インタビュー

石橋英子が語る、映画と音楽の関係、『ドライブ・マイ・カー』

石橋英子が語る、映画と音楽の関係、『ドライブ・マイ・カー』

インタビュー
松村正人
撮影:木村和平 テキスト・編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

『第74回カンヌ国際映画祭』で脚本賞ほか4つの賞を受賞した、濱口竜介監督による映画『ドライブ・マイ・カー』。

村上春樹の短編集『女のいない男たち』に収録された3つの短編小説に映画オリジナルの展開とストーリーを巧みに織り合わせて生まれた、原作とはまた異なる強度の高い物語――原作を併せて読むと、この映画がいかにさまざまな演出と暗示を伴って練りに練られたものであることを実感いただけるかと思う。

石橋英子はそんな本作の映画音楽を手がけた。独特の緊張感と重みを携えた物語と並走する石橋の音楽は、ドライかつ優美で、寡黙ながらも素晴らしい効果をあげている。本稿では、石橋英子という音楽家が辿った作業過程とその成果である楽曲群、そしてその作家性を通じて、『ドライブ・マイ・カー』という映画に向き合った。

「良質であるが聴かれてはならない」(註1)。

石橋自身も影響を受けたとインタビュー中に語った『映画にとって音とはなにか』(1993年、勁草書房刊)のなかで著者であるミシェル・シオンは、映画音楽における第一の掟をこう簡潔に記した。そしてその二重の要求を、石橋は今回見事にクリアしている。シオンも再三述べたように、映画における音楽の立場は意識されにくいものではあるが、当然、決してイージーなものではない。

映画音楽とは何か? 映画にとって音楽とはどのような存在なのであろうか? そんな途方もない問いを石橋にぶつけてみたが、回答は「ぜひ、その本(『映画にとって音とはなにか』)を読んでみてください」というものにとどまった。映画音楽というものをひと言で語ることは不可能だから、それは仕方ないことだったといまになって思う。

だからこの記事は、石橋英子と聞き手である編集者・ライターの松村正人との対話に、映画音楽というものの前提を補足しながらまとめる必要があった。結果として編集者である私の声がたびたび「闖入(ちんにゅう)」することになってしまった(映像表現的に言うならば「ナレーションが挟まれている」)。それは勝手なお節介ながら、読者のみなさんと『ドライブ・マイ・カー』という映画との精神的な距離がほんの少しでも縮まればと思ってのことなので、どうかご容赦いただきたい(当該箇所を読み飛ばしていただいても成立する記事となっています)。

この文章の最後に、ミシェル・シオンの言葉を再び引用して二人の対話に繋げたいと思う。

常に重要なのは映画全体なのだ。(中略)この映画の全体は、言うまでもなく壊れやすく、雑多な要素の寄せ集めであるが、だからこそ、ある映画作家や意欲的なスタッフ(チームワークでできた傑作もある)の手で一つになり、消えることのない印象を残す時、映画はかくも感動的なのだ。
ミシェル・シオン『映画にとって音とはなにか』P.305より

※本記事は映画『ドライブ・マイ・カー』のいくつかのシーンに対する具体的な言及を含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

あらすじ:舞台俳優であり、演出家の家福悠介(西島秀俊)は、脚本家の妻・音(霧島れいか)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音はある秘密を残したまま突然この世を去る。その2年後、演劇祭で演出を任されることになった家福は、愛車・サーブ900ターボで広島へと向かう。そこで出会ったのは、寡黙な専属ドライバーみさき(三浦透子)だった。喪失感を抱えたまま生きる家福は、みさきと過ごすなか、それまで目を背けていたあることに気づかされていく(関連記事:カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く

「映像自体はお客さんとの距離を保つものになる」。濱口監督が石橋英子とその音楽に求めたもの

松村:『ドライブ・マイ・カー』は素晴らしい映画ですね。『カンヌ国際映画祭』のコンペティション部門に出品されていますが、なにがしかの賞を受ける気がすると思って試写を拝見しました。この音楽のお仕事はどういう経緯で受けることになったんですか?

