、一つの尺度に寄らず考えていきます。

加えて、審査員によっても視点は違いますし、ここにいる吉田さんと佐藤さんも本審査に参加して議論を聞きながら意見を話してくれました。応募者と年齢が近い二人の視点には、僕たちも刺激を受けましたね。

「そういう見方があるのか」と審査に参加した者同士、互いに影響を受けながら提案の価値を探っていく。その議論にKDAらしさがあるのだと思います。

佐藤:審査に参加してみて、デザイナーといっても専門分野によって見方がずいぶん違うのが面白いと感じました。2026年は木住野さんやアパレルブランド『ANREALAGE』を手がける森永(邦彦)さん、グラフィックやプロダクトの分野で活躍するデザイナー・田村奈穂さんなど、多様なジャンルの方々が参加してくださいました。

たとえば森永さんは序盤の審査会のとき、最終には残っていないのですが、「手袋」のようなアイデアを評価していらっしゃいました。やはり身に着けることについて深く考えていらっしゃるのが伝わってきて、感動したのを覚えています。同じアイデアでも、専門分野によって想像する景色が違うことが面白く、とても学びになりました。

木住野:専門分野によって視点が違うのは、審査員だけでなく応募者も同じです。以前はコピーライターの方々によるチームが、最終審査まで残ったこともありました。

一方で、専門や表現の幅が多様になるほど、書類審査ではコンセプトをどう見極めるかが難しくなります。いまはAIの進化もあり、アイデアを魅力的なビジュアルで伝える手段も増えていますから、何百件もの応募のなかから「実際にかたちにできるのか」まで判断しなければなりません。アイデアの面白さと実現の見通しをどう見るかは、以前から審査で難しさを感じるところです。

吉田:私たちも、製品化できるかどうかは考えます。KDAに参加した私たちだけでなく、社員同士で作品を見ながら、「これは実際につくれるだろうか」と話しています。

木住野:ただ、先ほども少しお話ししましたが、製品化のしやすさだけで選ぶわけではありません。KDAは合理的で、誰もがすぐに欲しいと思うものだけを探しているわけでもない。見るべきところが一つではないから、審査員としては毎回悩ましいんです。

ー審査員によって見方が違うことで、作品の評価が変わることもありますか?

吉田:あります。2026年は紙を使った提案が多く、ぱっと見では近い印象を受ける作品もありました。でも、審査員の方々の話を聞くと、それぞれのよさが違って見えてくる。自分たちだけでは気づけない視点に触れられるので、とても勉強になります。

審査員の一人である吉泉聡さんは、最終審査に残った『うつろう手帳』という作品に対して、「パッと思い浮かぶ手帳のイメージに新たな選択肢を与えてくれるような存在になりうる」と評されていました。プロダクトは道具でもあると同時に、ものの見方を規定するもの、ということだと思うのですが、そういったとらえ方があるかと感銘を受けましたね。

木住野:KDAはプロダクトのアワードであると同時に、コンセプトや考え方も評価する場です。見た目だけでは伝わりにくい作品でも、背景を聞くと「この考え方が広がったら面白いかもしれない」と見方が変わることがある。審査員同士の議論を通じて、提案の可能性が見えてくるんです。

最終審査の様子は当日ライブ配信されたほか、YouTubeでも配信している。

佐藤:私は、最終審査で行われるプレゼンテーションの重要性を痛感しました。話を聞いて「こういう見方ができるなら、ぜひ残したい」と評価が高まることもあれば、考えがまだ十分に深まっていないと感じることもあったんです。

なかでも、2026年のグランプリ「ノートの素」は特に印象に残っています。ほかにもいい提案が並ぶなかで、プレゼンを聞いたことで一気に抜け出したように感じました。自分が何を考え、なぜこのかたちにしたのかを、自分の言葉で伝えられる提案は強いですね。

吉田:提案を聞いて、「この先、こんなことができるかもしれない」と考えさせてくれる提案には惹かれるものがありますよね。製品化した先に、社会でどう広がっていくのかまで想像できる。そういう発展性のある提案が、議論を動かすような気がしました。

つくり手の挑戦を支え、問いから生まれた提案を社会へひらく

ー2026年、KDAは25周年を迎えました。あらためて、アワードを長く続ける意味をどうとらえていますか?

