テクノポップが解放したもの 幻想の音に生きるコシミハルの半生

コシミハルは小さな宝石のようミュージシャンだ。音楽という光をあてると、クラシック、ジャズ、シャンソン、テクノポップ、ダンスなどさまざまな輝きを放って、ファンタジックな世界を浮かび上がらせる。

ファゴット奏者の父と声楽家の母の間に生まれたコシは、3歳からピアノを学び、8歳で作曲をはじめた。そして、小学生の頃はシャンソンを歌っていた早熟な少女は、10代でシンガーソングライターとしてメジャーデビュー。すぐに注目を集めるが、テクノポップとの出会いが運命を変えた。

1983年に細野晴臣が主宰する「YENレーベル」に移籍して発表した『Tutu』でサウンドは大きく変化。子どもの頃から親しんだクラシックやシャンソンとテクノポップを融合させたサウンドは、海外でも高い評価を得ることになる。

それ以来、コシは細野とさまざまな作品で共演する一方で、エレクトロニックミュージックを取り入れて独自の世界を生み出してきた。また、子どもの頃にバレエを学んでいた彼女は、コンサートでダンスも披露。音楽とダンスが結びついたユニークなパフォーマンスもコシミハルの魅力のひとつだ。

そんなコシが6年ぶりの新作『秘密の旅』を発表。彼女の独創的な音楽はどのようにして生まれたのか。新作を中心に彼女の創作の秘密に迫った。

コシミハル
1978年、デビュー。1980年代からシンセサイザーに傾倒し、「テクノポップの女王」として注目を浴びる。以降、自作の曲の他、CM、映画、演劇、舞台のための音楽を手がける。2021年9月15日、6年ぶりとなるフルアルバム『秘密の旅』をリリースした。
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シャンソンやジャズなど、20世紀初頭の録音作品に漂う幸福な感覚

―コシさんはクラシック一家に生まれながら、子どもの頃からシャンソンが大好きだったとか。これまでご自身の作品で何度もカバーされていますが。シャンソンのどんなところに惹かれたのでしょうか。

コシ:小学生の頃にラジオで聴いて「なんて素敵な音楽があるんだろう!」と思ったんです。それでシャンソンの譜面を買ってきてピアノで弾いたり、越路吹雪さんのコンサートに行ったりしていたんです。

当時はどうして好きなのかわからなかったのですが、大人になってからシャンソンのスウィング感が好きだったんだな、と気づきました。私が好きなジャンゴ・ラインハルトもシャンソンの伴奏をたくさんやっていましたし。あと、フランス語の響きも好きでした。

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―いまもフランス語で歌われていますね。

コシ:日本語にはない音がたくさんあって、それがとても面白いので。あまり深い意味はないです(笑)。

―シャンソンと同じようにジャズの名曲も度々カバーされていますが、ジャズも子どもの頃から聴かれていたのでしょうか。

コシ:ビッグバンドジャズの集合写真みたいなジャケットが好きで、そういうジャケットのレコードをいろいろ買っていたんです。そうしているうちに、1930~1940年代のジャズが好きになりました。

その時代のジャズはクラシックに近くて、メロディーとリズムが程よいバランスなのではと思います。弦楽器やハープやチェレスタなど、様々な楽器が加わった録音もたくさんあり、豊かな音色が楽しめます。

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―子どもの頃からシャンソンやジャズに親しんでいた、というのはコシさんのサウンドに大きな影響を与えているんでしょうね。『秘密の旅』でもシャンソンやジャズの名曲をカバーされていますが、そういった古い音楽に惹かれるのはどうしてでしょう?

コシ:5年前にベルリンの音楽フェスティバル(HKW『100 Years of Now』におけるプログラム『Pop 16』)に招待されたのですけど、それは「エルヴィス・プレスリー以前と以降に音楽に何が起こったのか」というのを検証するフェスティバルだったんです。ロックが出てくる前と後って、音楽が大きく変わったと思うんですよね。

1950年代、エルヴィス・プレスリーは黒人の音楽であったR&Bを白人らしからぬパフォーマンスで物議をかもす。1956年に発表した“Heartbreak Hotel”でプレスリーはビルボードチャートで1位を獲得し、同曲は現在に至るロックンロールの礎となった

―たしかにそうですね。フェスティバルの概要には「3分の歌(筆者註:ポップミュージックのこと)はSPレコードの時間の制約の中から生まれた。SPレコードは音を保存しただけでなく、何よりも持ち運びを可能にした」とも書かれていて興味深いです。近年、音楽が配信中心になったことで音楽の聴かれ方は大きく変わりましたが、レコードの誕生はそれ以上の変化を生み出したわけですね。

