賀来賢人×アイナ・ジ・エンド対談 捉え方次第で、悲劇は喜劇になる

小説の価値は、その物語に深い思い入れを持つ読者の存在によって証明される。それならば、2018年に発売された爪切男の著書『死にたい夜にかぎって』は、間違いなく素晴らしい作品だと言える。これを読んだ多くの読者が、口々にその思い入れを熱く語るのだから。

「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。」という辛辣なセリフにはじまり、変態に唾を売って生計を立てていた恋人・アスカとともに生きるハードな日々が描かれるが、そこには絶妙なユーモアとペーソス、そして生命力の源のような「キモさ」が忍ばされ、あくまで「喜劇」としておもしろく読み進められる。人間の汚さや弱さを曝け出しながらも、苦しみの中でつねに光を探し求める主人公の姿勢は、現代社会で生きる人々を時に笑わせ、時に切なくさせ、そして励まし、さまざまな死にたい夜に寄り添ってきた。そんな物語がドラマ化され、2月23日からMBS、TBSなどで放映されている。

主人公の小野浩史を演じるのは、賀来賢人。『今日から俺は!!』『ニッポンノワール-刑事Yの反乱-』など、癖のある役柄を見事に演じ、唯一無二の存在感を示し続け、今もっとも勢いのある俳優の一人だ。ドラマのエンディング曲を担当するのは、BiSHのメンバー、アイナ・ジ・エンド。原作小説を読んで人生観が変わったと語る彼女は、原作のファンであることを公言し続けてきたことがきっかけで、今回書き下ろし楽曲で作品に参加している。

この物語に異なる立場で関わる2人が語るのは、現代社会を生き抜くためのヒントであり、表現に向き合う姿勢であり、そしてすべてを「まあいいか」と乗り越えていく強さだ。

賀来、アイナが原作から影響を受けた「まあいいか精神」。アイナがドラマ初挑戦を語る

―アイナ・ジ・エンド(以下:アイナ)さんは、原作『死にたい夜にかぎって』を、2018年に読んだ本の中で一番面白かった作品だと話されていました。それがきっかけで、今回エンディング曲を担当されることになったそうですね。この作品のどんなところに惹かれたのですか?

アイナ:ちょうどこの小説を読んだのが、いろんなことに悩んだり葛藤していたときで。仕事でもプライベートでも、物事すべてをネガティブに考えてしまう時期だったんです。特に魅力だと感じたのは、どんなに悲しいことや辛いことがあっても、ポジティブに変換して打ち返してしまうところで。私が経験したこともないような壮絶な体験を楽しく描いているのは、本当にすごいと思って影響を受けました。

好きなエピソードがたくさんあって、どれから話せばいいか分からないくらいですが、一番の魅力はそういうところだと思いました。

アイナ・ジ・エンド
「楽器を持たないパンクバンド」BiSHのメンバー。ダンスの振り付けをほぼ全曲で考案しているパフォーマンスの要。天性のハスキーボイスとエモーショナルなパフォーマンス、表現力が高く評価され、既にMONDO GROSSO、SUGIZO(LUNA SEA)、ジェニーハイ他、数々の外部アーティストとコラボや、企業TVCMソングを担当する等、業界内のファンも多数。2018年9月、自身で作詞作曲を行った“きえないで”(プロデュースは亀田誠治)でソロデビュー。BiSHとしてはもちろん、本格的ソロ活動を待望されている、今音楽シーンで最も注目されているシンガーの1人。

―衝撃的なエピソードだらけですよね。賀来さんはこの原作をどのように読みましたか?

