『星の王子さま』が大人に及ぼす情緒不安定を谷口菜津子が語る

不朽の名作『星の王子さま』を描いたアニメ映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』が、いよいよ日本公開される。なんと、著者サン=テグジュペリの権利管理者から正式に認可された『星の王子さま』の「その後」を描く物語だ。『カンフー・パンダ』などで知られる監督マーク・オズボーンが、原作のイメージを活かしたストップモーションアニメと臨場感溢れるCGアニメという2つの異なる手法を織り交ぜながら描き出す、『星の王子さま』と「その後の世界」とは、果たしてどんなものなのだろうか。そして、原作の愛好家たちは、そんな本作に対して、どのような反応を示すのだろうか。擬人化した「レバ刺し」との恋愛を描いた異色の漫画『レバ刺しとわたし』(『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』収録)で注目を集め、最新単行本『人生山あり谷口』が現在好評価を獲得している気鋭の漫画家・イラストレーター、谷口菜津子に聞いた。

※本記事は『リトルプリンス 星の王子さまと私』のネタバレを含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

『星の王子さま』は、「解釈しよう」と思いながら読んだほうが面白い。

―谷口さんが初めて『星の王子さま』を読んだのは、いつ頃のことですか?

谷口:小学生の頃ですね。母が大好きだったので、家族みんなで読んでいたんです。

谷口菜津子
谷口菜津子

―『星の王子さま』のどこに惹かれたのでしょう?

谷口:いちばん印象的だったのは、最初のウワバミ(ボア)の話ですね。帽子の絵かと思ったら、実はゾウを飲みこんだウワバミだったっていう。私、これのぬいぐるみを持ってるんですよ。ウワバミの中にゾウが入ってるぬいぐるみ(笑)。

―すごい(笑)。このお話自体は、当時どんなふうに捉えていたのですか?

谷口:最初は絵本みたいな感じで面白いなって。王子がいろんな星を渡り歩いて行く描写に、冒険的なワクワク感を覚えていたんだと思います。そこで出会う「王様」のことは「なんか偉そうなやつだな」としか思ってなかったし、「うぬぼれ男」も「ひょうきんなやつだな」くらいの感想しか持っていませんでした。子どもの頃は、バラの話やキツネの話も、あんまりピンと来なかったし、むしろバラとか嫌いでしたね。「なんてわがままなやつなんだ!」って(笑)。

―(笑)。

谷口:思い返すと、子どもの頃はやっぱり、物語のことは理解できていなかった。最後に王子さまがどこかに行っちゃうのも嫌でした。今回の映画の主人公の女の子と同じで、最初は「え、何これ?」みたいな感じで戸惑ったんです。

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

―そこから読み方が変わっていった?

谷口:そうですね。高校生ぐらいになってから、この本に出てくるキャラクターたちが、みんな何かを隠喩していることに気づき始めました。たとえばさっき言った「王様」や「うぬぼれ男」って、大人の嫌な部分や悲しい部分を隠喩しているキャラクターじゃないですか。それでだんだん「私にもこういうところがあるかも」と自分を重ね合わせていったりして。

―そういう意味では、大人向けの作品だとも言えますよね。

谷口:王子のキャラクターも、ちょっとポエム調だったりするから、昔は「なんかしゃらくさいな」と思ってたんですけど(笑)、大人になってから読むと、すごく愛おしい存在に見えてくる。私の場合、さっき言ったみたいに、母が『星の王子さま』のことを大好きだったので、何かがずっと心に沁みついていて、ふとしたときにそれが出てくるんです。あるときまで物語の隠喩として存在していたものが、フッと自分ごととして実感できる瞬間があるというか。

谷口菜津子

―自分自身の成長と一緒に、わかる部分が増えてくる?

谷口:そうなんですよね。だからこの作品は「解釈しよう」と思いながら読んだほうが、きっと面白いですよね。特に大人になってからは。そのときの自分の状況によって引っ掛かる部分が違うし、今回映画を見て、前に進むヒントみたいなものが見つかった気がしているんです。

私は『星の王子さま』に出てくる、「大人たち」のようになってしまっていたんだなと思ったんです。

―そんな谷口さんは、今回の映画の話を聞いて、最初どう思いましたか?

谷口:俄然興味は湧きましたけど、原作をそのまま映画化するのではなく、「その後」の世界を描くと聞いたので、最初は「イメージが壊れてしまうのでは?」と思いました。でもよく考えると、この原作自体が人によっていろいろな解釈が生まれる作品なんですよね。映画化もその解釈の1つなんだと思えてきて、「あ、こういう意味だったんだ」と改めて気づいたこともたくさんありました。原作と映画に共通しているのは、けっして全部を言い切ってはいないということですよね。抽象的な表現も多く、余白のある作りになっています。だからこそ、それぞれの人の出来事や仕事、恋愛に寄り添えるんだと思うのですが。

―映画を見た率直な感想はいかがですか?