コシ:19世紀末頃にレコードができて、その後20世紀初頭にラジオがはじまって、家のなかで音楽が聴けるようになって、それまで劇場で大きな声で歌うスタイルからマイクロフォンを通して声を響かせるクルーナー(ソフトに語りかけるように歌うスタイルのこと)が誕生したと言われていますが、その頃って、時代そのものにエネルギーに満ち溢れていたように思います。

そういう時代に録音されたものには、いまの時代にはない大事なもの、聴いていて幸せになるものがあるような気がするんです。

時代を超える音楽の魔法は、録音という行為そのものに隠されている

―それは時代精神みたいなものかもしれないですし、新しい技術に対する熱気もあったのかもしれませんね。思えばシンセサイザーがポップスに使われるようになった1980年前後も、シンセを使ったミュージシャンが次々と登場して音楽シーンは熱気に満ちていました。

コシ:そうですね。私がテクノをはじめたときはそういう時期だったのかもしれません。当時、レコードを買うのが楽しくて、Telex、Kraftwerk、Devo、Talking Heads、XTCなど、いろんなアーティストのレコードを買っていました。いまでもKraftwerkやTelexはよく聴きます。

1974年にシンセサイザーを大々的に導入した“Autobahn”を発表したKraftwerkは、テクノポップの源流とされているアーティストの1組

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―どれもテクノ / ニューウェーブを代表するバンドたちですね。コシさんの場合、そういったモダンなアーティストを聴きながら、同時に古い音楽も聴いていたのがユニークです。コシさんにとって、古い音楽をカバーする面白さはどんなところですか?

コシ:いまはトリオを中心にギター、トランペット、クラリネットなどを加えて、原曲のなかにある音の響きが蘇るようなものを作っています。『Frou-frou』(2001年)というアルバムでは、古いビッグバンドの音をシンセサイザーで再現する、ということもやってみました。

―そこで何か発見はありました?

コシ:すべてのパートをシンセサイザーで演奏し直すことで、それぞれの楽器が、どんな役割を果たしているのかが解明できたのは楽しかったですね。

あと、同じような楽器を使っていても、演奏したときの音と録音された音はだいぶ違うんだなって思いました。ノスタルジックな気持ちになる要素って、意外と録音されたもののなかにあるというか。真空管やマイクと関係があったりするんだろうなと思います。

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―以前、細野晴臣さんに取材したときも、同じようなことをおっしゃっていました。演奏やアレンジではなく、機材や音色がノスタルジックなムードを生み出す、というのも面白いですね。コシさんはいつも生楽器とシンセサイザーを違和感なく混ぜ合わせていますが、そこで注意されていることはありますか?

コシ:現代的な硬い音にはしないということですね。最近の管楽器とかピアノみたいにキラキラした音にせず、昔の録音みたいな音にするようにしています。

「現実って大変なことばかりでしょう? だから現実からできるだけ離れたところで作品をつくりたい」

―『秘密の旅』でも、テクノやシャンソン、ジャズが融合してジャンルや時代を超えたサウンドが生まれています。アルバムタイトルはコシさんが2018年に演出したバレエ公演と同じタイトルですが、何かつながりがあるのでしょうか。

コシ:その公演で使った曲も入っていて、「秘密の旅」をいまも続けているような気持ちでつくりはじめたアルバムです。でも、その途中でいまのような状態になってしまって

―旅の途中にパンデミックに襲われた?

コシ:そうなんです。それまでは音楽のことだけを考えていたんですけど、世界を見渡して、とても不安な気持ちになっています。

―音楽に集中できる状況ではないですよね。

コシ:みんな同じ時代を生きているんだけど、それぞれが見方も考え方も違うんだなって切実に思いました。いろいろ悩んだんですけど、やっぱり自分ができることをしようと思ったんです。自分に正直につくろうって。

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―純度の高いファンタジーであること、それがコシさんの音楽の魅力のひとつです。なのでパンデミックという現実の影響を受けずに音楽をつくるのは大変だったと思いますが、パンデミックのなかでつくられた曲はありますか?

コシ:“秘密の旅”と“Ma petite maman”です。“秘密の旅”は久々のテクノ、スウィングジャズ風。こんな時代になってしまって、一旦人間のことは置いておいて、リスの歌を作りました。小さなリスが小さい馬車に乗って毎日出かけていくという歌で、18世紀に戻ってリゴドンを踊ったり、古いミュージックホールでフレンチカンカンを踊ったり。時代や国を超えて、自由に旅をする愛の歌です!

