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『新世紀ゾンビ論』の著者・藤田直哉×大橋可也が誘う舞踏の世界

『新世紀ゾンビ論』の著者・藤田直哉×大橋可也が誘う舞踏の世界

『ザ・ワールド2017「FALLING GOOD SUN / BAD MOON RISING」』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:鈴木渉 編集:山元翔一

人間は、本当はゾンビみたいなものかもしれない。(藤田)

―大橋さんのこれまでの作品、そしてルーツにある舞踏も、ある意味での「人間性否定」がテーマになっている、ということはわかりました。それは藤田さんが専門とするSFにも通じる要素ですよね。

藤田:そうですね。SF評論家という立場の人間としても、人文学的な課題から「人間以降の人間」を探索する必要性を感じているんです。『新世紀ゾンビ論』もポストヒューマニティー論のひとつとして構想されていて、近代的な自我があり、理性があり、個体として自律的に判断できる存在としての人間を中心にした価値観ではない、その次の人間がいる世界についての思考の本ですね。

―「人間以降の人間」がいる世界ですか。

藤田:そう。そこでどうしても参照しなければならなかったのが、脳神経科学の知見でした。脳神経科学の分野では、「意思」と「理性」の重要度がどんどん低くなっているんです。人間は、自分の行動を自分で判断したと思っているけれど、実は脳のモジュールみたいもので自動的に判断したりしているらしいという説が出てきた。つまり人間は、本当はゾンビみたいなものかもしれないと。

藤田直哉

『ザ・ワールド(A)』(2014年)より / Photo: by GO
『ザ・ワールド(A)』(2014年)より / Photo: by GO

藤田:例えば、ジェシー・プリンツ(アメリカの心理学者・哲学者)は、お腹を壊すと腹が立ちやすくなるといった例を挙げて、情動の源泉が脳よりも内臓にあると言っています。そういう研究動向を踏まえると、理性や意識を中心としない人間存在のあり方が見えてくる気がするんです。大橋さんは、似たような問題系に対し、身体を用いた集団の共同的な実践を通じてアプローチしているように見えます。

大橋:藤田さんが挙げた研究と、自分が舞踏などに触れて感じていたものはかなり近いです。意識からではなく、具体的な身体の不調などから感情が立ち上がってくる。

―実際、舞踏の指導者にあたる先駆者たちは同様のことを言っていますね。

藤田:面白いから笑うんじゃなくて、笑い顔を作るから、脳が面白いと感じる。そういう有名な話がありますけど、まさにそれですね。内面が外に出るのではなくて、外側から内面が作れる。不思議なことに、僕たちは、泣いている振る舞いをしている人を見たら、悲しみの情動が移ってきます。本当に本人が悲しいかどうかは関係なく、外見の振る舞いに対してミラーニューロン(自分が行為を実行するときにも、他者が同様の行為をするのを観察するときにも活動する神経細胞)が発火して、相手の内面の推測を行い、自分も似た感情になってしまうわけですね。

演劇や舞踏やダンスは、この「振る舞い」「見た目」と「内面」「感情移入」の落差と隙間を不思議に揺さぶるジャンルです。観客は思考や感情の帯域を広げざるをえないし、そこを反省的に思考せざるをえなくなるはずです。

ポストトゥルースの時代で、我々のように虚構のものを作り、人に提示する意味がいよいよ問われる。(大橋)

―ここまでのお話をふまえて、藤田さんに今回の作品をSF的な視点で解析していただくとすると、いかがでしょう。

藤田:大橋さんは、作品のなかであえて相容れないものをぶつけていますよね。ほぼ身体のみを使う演劇的作品のなかで、情報空間とかAIを表現しようとする。さらに今回は歴史や伝承、記憶のような、むしろ言語の方が得意とするものを身体でアプローチしているのが挑戦的で、実に興味深いです。身体を通じてのみ見える景色が絶対あるはずで。現時点での手応えはいかがですか?

大橋:豊洲は長い歴史のある場所ではないですから、短い記憶の断片が点在している印象があります。そこに虚構の物語を作り上げるので、さらにもうひとつ大きな虚構が必要だなと現段階では考えています。そういう曖昧な手がかりを模索しているところです。

藤田:確かに豊洲って面白いですよね。ちょうど窓から見えるのは『ブレードランナー』(1982年公開のSF映画。監督はリドリー・スコット)のような人工的で抽象的な空間。清澄白河は、土地の情念のような歴史があったと思いますが、それに比べると豊洲はかなりアブストラクト。

稽古の様子
稽古の様子

大橋:『ブレードランナー』も記憶の話でしたね。レプリカント(遺伝子工学により開発された人造人間)は、作られた記憶を植えつけられている。ここで稽古をしていると「ここにいるのは、本当の記憶なんだろうか?」と自分が疑わしくなることもあります。そういう意味でも、ビルの高層階にある、このガラス張りの劇場(豊洲シビックセンターホール)で上演できるのはとても楽しい。

藤田:もうひとつ聞いてもいいですか?

大橋:どうぞ。

藤田:今回扱う記憶の問題は『ブレードランナー』、そして『攻殻機動隊』(士郎正宗による漫画作品、および同作を原作にしたアニメ・映画シリーズ)を彷彿とさせます。僕は2013年から発表された『攻殻機動隊 ARISE』のDVDで解説を書いているんですが、この作品は記憶がハッキングされて書き換えられまくって、何が本当かさっぱりわからなくなるって話なんです。最近話題になっている、フェイクニュースとかポストトゥルース的時代のメタファーとしての側面もあると言える。

そんな時代に、大橋さんはあえて偽物の記憶を植えつけることをダンスでやろうとしているじゃないですか? ポストトゥルース時代に対して、これはどういう介入になるのでしょうか。

大橋:僕のなかではまだ結びついてないところだけれど、ポストトゥルースの時代で、我々のように虚構のものを作り、あえて人に提示することの意味や価値がいよいよ問われると思っています。だからこそ記憶にこだわって、真実を少し違う方向から見ることができるものに作品を育てたいという願望があります。

大橋可也

藤田:記憶や歴史を作品の題材にするアーティストは、戦後のドイツの芸術や哲学の影響を受けている場合が多い印象があります。歴史の痕跡や傷は消えない、だからそれを伝承していくのだ、って方向にいくことが多い。でも大橋さんは、記憶を題材にしながらそれを選ばず、虚構を生み出そうとしている。なかなかキワドイ、細い独自の道を探すチャレンジだと思いますが、支持します。きっと、単純に「現実」や「事実」にアクセスできるという素朴な実在論だけでもダメで。別種の時代への応答の道を探らなければならないということは確かだと思うので。

過去も未来も、なんでも虚構にしてしまえる現実がある一方で、しかし勝手に現実を変えてはいかん、というのもよくよく理解できる。しかし、その狭間で答えを見つけることが、ポストトゥルースの時代の先に進むためには必要であって、そのキワドイ線を、大橋さんは手探りで――というか、身体で探りながら、見つけようとしていると思う。

大橋:キワドイ線を進みたいですね。それはまだ見えていないですが。

藤田:僕もそうなんです(笑)。「これが答えだ!」っていうのはなかなか見つからない。でも、そこを探り当てたら、きっと勝ちなんですよ。

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イベント情報

ザ・ワールド2017
『FALLING GOOD SUN / BAD MOON RISING』

2017年9月21日(木)、9月22日(金)
会場:東京都 豊洲シビックセンターホール
振付・構成・演出:大橋可也
ドラマトゥルク:長島確
音楽:涌井智仁
映像:吉開菜央
出演:
皆木正純
後藤ゆう
山本晴歌
伊藤雅子
田端春花
秋山実優
樋口帆波
高澤李子
高橋由佳
中原貴美子
牧祥子
近藤康弘
料金:
U29(29歳以下)3,000円
前売 一般3,500円 通し券4,000円
当日 一般4,000円 通し券6,000円

プロフィール

大橋可也(おおはし かくや)

振付家。一般社団法人大橋可也&ダンサーズ代表理事・芸術監督。1967年、山口県宇部市生まれ。横浜国立大学を卒業、イメージフォーラム附属映像研究所に学んだ後、カナダ・ヴァンクーバーにてパフォーマンス活動を始める。1992-1994年、陸上自衛隊第302保安中隊(特別儀仗隊)に在籍。1993-1997年、「和栗由紀夫+好善社」に舞踏手として参加し、土方巽直系の舞踏振付法を学ぶ。1999年、大橋可也&ダンサーズを結成。2000年、『バニョレ国際振付賞横浜プラットフォーム』に出場するも、出演者が全裸であるという理由で非公開の審査となる。活動休止期間を経て、国内外にて精力的に作品を発表。2013年、『舞踊批評家協会新人賞』を受賞。ITのエンジニアとして業務アプリケーションからロボットアプリケーションまで幅広いシステムの開発に携わっている。主な作品に『帝国、エアリアル』(2008年、新国立劇場)『グラン・ヴァカウンス』(2013年、シアタートラム)など。

藤田直哉(ふじた なおや)

1983年、札幌生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了。博士(学術)。SF・文芸批評家。著書に『虚構内存在』『シン・ゴジラ論』(作品社)『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)、編著に『地域アート 美学/制度/日本』(堀之内出版)『3・11の未来 日本・SF・創造力』(作品社)など。

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