石橋:スペースシャワーの担当の方から山本晃久さんというプロデューサーの方に私の音楽を紹介する機会があって、その山本さんが監督に推薦してくださって決まったようです。

松村:なるほど、すごいショートカットで決まったと(笑)。とはいえ、つくるには気構えもありますよね。

石橋:そうですね(笑)。はじめて一緒にお仕事をする方だったし緊張しました。

石橋英子(いしばし えいこ)<br>音楽家。電子音楽の制作、舞台や映画や展覧会などの音楽制作、シンガー・ソングライターとしての活動、即興演奏、ほかのミュージシャンのプロデュースや、演奏者として数多くの作品やライブにも参加している。
石橋英子(いしばし えいこ)
音楽家。電子音楽の制作、舞台や映画や展覧会などの音楽制作、シンガー・ソングライターとしての活動、即興演奏、ほかのミュージシャンのプロデュースや、演奏者として数多くの作品やライブにも参加している。

松村:どのようにつくりはじめたんでしょう?

石橋:監督との最初の打ち合わせでは「割とドライな感じで、リズムがあって、あまり暗くしたくない」というリクエストをいただききました。そのときはまだ監督も撮影前だったのではないかと思います。原作はもともと読んでいたのですが、濱口監督の前作(2018年公開の『寝ても覚めても』)を拝見したりしつつ、まずは映像もないまま脚本だけ読んでつくることになりました。

最初に作ったテーマ曲はハードボイルドな感じだったんですよ。それを受けて監督から「映像自体はお客さんとの距離を保つものになるから、音楽はお客さんとの距離を近づけるものにしてほしい。この曲だとドライな部分が強調されている」という意見をいただききました。

松村:なるほど。音楽までが映像に寄りすぎてさらにお客さんを遠ざけるんじゃないか、と。

石橋:「これは困った」と思いました(笑)。お客さんとの距離を近づける役って苦手な分野かもしれないなあと思ったところで、コロナで撮影が一旦中断したんです。海外ロケが中止になったことで音楽制作もストップしました。

石橋英子

濱口監督の石橋英子へのディレクションは言葉少なげであるが、興味深い。

監督が自ら「映像自体はお客さんとの距離を保つものになる」と語っていたこと、「ドライな感じ」という石橋に伝えた要望から、この映画において音楽は、映像に漂う明確には判別できない繊細な感情を意図的に誘導したり、強化したりするものであってほしくなかったのではないか、ということを窺い知ることができる(暗いトーンを望まなかったこと、「リズム」については後述)。

そのうえで石橋英子の音楽は、スクリーン上の物語そのものとそれを見つめる観客たち、登場人物たちのあいだにある微細な感情の動きや関係性、時間や空間を隔てたシーン同士をつなぐ橋渡しの役割(これは映画音楽の基本的な機能でもある)を担っている。
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作品情報

『ドライブ・マイ・カー』
『ドライブ・マイ・カー』

2021年8月20日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開

監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
原作:村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(文春文庫『女のいない男たち』所収)
出演:
西島秀俊
三浦透子
霧島れいか
パク・ユリム
ジン・デヨン
ソニア・ユアン
ペリー・ディゾン
アン・フィテ
安部聡子
岡田将生
上映時間:179分
配給:ビターズ・エンド

リリース情報

石橋英子『Drive My Car Original Soundtrack』
石橋英子
『Drive My Car Original Soundtrack』(CD)

2021年8月18日(水)発売
価格:2,750円(税込)
PECF-1185 / NWM-005

1. Drive My Car
2. Drive My Car (Misaki)
3. Drive My Car (Cassette)
4. Drive My Car (the important thing is to work)
5. “We'll live through the long, long days, and through the long nights”
6. “We'll live through the long, long days, and through the long
nights” (SAAB 900)
7. “We'll live through the long, long days, and through the long nights” (Oto)
8. Drive My Car (Kafuku)
9. Drive My Car (The truth, no matter what it is, isn't that frightening)
10. “We'll live through the long, long days, and through the long nights” (And when our last hour comes we'll go quietly)

プロフィール

石橋英子
石橋英子(いしばし えいこ)

音楽家。電子音楽の制作、舞台や映画や展覧会などの音楽制作、シンガー・ソングライターとしての活動、即興演奏、他のミュージシャンのプロデュースや、演奏者として数多くの作品やライブにも参加している。ピアノ、シンセ、フルート、マリンバ、ドラムなどの楽器を演奏する。近年では海外フェスティバルへの参加や海外レーベルからの作品リリースなど活動範囲は多岐に渡る。これまでに映画『夏美のホタル』(2016年、廣木隆一監督)、『アルビノの木』(2016年、金子雅和監督)、アニメ『無限の住人-IMMORTAL-』(2019年)、劇団マームとジプシーの演劇作品、シドニーのArt Gallery of NSWの『Japan Supernatural』展などの音楽を手がける。

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