特集 PR

U-zhaanが語る本当のインド。ダヤニータ・シンの写真から振返る

東京都写真美術館『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』
テキスト
島貫泰介
撮影:相良博昭 編集:宮原朋之
U-zhaanが語る本当のインド。ダヤニータ・シンの写真から振返る

インド社会に真っ向から抵抗した女性アーティスト、ダヤニータ・シン

ダヤニータの作品から、U-zhaanはどんな印象を持ったのだろうか?

U-zhaan:インドを撮影した写真としては、かなり特殊な印象がありますね。普通、インドらしさを伝えようと思ったら、やっぱり極彩色の景色を見せたいじゃないですか。カラフルな印象がありますもんね、インドって。でも、その部分にフォーカスすることなく、モノクロを中心に撮っているというのは、彼女の「(西洋が)見たいと思っているインドとは違うものを撮りたい」という気持ちのあらわれなのかもしれないですね。

U-zhaan

インド西部の都市、アーメダバードの国立デザイン大学を卒業したダヤニータは、「結婚持参金はいらない。それを留学費用に充てるから」と言って家族の反対を押し切り、ニューヨークの国際写真センターでフォトジャーナリズムを学んだ。

女性が結婚しないという選択がほとんど容認されないインド社会に真っ向から抵抗する、自立心に溢れた気質を伝えるエピソードだが、そのマインドは大学卒業後、インドに戻って報道写真の仕事に従事したあとも褪せることなく、むしろますます燃え上がった。

エイズに罹患したセックスワーカー、児童労働者、物乞いといった社会問題にカメラを向けることが、「西洋が認識するインド」像の再生産でしかないことへの疑念は、ある人物との出会いによって確信へと変わる。生涯の友、モナ・アハメドとの出会いだ。

「マイセルフ・モナ・アハメド」より(1989~2000年)ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
「マイセルフ・モナ・アハメド」より(1989~2000年)ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

第三の性を持つ、ユーナックという存在

2006年に青土社から刊行された『インド 第三の性を生きる―素顔のモナ・アハメド』という本がある。モナからの手紙と、ダヤニータの写真で構成された同書に、ダヤニータはこんな序文を寄せている。

モナに出会ったのは、写真の仕事を始めて間もない一九八九年のことでした。『ロンドン・タイムズ』から依頼を受けた、インドのユーナックに関する仕事がきっかけでした。(中略)インドのことをエキゾチックな国、そうでなければ不幸な国という視点だけでとらえがちなメディアの世界で働いていると、売春や児童労働、結婚持参金殺人、幼児婚などと並んで、ユーナックの話題を避けて通ることができません。(中略)あえて言うまでもなく、インド社会においてユーナックについての話題は、あらゆる種類の偏見や作り話と結びついています。

「ユーナック」とは、一般的に「ヒジュラ」と呼ばれる女装芸人集団の総称である(ダヤニータはヒジュラという蔑称を嫌い、ユーナックと呼んでいる。以下のテキストではユーナックと表記)。しばしば両性具有と考えられているが、実際には女装の男性、トランスジェンダーを含み、なかには去勢手術を受けた男性もいる。結婚せず、子どもをもうけることのないユーナックは師弟関係や擬似的な親子関係を結び、独自のコミュニティーを形成している。

インド社会においては一種疎外された集団で、男子の誕生や結婚式などの祝い事に招かれて踊りや音楽を披露することもあれば、他人の家に無理やり押しかけて芸を強要し、金品を要求することもある。それを断ると、呪力によって祟る、あるいは逆に福を招くとも考えられており、インドのカースト社会の外で生きる異人的な人々である。モナ・アハメドも、そんなユーナックの一人だ。ちなみに、モナは女性名、アハメドは男性名を示している。

U-zhaan:車や電車に乗っていると、駆け寄ってきてお金を要求されるんですよ。「お前を祈ってやるからそのかわりに金を払え、そうしないと呪われるぞ」みたいな感じに。

現地の人たちからはよく「あまり近づかないほうがいいぞ」と言われてたんですが、実際に僕も彼女たちへの喜捨(進んで寄付すること)を拒否したことで小突かれたり、つねられたりと、かなり怖いこともありました。なのでその人たちがたくさんいる地域に行ったら、どんなに暑くてもタクシーの窓は閉めたまま耐えるようにしていました。

