『パブリック 図書館の奇跡』が描く、公共施設と疎外された人々

すべての人に開かれた場所であろうとする、公共図書館のあり方

アメリカには、契約している公共図書館の貸し出しカードを持っていればオンラインで映画を無料視聴できるカノピー(Kanopy)というサービスがある。利用者の代わりに施設が費用を負担するため近年ではそれに耐えられなくなって取りやめる所も出てきているものの、それは幅広いラインナップを揃え、たとえDVD機器を持っていない人でも利用できるほか、教育用の映像資料ライブラリーとしても機能している。このことからもアメリカの図書館ではより公共サービスの意識が強いように感じられる。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』でフレデリック・ワイズマンは、現代の図書館および図書館員が担う文化的役割にカメラを向けた。著名人のトークショーや読書会、演奏会から、課外授業、就職支援プログラム、歴史セミナー、パソコン講座、シニアのダンス教室など多様な講座が催され、職員たちは、すべての人が平等に情報にアクセスすることを促進し、誰も社会の中で孤立することがないよういかに図書館が役割を果たしていけるか、会議で日々討論を交わす。米国の図書館は単なる本を貸し出す書庫ではない。19世紀の終わり、大富豪アンドリュー・カーネギーの寄付によって全米各地に図書館が作られたが、現代では技術の発展から取り残された人々も包括するデジタルインクルージョンを志向し、家にネット環境のない人々の拠り所としても存在しているのである。

フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

公共施設と疎外された人々、社会と個人の関係。ホームレスの避難所となった図書館の物語

『ブレックファスト・クラブ』(1985)で高校の図書館で居残りを命じられたジョックスを演じたエミリオ・エステベスが、およそ35年の時を経て、監督・脚本を務める『パブリック 図書館の奇跡』では、エステベス自身が実直な図書館員スチュアート・グッドソンに扮して図書館に籠城する。『ニューヨーク公共図書館』が取り上げた問題の中でも特に公共施設と疎外された人々、社会と個人の関係に着目する。

図書館は誰をも平等に歓迎する開かれた場である一方で、利用者同士の要望が衝突する場でもある。オハイオ州シンシナティの公共図書館で働くスチュアートは、公共施設たる責任と利用者が快適に過せる環境作りとの間で、図書館員として道徳的な葛藤を抱えている。彼は、利用者からの苦情によって体臭を理由に精神疾患を抱えたホームレスに退館を要請してしまったことが原因で失職の危機にある。

『パブリック 図書館の奇跡』 © EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

そんな最中、路上で凍死者も出るほど大寒波の到来した冬の夜、街の避難所も満杯で行き場のないホームレスたちは、暖かいスペースを求めて集団で図書館の占拠を企てる。閉館時間になってもバリケードを張る彼らに巻き込まれたスチュアートは、これ以上問題を起こしたくないために最初は抵抗しつつも次第に手を貸していく。図書館はホームレスの避難所となり、図書館員はソーシャルワーカーと化していくのである。そこに警察や報道陣が駆けつけ、すぐさまキャリア主義の市長候補の検察官(クリスチャン・スレーター)や警察のベテラン交渉人(アレック・ボールドウィン)、地元のテレビレポーター(ガブリエル・ユニオン)らが関与することで、事態は政治とメディアを巻き込んだ混乱に陥ってしまう。

興味深いのは、図書館で行われているのは平和的な立てこもりであるにもかかわらず、協力したスチュアートはいつしか人質を取った占拠事件の扇動者に仕立て上げられてしまうことだ。権力者は政治的な利益のために騒動を利用し、マスコミはセンセーショナルに盛り上げるために状況を歪曲する。エステベスは、報道がときに他者を犠牲にしてまで自分たちに都合のいいように物語を捏造しさえする姿勢を指摘しているのである。

『パブリック 図書館の奇跡』 © EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ロバート・F・ケネディ暗殺当日を描いた『ボビー』と通じる、エステベスのまなざし

エステベスは、この物語をおよそ12年前から構想していたという。それは彼が監督した前々作『ボビー』(2005)の直後にあたる。1968年、ロバート・F・ケネディ(愛称ボビー)暗殺事件の当日にアンバサダーホテルに居合わせた人々を描いたその群像劇のための調査をロサンゼルスの図書館で行っていた際に、エステベスは、本作の基となったソルトレークシティ公共図書館の元副理事チップ・ウォードのエッセイに出会ったのだ。本来は、『ボビー』の次作となる予定で2008年には企画が立ち上がっていたものの、資金調達に頓挫してしまったため、父マーティン・シーンと親子役で共演し、息子テイラーも製作に携わった(彼は本作の共同製作も担っている)別企画『星の旅人たち』(2010)に取り掛かったわけだ。実際、『パブリック』の主題は、カリスマ的政治家の精神を称えた『ボビー』の関心の延長にある(ひとつの場所を舞台に、アンサンブルによってある1日を中心に描く構成も引き継いでいる)。どちらも民主主義について、アメリカについての映画である。

エミリオ・エステベスの2005年の監督作『ボビー』予告編

『ボビー』では、キング牧師が暗殺された翌日、1968年4月5日、ロバート・ケネディが死の2か月前にオハイオ州クリーブランドで行った演説「心無い暴力の脅威について」をフィーチャーしていた──「あなたと異なる者が、あなたの自由を侵害し、仕事を奪い、家族を脅かすのだと教えれば、あなたもまた他者に対して、同胞ではなく敵として映るのです。協調ではなく力によって征服し、従属させ、支配すべき相手として。やがて私たちは同胞をよそ者として見るようになる。同じ街にいながら共同体を分かち合わず、同じ場所に暮らしながら、同じ目標を持たぬ者として、共通するものは恐れとお互いから遠ざかりたいという願望、考え方の違いを武力で解決しようという衝動だけになってしまう」

