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ヴェネチア・ビエンナーレの歩み 取材20年の朝日新聞記者に訊く

ヴェネチア・ビエンナーレの歩み 取材20年の朝日新聞記者に訊く

『ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

集客力を求めて、より間口を広げたい美術館。この状況にメディアはどう振る舞うべきか

―アート自体も社会情勢の影響を受けざるをえないし、とくにこの数年はその影響が顕著に現れるように思います。そこで最後に、『ヴェネチア・ビエンナーレ』や日本館とはすこし離れた質問をしたいのですが、大西さんは最近の日本のアートの状況をどう見ていますか?

大西:やはり内向性が強くなっていますよね。留学する人も減っているし、経済状況の苦しさもあって、外に出ていきにくい状況になっているのは問題と思っています。

そのいっぽうで国内の地域芸術祭は盛り上がってきましたが、こちらも観光旅行とセットになった、面白くて楽しくてインスタ映えするものに注目が集まりやすい。これはアートへの間口を広くするというよりも、狭めるものであるように私は感じます。

大西若人

―ポピュラリティーを得ることでアートの認知度が高まった、と歓迎する声もありますが、そうではないと。

大西:新聞社の文化部には、文芸、演劇、音楽など各分野の担当が一緒にいるのでたまに議論するのですが、一般的に「現代○○」とつくようなジャンルを受容する人の数は少ないという理解があります。そのなかで現代美術だけは芸術祭の隆盛で勝ち組になり、観客を獲得してマーケットを広げているのではないか、と。

―たしかに現代音楽や現代演劇が盛り上がっているわけではないですね。それに比べると、現代アートはアートフェアも増えて、税制的な優遇策の整備も進み、いわゆる「稼ぐ文化」の最先方として国や地方自治体から期待されているように思います。

大西:そのいっぽうで、1960年代にあったような前衛的なものが受け入れられなくなってしまった。例えばヨーゼフ・ボイスは美術史的に重要な作家で、自分にとってはまさにカリスマ的存在なのですが、いまボイスの展覧会をしても世間では話題にならないでしょう。

『ボイス+パレルモ展』展示風景 撮影:木奥惠三 VG Bild-Kunst, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2021 E4044 / 日本では約10年ぶりのボイス展となる。豊田市美術館(2021年4月3日〜6月20日)の後、埼玉県立近代美術館(2021年7月10日〜9月5日)、国立国際美術館(2021年10月12日〜2022年1月16日)に巡回予定
『ボイス+パレルモ展』展示風景 撮影:木奥惠三 VG Bild-Kunst, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2021 E4044 / 日本では約10年ぶりのボイス展となる。豊田市美術館(2021年4月3日〜6月20日)の後、埼玉県立近代美術館(2021年7月10日〜9月5日)、国立国際美術館(2021年10月12日〜2022年1月16日)に巡回予定

大西:抽象的なもの、コンセプチュアルなものを受け入れる土壌が狭まってきていて、主要な美術館で展覧会を行う機会も減っている。美術に限らず、あらゆる分野で効率重視が叫ばれる時代ですから、美術館も集客力を求められる。

結果として、ポピュラリティーのある展覧会ばかりが増えています。もちろん間口を広げることは大事です。でも、それを広げた後にどう深化させるか、いかにして先鋭的なものにも目を向けてもらうかっていうのは大きな課題です。

―インスタ映えのしやすさで重宝がられる作家や作品も出てきますし、実際、それらは恐るべきスピードで消費されています。

大西:こんなことを言うこと自体が古いのかもしれませんけどね(苦笑)。町田市国際版画美術館で『#映える風景を探して 古代ローマから世紀末パリまで』展、府中市美術館で『映えるNIPPON 江戸~昭和 名所を描く』展がほぼ同時期に開催されると聞いていますが、両方とも「映える」がテーマなんですよ。映えることを美術館自らアピールしなければいけない時代になっている。

