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U-zhaanが語る本当のインド。ダヤニータ・シンの写真から振返る

東京都写真美術館『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』
テキスト
島貫泰介
撮影:相良博昭 編集:宮原朋之
U-zhaanが語る本当のインド。ダヤニータ・シンの写真から振返る

自身の信念を貫くダヤニータ・シンの独自性とは?

今回の個展で、特に多くの空間を使って展示されているのが、副題にもなっている「インドの大きな家の美術館」のシリーズだ。チーク材製の格子に、モナや友人たち、若き日のザキール・フセイン、映画のワンシーン、風景など、さまざまな写真が収められた同シリーズを、モナは移動式の個人美術館と定義している。その学芸員(キュレーター)はダヤニータ自身で、彼女は館長(ディレクター)、管理責任者(レジストラー)の役割も同時に果たす。

「ミュージアム・シェディング」より 机上には「CURATOR」(他の面には「DIRECTOR」「REGISTER」)と刻印された表札が置かれる
「ミュージアム・シェディング」より 机上には「CURATOR」(他の面には「DIRECTOR」「REGISTER」)と刻印された表札が置かれる

これまでに撮影した膨大な写真を、「女性」「家具」「ファイル」などのテーマに分類し、折りたたみ式の構造物に収めて搬送し、展示会場ごとにセレクトを変える。そうやって作品に触れることができるのは、一部の例外を除いて作家本人だけだ。同シリーズについて、彼女は旧知の評論家との対話(展覧会図録に収録)でこのように語っている。

わたしは自分が生きている現役のアーティストだと主張したい。(中略)美術館やギャラリーと仕事をするたびに、物事を決めるのはキュレーターで、ここにいるわたしは死んでるのかと思うことがある。

作品が美術館という環境に入ると、まるでその美術館に人質に取られているようで、わたしはそれに近づけないし、物を動かすことができない(中略)だから、そこで仕組みを作ったわけ(中略)わたしが変え続ける“つもりである”ことを世間に認めさせて、それを<インドの大きな家の美術館>設立宣言書に書き込んだのよ。

U-zhaan

つまり、これもまたダヤニータによる既成の制度への抵抗だということだ。美術館は、有名な美術作品を観ることができる観光スポットの役割を果たしもするが、じつはそれ以上に美術品を半永久的に保存し、歴史的な文脈上に位置づけることを最大の使命としている。その際「どの作品を後世に残すべきか?」という価値判断がアーティストや個人に委ねられることは稀で、国家や歴史といった大きな尺度によって決定されるのが常だ。

それゆえに、しばしば美術館や博物館は男性的な存在になぞらえられる。歴史をかたちづくる政治権力の大半は、男性が牛耳ってきたからだ。インドでの女性の扱いに異議を唱え、モナとの交流を通じてマイノリティーの側に心を寄せるダヤニータにとって、アートを取り巻く制度やルールは窮屈なものなのかもしれない。そして、信じられるものがあるとしたら、それは自分の目で見て、身体で触れることのできる、友人たちとの交流や、そこから生じる経験なのだろう。

U-zhaanがザキール・フセインの言葉から見出した、アーティストとして本質的なこと

U-zhaan:『スーツケース・ミュージアム』という作品が出品されてましたよね。自作の写真集を旅行カバンに入れて、行商のように自ら売り歩くっていうコンセプトの。ちょっとデザインが素敵すぎて、僕だったら盗難が怖くて持ち歩けなさそうだけど(笑)。でも、実際に売ることがなかったとしても、自分の意思で売り買いができて、好きに中身を入れ替えられる可能性を見せているのは、ダヤニータの「自由でありたい」という気持ちのあらわれだと思うんですよね。

『スーツケース・ミュージアム』を鑑賞するU-zhaan
『スーツケース・ミュージアム』を鑑賞するU-zhaan

U-zhaan:それと、彼女は「インドの大きな家の美術館」シリーズを説明するときに「チューニング」とか「音の高さ(ピッチ)」とか、音楽用語を使うそうですね。そこには音楽が持つ自由さへの憧れがあるのかもしれないし、ひょっとすると、真に自由な音楽家であるザキールの影響があるのかもしれない。

『ミュージアム・オブ・チャンス』(2013年)
『ミュージアム・オブ・チャンス』(2013年)

『リトル・レディース・ミュージアム-1961年から現在まで』(2013年) 移動式美術館の内部は収蔵庫として写真をストックできるようになっている
『リトル・レディース・ミュージアム-1961年から現在まで』(2013年) 移動式美術館の内部は収蔵庫として写真をストックできるようになっている

そんなU-zhaanの感想を受けて、改めて格子型のシリーズを眺めてみると、写真を収めるチーク材が、まるでレコード屋の陳列のように見えてくるから面白い。音楽家を追いかけた最初の作品と、現在進行形で展開する最新作が、ともに「音楽」というキーワードで結びつく。

U-zhaan:ザキール先生から教わった言葉で僕が強く覚えているのは「自分にとって、最もよい先生は自分自身でなければならない」ということ。彼から直接タブラを教えてもらえるのは1年のうち数日なんです。それ以外の日は自らが教師になる必要がある、と。演奏の弱点を見つけることも、その改善方法を模索することも、全部自分でやらないといけない。