谷口:すごく面白かったです。映画を見ながらあらゆる思い出がフラッシュバックして、終始うるうるしていました。今も映画のことを思い出して、ちょっと泣きそうです……(笑)。

―(笑)。物語の結末に感動するというよりも、見る人それぞれで響くポイントが違いそうですよね。

谷口:そうですね。私の場合、最近ちょっと忙しくて、プライベートの時間を全然作れないような時期が3か月ぐらい続いたんです。ずっと家に閉じこもって作業していて、それによって結構お金も溜まったし、仕事的にもちょっとハクがついてきた感じにもなってきて、人から「すごいね」と褒められたりして。でもなんかすごく虚しいんですよ。学生時代からずっと求めていた、「絵で食べていく」という理想の自分になりつつあるにもかかわらず、すごく満ち足りないというか。これが自分の目指していたものなのか、これが自分の幸せなのかと考えて、落ち込んでしまった時期がありました。

谷口菜津子

―あらら……。

谷口:まあ、今はそんなに忙しくないので大丈夫なんですけど(笑)、その落ち込みをまだちょっとキープしているようなところがあって。どうにかしなければと思っているときに、外を散歩していたら、ただ景色を見ているだけで、安らかな気持ちになったんです。それによってお金が溜まるわけでも、誰かに尊敬されるわけでもないのに、満ち足りた気持ちになりました。これは何なんだろう? と考えていたんですけど、この映画を見て気づいたんです。私は『星の王子さま』に出てくる、「大人たち」のようになってしまっていたんだなと。

―ああ……。

谷口:絵を描いているときはいつも一人なので、『星の王子さま』の大人たちがおのおのの「星」を所有している状態に近いんですよ。あれは自分の「世界」みたいなものだと思うんですよね。その中で自分は、何が嬉しかったのか思い出せないくらい、忙しく働いているという。

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

―本来、やりたくて始めた仕事であるにもかかわらず。

谷口:目指していたところに近づいているはずなのに、何かしっくりこないというか。その虚しさの理由みたいなものは、まだ自分でも全然見つかってないんですけど、この映画を見て、ちょっとその答えに近づいた気がしました。『星の王子さま』は「大切なものは目に見えない」というメッセージが有名ですけど、「大切なもの」を見つけ出すための苦渋がしっかり描かれているところに惹かれます。キツネと徐々にかけがえのない友達になっていくところや、バラとのもどかしいコミュニケーションの様子はそのことを象徴していますよね。映画の後半、女の子が王子さまを探しに行くシーンからは、大人になってからの自分を振り返ることが多かったです。

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

―そういう意味で、感情的には、いろいろ忙しい映画ですよね。

谷口:もちろん映画に集中してはいるんだけど、どうしてもいろんなことを思い出したり重ねたりして……それで泣かずにはいられない(笑)。でもそれを、一見子ども向けのような映画の中に全部込めているのは、本当にすごいことだと思います。

―先ほど映画の後半部分の話が出ましたが、少女が王子を探しに行くところは、冒険物語としても見応えがありますよね。

谷口:あのシーンから、王子ではなく今度は現代の少女の冒険物語に切り替わりますよね。あれには驚きました。あのシーンは夢か現実か曖昧だからこそすごくいいと思いましたね。ただの夢落ちではなく、ホントにどっちかわからない。

―確かに。

谷口:そもそもの前提として、映画で描かれている表現が極端なんですよね。たとえば、主人公の女の子が1分刻みのタイムスケジュールをお母さんから強いられていたり、大人たちが数字に縛られ過ぎていたり。そこに3Dアニメのリアリティーと、ストップモーションアニメのファンタジーの中間的なアニメ表現がうまく組み合わさって、最後の展開がファンタジーなのか現実なのかわからなくなる。そこはうまくできているなと思いました。

「大切なものは目に見えない」という大きなメッセージはあるけど、あとは見る人に委ねられている。この映画を見てから私はずっと情緒不安定です(笑)。

―これは、この映画の感想を谷口さんにお聞きしたいと思った理由の1つでもあるのですが、谷口さんの漫画に『レバ刺しとわたし』という作品がありますよね。その作品に『星の王子さま』と通じるものを感じたんですよ。

谷口:今、読み返すと、めっちゃ影響されてますよね(笑)。何か丸い星みたいなところで会話してるシーンばっかりの漫画だし、ほとんど隠喩みたいな話ですからね。描いているときは、何も考えてなかったんですけど、きっと『星の王子さま』から、いろいろ学んでいたんだろうなと思います。

『星の王子さま』

―「わたし」と「レバ刺し」の会話が、「王子」と「バラ」の会話っぽかったり(笑)。あの漫画は、そもそもどんな経緯で描こうと思ったのですか?