もちろん我々メディアの責任も大きいと思います。なんとなく絵になるほうがいい、っていう理由でデジタル版の記事には見映えする写真を選んでしまうし、記事自体も単独でいくつビューを稼ぐかを指標にしてしまっている。

―それは新聞社などのメディア側だけの問題ではなく、自分のようなフリーランスの書き手の責任も感じます。PV数を稼ぐため、クリックされるためにはどんな見出しや書き出しが有効かといったマーケティングを自ずと意識するようになっていて、それはいまの美術の状況に少なからず影響を与えていますから。

大西:この10年でブロックバスター系の展覧会を記事で取り上げる機会が増えていますが、何も書かなくても集客が望めるような展覧会について書くより、あまり知られていないけれど、とてもよい内容の展覧会を自分の足で見つけて書くことが記者としてのモチベーションにもなっていたんです。

大西若人

大西:朝日新聞社では自社主催の展覧会を企画していて特集記事を作ることもありましたから、かつてはそれ以上同じ紙面で取り上げる必要はないよね、っていう判断をしていました。でもそういった展覧会が文化的な社会貢献のメセナ事業というより、収益事業としての性格が強くなるようになると、集客のために何回でも取り上げたほうがよい、という考え方になってくる。だから文化面でも書くようになっているのですが、そもそも自社で企画してるものを客観性をもって書けるわけがないんです。

―どんなに客観的であろうとしても、構造としてPR記事にならざるをえないですよね。

大西:そういう現状を踏まえると、昔のほうが記者が自分自身の基準だけで記事を書けていたと思います。

朝日新聞に関して言えば、美術を扱う記事自体は以前よりも増えています。大きい写真を使った「美の履歴書」という連載記事があり、その対向面に3~4本の記事が載っている。

美術だけで2面も使うということはかつてありませんでした。昔の文化面は各分野の学者の論考がメインで、その隅っこのほうに小さく美術関連の記事がある、くらいでしたからね。東京勤務を始めたばかりの頃、当時のデスクからは、「美術なんて思い上がるな」なんて言われてましたから。

大西若人

―なんと(苦笑)。

大西:文化面はとにかく文字だらけになるから、ちょっとした作品の写真があって、展評みたいな適度な長さの記事があればレイアウトしやすいわけです。冗談だったかもしれないけど、一部は真実でもあったと思います。箸休めとしての美術記事。

でも逆に言えば、そこはすごく守られている領域で担当記者が自分の意思で選んで書けたわけです。でもいまは紙面がすべてカラーになって、記事の本数も増えた。今週はこれを載せて、来週はあれを載せて、というスケジュールとの戦いになっています。

―自由がなくなってしまった。

大西:デジタルに関しても、記事の冒頭だけを読めるようになっていて、面白そうであれば課金するというシステムです。そうなると次を期待させる部分で絶妙に切る、という技術が求められますし、そういった需要を喚起させる記事となるとインタビューものが多くなる。

結果、批評的な記事は求められなくなります。また、SNSでのバッシングも気になりますよね。そういった環境の変化に若い記者はどうしても順応しがちなので、難しいところだなと思います。

―とはいえ、圧倒的なスピード感が求められるウェブメディアと比較して、新聞や雑誌といった紙媒体は実際のかたちとして残りますよね。それは書く側の意識にも影響を与えますし、一歩立ち止まって記事が持つメッセージや暴力性を自覚する機会にもつながると思うんです。希望的観測かもしれませんが。

大西:たまたま私は社内で美術担当から離れることなく、継続的に作品や作家の変化を見ることができました。以前、作家の森村泰昌さんに言われてハッとしたのが「ずっと(作品を)見ていてくれる」という言葉です。

森村さんの作品について、展覧会の度に書いてきたわけではないけれど、新聞という場があることで見続けることができた。継続性があることで見えてくるものがあるというのは、あらためて感じることです。

大西若人
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サイト情報

『ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館
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プロフィール

大西若人(おおにし わかと)

朝日新聞の編集委員。美術や建築を中心に担当し、1990年以来、東京、大阪、福岡で文化関係の取材や編集に関わってきた。

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