そして先生は「自分になろうとするな」とも言っていました。ザキール・フセインになれるのはザキール・フセインだけ。彼も、高名なタブラ奏者だったお父さんのようになりたかったけれど、決してなれなかった。だからこそ、自分は自分であるしかない。誰もが常にオリジナルでいるようにしないとダメだ、ということを何度も教えられました。

きっと、ダヤニータもオリジナルであろうとしているんだと思う。そうやって、美術館のあり方や、キュレーションのあり方を考えているのかもしれないですね。

U-zhaan

高度な技術に裏打ちされたタブラとサントゥールが織りなす、多彩なインド音楽の世界

取材後、展覧会の関連企画として、同館の1階ホールでU-zhaanとサントゥール奏者の新井孝弘による「インド古典音楽ライブ」が行われた。ダヤニータとザキールの縁にちなみ、演奏曲はザキールが得意とする北インドの伝統音楽“チャルケシ”が選ばれた。そして、新井のサントゥールの師匠であるシヴクマール・シャルマは、ザキールともたびたびセッションする間柄で、U-zhaanによると「二人の演奏は、革命的にインド音楽を変えた」そうだ。

U-zhaanとサントゥール奏者の新井孝弘による「インド古典音楽ライブ」の様子
U-zhaanとサントゥール奏者の新井孝弘による「インド古典音楽ライブ」の様子

この日、選ばれた“チャルケシ”というラーガ(インド音楽特有の、音階や音列のルール)の演奏は、多弦楽器サントゥールの音の砂粒がさらさらと流れるような音色から始まった。それを追って、大小2つのタブラが合流する。小さいタブラから発せられるリズミカルな打音と、対照的に大きいタブラの胴体に吸い込まれるような深い音のコンビネーションに目をみはる同曲の印象は、ポップで可愛らしく、驚くほど現代的だ。夢の世界に誘われるようなまばゆい音色はとても優しく心地よいが、緩急をつけながら間断なく刻み続ける演奏は高度な技術がなければ絶対に成立しないものだとわかる。

U-zhaan

このドリーミーさとアグレッシブさが混ざりあう感覚は、どことなくダヤニータ・シン本人のキャラクターにもつながるように感じる。インドの伝統的な社会に根付く保守性に対して、個人的な眼差しで見た世界の提示によって抗おうとするタフさと、自前の美術館や旅行カバンに作品を詰め込んで旅してみたいという自由でキュートな発想を併せ持つダヤニータ。

彼女のマインドが目指す自由さは、美術館の壇上で繰り広げられたU-zhaanと新井によるセッションの張り詰めた緊張と、その先にある多幸感と重なって見えてくる。伝説的なタブラ奏者の撮影からキャリアをスタートさせた彼女が、自身の作品について音楽用語を使って説明する理由が、ライブを通じて「なるほど」と腑に落ちるような演奏だった。

U-zhaan

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イベント情報

『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』

2017年5月20日(土)~7月17日(月・祝)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 2階展示室
時間:10:00~18:00(木、金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌火曜、7月17日は開館)
料金:一般800円 学生700円 中高生・65歳以上600円
※小学生以下、都内在住・在学の中学生、障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜は65歳以上無料

講演会 畠山直哉

2017年7月7日(金)18:00~19:30
会場:東京都写真美術館1階ホール
出演:畠山直哉(写真家)
定員:190名(整理番号順入場/自由席)
料金:無料(要入場整理券)
※当日10:00より1階ホール受付にて入場整理券を配布します

プロフィール

U-zhaan(ゆざーん)

1977年、埼玉県川越市生まれ。18歳の頃にインドの打楽器・タブラと出会い、修行のため毎年インドに長期滞在するようになる。1999年にはシタール奏者のヨシダダイキチを中心としたユニット・サイコババに参加し、2000年からはASA-CHANG&巡礼に加入。2005年にはsalmonとともに「タブラの音だけを使用してクラブミュージックを作る」というコンセプトのユニット、salmon cooks U-zhaanを結成する。この頃から世界的なタブラ奏者であるザキール・フセインにも師事。2010年にASA-CHANG&巡礼を脱退したのち、rei harakamiとのコラボ曲“川越ランデヴー”を自身のサイトで配信リリースした。またインド滞在時のTwitterの投稿をまとめた書籍『ムンバイなう。インドで僕はつぶやいた』『ムンバイなう。2』も話題に。現在は日本を代表するタブラ奏者として、ジャンルを超えた幅広いアーティストと共演している。2014年9月にはソロ名義での初のアルバム『Tabla Rock Mountain』をリリースした。

ダヤニータ・シン

1961年、ニューデリー生まれ。1980年から86年までアーメダバードの国立デザイン大学に学び、1987年から88年までニューヨークの国際写真センター(ICP)でドキュメンタリー写真を学んだ。その後8年間にわたり、ボンベイのセックスワーカーや児童労働、貧困などのインドの社会問題を追いかけ、欧米の雑誌に掲載された。『ロンドン・タイムズ』で13年にわたりオールド・デリーを撮り続け、『マイセルフ・モナ・アハメド』(2001年)として出版。1990年代後半にフォトジャーナリストとしての仕事を完全に辞め、インドの富裕層やミドル・クラスへとテーマを転じた。ヴェネチア・ビエンナーレ(2011年、2013年)やシドニー・ビエンナーレ(2016年)などの数々の国際展に招聘されている。京都国立近代美術館と東京国立近代美術館の『映画をめぐる美術-マルセル・ブロータースから 始まる』展(2013年~14年)に出品。

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