近年「ワンオペ育児」という言葉が広く知られるようになったように、家事や育児の負担が片方の親一人にのしかかる状況は、社会に根強く残る問題だ。この問題に真っ向から向き合った作品が映画『ワンオペレーション』である。
監督メアリー・ブロンスタインが、難病を患う娘をほとんど一人で長期間にわたって看病した実体験から生み出した本作は、スリラー、心理ドラマ、ダーク・コメディが入り混じる独特な手法で母親の姿を描き出す。
なぜこのテーマを選び、恐怖を軸に据えたのか。アメリカ社会に根強く残る「母親」への理想像や家父長制、そして出産をめぐる主体性の問題まで、監督にじっくり話を聞いた。
母親のネガティブな側面を描いた理由
―まず率直な感想として、本作を拝見して「親になるのが少し怖い」と感じてしまったのですが、監督はなぜ「ワンオペレーション」というテーマで作品を作ろうと思われたのでしょうか。
メアリー・ブロンスタイン(以下、ブランスタイン):作品を見た方から「母親になるのが怖くなった」という感想をよくいただきます。なのでお伝えしておきたいのは、親になることはもちろん素晴らしい側面がいくつもあります。ただこの作品においては、母親であることのネガティブな側面をあえて強調して描いているということです。なので、どうか怖がらないでもらえたらと思います(笑)。
(左)メアリー・ブロンスタイン。1979年、米ニューヨーク州ホワイトプレーンズ生まれの俳優、脚本家、監督。2008年に『Yeast』で長編映画監督デビューを果たし、作家性の強いアプローチ、複雑な女性たちの物語を見据えた作風で知られる。現在は映画作品に加えて、彼女は独創的なフェミニスト理論をいくつかの学術的出版社のために執筆している。
ブランスタイン:この映画の出発点は私の実体験です。一時期、私はほとんど一人で長期間にわたって、病気の娘の世話をしていました。そのとき、世界中の重荷をすべて自分一人で背負っているように感じていたんです。そして同時に、このテーマに本当に向き合った本や映画は、ほとんどないのではないかとも感じました。
それはおそらく、アメリカ社会においては、「母親であることが素晴らしいとは限らない」と口にすることはタブー視されているからです。でも実際は、母親であることは非常に矛盾に満ちています。ある時は神聖化され、ある時は軽視され社会の役割として見なされないことすらあります。
私は、そこに切りこむ映画をつくりたいと思いました。そして何よりも、人々に母親や子育てについて考えて、話し合ってもらいたかったのです。実際、この映画を見た知り合いの男性は「母親に電話したくなった」と言っていました。自分の母親がどんな思いをしていたのか、何を経験していたかに気づいていなかった、と。こういった対話や気持ちを、この映画が生んだことをとても嬉しく思っていますし、日本でも同じような対話が生まれることを願っています。
中絶というタブーと、「キャリアと母、両方手にいれる」という神話
―いま、母親であることの負の側面について語ることが、アメリカではタブー視されているというお話がありましたが、それはなぜだと監督はお考えですか。
ブロンスタイン:アメリカにおいては、女性が子どもを持つか持たないかを選ぶという主体性の問題に、私たちがいまだに苦しんでいるからだと思います。
アメリカには「ロー対ウェイド事件」(※)という有名な裁判があり、女性が中絶を選ぶ権利が争われました。私の人生のほとんどの期間は、人工中絶はほぼすべての州で合法的に自分で選ぶことができました。しかしごく最近、「ドブス対ジャクソン女性健康機構事件」(※)を皮切りに、多くの州でその選択は違法になりました。これは、この国の建国における宗教的な起源と深く結びついています。
※1973年にアメリカ連邦最高裁判所が人工妊娠中絶の権利を憲法上のプライバシー権として認めた歴史的な裁判。
※2022年6月、連邦最高裁は、ロー対ウェイド判決を明確に覆した。中絶の権利は憲法上保障されたものではないと判断され、中絶を規制するかどうかの権限は各州に委ねられることになった。
ブロンスタイン:本当に悲しいことです。例えば私の娘は、私の時代より、母親になるかならないかを選ぶ権利が少なくなっています。これは非常に政治的な問題だと思います。アメリカはいまだに家父長制的な社会であり、女性は子どもを持つことを期待されています。子どもを持たないという決断をし、実際に持たずに生きることに対して、何か疑わしいものを見るような雰囲気があるんです。「なぜ子どもを持ちたくないのか。人生で一番素晴らしいことなのに」「それが女性としてすべきことなのに」というふうに。
