『裏切りの街』松尾スズキインタビュー

1988年に「大人計画」を旗揚げして以来、常に時代を先行してきた松尾スズキ。そんな彼が、5月7日(金)よりPARCO劇場にて公演が行われる『裏切りの街』(作・演出 三浦大輔)に出演する。現在公演中の舞台『農業少女』では野田秀樹作の戯曲を演出し、新作小説『老人賭博』は前作『クワイエットルームにようこそ」に続き芥川賞候補作になるなど、多才ぶりにますます注目が集まる彼。今回は『裏切りの街』についてのお話を軸に、幅広いテーマについてお話を伺うことができた。ユーモア感覚あふれる語り口に、時折厳しいベテランの顔を覗かせる彼の全貌に迫る。

(インタビュー・テキスト:松井一生 写真:安野泰子)

三浦君には、他の若手にはない「黒さ」を感じています

─それではまず、現在出演を控えている、演劇ユニット「ポツドール」主宰・三浦大輔さん書き下ろしの最新作『裏切りの街』について伺いたいと思います。『裏切りの街』は、無気力なフリーターと専業主婦が出会い系サイトで知り合い、互いにパートナーがいるにも関わらず不毛な浮気を繰り返す、という内容だそうですね。松尾さんは妻に裏切られるサラリーマンの役柄をされるそうですが、松尾さんご自身のサラリーマン経験も活かされそうですか?

松尾:公演前なので、まだ何とも言えませんが…。自分がかつて勤めていたのは印刷会社だったので、ちょっと役柄のイメージとは違うかもしれませんね。

─三浦さんの作品には、あらすじを見ても分かるように過激な内容のものが多く、それをリアルな演出で描くという手法に人気がありますね。

『裏切りの街』松尾スズキインタビュー

松尾:そうですね。三浦君の芝居って、観客席が物凄く地味なんですよ(笑)。まるでドキュメンタリー映画の会場みたいに、ジャンパーを着たオジサンが多い。一般的に、演劇といえば女の子の方が多く来てるのに、三浦君の舞台を初めて観た時、周りに男ばっかりでびっくりしましたよ(笑)。あれは新鮮な体験でしたね。

─同じ演劇人として、三浦さんの演劇をご覧になった感想はいかがでしたか?

松尾:どこか横並び感のある今の若手の中でも、三浦君の演劇は数少ないつきぬけたものでしたね。「普通そこまでやらんだろ!」っていうところを、軽々と乗り越えていってしまう。だから、今回も出演したいと思ったんです。例えば『夢の城』(2006年)という作品なんて、ファンタジーなのに台詞が一つもないという超冒険的な内容でした。それも岸田國士(戯曲)賞をとった後(裏風俗店での乱交パーティに集う男女の会話を、超リアルな会話で描いた『愛の渦』で2006年に同賞を受賞)でやっちゃうんですよ。そういうことをやるイタズラな気持ち、悪意と言えばいいのかな、そこに他の若手にはない「黒さ」を感じています。

「おもしろい」は、諸刃の剣

─最新演出作の『農業少女』は、野田秀樹さんがかつて作・演出された舞台ですが、それを10年後の現在に演出する際、何か内容の変更などはされましたか?

松尾:微調整をした程度ですかね。今や死語になってしまった「朝シャン」などをカットしたぐらいです。内容は普遍的な性質のものですからね。

─本作は、農業を捨てた少女がまた農業に出会うという内容の戯曲ですね。チラシに記載されている松尾さんのコメントには「おもしろく演じていただくことに力を注ぐ」とあります。

『裏切りの街』松尾スズキインタビュー

松尾:自由に演じさせようと思えば、いくらでもそれができる戯曲なのですが、かえってその自由さが怖い。そこで、皆の共通認識として、漠然と「おもしろい」という柱を立てたという感じです。ただ、この「おもしろい」もじつは諸刃の剣で、やりすぎると単なる「下品」になってしまう。そうならないために、稽古場では僕自身の品位に気をつけているんですね。僕の動き方や会話の内容ひとつとっても、それが「下品」だと芝居も自ずとひきずられてしまう。稽古中の空気を演出するのも、演出家の仕事のひとつですからね。

─なるほど。それはかなり繊細に気を遣われるのでしょうね。その他に、演出する際に意識されている点はありますか?