―パンデミックのなかで、そんな曲を書かれていたとは。ネジを巻く音をアクセントにしたインスト曲“Hôtel ballerines”も、そんなファンタジックなイメージが膨らむ曲です。

コシ:どこか遠い国のはずれにある小さなホテルの部屋の鍵穴を覗くと3人の娘たちが椅子に座っていて、何やら秘密めいている感じ(笑)。

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―コシさんの曲は、そういう映像的なイメージから生まれることが多いのでしょうか。

コシ:ほとんどそうです。曲を作りはじめると映像が浮かんできて、それに導かれるように楽器の音色も決まるというか……。

―歌詞は最後ですか?

コシ:最後に死にそうになりながら書いてます(笑)。言葉は出てこないんです。物語が浮かぶこともありますが、必ずしもそれが歌詞になるわけではなくて。

―コシさんの歌詞はシンガーソングライターのように私小説的ではない。イメージのコラージュのような歌詞なので、その世界観を生み出すのが大変そうですね。

コシ:現実って大変なことばかりでしょう? だから現実からできるだけ離れたところで作品をつくりたいと思っていて、どんな言葉を使うのか、ずいぶん悩むんです。

とにかく思いついた言葉をどんどん書いていって、そこからいらないものを捨てていく。音楽をつくるときとは全然違うアプローチですね。できれば全部インストにしたいぐらい。

シンセや多重録音機など、80年代のテクノロジーによって手にした自由と解放

―でも、コシさんの曲は歌詞の世界も魅力的ですよ。フランス文学やヨーロッパ文化の香りがするのですが、多感な頃はどんな作家を読まれていたのでしょうか。

コシ:三島由紀夫、泉鏡花、谷崎潤一郎、中井英夫、遠藤周作、マルキ・ド・サド、ジョルジュ・バタイユ、ジャン・コクトーなどですね。日本の耽美派はある時期にすべて手放しましたが、ここ数年、三島由紀夫をふたたび読み返しています。

―そういえば以前、コシさんに取材したとき、「サドの本は落語みたいで面白い」とおっしゃっていて、コシさんらしいと思いました。ボーカル曲で魅力なのは、歌詞に加えてコシさんの歌声です。『マダム・クルーナー』(2013年)以降、コシさんはジャズの「クルーナー・スタイル」を取り入れていますが、ボーカルに関してはどんな点に注意されていますか?

コシ:マイクにどう声を響かせるか、ということを大事にしています。囁くだけではなく、音程を鳴らして強く歌いすぎないってことかな。感情的なところにメロディーを持っていかない。自分の声はサウンドの一部だと思っているので。

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―そういうボーカルの入れ方も含めて、コシさんは緻密にサウンドを構築されています。恐らく、そういうアプローチになったのはシンセサイザーを導入されてからではないでしょうか。今年6月にコシさんのテクノポップ期の名盤『Tutu』(1983年)、『パラレリズム』(1984年)がアナログで再発されましたが、当時、シンセサイザーのどんなところに惹かれたのでしょうか。

コシ:エンジニアの吉野金次さん(はっぴいえんど『風街ろまん』にミキサーとして参加した、日本初となるフリーのレコーディングエンジニア)と一緒にあるイベントに出たんです。

そこで「TEAC 144」という多重録音機を使って曲をつくっていく、というデモンストレーションをやったんですけど、それで多重録音の面白さにはまってしまって。そこからいろんなシンセサイザーを買って家で録音するようになりました。そしたら、ピアノの呪いから解放されたんです。

―ピアノの呪い! ゴシックホラーのようですね。

コシ:子どもの頃からピアノを習わされて、だんだん、「ピアノなんて好きだと思ったことないのに、なんで弾き続けているんだろう」と思うようになってしまって。多重録音で曲をつくるようになると、すごく楽しくてどんどん曲ができました。

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―その頃、コシさんはピアノの弾き語りのでシンガーソングライターとして活動されていましたが、シンセでつくった曲はまわりに認められず、孤独を感じていたそうですね。

コシ:周りの人に聴いてもらっても全然反応がなくて、絶望的な気分でした。自分でつくった膜のなかに入ってしまったような感じで黙々と曲をつくり続けていました。

そんなときに細野さんに聴いてもらったんです。細野さんが「これいいよ!」って言ってくれたときは、何を言われているのかわからないような状態でした。

―それで細野さんが主宰する「YENレーベル」に移籍して『Tutu』を出すことになるんですね。細野さん以外に周りでシンセに興味を持っているミュージシャンはいなかったのでしょうか。

コシ:いましたが少数派でしたね。テクノ / ニューウェイブを聴いていたのは一部の人で、その後、シンセを使った音楽がポピュラーシーンのメインストリームになるとは思いもしませんでした。

―大貫妙子さんが『ROMANTIQUE』を1980年に、加藤和彦さんが『うたかたのオペラ』を1981年に発表しています。どちらの作品もシンセを導入してヨーロッパ文化をテイストに取り入れていますが、当時こういった動きは意識されていました?

