コラム

「フジワラノリ化」論 第14回 押切もえ 知的路線へのモデルウォーキング 其の一 薄いコンプレックスをいかに厚くするか

「フジワラノリ化」論 第14回 押切もえ 知的路線へのモデルウォーキング 其の一 薄いコンプレックスをいかに厚くするか

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)
2010/09/17

其の一 薄いコンプレックスをいかに厚くするか

いつものようにヘビメタ雑誌の原稿を書いているとどうにも進まなくなったのでテレビをつける。一昨年のジュノンボーイが趣味は読書ですと言いながら自宅の本棚を紹介している。「名言セラピー」「超訳 ニーチェの言葉」……、映像がスタジオに戻った途端、彼は「結構、自己啓発系が多いんすけどね、趣味はこれしか無いっす」と繋ぐ。回りの芸能人たちはそれなりに感心している。勘違いしてほしくないが、別に「名言セラピー」をバカにするわけではない。ああいう本が体に通る人にとってはとても有意義なのだろう(あれま、バカにしてるのか、これは)。むしろ、バカにしたいのは、「趣味は読書」と「名言セラピー」を繋げてしまう事への躊躇が見られないこのジュノン氏に対して、である。よく分からんけども、美術が大好きですと言われてラッセンの絵を差し出されたような、目も当てられない恥ずかしさが、視聴者であるこちらに伝わってくるのであった。

女性誌というのはいつの時代も、「流行を作ろうという意識」と「流行を掴んでおこうという意識」が併存する媒体である。双方がミックスされて世の最先端を気取る。だからこそ個人的に女性誌の定点観測が止められずにいるのだが、いつのころからか、その最先端が、新商品云々よりも、モデルの私生活に求められるようになった。バッグをひっくり返して見せる、というのがその定番企画なのだが、そのカバンからこぼれ落ちてくる「本」に注目してみると、そのラインナップったら、いっつも画一的なのだった。傾向は3つ。1つは上記のジュノンボーイのような自己啓発系。2つ目はここでも美容やらファッションの本。スタイリストやらメイクアップアーティストの自伝の類いも多い。3つ目は、駅ナカの書店でドカ積みされているような小説。東野圭吾、石田衣良、江國香織といった辺りだ。バッグからこぼれ落ちる本は必ずその3つのどれかなのだった。これを自分は、なんてつまらんのだと、せせら笑ってきた。

だから、押切もえが「太宰治の作品に何度も助けられました」と漏らし始めたとき、ほほう、なかなかマーケティング能力に長けた人だなあという印象を持った。他のみんなと違う、という印象を創出させようと試みる際、人は大抵突拍子も無い地点を探す。しかし、人気者は違う。地点はそのままに、自らに向かう新しい視線を増やしていく。とってつけたようであっても、実は前から、であっても構わないが、自分がそのままの場所にいることが重要だ。でないと、既にいた顧客が離れていってしまう。押切もえが、太宰治がずっと好きだったと漏らすことは、その意味において巧妙だった。古典文学は、これまで幾人ものモデルがカバンをひっくり返しても全く出て来ないジャンルだった。少なくとも彼女の主戦場である「CanCam」やライバル誌「JJ」「Vivi」といった、いわゆる赤文字雑誌では出てきやしなかった。彼女はその新しさを、自己啓発本から受け取る効能と同様のものを与えてくれる、つまり、これで助けられてるんです、という文脈の中で用いた。これもまた新しかった。これまでの押切もえの顧客はそのままに、太宰治という唐突さを自分のフィールドで咀嚼していく事で、新たな顧客を吸い寄せたのである。

「フジワラノリ化」論 第14回 押切もえ

昨年2009年は太宰治生誕100周年だった。数多のテレビ番組や関連書籍を浴びる中で、押切もえの名をそれらの中で度々見かけることとなった。同じく昨年、彼女は自著を新書で刊行した。タイトルは「モデル失格」。言うまでもないが太宰治の「人間失格」に依拠したタイトルである。NHKで放送された「私の1冊 日本の100冊」に出演し「人間失格」を挙げた押切もえは、この本に対する思いをこのように語り残している。「傷つきやすい思春期の戸惑いの中でこの本を読んで、自分と同じ思いの人が他にも居たんだと思いました。そういう事がすごく心の支えになりました。太宰治の文章はどんな時に読んでも、何か光る言葉、響く言葉があって、私はそれに何度も助けられました」。読解力を計測する事は容易ではないが、このコメントの場合、太宰の部分を○○として、その○○を何に替えてしまっても可能になってしまうであろうと想定できる以上、その読みは残念ながら相当に浅い。太宰じゃなくても、ニーチェでも、夜回り先生でも変わらない。本でなく音楽でも良しとすれば、尾崎豊でも長渕剛でも当てはまる。しかし、彼女は太宰に固執する。「モデル失格」を読めばすぐに分かるが、その裏には自身の挫折体験とそこからの努力が通底している。その挫折と努力を支えたのが太宰の作品だった。