木住野:若いデザイナーにとって、自分の実績を示す機会を得るのは簡単ではありません。一方で、実績がなければ次の仕事にもつながりにくい。アワードは、その壁を越える足がかりになります。

「アワードは10年続けて初めて育つ」とも言われますが、事業に直接結びつくとは限らない活動を、営利企業が25年間続けてきたこと自体に大きな意味があるのではないでしょうか。

吉田:コクヨはこれまで、商品や空間を通じて自分たちの考えを社会へ発信してきました。一方で、社外のデザイナーから提案を受け取り、自分たちの考えを見つめ直す機会はそう多くありません。

吉田:社会ではいま、何が考えられているのか。コクヨはこれから何を考えるべきなのか。KDAは、そうした問いを社外の人たちと共有する場です。集まった提案から製品化の可能性を見つけ、社会へ送り出すところまで取り組める。その過程に、これからも価値があると思います。

佐藤:私も学生の頃から、KDAは応募してみたいアワードでした。学校での制作は、評価する人や基準がある程度決まっています。でもKDAなら、さまざまな領域で活動するデザイナーに見てもらえるし、商品化される可能性もある。それがものづくりへの意欲につながるんです。

プロダクトは、かたちにするだけでも大変です。だからこそ、一瞬の面白さで終わらせず、暮らしを豊かにするものを考えようとするKDAの姿勢は、つくり手にとって励みになります。

木住野:毎年の抽象的なテーマも、考えを深めるきっかけになりますよね。「この方法で課題を解決してください」と示してしまうと、提案は似通ってしまうかもしれません。一人ひとりが自分なりの問いを立てるからこそ、答えも違うものになる。そのなかには、まだ製品化されていないアイデアや、いまの社会にはない発想もあります。

デザインに求められる役割が変わっていくなかで、クリエイティブには何ができるのか。KDAも考え続ける必要があります。個人の問いから生まれた提案を社会へひらく場として、KDAはこれからも続いていくのだと思います。

プロフィール
木住野彰悟 (きしの・しょうご)

アートディレクター・グラフィックデザイナー。1975年東京都出身。2007年グラフィックデザイン事務所6D設立。企業や商品のビジュアルアイデンティティを中心に、ロゴやパッケージデザイン、空間のサインデザインなどを手掛ける。近年は多様な領域でのデザインシステム構築にも取り組んでいる。最近の主な仕事に、「旭川市デザインシステム」のアートディレクション、「コクヨ」リブランディング監修、「不二家洋菓子店」リブランディングなど。「前橋国際芸術祭」のデザインディレクター、「ARTE TOKYO」のアートディレクターに就任。著書『「らしさ」の設計』刊行D&AD、カンヌ、アジアデザイン賞、東京ADC、JAGDA、サインデザイン賞、パッケージデザイン賞など国内外のデザイン賞を多数受賞。2016年にD&ADグラフィック部門審査員、2017年からグッドデザイン賞の審査員、2026年はACCデザイン部門審査委員長、NYADCの審査員を務める。

佐藤芽生 (さとう・めい)

コクヨ株式会社グローバルワークプレイス事業本部デザインセンター所属。2024年コクヨ入社。『opt』『pazzme』をはじめ、テーブルから学校用家具まで幅広いプロダクトデザインを担当。社外向け展示空間の企画・デザインも複数手掛ける。受賞歴にGOOD DESIGN賞など。

吉田慎平 (よしだ・しんぺい)

コクヨ株式会社グローバルステーショナリー事業本部クリエイティブ企画部所属。2018年コクヨ入社。キャンパスノートなどの紙製品の企画開発・デザインを担当。コクヨデザインアワード受賞作の商品化プロジェクトにも携わる。2026年からは現職にてパッケージデザインを軸に、ブランドの世界観を表現するクリエイティブ制作に取り組んでいる。受賞歴にGOOD DESIGN賞など。



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