コシ:してないです。当時もいまも何かを考えながら(曲を)つくるということはなくて、そのとき、やりたいことをやるだけ。デビュー当時はピアノでつくっていたので、バンド経験もなく、アレンジについてもまだわかりませんでした。それが多重録音するようになったことで、そういった悩みから解放されて自由になったんです。

―曲づくりのプロセスが大きく変わった?

コシ:曲はずっと即興でつくってきたのですが、テクノをはじめたとき、ハーモニーから解放される感覚があったんです。ハーモニーって日本の音楽の歴史にもともとあったものではなくて、西洋からやってきたものなんです。

シンセサイザーを使いはじめた頃はモノフォニックで単音しか出ないので、メロディーを重ねていくことを楽しみながら覚えました。

いまから思えば、シンセサイザーは日本人にあっていた気がしますね。シンセサイザーは簡素な和音を弾くほうがスタイリッシュで輝いて聞こえるんです。それが新鮮でした。しかし、その後、私は複雑なハーモニーに取り憑かれてしまうのですが(笑)。

―即興的に曲をつくり、サウンドを緻密に構築していく。そういうコシさんの曲づくりのアプローチが、シンセと多重録音で可能になったわけですね。

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「映画を見たり本を読んだりするのと、音楽を聴くことに区別はない」

―今回、『パラレリズム』の次に出した6thアルバム『ボーイ・ソプラノ』(1985年)がリマスターされて配信されます。シューベルトの“野ばら”をはじめ、クラシックの歌曲をテクノなサウンドでカバーする、というコンセプトが斬新でした。

コシ:急に思いついて家でデモテープをつくったんです。遊びのつもりだったんですけど、それを聴いた細野さんが「面白いから、このまま出そうよ」って言ってくださってびっくりしました。シューベルトは子どもの頃から好きで、小さい頃は「ウィーン合唱団に入って歌いたい!」と思っていたんです。

―アルバムのジャケットではウィーン少年合唱団になりきってますね(笑)。

コシ:“野ばら”を歌ったとき、ボーイソプラノ風の声が自然に出てきたんです。子どもの頃に『野ばら』(1957年)という映画を母と一緒に見たり、母が歌う“野ばら”の伴奏をしたときの記憶が残っていたのかもしれませんね。

コシミハル『ボーイ・ソプラノ』を聴く(Apple Musicはこちら

コシ:そういえば当時、蜷川幸雄さんに「あの男の子のような声で歌ってもらいたい」と頼まれて、舞台『身毒丸』(蜷川幸雄演出版は、1995年に上演)のテーマソングを歌いました。

あと、映画監督のダニエル・シュミットさんがこのアルバムをとても気に入られて、来日されたときに声をかけていただいて映画や音楽の話をしたこともありました。

―音楽以外の分野にも反響があったんですね。『ボーイ・ソプラノ』と同時に『RODEO de PARIS』(1997年)もリマスター配信されますが、このアルバムはフレンチウエスタン風といった趣ですね。

コシ:子どもの頃から西部劇が好きで、『RODEO de PARIS』をつくるときは取り憑かれたように西部劇ばかり見ていました。西部劇に酒場のシーンが出てくるじゃないですか?

―はい。ガンマンやギャンブラーが酒を飲んでいる。

コシ:すぐに喧嘩がはじまっちゃうんですけど(笑)。その酒場でほんの一瞬、歌が聞こえるシーンが好きで。そういうシーンをイメージしながら曲をつくっていったんです。

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―イメージから曲をつくることが多い、というお話でしたが、映画からの影響は大きいんですね。

コシ:映画の風景や主人公に導かれてメロディーが浮かぶことは多いですね。

10代の頃はルキノ・ヴィスコンティ、ジャン・コクトー、ジャン・ピエール・メルヴィル、ルイ・マルといった監督の作品が好きでした。子どもの頃に見た深夜映画の影響も大きいです。ジュルジュ・フランジュ監督の『顔のない眼』(1960年)はいまでも大好きです。