それでは彼女が体験してきた挫折とは何なのか。「モデル失格」を開いてみる。高校生時代、初めてギャル系の雑誌に登場、その後お姉さん雑誌への転向をはかるが失敗。この頃、モデルとして食べていく事ができず、ケーキにイチゴを乗せる工場のバイトなど、過酷な労働環境での仕事を繰り返す。ようやく軌道に乗ってきた所で、大切な友人が事故で亡くなってしまう。その悲しみを乗り越えて「CanCam」でブレイク。しかし、人気絶頂の時に、頸椎を損傷するという事故に見舞われてしまう。その困難を越えて、現在に至る……というわけだ。「モデル失格」を読んでいると、人気が上昇してきた頃に首を骨折、の一件を何度も使い回してくる。正直、もういいよ、と思うのだが、懲りずにまた出てくる。その感度は人と自分は違うのだから、何であろうとショックの大きさを比べることはできない。だからこそ、そんなことくらいで、と嘲笑は出来ないし、逆に共感の度を超して悲しみ合うことも適当ではない。だから、押切もえのこのストーリーを、「そんな大したこと無いんじゃないか」と言い切ったとしても、それは結局、ものすごく個人的な所へと漠然と回収されるだけだ。色々大変だった、という個人的経験を、いかに大衆へ広げていくかというミッションにおいて、この「漠然」の連鎖は実に有効だ。いくらこちらがそれってどうよと投げかけても、何言ってんのもえちゃん超大変だったんだよと言われれば、返す言葉は無くなる。この不幸体験は今週オリコン何位という設定が出来ないだけに、自由に浮遊する。その浮遊を、押切は太宰治というクラシカルな不幸人にリンクさせることで、強固に象ることに成功した。これはなかかな巧み、である。

先日出した新しい本でも、早速、30歳になってからも色々大変だったと彼女は書く。常にコンプレックスが用意されていく歩みには、おおオイラもそうでっせと共感はするが、それを劇的なものとして他者に植え付けようとする行程には首を傾げてしまう。コンプレックスを打破する方法を、人は知りたい。その欲求はおそらくずっと消えないだろう。名言集が、「名言集」ではなくて「名言セラピー」なのは、どうして打破出来ないのかと抱え込んだ頭にセラピーとして振りかけて一時お茶を濁すことが出来るからだ。押切もえは自らの不幸を太宰と接着させた。コンプレックスを打破する努力をゴリ押しされると、こちらは萎える。「モデル失格」で書き記していることは実はそれに他ならないのだけれども、「弱さゆえに転落していく(「人間失格」の)主人公の人生と、私のモデル人生には、どこか似ているところがある」と始められると、ひとまず口ごもるしか無くなるのである。「人間失格」が「恥の多い生涯を送ってきました」から始まることを考えると、この癒着はなかなかに、良く出来ている。横浜ベイスターズが優勝した途端に、ファンでしたという顔を始めた佐藤藍子や、サッカー大好き女優として突然浮上した片瀬那奈のような、突貫工事のネタではない。それなりに寝かせただけのネタではある。総タイトルにもあるように、この押切もえ論は、知的路線を視野に入れた彼女が果たして現在の顧客をそのままにスライドしていくことが出来るかどうか、という狙いを精査していくことになるだろう。次章では、その知的路線への道程として押切もえが選んだ媒体が新書であり、「AERA」であった、つまり、「知識欲があるけども、そこまで専門的ではなくて…」という媒体に狙いを定めたという彼女の選択から、押切もえのマーケティング能力について話を広げてみたい。

……初回原稿を書き終えてネットを開くと、谷啓の訃報が目に入ってきた。「釣りバカ日誌」を中学生の頃から劇場で見続けてきたから、とてもショッキングなニュースだった。いくつかのリンク先に飛ぶと、あのアイドルグループのMAXが、『今朝、急死した俳優・谷啓さんの訃報を受け、リーダーのNANAは、この日も披露した彼女たちの代表曲「Ride on time」のサビの手の振り付けが“ガチョーン”の動きから取ったものであることを明かし「いつか一緒にやりたかったけど…」と故人を偲んだ』という(ORICON STYLEより)。実に愚かである。なんでも自分たちのご飯にしようというのは、対象に失礼だ。こんなのと比べれば、押切もえの策略は考え抜かれている。……思わず、あまりの浅はかさに追記してしまった。

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