賀来:実は最初に原作を読んだとき、実話がベースにされているとは全く気づかなかったんです。物語として、とにかく面白いなと思って読み進めていったら、あとがきで実話だったと知って。こんな人生が実際にあるのか! と最後の最後にすごく驚きました。

―それは、めちゃくちゃ衝撃でしょうね(笑)。

賀来:なので、ドラマになるときにどんな作品になるのかな、と思っていたんですけど、台本にも原作の生々しいリアリティーがちゃんと入っているんです。普通はラブストーリーって、ご都合主義的な部分があるじゃないですか。でもこの作品には、そういうのが全然ないんです。

賀来賢人(かく けんと)
1989年7月3日生まれ。東京都出身。O型。2007年に俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『花子とアン』、ドラマ『Nのために』(TBS系)、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)、『ニッポンノワール-刑事Yの反乱-』(日本テレビ系)、映画『ちはやふる -結び-』『AI崩壊』『ヲタクに恋は難しい』など多数の作品に出演。

―実話をベースにしている原作というのも、ご都合主義になっていない要素なのかもしれません。賀来さんは、主人公の浩史に共感する部分ってありましたか?

賀来:浩史の「まあいいか精神」みたいなものは、僕にもある気がします。「前に進めるならまぁいいか」って考えることはよくありますね。

アイナ:私も共感ではないんですけど、そういう精神にはすごく影響を受けました。原作の中で爪さんのお父さんが言う「何でも笑っておけ」という言葉がすごく響いて。辛いことがあっても笑っておけば大丈夫っていう、ある意味無責任かもしれないけど、前に進むためには大切な考え方で。あの一言に救われました。

―アイナさんは、今回エンディング曲を書き下ろされていますが、いかがでしたか?

アイナ:私にとって、初めての書き下ろし曲なんです。だから最初は怖かったんですけど、作り始めてみたら、爪さんの言葉が脳裏にこびりついていて、すらすら書けて。こんなに素直に曲が作れたことが嬉しかったし、初めての書き下ろしが『死にたい夜にかぎって』で本当に嬉しかったです。

めちゃくちゃ好きな物語だからこそ、あんまり自分エキスみたいなものは入れたくないと思っていて。私の中の、浩史とアスカの生活を描きたかったんです。

―ドラマの映像とあわせて聴くと、より一層グッときます。

アイナ:今回、初めて男性目線で歌詞を書いているんです。だから、冒頭はめちゃくちゃキーが低いんですね。男の人のキーで、男性っぽく歌いたくて。

アイナ・ジ・エンド“死にたい夜にかぎって”MV

―ドラマの1話には、チラッとアイナさんも出演されていましたね。

賀来:どうでしたか? 芝居をするのは初めてだったんですか?

アイナ:初めてですよ。ド緊張しました……。歌やダンスをするうえでは「自分から滲み出てくるものをそのまま出す」ことを大切にしているんですけど、お芝居は全然違いました。そこで求められる役に沿いながら、自分で表現しなくちゃいけない。私なんてセリフもなかったけど、全然うまくできなかったですね……。賀来さんを心から尊敬します。

『死にたい夜にかぎって』第1話

悲劇を喜劇に変換して表現する、2人のど根性魂

―正直なところ、ドラマを見る前は賀来さんと爪切男さんのイメージがあまり重ならなかったのですが、1話目を拝見して、『死にたい夜にかぎって』をあるべき姿で描いた素晴らしいドラマだと感じて。すごく感動しました。

賀来:それは芝居だけに限らず、監督、撮影部、衣装部、ヘアメイク、照明とか、スタッフみんなで作り上げてきた作品の力です。映像としてベストな形にしてくれるチームがいるからこそ、「俳優部」としての役割が果たせるんです。

僕個人としては、この物語に思い入れも強かったので、どう演じるかを考える時間をたくさんとりました。監督ともたくさん話したし、普通ドラマってリハーサルがなかなかできないんですけど、今回はガッツリやらせてもらえたし、そのおかげでいろんな歯車が噛み合って、素晴らしいものになったと思います。

『死にたい夜にかぎって』第2話 場面写真(©2020『死にたい夜にかぎって』製作委員会・MBS ©爪切男/扶桑社)

―さきほどお二人が話してくださったように、この作品には、悲劇を喜劇に変えて伝える、爪切男さんの執筆の姿勢が貫かれていると思います。お二人とも、役者 / アーティストとして表現活動をされていますが、こういった転換の発想って持っているものですか?