映画を見たり本を読んだりするのと、音楽を聴くことに区別はなくて、そういうものに触れて気持ちが動かされる瞬間を、いつも楽しみにしているんです。

生きることはままならないからこそ、怒りや苦しみは自身の音楽には託さない

コシミハル“Le bal secret”を聴く(Apple Musicはこちら

―コシさんの音楽は少女が描く夢の世界のようにも思えるのですが、コシさんはどんな少女だったのでしょうか。

コシ:物事を複雑に考える子どもでした。ピアノを習いながら、自分は将来クラシックをやることはないだろうなってわかっていたんです。

そんななかで、年に2回、おしゃれをして越路吹雪さんのコンサートに行くのが楽しみだったんです。当時、いろんなことで悩んでいたんですけど、一度コンサートに行くと、しばらくの間、幸せな気分が続くんですよ。シャンソンや音楽に救われていたんです。

―子どもの頃から音楽は生きていくうえで欠かせないものだったんですね。子どもの頃の記憶は音楽をつくるうえで影響を与えていますか?

コシ:振り返ってみると、そうだなって思います。(今回のアルバムに収録されている)“Ma petite maman”は亡くなった母の曲で、父が育てたバラの花が揺れる小さな庭で母が歌っていたときの思い出を音楽にのせました。

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コシ:小さい頃、私はよく庭で遊んでいて、いろんな花を触ったり、土を触ったり、自然に触れていました。曲をつくっていると、そのときの記憶や感覚が蘇ることがよくあるんです。だから自分にとってすごく大事な時期だったんだなって思います。

―情景だけではなく、身体的な感覚も強く記憶に残っているんですね。そういえば、コシさんは子どもの頃から、音楽に合わせて踊っていたそうですね。いまもコンサートで踊られていますが、コシさんの音楽にダンスは欠かせない要素ですか?

コシ:はい。ダンスは「もうひとつのメロディー」です。舞台でそのメロディーを加えることで曲が完成する、と思っています。子どもの頃から椅子を使って踊るのが好きだったので、それが今のステージに繋がっているのだと思います。最も尊敬するダンサーはフレッド・アステアです。

フレッド・アステアは、1930年代から1950年代にかけてハリウッドのミュージカル映画全盛期を担い、世界のエンターテイメント史を代表するダンサー、俳優

編集部:今回の取材では、コシさんのキャリアにおいて重要な時期だった1970年代後半~1980年代のことも振り返っていただきましたが、自分の音楽を理解してもらうために戦ってきたというような感覚はありますか?

コシ:戦っている感じはなかったかもしれない。そのときにできる音楽を楽しみながらつくっていました。

―コシさんは音楽を通じて、記憶のなかにある庭のような幸福な場所をつくっているのかもしれませんね。

コシ:そうかもしれませんね。生きるってつらいことが多いし、思いどおりにならないことも多いでしょ。私は小さい頃から映画や音楽に助けられてきたんです。だから、音楽で苦しみを感じるものは作れないですね。

音楽で怒ったり、励ましたりするのもちょっと違うと思っていて。いまも続けているのは音楽が大好きだから。それだけなんですよね。

リリース情報
コシミハル
『秘密の旅』(CD+Blu-ray)

2021年9月15日(水)発売
価格:5,500円(税込)
COZB-1804/5

[CD]
1. Ma petite maman
2. Le bal secret
3. Bal petit bal
4. My heart belongs to daddy
5. Pastorale
6. Johnny
7. 秘密の旅 Voyage Secret
8. Hôtel ballerines
9. Domino
10. Lullaby of birdland- Lola ou la légende du pays aux oiseaux
11. Bonsoir chérie - Bonsoir chérie -Goodnight sweetheart-

[Blu-ray]
『VOYAGE SECRET “MADAME CROONER“SERIES DE LIVE AU DENSHO HALL』
1. Johnny
2. My heart belongs daddy
3. C'est si bon
4. Petit paradis

イベント情報
『マダム・クルーナー8「秘密の旅」』

2021年9月15日(水)
会場:東京都 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
料金:前売6,600円 全席指定7,100円
※未就学児童入場不可

プロフィール
コシミハル
コシミハル

1978年、自作の曲でデビュー。1980年代からシンセサイザーに傾倒し、「テクノポップの女王」として注目を浴びる。1990年代に入るとエスプリ精神を蘇えらせるべく古いジャズやシャンソンを取り入れた唯一無二の世界観を展開。また、バレエとダンスで綴られる舞台『Musique-hall』の演出・振り付けを手がけるなど、多彩な才能を発揮。2021年9月15日、6年ぶりとなるフルアルバム『秘密の旅』をリリースした。

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