
『星の王子さま』が大人に及ぼす情緒不安定を谷口菜津子が語る
『リトルプリンス 星の王子さまと私』- インタビュー・テキスト
- 麦倉正樹
- 撮影:永峰拓也
私は『星の王子さま』に出てくる、「大人たち」のようになってしまっていたんだなと思ったんです。
―そんな谷口さんは、今回の映画の話を聞いて、最初どう思いましたか?
谷口:俄然興味は湧きましたけど、原作をそのまま映画化するのではなく、「その後」の世界を描くと聞いたので、最初は「イメージが壊れてしまうのでは?」と思いました。でもよく考えると、この原作自体が人によっていろいろな解釈が生まれる作品なんですよね。映画化もその解釈の1つなんだと思えてきて、「あ、こういう意味だったんだ」と改めて気づいたこともたくさんありました。原作と映画に共通しているのは、けっして全部を言い切ってはいないということですよね。抽象的な表現も多く、余白のある作りになっています。だからこそ、それぞれの人の出来事や仕事、恋愛に寄り添えるんだと思うのですが。
―映画を見た率直な感想はいかがですか?
谷口:すごく面白かったです。映画を見ながらあらゆる思い出がフラッシュバックして、終始うるうるしていました。今も映画のことを思い出して、ちょっと泣きそうです……(笑)。
―(笑)。物語の結末に感動するというよりも、見る人それぞれで響くポイントが違いそうですよね。
谷口:そうですね。私の場合、最近ちょっと忙しくて、プライベートの時間を全然作れないような時期が3か月ぐらい続いたんです。ずっと家に閉じこもって作業していて、それによって結構お金も溜まったし、仕事的にもちょっとハクがついてきた感じにもなってきて、人から「すごいね」と褒められたりして。でもなんかすごく虚しいんですよ。学生時代からずっと求めていた、「絵で食べていく」という理想の自分になりつつあるにもかかわらず、すごく満ち足りないというか。これが自分の目指していたものなのか、これが自分の幸せなのかと考えて、落ち込んでしまった時期がありました。
―あらら……。
谷口:まあ、今はそんなに忙しくないので大丈夫なんですけど(笑)、その落ち込みをまだちょっとキープしているようなところがあって。どうにかしなければと思っているときに、外を散歩していたら、ただ景色を見ているだけで、安らかな気持ちになったんです。それによってお金が溜まるわけでも、誰かに尊敬されるわけでもないのに、満ち足りた気持ちになりました。これは何なんだろう? と考えていたんですけど、この映画を見て気づいたんです。私は『星の王子さま』に出てくる、「大人たち」のようになってしまっていたんだなと。
―ああ……。
谷口:絵を描いているときはいつも一人なので、『星の王子さま』の大人たちがおのおのの「星」を所有している状態に近いんですよ。あれは自分の「世界」みたいなものだと思うんですよね。その中で自分は、何が嬉しかったのか思い出せないくらい、忙しく働いているという。
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
―本来、やりたくて始めた仕事であるにもかかわらず。
谷口:目指していたところに近づいているはずなのに、何かしっくりこないというか。その虚しさの理由みたいなものは、まだ自分でも全然見つかってないんですけど、この映画を見て、ちょっとその答えに近づいた気がしました。『星の王子さま』は「大切なものは目に見えない」というメッセージが有名ですけど、「大切なもの」を見つけ出すための苦渋がしっかり描かれているところに惹かれます。キツネと徐々にかけがえのない友達になっていくところや、バラとのもどかしいコミュニケーションの様子はそのことを象徴していますよね。映画の後半、女の子が王子さまを探しに行くシーンからは、大人になってからの自分を振り返ることが多かったです。
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
―そういう意味で、感情的には、いろいろ忙しい映画ですよね。
谷口:もちろん映画に集中してはいるんだけど、どうしてもいろんなことを思い出したり重ねたりして……それで泣かずにはいられない(笑)。でもそれを、一見子ども向けのような映画の中に全部込めているのは、本当にすごいことだと思います。
―先ほど映画の後半部分の話が出ましたが、少女が王子を探しに行くところは、冒険物語としても見応えがありますよね。
谷口:あのシーンから、王子ではなく今度は現代の少女の冒険物語に切り替わりますよね。あれには驚きました。あのシーンは夢か現実か曖昧だからこそすごくいいと思いましたね。ただの夢落ちではなく、ホントにどっちかわからない。
―確かに。
谷口:そもそもの前提として、映画で描かれている表現が極端なんですよね。たとえば、主人公の女の子が1分刻みのタイムスケジュールをお母さんから強いられていたり、大人たちが数字に縛られ過ぎていたり。そこに3Dアニメのリアリティーと、ストップモーションアニメのファンタジーの中間的なアニメ表現がうまく組み合わさって、最後の展開がファンタジーなのか現実なのかわからなくなる。そこはうまくできているなと思いました。
作品情報
- 『リトルプリンス 星の王子さまと私』
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2015年11月21日(土)から全国公開
監督:マーク・オズボーン
音楽:ハンス・ジマー
日本語吹替え版 声の出演:
鈴木梨央
瀬戸朝香
伊勢谷友介
滝川クリステル
竹野内豊
池田優斗
ビビる大木
津川雅彦
ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
書籍情報

- 『人生山あり谷口』
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2015年10月9日(金)発売
著者:谷口菜津子
価格:1,080円(税込)
出版社: リイド社

- 『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』
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2013年6月27日(木)発売
著者:谷口菜津子
価格:1,080円(税込)
出版社: エンターブレイン
プロフィール
- 谷口菜津子(たにぐち なつこ)
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1988年7月7日生まれ。神奈川県出身。漫画家。Web、情報誌、コミック誌等で活動。『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』(エンターブレイン刊)、『さよなら、レバ刺し~禁止までの438日間~』(竹書房刊)、最新刊『人生山あり谷口』発売中。