アイナ:あると思います。私はBiSHで振り付けを担当しているんですけど、“stereo future”という曲の振り付けを考える時期が、めちゃめちゃ忙しくて手の震えが止まらないことがあったんです。でも、「これも面白いかも」と思って、そのまま手が震えている踊りを振り付けに入れたんです(笑)。

BiSH“stereo future”を聴く

賀来:それはすごい……! 浩史的な変換の仕方ですね。めちゃくちゃ切羽詰まっていたんですね。

アイナ:はい。もう本当に(笑)。あれは、日常のヒリヒリした感じがそのまま表現につながりました。

賀来:僕も、舞台中に体調が悪くなったことがあって。意識朦朧の中、舞台に立ったんです。その時の記憶は途切れ途切れだし、すごく寒くて意図せずブルブル震えていました。死にそうになりながらなんとか出番を終えたら、演出家の方からめちゃめちゃ褒められたんです。「今までの中で一番良かった!」って。俺が今までやってきた事って何だったんだろう、とか思ったりもしましたけど(笑)、そういう危機的状況の方が表現に切実さが出るのかもしれません。お芝居って不思議で魅力的です。

―アイナさんはさきほど「滲み出てくるものを大切にしている」と話していましたけど、手の震えを振り付けに入れてしまうのも、朦朧とした中で最高のお芝居ができるというのも、狙ってできるものではない、ご自身から「滲み出てきた要素」ですよね。

アイナ:追い詰められたからこそ出てくるものってたしかにありますよね。でも、狙ってやれることでもないし、そこまで辛い思いをするのはほどほどにしたいです(笑)。

―たしかに(笑)。

アイナ:私は、考えれば考えるほど嘘っぽいものしか出てこないと思っていて、「あなたに伝えたい」みたいな表面的なものはやりたくないんです。だからあまり頭で考えないようにして、自分から滲み出てくるものを信じるようにしているんですよね。

賀来:僕も近い感覚です。もちろん、しっかり考えて役を演じていますけど、頭でっかちになりすぎないようには気をつけています。

「喜劇こそ、真剣に向き合わなくちゃいけない。斜に構えていたら、人は笑ってくれないですから」(賀来)

―少し前に話題になった『JOKER』で主人公は「俺の人生は悲劇じゃなくて喜劇だ」と言っています。チャールズ・チャップリンは、「人生は近くで見れば悲劇で、遠くから見れば喜劇だ」と。『死にたい夜にかぎって』はハードな現実を喜劇として再構築したからこそ、人の心に届いたのかな、と思うんですよ。

爪切男『死にたい夜にかぎって』

賀来:撮影現場で爪さんに話を聞いたとき「実際には、小説にも書けないような殴り合いの喧嘩もあったし、かなり壮絶だったけど、そこをおもしろく読んでもらえるように書いた」と話していました。喜劇として捉え直すという姿勢は、作品を作る上では必要不可欠だと思います。

役を演じるうえでも、とにかく真面目に一生懸命やることを第一に考えています。喜劇だからこそ、真剣に向き合わなくちゃいけない。斜に構えていたら、人は笑ってくれないですから。舞台に立つと顕著なんです。目の前にお客さんがいて、自分がやったことで笑うか、笑わないか。すべて答えを教えてくれます。

―喜劇だからこそ真剣に向き合う、というのは意外なお話でした。アイナさんは現実を喜劇的に捉える発想ってお持ちだったりしますか?

アイナ:しょうもないことで恥ずかしいけど、注射を打たれる時に針を刺す位置を間違えて、何回も刺された事ってありませんか?

賀来:あります。すごく痛いですよね。

アイナ:そう、めっちゃ痛いじゃないですか。普通は「あ、痛い」ってなると思うんですけれど、私は「こんなにきれいな女の人が何回も針を刺してくれて嬉しい」って考えるんです(笑)。

賀来:やばい(笑)。

アイナ:あ、もう1回くれるんですか! みたいな。

賀来:それはまさしく浩史的な変態的感覚ですね。

アイナ:ですかね(笑)。これは、『死にたい夜にかぎって』を読んだからできるようになった発想なんです。どんなことでも、できる限り楽しく変換しています。賀来さんは、そういう発想をすることってないですか?

賀来:基本的に「悪いことがあった分いいことが起きる」とは思っています。浩史って、優しくてものすごく心が広いんですよね。でも、それと同時に狭い心も持ち合わせている。それがすごく人間らしくて、いいなって思います。

アイナ:たしかに、そうですね。

賀来:この作品には「そういう生身の自分でいいんだぞ」っていう不思議な包容力がある。それを浩史に教わった気がしています。生きていれば感情を抑え込むことって多いじゃないですか。だからこそ自分に正直に生きている浩史の姿に、感じるものがたくさんあるんです。このドラマは、人間の真っ当な感情が根っこにあるがゆえに、予想がつかなくて、そして説得力があると思うんです。

―この作品を見た人がどんどん自分に正直に、そしていろんな苦しみを、歪な形でも受け入れられるようになっていくとしたら、ある意味で、浩史は達観した神様みたいな役割をもっているのかも。

賀来:神ではないです(笑)。どこまでも人間くさくて、あまりに赤裸々で、そして切なくもある。そんな人物であり物語なのかな、と。

作品情報
MBS / TBSドラマイズム『死にたい夜にかぎって』

2020年2月23日(日・祝)から毎週日曜24:50~MBS、2月25日(火)から毎週火曜25:28~TBS放送、TBS放送後からはTSUTAYAプレミアムにて独占見放題配信、TVer、MBS動画イズムで見逃し配信

監督:村尾嘉昭、坂上卓哉
脚本:加藤拓也
原作:爪切男『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)
出演:賀来賢人、山本舞香、戸塚純貴、今井隆文、青木柚、櫻井健人、玉城ティナ、小西桜子、堀田真由、中村里帆、安達祐実、光石研

リリース情報
アイナ・ジ・エンド
『死にたい夜にかぎって』

2020年2月26日(水)配信開始

爪切男
『死にたい夜にかぎって』

単行本・文庫本好評発売中
発行:株式会社 扶桑社

プロフィール
賀来賢人 (かく けんと)

1989年7月3日生まれ。東京都出身。O型。2007年に俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『花子とアン』、ドラマ『Nのために』(TBS系)、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)、『ニッポンノワール-刑事Yの反乱-』(日本テレビ系)、映画『ちはやふる -結び-』、『AI崩壊』『ヲタクに恋は難しい』など多数の作品に出演。

アイナ・ジ・エンド

人気番組「アメトーーク」での”BiSHドハマり芸人”のオンエア、各地の大型フェスへの出演ラッシュ、横浜アリーナや幕張メッセに続き大阪城ホールでのワンマン公演を成功させる等、飛ぶ鳥を落とす勢いで突き進む「楽器を持たないパンクバンド」BiSHのメンバー。振り付けをほぼ全曲で考案しているパフォーマンスの要。天性のハスキーボイスとエモーショナルなパフォーマンス、表現力が高く評価され、既にMONDO GROSSO、SUGIZO(LUNA SEA)、ジェニーハイ他、数々の外部アーティストとコラボや、企業TVCMソングを担当する等、業界内のファンも多数。2018年9月、自身で作詞作曲を行った「きえないで」(プロデュースは亀田誠治)でソロデビュー。BiSHとしては勿論、本格的ソロ活動を待望されている、今音楽シーンで最も注目されているシンガーの1人。



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