長い間ケネディ家の支援者である父を持つエステベスは、「ロバート・ケネディの死はアメリカの良識の死」であり、「20世紀で最も重要な出来事のひとつ」だったと語っている。ベトナム戦争や公民権運動など混迷を極めた動乱の1968年に、黒人と白人、若者と老人、富裕層と貧困層などアメリカの溝を埋めるべく理想主義を掲げた彼に再び焦点を当てることは、彼にとって重要だったに違いない。それは、ドナルド・トランプが米国大統領に就任して以降、ますます貧富の格差や分断が進む時代に一層アクチュアルな響きを持ち、ここに『パブリック』へと通じるエステベスが抱く理念の核心があるだろう。本作で描くマイノリティの連帯と抗議へのまなざしはブラック・ライヴズ・マター運動とも呼応しさえするものだ。

ラッパー、ライムフェストの参加。ホームレスだった自身の父の経験を反映したキャラクターに

あるいは、冒頭に流れるラッパーのライムフェストの“Weaponized”は、あたかもそれに返答しているかのようでもある。この曲の中で米国のナショナリズムを警告しながら、彼はスピットする。「偏向する報道ついに禁じられた搭乗/この俺が爆弾犯?/報復は連鎖する/妬みが人を煽り生まれるエネルギー/いま会いに行くぜケネディ家/ロスチャイルド世界中の大富豪/そうこれは平和のための戦い」

ホームレスの一人、ビッグ・ジョージ役で出演もしているライムフェスト“Weaponized”

なお、書き下ろし曲を提供し、出演もするライムフェストの存在には意味がある。彼と父親の再会を描いたドキュメンタリー『In My Father's House』(2015)を見たエミリオ・エステベスの母親、ジャネット・シーンが息子に電話をかけ、ライムフェストの出演を勧めたことを機に、彼はビッグ・ジョージというホームレス役で出演することになった。ライムフェストの父親は、アルコール依存症と闘いながら、35年間、路上やシェルターで生活を送っていたホームレスだったのだ。ジョージは祖父の名であり、ホームレスだった父の経験を反映したキャラクターとして、彼は映画に与しているのである。

右がライムフェスト演じるビッグ・ジョージ © EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

個人主義やセーフィティネットからこぼれる人々を排除しようとする姿勢は日本にも

また、本作から連想させられる同時代の映画のひとつが、行政の決定により閉鎖が差し迫った女性用シェルターでのホームレスとソーシャルワーカーの交流と不服従を描いた2018年のフランス映画『社会の片隅で』だ(ソーシャルワーカー役を職業女優、ホームレス役を実際のホームレス経験者が演じる)。この原題は「Les Invisibles」=見えない人たちであるが、約7人に1人が相対的貧困という状況下のフランスで100万人以上を動員した。どちらも福祉に対する主張を抑制しつつ、ケン・ローチのように現実の社会問題をユーモアを交えて描く共通点があると言える。この映画の監督ルイ=ジュリアン・プティは、「日本にはホームレスを表す日本語がない。その状況は現実にあるのに、それはまるでその問題が存在していないかのように捉えられているのではないか」と指摘していたことが思い出される。約6人に1人が相対的貧困である日本は、むしろ路上生活者をより「見えない人」として扱っているような実感すら抱かされる。

昨年10月、台風19号に見舞われた最中、東京台東区の避難所でホームレスの被災者が受け入れ拒否されたことは記憶に新しい。今年6月には、コロナ禍で大雨の中、都がホームレスへの炊き出しや食料配布を行う支援団体を都庁敷地内から退去させた例もあった。安倍晋三の政権下、日本でも自己責任論は強まり、個人主義や削減されるセーフティネットからあぶれた人たち、「見えない人たち」を排除しようとする姿勢が見受けられる。米国では実際にホームレスがバス停などで凍死した事例もあるが、『パブリック』におけるエステベスの視線はずっと誠実で温かい。

『パブリック 図書館の奇跡』 © EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

しかし一方で、劇中に登場するホームレスが男性ばかりであること、元来スチュアート以上に環境への意識が高い同僚のマイラ(ジェナ・マローン)も、スチュアートが好意を寄せるアパートの隣人アンジェラ(テイラー・シリング)も彼の戦いのサポート役に徹すること、そして事件そのものよりもそれがSNSでバズることに一喜一憂し、最大の注目を集めるため事件が悲劇になることすら願う記者が女性であることには、ある種ジェンダーバイアスがあるのではないかと思える。あるいは、白人がアフリカ系が多いホームレスたちを救う「白人の救世主」的な構造に陥っているとも見られるかもしれない。

『星の旅人たち』の主人公トム(マーティン・シーン)がそうであったように、当初は様々な問題を抱える他者を気にかけなかったスチュアートは、コミュニティの一員になるよう変貌していく。エステベスは、本作のインスピレーションの源として、劇中でリファレンスのあるジョン・スタインベックらと並んで、父親の名をクレジットしている。社会問題への抗議で68回逮捕されてきたリベラルな父とはまた異なるやり方で、映画を通して、エステベスは社会問題に目を向けさせ、スマートに抗議デモの決着をつける。その秘策は、冷笑的で独善的な政治家やマスコミの悪巧みを無効化させるのである。

『パブリック 図書館の奇跡』予告編

作品情報
『パブリック 図書館の奇跡』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中

製作・監督・脚本:エミリオ・エステベス
出演:
エミリオ・エステベス
アレック・ボールドウィン
テイラー・シリング
クリスチャン・スレーター
ジェフリー・ライト
ジェナ・マローン
マイケル・ケネス・ウィリアムズ
チェ・“ライムフェスト”・スミス
上映時間:119分
配給:ロングライド



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