谷口:単純に、その当時レバ刺しが大好きだったんです。今は普通なんですけど、そのときは好きな食べ物のトップ・オブ・トップみたいな感じで入れ込んでいたんですよね。で、そのレバ刺しへの思いというのは、恋愛感情にすごく近いなと思って。恋愛の4コマ漫画を描くよりも、「レバ刺し」という男か女かもわからない存在を対象に描くほうが、共感の幅も広がるんじゃないかと。最後のほうは、なぜか泣きながら描いたりしていましたから(笑)。

―えっ、そうだったんですか。

谷口:そのときにしていた自分の恋愛を置き換えていたところもあって。描かずにはいられなかったというか、結構勢いで描いていたところもあったんですよね。

―レバ刺しへの愛を綴ったエッセイ漫画のようでありながら、確かに最後はなぜか泣ける漫画になっていました。

谷口:だから、単に面白い話を描こうと思って描いたというよりも、そのとき思っていた自分の感情を「レバ刺し」と「わたし」という構図のなかに落とし込んで描いていたんです。自分の作品を『星の王子さま』と並べるのはすごくおこがましいですけど、私の漫画も、話の展開やオチがすごいとかじゃなくて、恋愛に対して人が共通して持っているような思いを「レバ刺し」と「わたし」の関係性に置き換えて作っている話なんだろうなと。今、改めて思いましたね。

谷口菜津子

―物語ありきではなく、まず伝えたい思いや感情があって、それをある構図のなかに落とし込んでいく作り方は、『星の王子さま』も同じであるように思います。

谷口:『星の王子さま』の冒頭の献辞で、作者のサン=テグジュペリが、「この本を親友に捧げる」と書いていますが、あの本も物語ありきではなく、それ以上に言いたいことや伝えたいことが溢れている感じがします。

―確かに。そう言えば、最後「レバ刺し」がいなくなってしまうところも、どこか『星の王子さま』と似ていますよね。

谷口:そうなんですよ(笑)。読み返してみて、多大な影響を受けていることに気づきました。

―先ほどの「心に沁み込んでいる」という話じゃないですけど、それぐらい強い影響力をもった作品だということですよね。

谷口:そのことを改めて思い出させてくれたという意味でも、今回映画を見ることができて良かったです。最初、正直「あんまり良くない映画だったら、どうしよう……」と思っていたんですけど、心から良かったと思える、素晴らしい作品でした。私のように、昔原作が好きで読んでいたけど、最近はあまり読んでなかったような人は、絶対に映画を見たほうがいいと思います。きっといろんなものがフラッシュバックすると思うし……正直、映画を見てから、ずっとエモーショナルな気持ちが止まらないです(笑)。

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED
『リトルプリンス 星の王子さまと私』 ©2015 LPPTV – LITTLE PRINCESS – ON ENT – ORANGE STUDIO - M6 FILMS – LUCKY RED

―(笑)。男性の場合は、どうでしょう?

谷口:うーん、男性の気持ちというのがちょっとわからないですけど……でも、この映画は、特に後半部分で、仕事の話がたくさん出てくるから、そういう点ではきっと思うことがあるんじゃないかなと思います。それはそれで泣いてしまうんじゃないかな(笑)。

―後半ガラッとトーンが変わりますからね。

谷口:最初は子どもの世界の話なのに、後半一気に大人の話に変わって。子どもが知るわけもない、大人の事情みたいなものが詰め込まれていますよね。あと、最後に訪れるサプライズも。あれはちょっとショックでしたね(笑)。

―ショックでしたか(笑)。

谷口:ショックですよ。そういう意味では、子どもよりも、大人のほうが受ける衝撃は断然大きいと思います(笑)。これほど考え込んでしまう映画って、あんまりないんじゃないかな。ただ、それが全然説教くさくないところが、この映画の不思議なところですよね。やっぱり余白があるからでしょうね。

―そのバランス感は、原作と同じですよね。

谷口:「大切なものは目に見えない」という大きなメッセージは1つあるけど、あとは見る人に委ねられている。この映画を見てから、私はずっと情緒不安定ですから(笑)。昔を懐かしむような気分で見に行ったら大変なことになりますよ……。でも、それぐらい感じるものがある映画だと思うし、見る人によって解釈がわかれるだろうけど、それでいいと思うんですよね。たとえ解釈が違っても、そこで論争するような感じではなく、「私はこうだったんだよ」ってお互いの違いを誰かと話し合うのも、きっと楽しいと思います。

作品情報
『リトルプリンス 星の王子さまと私』

2015年11月21日(土)から全国公開
監督:マーク・オズボーン
音楽:ハンス・ジマー
日本語吹替え版 声の出演:
鈴木梨央
瀬戸朝香
伊勢谷友介
滝川クリステル
竹野内豊
池田優斗
ビビる大木
津川雅彦
ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画

書籍情報
『人生山あり谷口』

2015年10月9日(金)発売
著者:谷口菜津子
価格:1,080円(税込)
出版社: リイド社

『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』

2013年6月27日(木)発売
著者:谷口菜津子
価格:1,080円(税込)
出版社: エンターブレイン

プロフィール
谷口菜津子 (たにぐち なつこ)

1988年7月7日生まれ。神奈川県出身。漫画家。Web、情報誌、コミック誌等で活動。『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』(エンターブレイン刊)、『さよなら、レバ刺し~禁止までの438日間~』(竹書房刊)、最新刊『人生山あり谷口』発売中。



フィードバック 6

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Movie,Drama
  • 『星の王子さま』が大人に及ぼす情緒不安定を谷口菜津子が語る

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて