
奇跡の再演。アピチャッポン『フィーバー・ ルーム』に熱狂する
響きあうアジア2019『フィーバー・ルーム』- テキスト
- 島貫泰介
- 編集:川浦慧、宮原朋之(CINR.NET編集部)
(メイン画像:Photo:Courtesy of Kick the Machine Films)
アピチャッポンの言う「境界の行き来」と東日本大震災
アピチャッポン・ウィーラセタクンは、2011年3月5日に日本公開された代表作『ブンミおじさんの森』(2010年)のインタビューで「境界の行き来ということには常に興味があります」と語っている(内田伸一「Apichatpong Weerasethakul|アピチャッポン・ウィーラセタクン|Film Director|Artist」PUBLIC-IMAGE.ORGインタビュー(2011)より)。
前世や来世を行き来できる主人公のブンミが腎臓を患い、妻の幽霊や人ならざる姿をした息子と再会した後、森の奥へと入っていく幻想的な同作は、まさに「この世」と「あの世」の境界の往来を扱っており、そのシームレスな死生観は、お盆やお彼岸の文化を持つ日本人にとってもなじみ深いものだ。東日本大震災の直前に同作が封切られたのはもちろん偶然だが、未曾有の被害となった震災以降、美術や文学において失われた人や物事への愛惜を主題とする作品がいくつも現れたことを思うと、その後の日本で起きたアピチャッポン作品への静かな熱狂は必然的にも思えてくる。
震災から8年が経ったいまでも、津波にのまれた多くの人たちの行方はわかっていない。残された家族や近しい人たちの気持ちを筆者がうかがい知ることは難しいが、別れのための明確な区切りや境界線を引けないまま、「遠くへ行ってしまった」という感覚を持ち続けている人もいるかもしれない。
アピチャッポンの言う「境界の行き来」を、実生活では体現できない。だからこそ、境界のこちらとあちらが、柔らかくなだらかに連続しているあり方を示す彼の作品は、人々を惹きつけるのだろう。
アピチャッポンが、はじめて舞台芸術の世界に足を踏み入れた『フィーバー・ルーム』
建築と映画を学び、映像インスタレーションも扱う作家として現代美術の世界にも歩みを進めたアピチャッポンは、2015年に韓国で初演された『フィーバー・ルーム』で、はじめて舞台芸術の世界に足を踏み入れた。しかし、それは「演劇」や「ダンス」といった人を中心とするものではない。ある種、「場」そのものが雄弁に語る、見たことのない舞台作品だった。
そこには、病院やメコン川、犬、眠る人など、これまでのアピチャッポン作品でも頻繁に登場してきたモチーフが投影される。これらは彼の故郷であるタイ東北部のイサーンの風景であるらしい。
どこに行っても車とバイクと人に溢れ、喧騒の絶えない交通渋滞と人口過密の首都バンコクと比べて、そのおだやかな風景はまるで別の世界のようだ。しかし、彼の作家としての問題意識を知る人にとっては、それは単にのどかな田舎の風景としてだけ映るのではない。タイ国内でも貧しく、共産主義運動が盛んだった1970年代の同地方では、同運動に参加した学生活動家だけでなく一般の人々までもが政府によって迫害・虐殺の対象となった。そういった見えない歴史が、これらの映像には静かに刻まれている。
イベント情報
- 国際交流基金アジアセンター
響きあうアジア2019『フィーバー・ルーム』 -
ディレクター:アピチャッポン・ウィーラセタクン
会場:東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
公演日時:2019年6月30日(日)~7月3日(水)
開演時間:12:30 / 16:00 / 19:30(各日3回公演)
上映予定時間:90分
定員各回:180席
料金:
一般 前売4,000円 当日4,500円
25歳以下 前売2,500円 当日3,000円
※整理番号付自由席
プロフィール
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
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アーティスト/映画作家。「記憶」を扱う彼の作品は、個人レベルのポリティクスと社会問題を繊細に反映している。タイの映画産業には属さず、タイ内外で実験的でハイブリッドな物語映画を活発に制作。アート・プロジェクトと劇場映画で広く評価を高め、数々のフェスティバルで受賞。カンヌ国際映画祭パルムドールの他、最近ではオランダのプリンス・クラウス・アワードや英国のアルテス・ムンディ賞を受賞している。