U-zhaan

教科書だけではわからない、現代インドの本当の姿

U-zhaanのユーナックへの印象は、ごく一般的なものだ。ダヤニータ自身も「ユーナックが自らスカートの裾をたくし上げて自分の陰部を見せようとしても、良家の娘たちは決してそれを見てはいけないことになっていました。(中略)年ごろの女学生たちは、ユーナックを単にそれ(it)と呼んでいました」と書いている。

それだけに、はじめてモナと出会い、ユーナックに優しく出迎えられた経験はダヤニータにとって衝撃的だった。『ロンドン・タイムズ』のための撮影取材は「モナがユーナックであることを知らない親類がイギリスにいる」という理由でうまくいかなかったが、そのときにダヤニータが撮影済みのフィルムをモナに素直に渡したことで、二人の間には強い絆が結ばれたという。それ以降、二人は互いの家を訪ねあったり人生について相談を交わす、親友同士になった。今回の出品作『マイセルフ・モナ・アハメド』シリーズと、映像作品『モナ・アンド・マイセルフ』は、そんな二人の四半世紀に及ぶ交流を伝えている。

「マイセルフ・モナ・アハメド」より(1989~2000年)ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵 左から二人目がモナ・アハメド
「マイセルフ・モナ・アハメド」より(1989~2000年)ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵 左から二人目がモナ・アハメド

U-zhaan:一般的なユーナックのイメージとかけ離れた写真で驚かされますね。モナさんは養女を育てていて、彼女の誕生日を2000人以上のユーナックと盛大に祝っている。みんな楽しげな表情をしていて、バンドとかダンサーとか、いろんな仕事をしている。これは、ちょっと観光で訪ねるくらいの人たちには知ることのできない景色だし、もちろん僕にとってもまったく知らないインドの姿です。

世界史の授業などで、インド固有の社会身分制度であるカーストを学んだのを覚えている人もいるだろう。「カースト」という名称・定義自体が、西洋による植民地化以降に固定化された概念であり、慎重な議論を要するのだが、ともあれ職業、地縁、血縁によってヒンドゥー教徒の身分が厳密に定められているのは事実だ。

そして、その外で生きるユーナックは、社会生活を営むうえで不条理な扱い、残虐な仕打ちを受けることもしばしばある。かといって、必ずしも貧しい暮らしを送っているわけでもない。実力のある芸能グループであれば、祝い事の依頼は途切れることがなく、モナもかつては裕福な生活を送っていたこともあったという。

東京都写真美術館『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』展 会場風景
東京都写真美術館『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』展 会場風景

U-zhaan:教科書で学ぶようなインドは、あくまで一部ってことですよね。ベナレス(インド最大の宗教都市)に行けば、今でもガンジス川を流れる死体を普通に目にするし、ある意味、予想を超えるインドのイメージに出会うこともできる。でも、とにかく国土が広いでしょう。物価の高い地域は東京以上に高い。一方、田舎町に行けば電気も通ってないみたいなところもたくさんある。

カーストも同様で、必ずしも上位の人が裕福なわけでもないんですよ。最近はインド=IT大国って感じですけど、ようするに新しいタイプの職業はカーストの枠外にあるので、どんな人でも就職できたんです。だから向上心のある人はみんなエンジニアの勉強をして、IT系の仕事について、世の中の流れに乗って裕福になった。カーストによる経済格差は、徐々に薄まっていると思いますよ。

Page 2
前へ 次へ

イベント情報

『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』

2017年5月20日(土)~7月17日(月・祝)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 2階展示室
時間:10:00~18:00(木、金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌火曜、7月17日は開館)
料金:一般800円 学生700円 中高生・65歳以上600円
※小学生以下、都内在住・在学の中学生、障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜は65歳以上無料

講演会 畠山直哉

2017年7月7日(金)18:00~19:30
会場:東京都写真美術館1階ホール
出演:畠山直哉(写真家)
定員:190名(整理番号順入場/自由席)
料金:無料(要入場整理券)
※当日10:00より1階ホール受付にて入場整理券を配布します

プロフィール

U-zhaan(ゆざーん)

1977年、埼玉県川越市生まれ。18歳の頃にインドの打楽器・タブラと出会い、修行のため毎年インドに長期滞在するようになる。1999年にはシタール奏者のヨシダダイキチを中心としたユニット・サイコババに参加し、2000年からはASA-CHANG&巡礼に加入。2005年にはsalmonとともに「タブラの音だけを使用してクラブミュージックを作る」というコンセプトのユニット、salmon cooks U-zhaanを結成する。この頃から世界的なタブラ奏者であるザキール・フセインにも師事。2010年にASA-CHANG&巡礼を脱退したのち、rei harakamiとのコラボ曲“川越ランデヴー”を自身のサイトで配信リリースした。またインド滞在時のTwitterの投稿をまとめた書籍『ムンバイなう。インドで僕はつぶやいた』『ムンバイなう。2』も話題に。現在は日本を代表するタブラ奏者として、ジャンルを超えた幅広いアーティストと共演している。2014年9月にはソロ名義での初のアルバム『Tabla Rock Mountain』をリリースした。

ダヤニータ・シン

1961年、ニューデリー生まれ。1980年から86年までアーメダバードの国立デザイン大学に学び、1987年から88年までニューヨークの国際写真センター(ICP)でドキュメンタリー写真を学んだ。その後8年間にわたり、ボンベイのセックスワーカーや児童労働、貧困などのインドの社会問題を追いかけ、欧米の雑誌に掲載された。『ロンドン・タイムズ』で13年にわたりオールド・デリーを撮り続け、『マイセルフ・モナ・アハメド』(2001年)として出版。1990年代後半にフォトジャーナリストとしての仕事を完全に辞め、インドの富裕層やミドル・クラスへとテーマを転じた。ヴェネチア・ビエンナーレ(2011年、2013年)やシドニー・ビエンナーレ(2016年)などの数々の国際展に招聘されている。京都国立近代美術館と東京国立近代美術館の『映画をめぐる美術-マルセル・ブロータースから 始まる』展(2013年~14年)に出品。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

『悲しみに、こんにちは』予告編

映画『悲しみに、こんにちは』予告編。両親の死によって、都会から田舎の伯父伯母のもとに引き取られることになった少女・フリダ。スペイン・カタルーニャで過ごす彼女の、きらめくようなひと夏の様子が、新鋭監督による瑞々しい感性によって描かれています。映画批評サイト「ロッテン・トマト」100%Fresh獲得も納得の一作です。(久野)

  1. 『デザインあ展』が科学未来館で開催。体験型作品も多数の会場内をレポート 1

    『デザインあ展』が科学未来館で開催。体験型作品も多数の会場内をレポート

  2. 吉岡里帆主演『健康で文化的な最低限度の生活』 生活保護描く新ドラマ 2

    吉岡里帆主演『健康で文化的な最低限度の生活』 生活保護描く新ドラマ

  3. ドラマ『恋のツキ』に安藤政信&欅坂46・今泉佑唯が出演 恋物語をかき乱す 3

    ドラマ『恋のツキ』に安藤政信&欅坂46・今泉佑唯が出演 恋物語をかき乱す

  4. ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現 4

    ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現

  5. 夏帆「ドッキドキ」 TOWA TEI「SRATM」新曲“ダキタイム”PVに出演 5

    夏帆「ドッキドキ」 TOWA TEI「SRATM」新曲“ダキタイム”PVに出演

  6. SNSでイラストの支持を集めた雪下まゆが語る、作風への葛藤 6

    SNSでイラストの支持を集めた雪下まゆが語る、作風への葛藤

  7. アニメキャラ100の名言が新宿地下を占拠 『Netflix “アニ名言”ジャック』 7

    アニメキャラ100の名言が新宿地下を占拠 『Netflix “アニ名言”ジャック』

  8. 『華氏451度』『一九八四年』などSF作がTシャツに 早川書房×トーハン企画 8

    『華氏451度』『一九八四年』などSF作がTシャツに 早川書房×トーハン企画

  9. 細田守が語る、映画『未来のミライ』で描きたかった現代の家族像 9

    細田守が語る、映画『未来のミライ』で描きたかった現代の家族像