だから私はこの映画で、リンダが自分の中絶体験について語るシーンを入れました。アメリカにおいては中絶を語ること自体が非常にタブー視されていて、映画を見た人やインタビューアーがそのシーンにについてたずねてくることはほとんどありませんでした。映画であのシーンを描いたことで、選択についての議論を開く一助になればと願っています。
ー子どもは持つのが当たり前、中絶はタブーとうい社会においては、たとえば自分のキャリアを優先したいと思ったときに、とれる選択肢が少ないように感じました。
ブロンスタイン:そうですよね。私たち女性は、あるキャリアを望むなら、あるいはキャリアである地点まで到達したい場合、そこに母親という役割を加えることがどれほど難しいかを知っています。でもアメリカにおいては、「キャリアと母であること、どちらかを選ぶ必要はない」「すべてを手に入れられる、何でもできる」という空気があります。
たとえばあるテレビ番組では、バリバリのキャリアを持つ弁護士でありながら子どもが3人いて、家はいつも綺麗ーーそんな女性がすべてを手に入れた幸せ者として描かれている。あらゆる情報をとおして、それが夢であり、目標だと刷り込まれるんです。
しかし多くの女性が、もちろん私もですが、実際に母親になってみるとこれが嘘だったと気づきます。子育ては仕事に影響し、母であることに専念するために仕事を辞める人もいます。私のまわりの女性たちは時々、「私って本当にダメな母親」とか「子どもがいなければよかったのに」といったことを、仲間内で冗談として語ります。すべてプライベートな愚痴として終わってしまう。母であることのネガティブな側面についての、公の議論はあまりないんです。
恐怖の物語が伝える、母親の「理想」から自由になること
―そうしたタブーや公に語られてこなかった部分に加えて、これまで女性が子育てとキャリアを両立させる姿がポジティブに描かれることが多かったからこそ、今回の作品ではあえてスリラーのような、恐怖を軸に描かれたのでしょうか。
ブロンスタイン:おっしゃるとおりです。私はアメリカの主流メディアが見せるものと、反対のものを見せたかった。そのためには、スリラーのような非常に極端なやり方でやらなければならないと思いました。
それに私にしかつくれないものをつくりたかったんです。母親であることをスリラー的に描いている作品はこれまでほとんどなかった。「これはあの映画に似ている」とか「あのキャラクターを思い出す」とか言われない、まったく新しいものにしたかったんです。
―映画のなかでリンダが徐々に追い詰められていく姿に、彼女や子どもはどうなってしまうのだろうかと不安になりました。子育てを描く映画で、こういった気持ちになるのは珍しいかもしれません。
ブロンスタイン:リンダが崩れずにやり遂げられるのか、取り返しのつかない失敗をしないか――そんな不安がつねにありますよね。
不安と同時に彼女の怒りも描きました。リンダは自分の置かれた状況や立場に怒っているんです。映画を見た方から「リンダは夫との電話をいつも一方的に切ってしまうよね」と指摘されて、自分でも気づいていなかったけれど「本当だ」と思いました。話を最後まで聞かず、さよならも言わずに切ってしまう。それも、この立場への怒りの表れです。
でも面白いのは、客観的に見れば彼女にはほかの道もあるということです。仕事を休んでもいいし、セラピストが合わないなら変えてもいい。友人や親戚を頼ってもいい。それなのに彼女はどれもやろうとしません。「自分一人で全部やらなければならない」という、押しつけられた理想を信じ込んでしまっているからです。それこそが、彼女を追い詰めているのです。
この作品を見た人には、子育てにおける「理想」を求めることからも自由になってほしいですね。
- 作品情報
-
『ワンオペレーション』
9月18日公開
© 2025 Legs Film Rights LLC. All Rights Reserved.
監督・脚本:メアリー・ブロンスタイン
- プロフィール
-
- メアリー・ブロンスタイン
-
1979年、米ニューヨーク州ホワイトプレーンズ生まれの俳優、脚本家、監督。2008年に『Yeast』で長編映画監督デビューを果たし、作家性の強いアプローチ、複雑な女性たちの物語を見据えた作風で知られる。現在は映画作品に加えて、彼女は独創的なフェミニスト理論をいくつかの学術的出版社のために執筆している。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-