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「フジワラノリ化」論 第9回 石橋貴明 毒舌の賞味期限をめぐって 其の四 とんねるずからロンブーへ、口撃する体力と組織力

「フジワラノリ化」論 第9回 石橋貴明 毒舌の賞味期限をめぐって 其の四 とんねるずからロンブーへ、口撃する体力と組織力

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)
2009/11/26

其の四 とんねるずからロンブーへ、口撃する体力と組織力

石橋の毒舌は、対象に丁寧である。そして、その素材の魅力を掘り起こす機能を持っている。放り捨てるようなことを言っておきながら、的を射たそれが本人の個性を引っ張り出していく。例えば、モーニング娘。の成功は、「うたばん」での石橋とのやり取りの中で培われたキャラクター設定の妙に依る部分が大きい。キレイどころを揃える、ある一定の年齢にまとめる、という従来のアイドルの論法から意識的に逸れるように組まれたアイドルグループの雑多さを、石橋は丁寧に汲み取った。順当に一番人気だった安倍なつみを愛でつつ、二列目でムスッとしていた飯田香織、同じく後ろの方で、私も私も、と顔面を押し出してきていた保田圭にそれぞれキャラクター付けして調理していった。素人いじりで慣れた術は、素人っぽさを引っ張り出してアイドルとしてのキャラクタライズを進めるという、一歩先のテクニックを見せつけた。そのテクニックを石橋はあくまでも平然とやってみせた。「私はプロなの」と張りつめた自意識で力んでしまう皆々を、ひとまずアマチュアに戻らせて、その段階で出っ張ってくる所を掴みとってプロへの素材としてしまう。しかもそれが美貌とか美声ではなく、「うるさい」とか「あんまかわいくないっしょ」とか「もうイイ歳じゃん」というような、従来の減点対象を加点要素に変換させた所に、石橋の凄みがあった。

「フジワラノリ化」論 第9回 石橋貴明

毒舌とは、芽を摘み取ってその更地で動揺するリアクションを楽しむ芸当であったのが、石橋の毒舌によって、毒舌は、花開かせるチャンスになり得ることを知った。言ってみれば、アントニオ猪木にビンタされて喜ぶという、あの儀式に近いものがあった。痛い目は決して痛いだけではなかったのだ。モーニング娘。が石橋参りをするかのように毎度登場し、その度に個々人のキャラクターを確立させた。あの頃は石橋の力量が適切に機能していた。人そのものを弄んでいるように見せかけながら、あれは実の所、人そのものではなく、人の浮き沈みを弄んでいるのであって、新人アイドル達に向かっては、その彼女らの「浮き」方に考えを及ばせていたのだ。それは、なかなか出来ることではない。

ロンドンブーツの田村淳は、石橋貴明のやり口と近似しているように見える。人の心を弄んでいるかのように見せかけて、そこにいる全ての人をまんべんなくフォローしていく。出っ歯をキラリと光らせて悪巧みを繰り返していく彼の姿には、石橋の姿がちらつく。結婚出来ない女性芸人がいれば、先輩だろうが何だろうが意識的に下品な言葉を投げかけていく。少しでも対立の分子を見つければ、油を注いで火をつけてバトルを勃発させる。勃発したころに振り返ると、淳はいつの間にか観客席にいる。ニャニヤとその対立を客観視して楽しんでいるのだ。ロンブーの番組が、PTA辺りからの精査無きお叱りを受けているようだ。あそこで行われている芸当は、単に下品とか、単なるイジメとか、「単なる」を付けられるものではない。非常に卓越した話法による関係構築が成されているとするべきだ。橋田壽賀子ドラマや水戸黄門のように、全くグラつかない内容も大事だが、悪巧みを飛躍させ続ける毒舌を、単純なアプローチではないと認めていくことは、そちらが言う「教育」の概念とやらに置いても必要だ。「いつもお決まりの風景」よりも「何とかして面白くしてやろうとする魂胆」のほうが、子供には悪影響では無いと思うのだがどうだろう。例えばどこかの子供が、「父母兄妹による家族ドラマの珍道中を家族のクラシックな形態として見せ続けられている。片親の僕はどうしたらいいのでしょう」という悩みを誘発している可能性だってある。これは普通とか、まあ安全な内容と思い込んでいる対象のほうが、「そうではない人」にとっては危険分子なのだ。石橋や淳の毒舌は、むしろ温かみを帯びている。放送倫理何ちゃら協会はそこら辺を分かっていない。そんな声は届かないだろうけども、「あー昨日のロンブーくだらなかったよなー」から始まって、ああ今日も何とかやってみっか、に至る学生や社会人はごまんといるのだ。

毒素を盛り込んで進行していく能力を問えば、現在の石橋は淳に引けをとるかもしれない。淳にあって現在の石橋に欠けているもの、それはファミリーである。ヘキサゴンがあそこまで成功したのは、単なるクイズ番組に終わらせずにファミリーを発生させたからである。島田紳助が見せようとする「自己統率能力を周辺に撒き散らし相手の頷きを待って仲間内に連れ込む」アプローチって、余り現代的ではないのだが、今回、島田紳助はあまり前に出てこなかった。少なくともファミリーの構築作業の首謀というより、フィクサーの立ち回りだった。そして出来上がったファミリーには「地方の元ヤンと仲間達がジャスコに集結した」かのような親しみやすさがあった。淳にファミリーは無い。ただし、青木さやかや青田典子やmisonoら、何となくしょっちゅう彼の周りに出てくる面々からは、「最近確かにあいつら(ヘキサゴン)が幅を利かせてるけど、うちらはもっと前からここら辺にいたし」というような、朽ち切ってはいない自己を誇示する場末感が漂ってくる。これもまたファミリーの一種であり、むしろその「朽ちかけているが朽ち切ってはいないという鮮度」が、淳にとっては絶好の材料になるのだった。石橋は、「うたばん」でのモー娘。以降、新たな具材を調理することに専念しすぎた。そこに喜びを感じすぎた。その具材が、自身以外にも積極的に調理し始められると、どうにも石橋のアプローチだけが先鋭的では無いように見えてしまった。そこで彼は、損をする。いつのまにか、ファミリー化はおろか、組織力の低下を呼び込んだのである。

新しいものをそれなりのものにするやり方が、茶の間主導ではなく、ギョーカイ主導になっている。その中で、素人いじりから派生させてきた石橋の芸当は、それなりのものをそれなりではなく抵当に扱うやり口と非難されがちである。そんなことは無いのだ。淳が、自分に近しい、やや場末に住み着いたことを、石橋はどう考えているのだろう。もしかしたら羨ましがっているかもしれない。イジって使える体つきにしてやって、さあどうぞと稚魚を離してしまう、ファミリー形成に向かう意識の低さが、石橋貴明が苦しんでいる大きな理由なのである。

次回は最終回、「まとめ:石橋を叩いても渡れない」と題して、これからの石橋貴明はどうあるべきか、その部分を提示しながら、石橋貴明論をまとめにかかりたい。

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