イラストレーターのつくる音楽 中村佑介インタビュー

イラストレーター・中村佑介。その名前だけではピンとこない方も、乙女&浪漫チックなユートピアが色とりどりに広がる彼のイラストを見ればすぐに「はは~ん」と唸るはずである。森見登美彦や赤川次郎などの著作のブックカバーイラストを手掛け、さらに表紙を担当した東川篤哉・著『謎解きはディナーのあとで』が2010年度『本屋大賞』を受賞。いまや書店の平置きコーナーに行くと、必ず彼の作品を目にすることができる、現在もっとも注目のイラストレーターである。

また、ASIAN KUNG-FU GENERATION、スピッツ、ゲントウキらのジャケットデザインを手掛けるなど音楽への造詣と愛情も深い中村だが、この度、彼が率いるバンド、セイルズのデビューミニアルバムがリリースされることになった。中村いわく、「作者が見えず肉体的ではない」というイラストに対し、「動物の求愛行動に近い」という彼の綴る音楽は、いったいどんな衝動を抱え、どのような世界を描こうとしているのだろうか? 甘酸っぱいノスタルジーを宿した不思議なイラストとの微妙な関係、自身のルーツ、また彼の作品からは切っても切れない女の子観まで、現代のモダン・中村佑介に語ってもらった。

元々レコードやCDジャケットが好きで、よく架空のアーティストのジャケットなどを趣味で作っていたんです。

―イラストレーターとして大活躍の中村さんですが、大阪芸術大学の学生だった頃は主に何を勉強していたのですか? またその時代から現在に到るまでの経緯を教えていただけますか?

中村:子供の頃からテレビゲームが大好きで、ゲーム会社に就職する為に、大学ではCGを学ぶコースでパソコンやデザインの勉強をしていました。志望は『ストリートファイター2』に代表されるような筋肉ムキムキの男たちが戦う格闘ゲームのキャラクターデザインだったのですが、就職時期には筋肉とは正反対の『ときめきメモリアル』に代表される美少女恋愛シュミレーションゲームが流行していた為、少し疑問を覚えて就職活動を一旦中止し、『ときメモ』よりときめくことの出来るものを描くべく、女の子を描く練習をはじめました。しかし納得のいく1枚も描けないまま、何百枚もの絵を描き続け、気付いたらイラストレーターになっていた、という感じです。

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セイルズ イメージ画像

―女性の体に興味を持ち始めたことから絵を描き始めた、ということですが、その辺りの事情をもう少し詳しく教えていただけますか?

中村:いえいえ、そういう訳ではなく、子供の頃みんなと同じようにキン肉マンやロボットが好きで絵を描き始めましたよ(笑)。ただ、今の漫画は女の子が主役の1人として登場しても自然ですが、僕が子供の頃親しんでいたものは、女の子の役割はあくまで脇役のものが多く、少女漫画かエロ漫画くらいしか女性が全コマに登場するものはありませんでした。だから男が女を描くのは軟弱、もしくはイヤらしいことだと思っていたので、キン肉マンを描く自由帳とは別に、女の子を描くノートを隠れて作っていました。そちらが今の仕事になってしまったのは不思議なことですが。

―では、音楽の演奏を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

中村:元々レコードやCDジャケットが好きで、よく架空のアーティストのジャケットなどを趣味で作っていたんです。ただ、中身がないのはどうも寂しいので、大学1年生の時に友達からギターを教わって、MTRや他の楽器を買ってきて、見よう見まねで宅録で音楽を作り始めました。だから本来とは逆の「ジャケットの為にある音楽」だったので、当時はライブをすることはほとんどなく、シコシコとカセットテープを作って、友達だけにリリースしていました。もちろん帯には「待望のサードアルバム!」とか書いているのですが、僕以外誰も待望はしていなかったと思います。

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セイルズ イメージ画像

絵はおめかしした自分、音楽は普段着の自分というように、それぞれのアプローチで楽しんでいます。

―中村さんにとって絵を書くことと、音楽を作ることの共通する部分、また違うところを教えて下さい。

中村:共通して「人を楽しませたい」という意欲からどの表現も取り組んでいますが、絵はやはりどこまで行ってもひとりで自己完結したものをキャンバスを通してお見せするしか出来ないので、音楽にあるみんなで作る楽しさや、ライブでのお客さんとのリアルタイムなコミュニケーションはとても楽しいですね。また、シンガーソングライターでレーベルメイトの徳永憲さんに「中村くんの絵は、綿密に計算されたものなのに、音楽は初期衝動優先のノーガード戦法で、同じ人が作っているものだとは思えない!」なんて言われ、単純に技術不足というとそれまでなのですが、絵はおめかしした自分、音楽は普段着の自分というように、それぞれのアプローチで楽しんでいます。

―なるほど。では自分を表現する手段としてうまくバランスが取れているということですか?