松尾:僕がお手本として役者に芝居を見せてしまうと、かえって彼らの制限をしてしまうことになるんです。そのため、演じてほしいことを声音や別の動きにたとえて伝えるように気をつけています。ただ演出に熱が入ってくると、どうしても僕自身が演じてしまうこともあるので、そうなってしまった場合は「こんな感じの気分でね」と補足しますね。

─役者が表現できる範囲を、できるだけ広げておくことが重要なんですね。

松尾:そうですね。それから、時には「無茶振り」をしてみることも大事です。例えば、大人計画の皆川(猿時)なんかには、(椅子の背もたれと座面の僅かな隙間を指差して)ここに滑り込んでみて、なんて言ってみる。できるわけないんですけど(笑)、やらせてみる。その無茶をやろうとする動きがシュールでおもしろいんです。そういった、未知な要素をどんどん取り入れていくことで、説明的でない舞台を作りたいんですね。

人として「おもしろい」のと、役者として「おもしろい」のは違う

─松尾さんは、役者さんの隠れた魅力を引き出すのが巧みですよね。昨年の夏BSジャパンで深夜放送した『美しい男性』は、イケメン男子を変態野郎に変えるという、松尾さんの技が全面に出た興味深い企画でした。

松尾:昔から素人を集めて劇団をやっていたので、役者の技術ではなく、眠っている才能を引き出す方向に、すごく頭を使っているんですよ。その経験が『美しい男性』では役に立ったのかもしれませんね。

─役者さんの眠っている才能は、一見してわかるものなんでしょうか?

松尾:勿論、演じさせてみないとわからないけれど、人としておもしろいということと、役者としておもしろいということは違うんですね。長年付き合ってみて、ようやく人間性が見えてくる人の方が、おもしろい演技を見せてくれる場合が多いと言えるかもしれません。初めから「自分のおもしろさ」で勝負できる人って、なかなかいないんですよ。

─ところで、松尾さんがこれまでに衝撃を受けた役者さんはいらっしゃいますか?

松尾:野田(秀樹)さんと柄本(明)さんには、凄く衝撃を受けましたね。若い方々では、まだ阿部(サダヲ)と荒川(良々)を超える衝撃的な俳優には出会っていないというのが正直な感想です。彼らは素人の頃からすごかったですから。昔の阿部は、本当に何もしゃべらなくて、とにかくヤバさが際立っていた。今ではむしろ、可愛さも売りにしていますけどね。プロになったってことかな(笑)。

『裏切りの街』松尾スズキインタビュー

─劇団発足当時に比べ、演劇界の状況は変わったと思いますか?

松尾:そうですね。やはり歴史の流れは感じます。当時、主流とは違うことをしようと思って「大人計画」をやっていたんですけど、気付いたら僕らが主流になってしまっていた時期がありました。その時は「これはよくないな」と思っていましたけど、最近の劇団って、はじめから完成度の高い作品をつくるんですよね。彼らの作品を見ていると、「ああ、もう俺のフィールドが荒らされなくて済む」という安心感を覚えることもあります(笑)。

稽古場で人や物に接しながらつくっていけるのが、演出の醍醐味

─松尾さんの考える、演劇を演出することの魅力とは何でしょう?

松尾:稽古場で、そこに在る人や物に接しながら作品をつくっていける、ということですかね。小説を書くときって、自分の頭の中で制作が完結しているんですが、それとは全く違います。以前は、演出をしていても全てが自分の思い通りというわけにいかず、苦しくて怒ったりもしていましたが、今は怒る段階までいきません。一回怒ってしまうと30分は稽古場に笑いが起きませんからね。僕の芝居にとって笑いはとても重要なので、それが消えたら大変なんです(笑)。

─なるほど。お話を伺っていると、演劇に対する深い愛情が伝わってきますが、演劇と例えば映画の現場では、制作の仕方にどのような違いがあるのでしょうか?

松尾:映画も、演劇と同じくらいおもしろいと思いますよ。映画の準備段階は地味な作業ですけど、いざ本番に入ると、演出家の本領が試されてくる。演劇であれば、公演が始まれば演出家は用済みですが、映画の撮影は毎日が本番の連続です。それがとても刺激的で、映画監督には今後もチャレンジしてきたいですね。

「笑い」の表現方法は、それぞれの作品で変えています

─それでは続いて、最新小説『老人賭博』のことをお聞きします。本作は、北九州のシャッター商店街を舞台に映画撮影隊が繰り広げるコメディですが、非常に笑える内容でした。映画監督をなさった経験が活かされているのでしょうか?