中村:そうですね。おそらくどちらが欠けても精神面でのバランスを崩してしまうだろうし、やはりみんなで作って、人前に出るバンド活動というものは、僕の様なフリーランスで1人で仕事をしている人間にとっては必要不可欠の、唯一の社会との接点になっている気がします。「ひきこもり佑介ちゃん」のリハビリを、どうせなら音楽でお見せして楽しんでもらおうかと(笑)。

2/3ページ:例えば「エロス」と「スケベ」は同じことを指しますが、印象は大分変わってきますよね。

みんなの想像より数ミリだけずれた違和感をつけることにより、人はそのくすぐったさが癖になります。

―中村さんのイラストは、トータルで見るとかわいかったり、美しかったり、洗練されているのですが、美しさと同時に何かひっかかり、違和感のようなものを感じます。またその違和感はセイルズの音楽にもすごく感じました。その辺りは意図的なのですか?

中村:はい、意図的です。実は香水には臭い成分も入っていたり、カレーに隠し味でコーラを入れると美味しい、という話がありますが、同じように絵においてはモチーフや色、また音楽においての歌詞や演奏に、みんなの想像より数ミリだけずれた違和感をつけることにより、人はそのくすぐったさが癖になります。やりすぎると痛みや嫌悪感になるので、あくまでスパイス程度ですが。

―そのさじ加減に中村さんの美学をすごく感じますね。そこは時間をかけた慎重な作業だったりするのですか?

中村:いいえ、そこはこれまでの経験と、自分の直感を信じて割とパッと決めちゃいますね。まぁ老若男女、また趣味は違えど、その痛点のような部分はみんな同じですから。ただカレーの辛さのように段々慣れてきますので、その時は刺激を強くするのではなく、思い切って甘くしたり。押したり引いたりの夫婦関係のようなものですね。

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セイルズ『Pink』ジャケット

例えば「エロス」と「スケベ」は同じことを指しますが、印象は大分変わってきますよね。

―では、セイルズ結成のいきさつ。メンバーのことを教えて下さい。

中村:ずっと宅録で音楽を作り続けていたのですが、カジヒデキさんやCOILが30才デビューだったので、自分もそろそろかなと思って、28歳の時に初めてギターボーカルをとるバンド、セイルズを結成しました。何度かのメンバーチェンジを経て、現在は長谷川梓沙(アコーディオン、コーラス)と飼原正之(ベース)というドラムレスのアコースティックトリオの体制でライブ活動していますが、録音では、僕が気ままに散らかしたアイデアの部屋を、あっちゃん(長谷川)が演奏技術面で掃除してくれて、飼原さんがアレンジ面で整理整頓してくれて、ようやく音楽という形になってゆきます。音楽におけるお母さんとお父さんのような存在ですね。もちろん僕の役割は子供です。

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セイルズ

―アルバムについてですが、今回収録の曲はこれまでライブで披露されてきたものが中心ですが選曲の際にテーマなどはあったのですか?

中村:ほかにもお気に入りのレパートリーはたくさんあるのですが、セイルズらしさの分かる、単純に歌詞がおもしろくて楽しいリズムの曲の中から、アルバム全体のバランスを考え5つを選びました。大好きな小沢健二さんの『LIFE』というアルバムは、時間も決して短くなく、内容もギュッと詰まっているのに、中間の“いちょう並木のセレナーデ”のアコースティック演奏と、ラストのオルゴールアレンジが風穴となって、通して聴いても疲れないアルバムになっているので、それをお手本に凝ったバンドアレンジと、いつもライブでやっているドラムレスのアコースティックアレンジを交互に配置しています。

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中村佑介作品集『Blue』

―アルバムタイトルが『Pink』ということですが、どうしても2009年に発売された中村さんの画集『Blue』との関連が気になります。その意図は?

中村:わかりやすく言うと、イラストは女の子から見た青春、音楽は男の子の青春ですかね。例えば「エロス」と「スケベ」は同じことを指しますが、印象は大分変わってきますよね。そのようにイラストとは一見違うイメージでも、実は同じものを表裏一体で表現しているので、画集『Blue』と対になるように『Pink』というタイトルにしました。

2/3ページ:そのままでは恥ずかしくて言いにくいことを、女性という隠れミノを使って正直に言っているという感じかもしれません。

早い話いくら絵が上手くなろうと、好きなあの子は振り向いてくれないんです。

―突き抜けたポップス~歌謡曲感に、フォーク、ソフトロック、レゲエ、ジャズ、アコースティックスウィングなど様々な要素が見え隠れしますが、具体的にどのような音楽に影響を受けたのですか?