松尾:自分が監督した作品だけではなく、役者として関わった現場など、自分が見て知った映画の空気のすべてを活かして書きましたね。

─ご自身を重ねて表現した登場人物はいらっしゃいますか?

松尾:僕の立場的に近い人物は、海馬五郎という登場人物かと読者には思われるのかもしれません。でも、自分としては至極客観的に書いているつもりなんです。もっとも、主人公のモデルにした人物はいるんですが、他の人物に関しては2、3人の特徴を複合したり、ある人の際立った個性だけを抜き出したりという感じですね。

─本作『老人賭博』は、他の小説作品に比べ、「笑い」のテイストに変化を感じました。それは狙ってされたことなのですか?

松尾:毎回同じではおもしろくないので、今回はどういったテイストで書こうかという点は、あらかじめ考えておきます。例えば『クワイエットルームにようこそ』と『老人賭博』では、主人公の視点に違いを持たせました。前者の主人公は、どうってことない事柄をあえてユーモラスに語る女の子という設定です。後者の主人公は、ギャグ自体は好きだけど、自分自身には笑いの才能がないので、見たものをそのまま書いていくというパターン。はじめから「自分の感情を語れない男」という設定にしていたので、語り手は一人称なのに物事を客観的にしか描けず、その点では苦労しましたね。

「松尾スズキ維持費」が、国から出ればいいんですけど(笑)

─それにしても、松尾さんの作品には常におもしろいアイディアが凝縮されていますね。アイディアを生む秘訣はなんでしょう?

松尾:特に意識せずとも、ひとりでいる時はおもしろい妄想をしていることが多いですね。テレビや映画を見ていても、「自分だったらこうするのに!」って。これはもう、生理的にやっている感じです。

─やはり「笑い」を表現することが、松尾さんにとっての最重要課題なんですか?

松尾:僕は快楽主義者なのですが、笑っている状態って気持ちが良いですよね。それって幸せな状態なんだと思うんです。例えば風邪を引いて寝ていても、バラエティ番組を見て笑えたら、その一瞬は風邪の辛さを忘れられますよね。なぜ人間には「笑い」の機能が備わっているのか、明けても暮れても考えています。

─それでも、松尾さんの作る「笑い」には、どこか「せつなさ」が含まれているよう思えます。

松尾:確かにそうですね。単純に爆発するような笑いは芸人さんがやってくれているので、自分が手を出す必要はないと思っているんです。僕は、もうちょっと複雑な構造を持った笑いがやりたい。とはいえ、結果的にはベタな笑いもたくさんやっているんですけどね。

─各方面でご活躍されている松尾さんですが、最後に今後の展望を伺えればと思います。

松尾:自分という存在に、補助金がもらえる状態というか…「松尾スズキ維持費」をもらいたいですね、国から(笑)。いや、それは冗談ですが、今のように色んな事に手を出したまま、収拾をつけずにやっていくのが一番かな、と思っています。

イベント情報
パルコ・プロデュース
『裏切りの街』

2010年5月7日(金)〜2010年5月30日(日)
会場:東京 PARCO劇場
※大阪、福岡でも公演あり

作・演出:三浦大輔

キャスト:
秋山菜津子
田中圭
安藤サクラ
古澤裕介
米村亮太朗
江口のりこ

松尾スズキ

料金:
一般7,350円(全席指定・税込)
学生券5,000円(当日指定席引換・要学生証提示・イープラスのみ取扱。限定枚数販売)

チケット一般発売日:2010年3月13日(土)

企画・製作 株式会社パルコ

プロフィール
松尾スズキ

1962年福岡県生まれ。1988年「大人計画」旗揚げ、作・演出・俳優を務める。1997年『ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜』で第41回岸田國士戯曲賞受賞。小説、エッセイの分野でも活躍し、『大人失格』『宗教が往く』『中年入門』など著書多数。2006年、小説『クワイエットルームにようこそ』が第134回芥川賞候補、最新作『老人賭博』で第142回同賞候補。2004年秋、劇場用映画の初監督作『恋の門』が公開。同作はヴェネチア国際映画祭に出品され大きな反響を呼んだ。監督第2作『クワイエットルームにようこそ』が2007年公開。同年4月公開作『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 』では脚本を担当し、第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。2010年3月、野田秀樹作『農業少女』で演出を担当。同年5月より三浦大輔(ポツドール)作・演出作品『裏切りの街』に出演予定。



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