中村:子供の頃は父親のステレオから流れる、ビートルズやカーペンターズ、ギルバート・オサリバンなどの60'sポップス、かぐや姫などの4畳半フォーク、荒井由実やムーンライダースなどの日本のシティポップスを自然と聴いていました。思春期になって、たまとフリッパーズ・ギターにハマり、自分からもっと色々な音楽を聴くようになり、現在に至るまでジャンルにはこだわりなく聴いておりますが、共通して歌詞を大切にしている音楽が好きですね。

―“絵筆は役に立たず”のイラストレーターとしての自分を置き去りにするタイトルが印象的ですが、この歌詞はどういう心情から生まれたのですか?

中村:絵というのは作者が見えず肉体的ではないため、早い話いくら絵が上手くなろうと、有名になろうと、1人の人間としての僕はモテないというか、好きなあの子は振り向いてくれないんです。まぁそれが例えば「お金は役に立たず」でも「二重瞼は役に立たず」でも何でも置き換えられるのですが、その点でやはり音楽というのはもっと直接的で、動物の求愛行動に近いものだと考えているので、「キーッ悔しい!僕もCD出したいっ!!」という気持ちで作りました(笑)。そしてこの度念願が叶ったのに、次は「音楽は役に立たず」という新曲が出来なければいいですが。

―歌詞はすべて中村さんの気持ちを歌っているのですか?

中村:はい。すべて僕の気持ちを歌っているのですが、他の曲も同様、特にお洒落な曲調やコード感の音楽には決して使われることのなかった言葉でも正直に乗せていきたいと思っております。例えば“おしりのふとん”という曲は、おしりといえば弾むということで、スィングのメジャーな曲調にしました。

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セイルズ イメージ画像

そのままでは恥ずかしくて言いにくいことを、女性という隠れミノを使って正直に言っているという感じかもしれません。

―ちなみに、AVが大好きだということですが、その辺りのインスピレーションも楽曲に反映されているのですか? いやらしさ、というよりも女の子に対する永遠の憧れのようなものを感じますが。

中村:今回入らなかった曲に11分を超える大作“愛里ひなちゃんのバラード”や、葉月しおりさんのことを歌った“しおりさん”、また他にもAV女優のことについて歌った曲はそれだけで1枚のアルバムが出来るほどあります。音楽も絵も、何でも表現行為というのは結局「愛されたい」と赤ちゃんが泣くようなものだと思っていて、その中で一番身体を張っていて、サービス精神があるのがAV女優という職業だと思っているので、イヤらしい気持ちではなく素直にリスペクトを込めてですね。

―1曲目の“わたしの穴”など完全に女の子視点からの世界が描かれていますね。これはイラストにも当てはまるのですが、中村さんの描く世界は「理想の女の子像」を描いているのですか? もしくは「中村さんご自身」を作品に投影させているのですか?

中村:元ピチカート・ファイヴの小西康陽さんがインタビューで「そのヒトになりきって女性アイドルの曲を作るのが楽しい」とおっしゃっていて、僕もどちらかというと「理想」というより「女装」に近く、そのままでは恥ずかしくて言いにくいことを、女性という隠れミノを使って正直に言っているという感じかもしれません。だからやはり絵も音楽も僕自身ですね。

―それでは最後に、ワイキキレコードからインディーズ・デビュー、そして今後セイルズは音楽シーンの中でどういうところを目指そうとしているのですか?

中村:ミニアルバムリリース後には現在休止中のSODA FOUNTAINSの小泉ひとし君がギターで加入し、レコ発ライブを予定しておりますので、僕という媒体を通して素晴らしい音楽家3人の表現やキャラクターをもっとたくさんの人に楽しんで頂けたらと思っています。僕個人の最終的な目標は紅白歌合戦で“おしりのふとん”を歌って、子供たちに真似されることなので、30代中盤を目前に、この1枚で本当の意味で「尻に火がつく」ことを願っています。

リリース情報
セイルズ
『Pink』

2011年5月25日発売
価格:1,500円(税込)
Waikiki Record / WAKRD-035

1. わたしの穴
2. ビューティフル
3. おしりのふとん
4. 絵筆は役に立たず
5. ほんとはね

プロフィール
セイルズ

数々のCDジャケットや書籍カバーを手掛けるイラストレーター中村佑介が2005年に結成したポップスバンド。歌謡曲、フォーク、アコースティックスィング、ボサノバを基調としたブルーなメロディの上にまたがるピンクな歌詞を特徴とする。編成は中村佑介(ボーカル・ギター)、長谷川梓沙 (アコーディオン、コーラス)、飼原正之(ベース、編曲)のドラムレストリオ。2011年6月、エレキベースや徳永憲の所属するワイキキレコードよりデビュー。



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